正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現

嘘の歴史に騙されるな!日本最優先政治、日本国民の生命と財産と自由を守る核武装、日韓断交を実現しよう!日本国民党を応援します。

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写真は、『アメリカの鏡・日本』ヘレン・ミアーズ著




 日本政府は少なくとも1945年5月に降伏の打診をしているが、この打診は米政府によって公式に無視、あるいは拒否された。事実、1944年の早い段階から、日本政府の内部では完全敗北とみなしうる条件の受け入れが真剣に検討されていたのだ。

 米戦略爆撃調査は1946年7月、トルーマン大統領に「日本の戦争終結努力」と題する報告を提出した。日本指導部との面接調査を基にしたこの報告は、単なる流言とされていた降伏の打診が、かなり早い時点からしばしば行われていたことを確認している。

 同報告によれば、1944年2月には日本指導部の多くが、この戦争には勝てないと判断し、妥協による和平努力を主張している。しかも、この「妥協による和平」は日本の戦前の地位を引き上げようというものではなかった。寧ろ、高木惣吉海軍少将は、日本は朝鮮と台湾の放棄を前提にして交渉すべきであると主張していたのだ。

 1944年7月には、和平派は東条内閣を倒すところまで力を強めていた。そして後継内閣は最高戦争指導会議を設置した。その主な仕事は戦争からの離脱だった。



 1945年2月には早くも、和平打診に関する情報がアメリカの新聞で報道されている。当時、この提案は公式に無視、ないしは否定されたが、ようやく、その事実を裏付ける証拠が出てきた。3月には日本政府が和平交渉の可能性を模索していたことは事実だ。交渉は中国を仲介者とし、1931年以前の国境線を基礎にするものだった。そして、同年5月までに駐ソ日本大使は「結果が如何なるものであれ、『戦前の条件より後退したものであっても』」、それを前提に可能な和平提案を協議するよう訓令を受けている。これほど早い時期に日本政府内部で降伏を唱える人々が影響力を持ち始めていたことを、米戦略爆撃調査報告は確認しているのだ。同報告は「天皇、枢密院議長、首相、外相、海相は1945年5月に、連合国の条件による敗戦を受け入れることになっても、戦争は終結させなければならないとの結論に達していた」

 いまや政府内部の指導権を握った和平派は、こうした大きな支持を得て、この月のうちに具体的行動を起こした。既に見たように、モスクワ駐在日本大使は交渉打診の訓令を受けていた。そして近衛公を交渉のためモスクワに送ることも計画された。できれば無条件降伏より緩い条件を期待してはいたが、いづれにしても和平のための交渉だった。


 1945年5月9日付けのワシントン・ポストは、日本の降伏条件について伝えたシカゴ・サンのフレデリック・クー記者の記事を転載している。それは、日本軍部の全面降伏、中国から奪った領土と戦争中に占領した全領土の放棄を求めたカイロ宣言を、本土は占領しないという条件で受け入れるというものだった。同記者が伝えた和平提案は、米戦略爆撃調査が報告する日本政府の協議内容と一致している。クー記者はまた、米国務省が4月にこの和平提案を受け取ったと伝えたが、これに対して国務省は公式提案は何も受け取っていないと答えていた。

 5月12日、ハルゼー提督が「太平洋の某所」で従軍牧師グループに語った話から判断すると、戦争状況を把握する立場の人は日本の和平工作を予測していたようだ。同提督は日本が間もなくかなり積極的に和平打診をしてくるだろうが、「日本を2度と戦争できなくなるまで叩き潰して、はじめて戦争目的は成就する。我々はそこまで徹底しなければならない」と語っている。

 スチムソン元陸軍長官は1947年2月のパーハーズ・マガジンに「原子爆弾使用の決定」を正当化する記事を寄稿した。即ち、1945年7月、日本がソ連を「交渉による和平」の仲介者とする「試案」を同国に提示したことは事実だが、この「曖昧な提案」は「日本が主要な占領地域をそのまま保持する」ことを考えているもので、受け入れることは出来なかった、というのだ。しかし、スチムソンはこの説明を裏づける証拠資料を出していないし、「占領地域」が具体的にどこをさしているかも語っていない。
興味深いのは、占領後日本から送られてきた公式報告がスチムソンの言明より、クー記者の「情報」を裏づけしていることだ。


