ジィジ・オストメイト

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病は気力

2012年11月15日(木)
 
医師・ソーシャルワーカー・師長・担当看護師・ケアマネージャーと話をしました。
 
父の経過状況、退院に向けて、退院後の生活について・・等
 
毎日、父の病室に通っている母から電話をもらい、父の様子を聞いていましたが
手術2日後、自宅に帰った途端、疲れが出たのか、私は風邪をひいてしまい
強めの抗生剤を出してもらい、クラクラしながら仕事に行き
感染させては命取りだと、父の病院へ行くことが出来ませんでした。
 
イメージ 1
 
2週間ぶりにマスクをして父に会い、話をしてきましたが
肥満体型がすっかりやせてスッキリしていました。
食べられないのと、術後翌日から(汗)スパルタ看護師に、起き上がり歩かされ^^;
かなり痛く辛いリハビリのお陰で、点滴をゆっくりとガラガラしながらでも入院前より
歩けているではないか!?
もう、寝たきりになるなぁ。。と思っていた私は、そんな父の歩く姿を見て感心。
 
そして、父からの伝言で、入院中に入れ歯を治したいから、歯科に連れて行ってほしいとお願いしてほしいと頼まれた。
・・・食べる気だ・・・ まだ、流動食〜3分がゆだっつーの!^^;
 
 
大手術で一命をとりとめた父は、今のところ、順調だそうです。
でも、予後不良の病なので、いつ、どこでまた血管が詰まるか、又細菌感染や
合併症や壊死の再発の危険が常にあります。
父には、血流が悪く、腸が壊死した。と説明していますが、後の事は濁しています。
 
致死的状況で、救命率の低い状態での大手術で一命をとりとめた父。
大事な命と交換に人工肛門を増設した父です。
歳老いてから、突然の体の変化に生活を慣らしていく事は、本当に大変です。
 
命があることに感謝して、一日一日を大事にして
出来るだけ、父と母と時間を共にして過ごしていきたいと思います。
 
担当してくれた執刀医を始め、看護師さん達、本当に感謝します。
 
そして、痛みや不安と向き合い、変わってしまった身体で頑張っている父。
毎日心配し、病室に通い、ストーマーの交換の協力指導を受け、疲れきっている母
 
そんな歳老いていく親の姿を見ながら・・
2人の娘として生み育ててくれた事に感謝しながら、出来るだけの事をしたいと思います。
 
母と2人の弟が医師の説明を聞き、沢山の色々な書類(同意書等)にサインをし
やっと、手術をしてもらえたそう。
父は夕方からお腹が痛みだし、堪えきれなくなり救急車を呼んで
全身麻酔で手術が始められるまでの間約6時間、七転八倒し、苦しんだそう。
 
 
 
平成24年11月1日
手術前の医師からの説明(母・長男・次男が聞く)
 
<病状>
・小腸壊死→門脈ガス血症
・非閉塞性腸管虚血
・致死的状況
 
<治療>
・手術(壊死腸管切除)
 
<基礎疾患>
・糖尿病・高血圧・動脈硬化
 
<その他>
・手術しても救命できるかどうか厳しい
・合併症も起こる可能性高い
 
血流が悪く、小腸に壊死が起きている。
このまま放置だと一両日で亡くなるとの事。
全身状態を見ても、手術は救命処置。
手術をしても救命できる可能性は極めて厳しい。
手術中に亡くなる可能性もある。
手術は2時間〜3時間の予定との事。
 
 
手術が終わるまで、待合室で待っている間、そんな話を聞き、祈る。
 
午前0:15から始まり、午前3:00を回り、「随分時間がかかっているね。。」
「時間がかかっているということは、頑張ってくれているんだね。。」
 
待合室で終わりを知らせるベルが鳴ったのが午前3:30を過ぎた頃。
その後、見るからに疲れ果てた様子の執刀医からの説明を聞き、
切除された病変を見ながら、説明される。
 
 
 
初めて知ったこと
人間は小腸が無いと生きていけない。
壊死が起こると短時間で壊死が広がっていく。
血流が行かなくなって細胞が死んでいく。
時間との勝負でもあるようだ。
 
 
 
平成24年11月2日
術後の医師からの説明(母・弟・旦那・私の4人で聞く)
 
