正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現

真実の歴史を認識し、国益最優先の外交や日本の核武装の実現を目指します。維新政党・新風を応援します。

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■天皇陛下が御親拝を中止された本当の理由■


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1975年(昭和50年)、当時の首相三木武夫は8月15日に靖国神社に参拝したが公用車を使わず、肩書きを記帳せず、玉串料を公費から支払わず、閣僚を同行しないことの4条件を以て、「私的参拝」だと述べた。
このことが国会でも取り上げられ政治問題化した。

そして、昭和天皇の最後の靖国神社御親拝となった1975年11月21日の前日にも、国会でこの問題が大きく取り上げられている。
11月21日、天皇皇后両陛下は靖国神社と千鳥ヶ淵戦没者記念墓苑にご親拝されたが、前日の11月20日の参議院内閣委員会で日本社会党の野田哲、秦豊、矢田部理の3議員が質問に立って厳しく追及した。
政府委員として答弁した富田朝彦・宮内庁次長(当時)が、天皇陛下の靖国神社御親拝は「私的行為」であると説明したところ、社会党議員からは、公的行為だとか私的行為だとかいった区別はできないのではないか、明日の天皇陛下の御親拝は、「(当時国会で議論されていた)天皇陛下や内閣総理大臣らの靖国神社「公式参拝」に道を開くものであって、「表敬法案」の先取りであり、【憲法20条】に違反する疑いがある、更に「あなた方によれば、私的行為の名のもとに天皇が靖国神社に参拝されるということは、どんな答弁、どんな強弁に接しようともわれわれは断じて認めるわけにはいかない」などといった厳しい批判が加えられている。
追求を受けた吉国一郎内閣法制局長官は遂に、天皇の参拝は、「憲法第20条第3項の重大な問題になるという考え方である」と答えてしまった。

このような事情から、宮内庁としては天皇陛下の靖国神社御親拝が憲法違反とされたりすれば大変なことになるし、国民統合の象徴である天皇が政治的に争いのある問題に関わられるべきではないと判断したと考えられる。
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昭和天皇は心の底から「A級戦犯」を戦犯とは思っておられませんでした。
昭和天皇が「B級戦犯」や「C級戦犯」を戦犯と考えていたかどうかは、私には良く判りません。
しかし、少なくとも、「BC級戦犯合祀」には不快を覚えずに御親拝を継続し、「A級戦犯合祀」には不快を覚えて御親拝を中止したなどということは有り得ないことです。



――――――
戦争責任者を連合国に引渡すは真に苦痛にして忍び難きところなるが、自分が一人引受けて退位でもして納める訳には行かないだろうか
昭和20年8月29日『木戸幸一日記』

首相宮御参内、戦争犯罪人の処罰を我国に於て実行することを聯合国に申入る〃ことに閣議に於て決定したる由にて、其旨奏上せられたるに、御上は敵側の所謂責任者は何れも嘗ては只管忠誠を尽したる人々なるに、之を天皇の名に於て処断するは不忍ところなる故、再考の余地はなきやとの御尋ねあり
昭和20年9月12日『木戸幸一日記』

(木戸のことを陛下が)米国より見れば犯罪人ならんも我国にとりては功労者なり
昭和20年12月10日『木戸幸一日記』


「元来東条と云ふ人物は、話せばよく判る、それが圧制家の様に評判が立つたのは、本人が余りに多くの職をかけ持ち、忙しすぎる為に、本人の気持が下に伝らなかつたことゝ又憲兵を余りに使ひ過ぎた。
『昭和天皇独白録』


「東条は民論を重んずべきことを屡々口にせり。しかるに迫水のような考えがありとすると、その原因は、東条が余り各省大臣を兼任して、自分の意思通り事が運び兼ね、軍務局や憲兵が、東条に名において勝手なことをしたのではないか。東条はそんな人間とは思わぬ。彼ほど朕の意見を直ちに実行に移したものはない」
『側近日誌』木下道雄


昭和天皇は、軍人のことを"股肱の臣"といって、ことのほか親しく感じておられました。それは折に触れてさまざまな文献にも出ています。昭和天皇ご自身が昭和20年までは大元帥で軍人であられたのですから、当然ですが…
「週刊新潮」中西輝政・京都大学教授
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以上、日経新聞の「富田メモ」報道は、世紀の大誤報だ!







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日経までもがそういうことを言うなんて 朝日の犬としか思えません・・・!ポキッ♪

2007/5/10(木) 午前 2:00 東京ベンズ 返信する

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そうだよね。
戦争犯罪人を祀る靖国神社が
存在しているのはおかしいことだよね。 削除

2008/2/9(土) 午前 8:46 [ 平和主義者 ] 返信する

[ 平和主義者 ]君。

日本には戦争犯罪人は居ないのだよ。

学べ!

靖国神社の年表・元戦犯の合祀の背景や経緯など
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/9934017.html
(一部抜粋)
●1951年、サンフランシスコ平和条約調印。大橋武夫法務総裁「戦犯は国内法においてはあくまで犯罪者ではない」
●1952年、木村篤太郎法務総裁が戦犯の国内法上の解釈についての変更を通達。戦犯拘禁中の死者は全て「公務死」として、戦犯逮捕者は「抑留又は逮捕された者」に。(平和条約で戦争犯罪の撤回を認め、戦犯は国内法上の犯罪者とみなさず)
●1953年、「戦傷病者戦没者遺族等援護法の一部を改正する法律案」(遺族援護法)が衆議院にて全会一致で可決。「遺族援護法」の改正により、「戦犯」とされた人々を国内法上での犯罪者とはみなさず、その死を「戦争による公務死」と認定

2008/2/14(木) 午前 1:49 益荒男 返信する

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旧日本軍が中国や朝鮮におこなった仕打ちを考えれば、日本人は何も言えないような気がする。 削除

2008/9/15(月) 午前 0:47 [ 平和主義者 ] 返信する

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[ 平和主義者 ]

大きい声を出して100回読め!

民衆を虐殺する支那軍・民衆を救出する日本軍
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/12624238.html
支那の「極悪暴虐・大虐殺」と「卑怯な逆宣伝」のまとめ
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/12704324.html
支那軍による虐殺
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/11717562.html

朝鮮の変遷・李氏朝鮮時代→日本統治時代→現在
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/21665810.html
李氏朝鮮時代→日本統治時代・日本が朝鮮半島に残した資産
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/25876198.html

2008/9/20(土) 午前 1:54 益荒男 返信する

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