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デーモン閣下の地獄のWEB ROCK


 「忘れない」ということは「考え続ける」こと。


アメリカ合衆国と広島市の両方で「小学校教育」を受けた経験のある吾輩は、
毎年の本日、このことについて考える。
「みず…、水を」と言ってこと切れていった人たちのことを。
 
 吾輩のところに意見を寄せる人たちの中には
「今はこんなに豊かに復興したのだよ、と供養する心持ちで『(飲食物を用いた)優勝祝賀行事』があっても良いのでは?」というものがある。
確かにその考え方は有りだ『ある程度』の範囲内であれば。
 
 実は世の中の問題の多くは、案外と『程度』の問題なのだ。
で、その『程度』を判断する(…良し悪しのボーダーラインをどう思う)のかは、
センス(その人とその家族・周囲の人々が経験してきた歴史、宗教、文化、教育、ほか)によってまちまちなのだ。
だから世の中は難しいのだ。

 そのセンス(大多数の同意)をずる賢く利用されてファシズムも生まれる。
吾輩が思う、万人が『磨かれたほうがよかろう』センスは、
「『今現在、多くの人の心地がよい』と、『例えば二十五年後(子供の代)、多くの人の心地がよい』は異なる」ということを考えるセンスである。
 広島と長崎に原子爆弾が投下されたのが1945年。その25年後は1970年、大阪万博の年である。
その50年後が2020年 = 3年後である。

ではまたWebRock!

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