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投稿者 :
rekisisiranai


日本の戦争責任


責任なし27 上海戦2 中国の長期戦策定


これは「責任なし26蒋介石が仕掛けた上海戦」の続きです。


 日本は、8月13日に、始めて、戦争準備に取り掛かりますが、中国は、もっと前から準備をしていました。
 そして長期戦略を策定していたのです。

 8月6日に中国は、第一回国防会議を開き、三つの防御ラインと長期戦を原則とする対日戦略を決定しました。

 その内容は

「勝倭の道」
「大敵に遇えば即退き、小敵に遇えば即戦う」
「対倭作戦」
「戦術でもって武器の不足を補う」

「戦術原則五項目」

一、 要以持久戦 消耗戦之決策 以打破敵人速戦即決之企図

ニ、 要立主動 敵攻我守 待其気衰力疲 我即乗出撃

三、 要固守陣地 堅忍不退 以深溝高塁厚壁 粉砕敵進攻

四、 要利用民力地物 処処設穽防 従抗戦殺敵

五、 要講求防制敵機 大砲戦車毒気之戦術 便其攻撃気効

というものです。

一、二は「空間を以って時間に代える」持久戦・消耗戦略で、要するに奥地に引きずり込んで疲弊させる、というもの。

ニは、主動的立場に立ち、敵が攻めれば我は守り、敵が疲れて其の気力の衰えるのを待ち、我乗り出して撃つ

三は、深い溝、高い防塁、厚い壁で以って敵の進攻を粉砕し、陣地を固守し、絶対に退かない。

四は、民衆の力、地の利を利用し、罠を仕掛けてのゲリラ戦

五は、空襲、大砲、戦車、毒ガスへの対策

です。

 日本が、一生懸命、和平を持ちかけている時に、中国はこういう怪しからん事を企んでいたわけです。
 そして8月12日には大本営を設置しました。


 一方、日本の方はまだ消極的です。
 参謀本部の石原少将は《上海に陸軍を出すと戦火が拡がるので出せない》と断り、13日のぎりぎりまで抵抗していました。

 しかし、事態が逼迫してきたので折れざるを得なくなったのです。

 嫌がる陸軍を拝み倒して来て貰うのですから海軍は敬意を表して、当時、連合艦隊の旗艦であった戦艦陸奥や長門を陸兵の輸送に供しました。
 陸奥や長門は当時、日本の誇る最高の戦艦だったのです。
 これで陸軍の兵隊を運ぼうと言うのですから、海軍の気持ちがいかばかりか解かるでしょう。

 それでも、石原少将は、目的は上海を取り巻いている中国軍を蹴散らし、邦人の命を護る事だからと、二個師団しか出しません。
 これが少なすぎて犠牲者を増やすことになります。

 陸軍は、最初、上陸まで20日と言っていましたが、ぐずぐすしてたら邦人が皆殺しにされますので、必死で頑張って10日に縮めました。
 そして8月23日に呉淞に上陸したのです。

 ところが、中国側は鉄壁の布陣で待ち構えています。

 従って、なかなか進めません。
 犠牲者が増え、後から後から、部隊を追加せざるを得なくなりました。
 第3、第11師団においては、歩兵は最初に出征したものは殆んど死傷し、殆んどが補充員によって置き換えられたと言われています。

 その為、新たに、三個師団と台湾から重藤支隊が派遣される事になりました。

 この責任をとって、石原少将は、第一部長の職を辞す事になります。

 また、上海戦においては、弾薬も不足していました。
 人間が来ても弾がないから攻撃できないのです。
 「弾薬不足は日本軍の伝統的、宿命的欠陥」と元参謀本部の井本熊男氏は言っています。

 川柳にも「たまに撃つ、弾が無いのが、玉にきず」とあるそうです。

 中国側は、最初から準備を整えて戦争してますから、勢いよくやれますが、日本側はロクに準備もせず、バタバタやってきたので大変苦戦をします。

つづく










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蒋介石は8月6日なんてもんじゃなくもっと前に、西安事件直後から日本に対する侵略を決意していたのでしょう。
第一次上海事変の停戦協定を破って非武装地帯に陣地化工事を始めた時=6ヶ月ほど前には侵略を決意していたと思われます。
日本は不意に侵略を受けたのですからある程度バタバタするのは仕方ないですね。
傑作ポキ

2007/11/12(月) 午前 1:24 [ - ] 返信する

rekisisiranaiさんの掲示板の投稿は、歴史の語り部としても とっても分かりやすいです^^。続きが気になりますね〜♪ 傑作

2007/11/12(月) 午前 1:46 naomi_shararan 返信する

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旧日本軍が中国や朝鮮におこなった仕打ちを考えれば、日本人は何も言えないような気がする。 削除

2007/11/12(月) 午前 6:47 [ 平和主義者 ] 返信する

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なるほど、シナの広大さを利用して奥まで誘い込んで
包囲殲滅する戦術ですね。戦略部分の一、二、四は毛沢東の
人民戦争論そっくりですがこの辺に原型があるかも知れないです。
シナは国としてはしょうがないけど、この粘りと懐の深さは
あなどれません。

日本企業もシナに入り込みすぎて身包み剥がれてポイ
なんて事例がありましたね。 傑作・ランクリ

2007/11/13(火) 午前 0:04 [ - ] 返信する

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このときの長門艦長は岩倉具視(旧500円紙幣)の四男鮫島具重大佐でした。海軍の意気込みが伝わります…傑作☆

2007/11/14(水) 午前 1:01 カラカラ 返信する

[ kanazawa_sanetoki2004 ]さん。

>蒋介石は8月6日なんてもんじゃなくもっと前に、西安事件直後から日本に対する侵略を決意していたのでしょう。

そのとおりです。
傑作ポキ ありがとうございます。

2007/11/14(水) 午前 7:48 coffee 返信する

[ 平和主義者 ]君。

大きい声を出して100回読め!

民衆を虐殺する支那軍・民衆を救出する日本軍
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/12624238.html
支那の「極悪暴虐・大虐殺」と「卑怯な逆宣伝」のまとめ
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/12704324.html

朝鮮の変遷・李氏朝鮮時代→日本統治時代→現在
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/21665810.html
李氏朝鮮時代→日本統治時代・日本が朝鮮半島に残した資産
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/25876198.html

2007/11/14(水) 午後 10:56 coffee 返信する

[ ossanzetto ]さん。

>日本企業もシナに入り込みすぎて身包み剥がれてポイなんて事例がありましたね。

この事例は有名でないのも含めると相当あるように思えます。
傑作・ランクリ ありがとうございます。

2007/11/16(金) 午前 7:30 coffee 返信する

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傑作・クリック☆

2007/11/18(日) 午後 6:15 fan*as*99w*rl*77 返信する

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転載させていただきました。
FC2にてランクリさせていただきます。
ほんとうに勉強になります。

2018/4/25(水) 午前 8:25 [ いかづちまる ] 返信する

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