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生徒の不祥事で甲子園と言う晴れがましい舞台への参加を辞退することってどういうことのなか少し考えてみたんだけれど。 今回は関係の無い三年間一所懸命頑張った他の部員が可哀想だからと当の高校も辞退せず高野連も参加を認めたってことらしいけれど今までの数々の出場事態と比べて今回は好意的に考えられる要素が全く無いのだけれどこれも人心の移り変りのためかな。 そもそも生徒が不祥事を起こす、生徒を教育するべき期間として誠に持って恥ずかしいことをしてしまった、穴があったら入りたいと言うわけでは無かろうけれどおめおめと勝ったからといって国民的な催事である甲子園大会におめおめとは出場できないそこまで恥知らずでは有りませんとしたことが出場辞退への経緯というものじゃないのかな。 学校が自粛する、学校が受けるペナルティーである、自分のいる学校の責任を何故生徒が取らなければいけないのだとか言う人がいるけれど、家族であれ会社であれ属する集団における何らかのトラブルで生じた引責が個人に及ぶのは当然で避けられないのが当り前だと思う、まぁ公務員はあんまり関係の無い話かもしれないけれど。 時効の生徒を真っ当に指導することが出来ない高校がそのことに何の責任も感ぜず個人の権利のみを主張した結果の甲子園参加なのだろう、教育者として何の反省も責任感も何も無い有るのは自分達の利益のみ正に現代を代表する高校かな。 生徒が何をやっても学校は関係が無い生徒個人の問題であるとすることが今の学校では正論なのだろう、いじめを苦に自殺しても学校は知らなかった関係ない、授業料さえ払ってくれれば何も問題ないってことなのだろう。 生徒への思いなぞ何も無い、八百屋が自分の商品を可愛がるほども生徒のことなど考えていないって言うことだろうな、頑張った野球部員の権利は護るけれどそれだけってことなのだろうな。 高校野球はもはや教育の一環じゃなくなったてことかな、とっくにそうなっていたのかもしれないね。
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