 ソ連の仲介を求める日本の要請に対して、ソ連は明確な回答を避けていたが、これはアメリカの承諾があったようだ。日本の代表団は受け入れられなかった。7月、連合国首脳はポツダムに集まり、日本の運命を決めることになるが、その際近衛公が同地に赴いて和平案を提出することも許されなかった。

 殆どのアメリカ人は日本が軍事的に弱いことを知らなかった。前線からの報道は、少なくとも6ヶ月間に亙って、日本の戦争機関が急激に失速していることを窺わせる事実を送り続けていた。しかし、私たちの宣伝担当者は、最後の最後まで「百年戦争」とか「滅びるまで戦う覚悟の狂信的国民」という言葉を使っていた。

(ここまでP143〜144)

(中略)



 米戦略爆撃調査の報告によると、日本政府は直ちに通告内容の検討に入った。政策決定グループ「6首脳」(訳注=最高戦争指導会議。首相、外相、陸相、海相、陸軍参謀総長、海軍軍令部長で構成)の中で降伏に反対するものは一人もいなかった。指導部の中で3人(陸軍参謀総長、海軍軍令部長、陸軍大臣)だけが、内容が「あまりにも不名誉」であるという理由から、交渉抜きの受諾に難色を示した。彼らは、連合国側が領土条件を緩めてくれることを期待したからではなく、天皇の地位が不明確のまま残されていること、また占領を回避し、武装解除と戦争犯罪裁判を日本政府の責任で行うことを求めていたのである。

 ポツダム宣言は、日本国民を決起させ降伏を早めるための解放戦略として受け止められていた。対日プロパガンダ、特にキャプテン・ザカリアスが制作、放送していたラジオ番組と同じようなものだ。しかし、日本での効果は全く逆だった。降伏を決定すべき政策立案者の立場からすれば、宣言は和平勢力より、寧ろ「徹底抗戦」派の力を強める効果しかもたなかった。
ポツダム宣言の内容は、よくいえば「厳しく、贖罪的」、悪くいえば、経済条項は極めて漠然としていたし、特定されない戦争犯罪人の追及があまりに広範で曖昧だったから、それが指導部と全国民に対してもつ意味を理解できるものには、ただちには受け入れ難いものだったのも当然である。しかし、その過酷な条件にも拘らず、6首脳のうち3人は即時受諾に賛成していたのだ。

 しかし、私たちは和平支持派に反対勢力を説得する時間的余裕を与えなかった。私たちはたった11日間待っただけで、いきなり1発の原子爆弾を、そしてさらにもう1発を、戦艦の上でもない、軍隊の上でもない、軍事施設の上でもない、頑迷な指導部の上でもない、2つの都市の約20万の市民の上に投下した。



 スチムソンは原子爆弾の投下を正当化して、「日本の独裁体制に確実なショック」を与え「我々が望んでいたように、和平支持勢力を強化し、軍部の力を弱める」ためには「優れて適切な武器」だったと説明する。しかし、米戦略爆撃調査の公式報告は、そのような「ショック」は必要なかったというのだ。

 同報告は、原子爆弾が投下されなくても、或いはソ連が参戦しなくても、また上陸作戦が計画ないし検討されなくても、日本は「あらゆる可能性を考えに入れても1945年11月1日までに」無条件降伏をしていただろうという意見である。

(P147〜148)

『アメリカの鏡・日本』ヘレン・ミアーズ著








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未だに「本土決戦を覚悟して云々」しか歴史観がないのが困ったものですね〜。

2006/12/24(日) 午後 0:08 [ ぬくぬく ] 返信する

陸軍の一部が「本土決戦」を主張していたのは事実ですが、日本政府は多少厳しい条件でも降伏を受け入れる方針でした。ところが、米国(連合国)は日本の和平工作を悉く無視した上、ポツダム宣言の内容は非常に曖昧で過去の如何なる戦争と比べても日本にとっては屈辱的で過酷なものでした。日本が支那事変の最中に蒋介石に何度も提案した異常なまでに譲歩した和平条件と比べると、1937年〜1945年に本当に戦争を止めたかったのが日本で、戦争をやりたかったのが支那や米英だったことが良く分かります。

2006/12/24(日) 午後 1:42 coffee 返信する

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フランクリン・ルズベルトはフリーメーソンの革命階位(序列33位)に序せられたのは、30年代から40年代における(不況から戦争へと導いた)功績に対してだったとか。今のところ此の出典は明らかに出来かねますがご了承ください。

