正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現

嘘の歴史に騙されるな!日本最優先政治、日本国民の生命と財産と自由を守る核武装、日韓断交を実現しよう!日本国民党を応援します。

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●支那軍による支那民衆大虐殺と、支那軍による大虐殺から支那民衆を大救出する日本軍


支那軍は支那民衆を大虐殺したが、日本軍は支那民衆を大救出した。





■1938年春頃の支那軍による強盗殺人から農民を護る日本軍

――――――
私家版の片山兵二著『郷土部隊と共に歩んだ「わが青春の中国大陸従軍譚」』(昭和52年)
 
以下は佐藤己三男准尉から聞いた南京陥落から四ヶ月後の湯山の模様。

 「どうも油断がならなくてね。昨夜も付近烽火を合図に数十名の敗残兵が現れ、良民から金品を強奪して行きました。そのため毎日討伐をやり、警戒を厳重にしていますよ」(347頁)


 大坪鉄三郎准尉と長倉久徳一等兵が語る、湯山の南の句容の状況。

 「この近くの部落へ十五名ばかりの強盗がやってきて、主人(農夫)を竈の上に吊り上げ、火あぶりにしたが、それが丁度、憲兵隊が使っているコックの実家なので、すぐに報告があり、今朝二手に分かれて討伐をやったのです。・・・奴らの残忍性にはあきれます。

 農民を火あぶりにした上、金を奪い取り、憲兵隊へ密告せば命がないぞと脅していくので、農民はブルブル震えて仕事が手につかないのです、そのためわれわれが行くと喜び親しんでイスをすすめ、お茶を出して歓待してくれますよ」(349頁〜350頁)

『1937南京攻略戦の真実』東中野修道編著(小学館文庫)より引用
――――――





■1938年6月の支那軍による黄河の堤防決壊から罹災民を救い出す日本軍

1938年に支那軍が黄河の堤防を決壊し、住民30万人以上を大量殺害した時にも、支那は「日本軍の犯行」と宣伝したが、日本軍は濁流に飲まれる支那住民を救っていた。
6月23日の同盟ニュースは、濁流渦巻く水禍の中、ボートで救助作業をしている日本兵の姿を写している。
また、國史図書刊行会編『支那事変』にもその時の写真が掲載されている。





■1938年10月、支那軍による清野作戦から支那人老婆などを救い出す日本軍

10月21日、日本軍は広東に突入したが、支那軍は街に火を放って退却した。
國史図書刊行会篇の『支那事変』の255頁には、市街はもうもうと上がる黒煙と炎で包まれ、これを珠江の対岸から見ている日本兵の姿が写っている。
また、256頁には、逃げ遅れた老婆を背負って避難地まで運んでいる日本兵の姿も写っている。
バックは物凄い黒煙である。





■1942年、大飢饉と支那軍の取りたてで300万人の餓死者が出たが、餓死寸前の支那農民に軍糧を放出した日本軍

――――――
中国小説 農民の飢餓救った日本軍
邦訳本出版
2006/04/09, 産経新聞
(一部抜粋)
一九四二年、大飢饉で河南省の農民を救ったのは、日本軍だった−。そんな歴史の真実をとらえ、ロングセラーとなっている中国小説がこのほど日本で翻訳出版された。劉震雲さん著、劉燕子さん翻訳の「温故一九四二」(中国書店)だ。
 同小説は日中戦争の最中の一九四二−四三年、河南省を襲った干魃による被災民三千万人、餓死者三百万人という大飢饉の状況を農民、蒋介石ら指導者、米国人記者、日本軍の立場から多面的に描き出した。
 飢饉の原因は天災だけでなく、中国軍の容赦ない軍糧のとりたてのせいでもあった。その中で、日本軍は餓死寸前の農民に軍糧を放出した。
――――――





http://www.blackchina.info/archives/4586/comment-page-1#comment-251

支那人ブロガーの李天天氏が、以前蘇州の友人から聞いた抗日時代の話を発表した。以下はその意訳。

抗日戦争時代、彼がまだ幼い頃に兄と遊んでいると、丁度その村に日本軍がやって来た。兄はとても怖くなって逃げ出してしまった。一人の日本兵が彼を抱き上げた。兄は弟が殺されると思っていたが、日本兵はリンゴの木から実をもいで、彼と兄に渡してくれた。老人に聞くと「日本人は中国と戦争をしても、一般人を殺すのではなく、軍隊とだけ戦うのだ。国民党も同じで、戦争は軍人のすることなので、一般人の助けを必要としない」と言っていた。