<病状>
・非閉塞性腸管膜虚血→小腸壊死
 
<手術>
・回腸ー上行結腸切除
・小腸(空腸)人工肛門
・横行結腸粘液瘘
・救命的手術
 
<合併症>
・心・肺・腎(糖尿・肥満・動脈硬化)
 
<今後>
・出血・感染膿瘍
・再度腸管壊死など起こりうる
・人工呼吸器管理
 
大腸と小腸の壊死して黒く変色した病変を切除。
まだ怪しい色の所が斑にあるが小腸は1m50cm位残した。
人工肛門を2か所つけた。
緊急救命処置の手術であること。
手術しても予後不良の病。
いつ合併症等、急変するかわからない。
何か起きても、もう、手術は出来ない。
ある程度、覚悟はしておいた方がいい。
 
 
 
やんわり遠まわしに説明する医師の言葉を何度も聞いていても
わかっていない母に、私が、きつい言葉で言って、わかってもらう。
 
段々、どういうことか、わかってきた母は涙する。
暗い廊下が良く見えない母に腕を組み、寄りそい歩く。
 
 

この書庫は、父の闘病の記録として順不同に、思いつくままに気持ちや事柄を 綴っていこうと思います。ちょっと、重い内容になるので、コメント欄は閉じさせていただきます。初めての事だらけで、わからない事だらけで、どうなっていくのか・・・
もし、同じ境遇の方や、何かアドバイスをいただけたり、声をかけていただければ嬉しいです。その際はゲスブの方にでもコメントをお願いします。

 
 
 
 
 
 
 
 
 

記録として  父・75歳

2011年11月16日 心房細動(発作性) 救急搬送・入院時の病名(既往歴)

発作性心房細動・狭心症・脳梗塞・高尿血友(痛風)・下肢閉塞性動脈硬化・高指血症

胃潰瘍・大腸ポリープ

足腰が弱って来た一人暮らしの父に、昨年から介護サービスを勧めてきたが
なんせ、父には介護という負のイメージが強く、まだ大丈夫だとか、まだそんな歳じゃないだとか受け付けないで来た父。
 
しかし、心房細動や、極度の貧血や、胃潰瘍等、何回か救急車のお世話になり
春過ぎにやっと、父を説得し、認定調査を依頼し、夏過ぎ〜介護サービスを受け始めた時に
父の体に異変が起き、突然、父はオストメイトになりました。
 
11月1日(木)
この日は、父と母(母は弟家族と同居しています)と、父の部屋に置く家電を買いに
大型家電販売店に行き、父が通える事になるデイサービスの見学に行き
その後に住宅改修の為に打合せに・・・とちょっと、ハードなスケジュールでした。
 
一日、用事を済ませ、車で1時間半かけて夕方7時過ぎに帰宅。
その1時間後に母から電話が入り、今、ジイジが痛くて我慢できないから救急車を呼んだと電話があったから。病院が決ったらまた連絡すると。
 
先月転倒して打った腰か?それとも持病の心臓か・・話せないほど痛がっていたと。
そして、約1時間後に今から病院に行くって救急隊員から連絡があったと母から電話。
その病院に父の様子を聞こうと電話して聞いてみたら、まだ到着していませんって。
え?今まで、一時間もかかって、何してたの?!(@@;
 
母は多分、入院になると思うから、明日また来てくれればいいよ。と。
後は弟に頼んで気になりながらも夕飯を済ませ、旦那が泥酔して帰宅したところに
また、母から電話。
「今医者の説明を聞いたんだけど、ジイジ、手術するって。命にかかわるからすぐに来て。凄く痛がっているのよ」と。
泥酔の旦那も、話を聞いて、俺も行く!と今脱いだスーツを着てすぐにタクシーと電車で病院へ向かいました。
 
途中、麻酔したらもう会えなくなるかもだから、私がつくまで待っているから今どこかと電話が入りましたが、もう、救急車を呼んでから4時間も経っている。
凄く痛がっているんでしょ!、すぐに手術してあげて!と、電車の中にもかかわらず
小声(のつもりでしたが・・)で電話を切りました。
 
病院に駆け付けたのは午前0:30。
15分くらい前に手術が始まったと。
 
 
 
 
 

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