2007/1/5(金) 午後 7:11 [ 日隈玄斎 ] 返信する

情報ありがとうございます。有りそうな事ですね。

2007/1/5(金) 午後 8:17 coffee 返信する

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根源に異民族を叩き潰すという白人優越主義の思想が見えています。ヨーロッパ戦線が長引きドイツの降伏が1年おくれたとして米国は果たして原爆を使用したろうか。2発の原爆投下に人種的な偏見が存在したのは確か。そういう意味で太平洋戦争は仕組まれたといって過言ではないと思います。 削除

2007/4/21(土) 午後 10:48 [ 竜馬宜しく ] 返信する

[ 竜馬宜しく ]さん。既に勝敗が決していたらドイツには投下しなかったでしょう。東京大空種だって民間人の虐殺が目的でした。 http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/15510803.html

2007/4/22(日) 午前 2:17 coffee 返信する

TBありがとうございます!傑作ぽきっ!

2007/6/27(水) 午前 2:45 [ war*uk*doni**fukuki*ar*0*13 ] 返信する

単純バカのアングロ・サクソンが黄色人種相手に、「動物実験」をしたのが核攻撃だったんでしよう、「300年かかろうがアメリカをいつの日か屈服させる」気概を持とう!

2007/7/7(土) 午後 0:45 [ ネオ若狭 ] 返信する

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大東亜戦争の原因として、

人種差別の要因が背景に色濃く存在している。

これについて、無視する論調が多いですね。

けっさくドスン!

2007/8/25(土) 午前 2:25 tatsuya11147 返信する

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ハジメマシテ、すいません、
転載させて下さい

2007/11/30(金) 午後 2:10 [ 伊右作 ] 返信する

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初めまして・・・。
05年に公開された映画を観て他の大勢の感想を読み、その差に驚くと供に違和感を感じ、あの戦争について常々以上に思慮を深める気になり、以下の本を今までに読みました。
「国家の品格」藤原正彦 著 新著社
「武士道」新渡戸稲造 三宅書房
「大東亜戦争の正体 それはアメリカの侵略戦争だった」清水馨八郎 著 祥伝社
「あの戦争は何だったのか 大人のため歴史教科書」保坂正康 著 新潮社
「日本人として知っておきたいこと」中西輝政 著 PHP新書
「日本人の品格」渡部昇一 著 ベスト新書
「マンガ渡部昇一の昭和史」原作 渡部昇一:漫画 水木繁 宝島社
「日本は勝てる戦争になぜ負けたのか」新野哲也 著 光人社
先週、こちらの記事を目にして、何故か?脳裏に焼きつき忘れられず、12日に注文しました。
内容を正確に理解出来る自信は有りませんが、新たな観点を気付かせるのでは?と思います。
興味深い本の存在の認知、ありがとうございました。 削除

2007/12/14(金) 午後 3:16 [ 某現代日本人 ] 返信する

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TB有難うございました。
何がんでもやりたい実験なんですね。今後も新兵器が出れば
実験台にのせられる国は、いくつも出てくるかもしれませんね。
ポキッ

2007/12/18(火) 午後 1:20 神無月 返信する

[ 某現代日本人 ]さん。良い本を沢山お読みのようですね。
渡部昇一や中西輝政は私も好きですが、保坂正康はイマイチです。
『アメリカの鏡・日本』ヘレン・ミアーズ著、是非お読み下さい。
歴史の真実を知るなら、『シナ大陸の真相』K・カール・カワカミ著(1938年)もお奨めです。

2007/12/20(木) 午前 0:56 coffee 返信する

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報告
当本、やっと本格的に読む機会を得て、
仕事を事実上放り出して4日間かかって読みました。{2/22〜26}
当本=妙訳版を取得して読む前に再度確認の必要を感じ、明治以後〜現代までの概要を解説した本を読みました。
又、日露戦争を描いた映画3本と主に日米戦争関係[トラ!トラ!トラ!][パールハーバー]真珠湾関係は2度目[ああ決戦航空隊][俺は、君のためにこそ死ににいく]をDVD鑑賞。
そしてGHQ所属のカメラマンが写した戦後日本の写真集を見ながら・・・。
つまり、再度、戦後の感覚を擬似構築したかった。