しかし共産党はそうではなかった。共産党は常に一般人の抗日参加を発動し、一般人に日本兵への邪魔をさせ、不意打ちを仕掛けさせ、日本兵が通る橋を壊させ、地雷をしかけさせた。常に共産党は一般人を使って日本兵を襲わせた。その結果、本来一般人を攻撃する気が無い日本兵はとても苦しめられ、一般人とも戦うようになった。これは全て共産党が一般人にやらせたことであって、もし一般人が戦争に加わらなければ、戦争による犠牲はあんなに多く無かった。

地雷によって殺された日本兵は、実のところあまり多く無かった。それより仕掛けた一般人自らがその犠牲となるのが常であった。やはり映画のようにはいかないものだ。





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閉じる コメント(36)

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>隣国なんですから仲良くいきましょうよ

遠かったら仲良くしなくていいのか?
場所の問題ではない!

2008/7/5(土) 午後 11:36 flattwin 返信する

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仲良くするのはいいですけど、国は売りませんよw

2008/7/12(土) 午後 6:51 [ まり ] 返信する

[ mariii_2 ]さん
私は、特アとは仲良くすることも不可能だと思います。
特アは永久に敵国だと思います。

2008/7/13(日) 午前 9:59 coffee 返信する

>隣国なんですから仲良くいきましょうよ
何かが起こらない限り120%無理。

「南京の真実」見てみたいです。
転載させていただきますね。

2008/7/21(月) 午後 3:42 [ - ] 返信する

中国の兵隊は何も支給されないから、自分で周りから金品を奪い調達する話はどこの国も知ってる事ではないのか?
中国人のデマに負けてはいけないね。
日本人が無実の罪を背負うことになる。

2008/9/9(火) 午後 1:20 団鬼六 返信する

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エリア11たちの愚民はこんなウソを信じているね 削除

2008/11/12(水) 午後 0:57 [ エリア12 ] 返信する

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頭の中に偏向思想が巣食っている人との会話は極めて困難な気がします。戦後、何故、アジア各国が独立に向かって白人たちに抵抗したのでしょうか?。ガンジーの無抵抗も、それまでの酷い白人国家の仕打ちに居直った精神が齎したものです。日本が植民地になる寸前に挑んだ戦いは、国難からの脱却のためだけでした。

2008/11/12(水) 午後 2:29 [ 琵琶湖研究室 ] 返信する

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事実を知る日本人は、後足で砂をかけられた気分だろうな。 削除

2008/12/4(木) 午後 7:01 [ chb ] 返信する

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[ chb ] さん
仰るとおりです。

2008/12/29(月) 午前 7:22 coffee 返信する

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( ´ー`)y─┛チァーパーボェー

TBです。皇軍の士気高し

2009/3/1(日) 午後 3:18 にっぽに屋にっぽん 返信する

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曽根一夫の三部作の最期の本はかなり良く書けている。
曽根は吉田清治同様の詐話師と聞くが、何を読めばそれが分かるか?

2009/4/9(木) 午後 0:48 [ rik*ma*u*uji ] 返信する

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本日、劉燕子さんと中国書店の社長とくるちべさんと食事してきました。

今から私もこの著書を読ませていただきます。

2009/8/9(日) 午後 10:15 惠鈴 返信する

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軍人の手柄話・人情話には誇張が見られます。 731部隊については、私の知り合いの老人から直接作業にかかわったことを聞いておりますが、中国人を実験台にしたことは事実のようです。
中国大陸における日本軍の行動の全体像がつかめないのは、中国側の宣伝工作情報が多いこともありますが、日本の軍人達が多くを語ろうとして来なかったことにも起因しています。 語ることが恥ずかしいのか、いやなことはなるべく思い出したくないのか、あるいはヘタに話して、批判されたくないのか、さまざまな理由が考えられます。日本軍の擁護などしても、今さら袋叩きに合いたくないのか。それとも後ろめたいのか。シナ事変に参加した方々もどんどん亡くなりつつありますので、真相はわからないままに終わりそうです。

