デルボマーズ佐藤のブログ

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ブルーザー・ブロディ

子供頃、プロレスラーになりたいと思った事がありました。
親父や兄貴の影響、そして、同じ地区の幼馴染に影響だったせいか?小学生の頃からプロレスが好きで、毎週欠かさずにテレビに釘付けなっていました。


僕が好きだったレスラーは小学生の頃はザ・ファンクスでした。
理由は簡単です。
あの世界オープンタッグの決勝での一戦を観たからです。
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テリー・ファンクの根性と強さに小学生ながらに涙が溢れました。
この一戦以来、兄貴が観ているプロレスから「自分で観るプロレス」に明確に意識が変わった様に思えます。


それからと言うもの、全日の放送は欠かさず観ていたのですが、その放送の中で強烈なプロレスラーに見入る様になりました。
そのレスラーの名はブルーザー・ブロディ。
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忘れもしない、チャンピオンカーニーバルの馬場と一戦・・・
当時、封印していたと言われていた馬場の宝刀「32文人間ロケット砲」がロープ越しのブロディーに放たれました!


僕は馬場の全盛期・・・
所謂、白黒テレビの時代は殆ど記憶が無かったので、このブロディに放った「32文人間ロケット砲」が人生で初めて見た馬場のドロップキックでした。


まともに食らった筈のロープ越しのブロディは食い縛るかの様にロープを話しません。
そして、馬場はなんと、2発目のロケット砲を!
遠い記憶の為、明確に覚えていませんが、確かもう1発はなったかも知れません。


結果は、ブロディがロープから吹き飛ばされてリングアウト負けとなり、馬場が勝ちチャンピオンカーニバルを制したのですが、この時にブロディの強さを実感しました。


そして、忘れもしない蔵前国技館の世界最強タッグリーグの決勝・・・
プロレス見たさに中学生ながらバイトをし、稼いだ小遣いで友人達とリングサイドで観戦しているとブロディ&スヌーカ組のセコンドにはスタン・ハンセンが!
そして、テリーに放たれた禁断のラリアット!
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リングサイドで友人4人と観ていた僕は、もう、興奮の坩堝でした。
テリーを失ったドリーに、最早ブロディ、スヌーカ、そして、ハンセンを相手にする気力はある筈も無く、最後はキングコング・フライングニードロップ!
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ブロディーは本当に強かった。
当時、ハンセンもホーガンも好きでしたがブロディーは別格でした。
そんな、最強の名を欲しいままにしていたブロディが一番苦手としていたのがジャンボ鶴田だったらしいのです。


後の三沢や小橋が強くなったのも、鶴田と言う大きな壁があったからだと言われている通り、全盛期の鶴田は本当に強かったと思います。
その鶴田に遂にブロディが勝ちました。
しかも、完全なるピンフォール勝ちで!


悪玉のブロディーが善玉に様変わりしてしまうほど、喜びを露わにした瞬間でした。
ブロディにとっても、鶴田は三沢、小橋同様に大きな壁だったのでしょう!
抑えきれない気持ちは、ロード・ブレアース会長を抱きしめ、最後は自らファンを抱きしめて喜びを分かち合っていました。
きっと、このシーンには誰もが感動し、驚いたのではないでしょうか?
少なくとも僕は泣きました。


その時の動画が残っていましたので、リンクを貼らせて頂きます。
良かったら覗いてみて下さい。

ブロディVS鶴田→→→こちら

そんな、ブロディはブッカーとの衝突が原因で42歳と言う若さでこの世を去ります。


僕には色々なジャンルで憧れの人物が存在しますが、ブルーザー・ブロディーは紛れまなく、その中の一人に値します。
彼との思い出を語るのであれば、後楽園ホールの入場の花道で彼が振り回すチェーンで足を引っ叩かれた事でしょうか?
脛には大きな青あざが出来ましたが、今では良い思い出です。

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