字数制限?続く・・・ 削除

2008/2/28(木) 午後 10:50 [ 某現代日本人 ] 返信する

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人はそれぞれに読解力が違います。それは仕方ありません。
大切な事は読んで≪心≫で感じる事と思います。

著者は外国人で独特の表現で難解に感じたが、数ページ進む事に≪!≫に。
それは今までに私が悶々と感じてきた幾多の疑念・推論が一本の糸で繋がれ絶妙の均等感覚で再構築されていく様だった。一度、読み出したら難解であるが時間を忘れ夢中に読んだ。
訳者は原文を涙を流しながら読んだと記述しているが、その心情に共感できる。私の場合、思わず目を見開き息を呑んだ所が在り、失笑をしてしまった。そりゃそうだ!と呟く。又、訳者は[胸のつかえが・・・]との想いで膨大な言葉の密林に格闘したに違いない。私も同感だ。そして有難い!

又、マッカサー元帥が発禁した理由も判る。確かに占領統治に支障がきたす恐れがあると思われる。
ちなみに昨日、書店で偶然に真珠湾攻撃の現場最高指揮官だった方の回顧禄に、GHQ最高司令官解任後に自宅に招かれ
現憲法の9条の件は悔やんでいた・・・要約との記述を見つけた。

続く・・・ 削除

2008/2/29(金) 午前 0:42 [ 某現代日本人 ] 返信する

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確かに明治中期〜昭和初期は世界中混沌として理解しがたい。全く、該当期は[歴史‐時代認識のルービックキュウブもしくは樹海]と思う。
少なくとも我々は日本人なのであるから、幕末期までの経緯を[心]で理解しておかないと該当の[歴史の樹海]で遭難すると思う。もっとも私も含め現代の日本人の多くは既に迷子に為っていると思われるが、他人がそうだから構わない!では困る!
当本を読んで素直に「大日本帝国万歳!」と言えそうな気がする。
我々日本人は当時の常識国家体制{帝国‐植民地政策の矛盾点と限界点を世界に身を以って満身創痍になって示したのでは?と思う。

★この本は、これから小学・中学生の歴史科教員志望の人達に是非とも、読んで貰いたい!

続く・・・ 削除

2008/2/29(金) 午前 1:10 [ 某現代日本人 ] 返信する

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今度は3月1日公開[明日への遺言]と云う戦後地方軍事裁判を扱った映画が公開されるらしい・・・。観ようと思う。

新しく『シナ大陸の真相』K・カール・カワカミ著(1938年)の紹介、ありがとうございますm(__)m
実は去年夏に買った本が数冊が未読状態ですので、機会をみて探してみます。
ちなみにその本名は「戦後教育で失われたもの」森口朗 著 新調新書 「幼児化する日本社会 拝金主義と反知性主義」榊原英資 著 東洋経済新報社 他です。

長文・・・失礼・・・・。 削除

2008/2/29(金) 午前 1:13 [ 某現代日本人 ] 返信する

[ 某現代日本人 ]さん。
ご丁寧に読後の報告をして頂き、ありがとうございます。
お役に立てたようで、こちらとしてもうれしいです。
『シナ大陸の真相』K・カール・カワカミ著(1938年)も機会があれば是非どうぞ。
私はこちらの方が感動しましたし、歴史資料としても具体的です。
他にも、私が気に入った歴史関連の本の一部は、主に、「日清・日露戦争、義和団、WW1」と「満州事変、支那事変、大東亜戦争」の書庫に記事として書き写してあります。
いくつか抜粋を読んでみて気に入った本がありましたら、お読みください。
中には非買の本もありますので、そのときにはご相談ください。

2008/3/5(水) 午前 1:21 coffee 返信する

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旧日本軍が中国や朝鮮におこなった仕打ちを考えれば、日本人は何も言えないような気がする。 削除

2008/9/23(火) 午前 0:58 [ 平和主義者 ] 返信する

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[ 平和主義者 ]

大きい声を出して100回読め!

民衆を虐殺する支那軍・民衆を救出する日本軍
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/12624238.html
支那の「極悪暴虐・大虐殺」と「卑怯な逆宣伝」のまとめ
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/12704324.html
支那軍による虐殺
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/11717562.html

朝鮮の変遷・李氏朝鮮時代→日本統治時代→現在
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/21665810.html
李氏朝鮮時代→日本統治時代・日本が朝鮮半島に残した資産
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/25876198.html

2008/9/28(日) 午前 11:34 coffee 返信する

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