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15年余り前かな、講談社のモーニングに連載されていたマンガ(劇画かな?)の東周英雄伝の中の1話です。 作者は台湾の鄭問(チェン ウェン)で、二千年以上前の中国の春秋戦国時代の逸話(史書)を題材に描かれたものだと思う。 水墨画のようななかなか日本人作家には見られない筆致が印象深く、また多くのストーリーも印象的でずっと心の中に残っていたものが多いです。 「しょげい」と言う武技に長けた男がいた、母親の病を治す為の援助がきっかけで(結局母親は助からなかった)たちの良くない大臣の食客(部下?)となり安逸に贅沢に暮らす様になっていた。 その時の王は悪逆無道で民衆を軽んじ暴政を施し、良臣たる宰相の換言のみが唯一王への戒めとなっていたが、王はこれをこころよく思わなかった。 王は宰相の排除を大臣に命じ、また大臣は己の権勢拡大のためにもその命に従い、「しょげい」を刺客として、宰相を暗殺に向かわせた。 大臣の命により暗殺すべく宰相宅を訪れた「しょげい」は、宰相の住まいの貧しさと宰相夫妻の会話により宰相が善なる良臣であることを確信し「しょげい」は苦悩する。 良き宰相を殺すのは不仁、大臣の命に背くのは不義。 「不仁・不義にしてどうして天下の間に立つことができようか!」 叫ぶや自ら大木に突進し己の頭蓋を打ち砕き絶命した。 我が生命を持って「しょげい」は宰相を守りまた大臣にも恩を返したのだろう、規範に矛盾する生き方を取らずに我が身を滅ぼす潔さ、道を外さぬ生き様(死に様)に男気に当時はまさに男の本懐ここにありと感動たもんです。 最近ふと思い出し、自分自身の空虚感、虚ろな自分を何とか成り立たせるためにそう言った規範を好んでいた自分を思い出しました、そうだな今の自分ならそこから逃げれば良いのに、道徳感とか規範とか約束とかそんなことで命まで縮めることは無いよって「しょげい」に声をかけてやれるかなって思ってましたが。 近所の古本屋で見つけて、懐かしくなって購入したんですが、改めて読み返してみるとその画力のなせるところか「しょげい」の死にまたエールを送り感動していました。 なかなか心の中は変っていない自分に気が付きましてね、難しいな。 自由に生きることより、縛られて生きることに価値を見出しているのかな。
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