2011/10/6(木) 午後 8:58 [ ヨウスケドン2 ] 返信する

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1937年12月、日本軍は支那事変を終結させるため、南京へ侵攻。12月13日にそこを占領しました。
なお小規模の虐殺さえも、実際にはなかったことが多くの証拠によって明らかになっています。

日本軍の活動をみてみると、非常に人道的なもののほうが多く目につきます。
南京戦の最中、南京市内にいた民間人は全員、南京市内に設けられた「安全区」に集まっていました。日本軍はそこを攻撃しなかったので、安全区の民間人らは誰一人死にませんでした。

中国兵の多くは軍服を脱ぎ捨て、民間人に化けて南京の安全区に逃げ込みました。
しかし、反日工作の者たちもいました。

日本軍は、市民や捕虜に対し多くの人道的援助活動を行なっています。
その結果、日本軍占領下で飢えのために死ぬ南京市民は一人もいなかったのです。また日本軍の活動に感激して、そののち汪兆銘の親日政府軍に入った中国人捕虜たちも多くいました。

いわゆる「南京大虐殺」はなかったのです。

2011/10/15(土) 午後 9:21 [ 高砂のPCB汚泥の盛立地浄化 ] 返信する

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よく中国で出たものだ。
転載。

2011/10/18(火) 午後 9:00 [ nar*sa*a_ik**u ] 返信する

日本人は全世界の人民を善導する大役を課せられていると考えます。隣国はおろか敵対した全ての人民の「贖い」をする神格が備わる人民であり国である。

2012/4/3(火) 午後 1:36 [ - ] 返信する

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傑作!
転載させてください。

2012/5/13(日) 午前 10:55 [ tearface ] 返信する

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日本は、シナ事変から戦争終結までの約8年間占領統治を行なっておりますが、終戦時、都合の悪い行政資料は全部焼却しております。したがって占領統治の実態はわからないわけです。 また中国側の主張は、政治的宣伝要素が非常に強いことも事実です。
当時の中国は、国際的にも蒋介石政権が正統な統治権限を持っていたことは間違いありません。また民族自決権の立場から言っても、日本は侵略者であることは間違いない事実です。
中国人にとっては、日本軍は外国軍ですから、誰も歓迎するはずはなく、事実上海から南京までは蒋介石軍(南京政府軍)との死闘が続いたわけです。
蒋介石軍は、何のために闘ったのか、日本の侵略から中国の独立を守るためです。そういう基本的認識が欠落した議論はナンセンスです。

2012/5/16(水) 午前 10:39 [ ヨウスケドン2 ] 返信する

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尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺で中国の海洋監視船6隻が14日、相次ぎ日本領海を侵犯した問題で、東京都の石原慎太郎知事は同日の定例会見で
「人の家にずかずかと土足で踏み込んできた。追っ払えばいい。まさに気がくるっているのではないかと思う」
と厳しく批判した。

日本政府の尖閣国有化で中国国内で日本人に対する暴行事件までが起きていることに対しては、一昨年の中国漁船衝突事件の影響でフジタ社員が拘束された問題にも触れつつ、
「まったく関係ない一般国民を人質に取るようなやり方は本当に卑劣」
と憤りをあらわに。

「かつてはいろんな教養や文化を持ち、孔子や孟子など日本に価値体系を教えるような先人がいた」
としつつ
「それをまったく喪失し、中国共産党の教導の下にああいうことを起こして平然としている国家は信じられないし、軽蔑する」
と強い言葉で非難した。

2012/9/14(金) 午後 7:15 [ 高砂のPCB汚泥の盛立地浄化 ] 返信する

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[ ヨウスケドン2 ]

>また民族自決権の立場から言っても、日本は侵略者であることは間違いない事実です。
>中国人にとっては、日本軍は外国軍ですから、誰も歓迎するはずはなく、事実上海から南京までは蒋介石軍(南京政府軍)との死闘が続いたわけです。

なぜ南京戦の前に、南京市民の多くは、日本軍が占領した上海に逃げて行ったの?
支那民衆を大量に殺害した犯人が日本軍ではなく支那軍だったことは、ルシアン・ビアンコ著『中国革命の起源』や郭沫若自伝『抗日戦回想録』や劉震雲著『温故一九四二』などにも明確に述べられている。
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-5047.html

2013/12/15(日) 午前 11:09 coffee 返信する

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