|
「捧げぇー銃」
と34期儀杖隊長の掛け声が響き、M1ガーランドライフルの小気味良い金属音が響き渡る。 私は、最早、隊長ではなく唯の押し出される卒業生である立場を忘れて・・・ 後輩たちが立派にこなす諸動作に意識を集中し、彼らの退出までハラハラしていた。 無事に「ザッ、ザッ、ザッ」と去っていく姿を見送って初めて、「ホッ。」と胸を撫で下ろす。 「休め!」の号令と「気おぅつけ!」の号令が繰り返えされ、内閣総理大臣の訓示や学校長の挨拶などが粛々と続く。
そして、卒業証書の授与となり、前列の者から、1列毎に一斉に立ち上がり、舞台上手のスロープで待機し、一人ひとり、夏目学校長から大きな証書を受け取っては、速やかに下手のスロープをキビキビと下りていく。 400名程の卒業生全員が受け取るわけだが、時間は思ったよりは短く済みそうだった。何時しか、私の列の番が回ってきて、自分の二人前の右手の同期の動きに注意して立ち上がった。(ひとつ隣を意識するのでは、一斉に立ち上がる事は出来ない)
我々の列は上手く立ち上がる事ができ、行儀よくスロープに並んだ。 そして、刻、一刻と学校長の顔が近づき、いよいよ私の番が回ってきた。 「電気屋としき」とアナウンスがかかると私は、鋭く返事をして、証書を受け取る。 無事に、イメージトレーニングをしていた通りに、(少しまごついたが)何とか無事にスロープを下ることが出来た。 その後、自分の席に戻り、卒業証書の上に制帽を載せ、後は、あの一瞬を待つばかりになった。 式典は無事に終了し、内閣総理大臣をはじめ各国武官達も退出していく。
残された我々は、落ち着かず刀のコジリをガシガシとさせるように、帽子の鍔にかけた指を曲げたり伸ばしたりして、ジリジリと待っている。 その間、テレビカメラのスタンバイや退出口の確保が行われているのだ。 やがて、今まで正面を向いて号令を掛けていた、後期学生隊学生長が初めて回れ右をして、振り返った。
一瞬、彼の顔に、淋しさと、喜びと、緊張が入り混じった複雑な影が差したかと思いきや、怒涛の号令を放った。 「33期、別れぇぇぇぇ!」
私は、「オゥゥゥッス!」という訳の判らない叫び声とともに、渾身の力で右手に持った制帽を天めがけ放った。
自分の右手がスローモーションに動くように感じられ、帽子がこれまたユックリと右手の人差指と中指の間から立ち上り、グングンと駆け上っていくように思えた。 当初、高度が低く、視界を遮っていた帽子たちは時間と共に、天に小さくなりながら吸い上げられていく。 放物線の頂点に届いたとき、帽子の群れは、まるで紺色に咲いた星のようであった。 私はこの一瞬の短い時間のうちに、4年間を振り返り、最も大切な人に思いを馳せた。 そして、古代の羊飼いが天空の星を繋ぎ合わせ様々な絵を組み上げたように・・・ 私は帽子を繋ぎ合わせ、”H”の笑顔を思い描いた。 やがて、万有引力に引き戻され、帽子が床に向かってくるのを感じると、私たちは退出口に向かって駆け出した。 ”H”は帽子の乱舞を、思わずハンカチを握りしめ見入っていた。
放り投げた帽子が、まだ床に落ちる前に、卒業生達が退出口に怒涛のように会場から噴出していくのを眺めながら、心の中で「としき、おめでとう。」と念じた。 そして、足早に、タクシー乗り場へ向かった。 「”H”は確かに自分の青春も彼と一緒にあったのだ。そして、その青春の終焉を彼と一緒に迎えたのだ。これで良かったのだ。明日からは、それぞれの道を進むのだ。」 「ありがとう。」 と心の中で何度も呟いた。 タクシーは、頼みもしないのに少し遠回りをしてくれた。
タクシーは、シェルのガソリンスタンドを左折して、青い東京湾を右手に、ベース方面に向かって小さくなっていった。 つづく
|
全体表示






おはようございます
今更ですが聞くは一時の恥で卒業式に何で帽子を投げ上げるのですか?TVで競輪学校の卒業生も(学生)も校庭の木の枝に引っかかるように投げあげて居ました。防大の帽投げは毎年TVで放映されますがパイプのイスが跳ね跳び散乱あれは危ないな〜といつも思います特に席の中ほど後方の卒業生は大変だなぁ〜とヒヤヒヤして見てますよ(笑)もう一つ、学生長?の号令で投げ上げますが何を言ってるのか良く聞きとれません、、
2014/4/16(水) 午前 7:15
体育館(講堂)はたいてい写真の様な空間(縦横の長さの比率)だと思いますが防大の今の記念講堂はもの凄く長方形ですよね開校祭で最初に入館した時ビックリして立派な建物だと感心しましたよ。床の帽子を一つ盗んで帰りたい(爆笑)
2014/4/16(水) 午前 7:24
初めて防大の卒業式の帽子投げを見たのはTV のニュースで高校生くらいの頃だったかな
帽子を投げてわーっと走っていくのがすごくかっこよくて鳥肌がたった(^^)のを覚えています
たくさん中身のつまった4年間の最後の瞬間なんだなと思うと感動してしまいます
そんな4年間をそばで共に過ごしたHさんの気持ちを考えると辛いですね
別々の道を行くことを決意されてきて、
としきさんが帽子を投げた瞬間がお別れの瞬間なんですよね
けじめをつけるために強い気持ちでのぞんだのかな
なんでお別れってあるのかなぁ
(/_;)/~~
[ けいぴ ]
2014/4/16(水) 午後 5:28
スカ爺様
帽子投げの合図は「○○期、別れぇ!」だと思いますが。最近はどうなのでしょうか?どちらにしても最後のこの瞬間は、「阿吽の呼吸」でございます。
[ 電気屋としき ]
2014/4/17(木) 午後 9:31
我々のときは開校祭が中止となりましたが帽子投げはする事ができました。
しかし、東日本大震災の時には帽子投げを出来なかった後輩達がありました。静々と退出していく彼らの気持ちは如何ほどだったでしょうか?今や彼らは立派に部隊で頑張っておられることでしょうね。
心から彼らにエールを送りたいと思います。
そして被災地の復興を、それが如何に難しいか!体験した神戸市民の一人としても、祈念させて頂きたいと思います。
[ 電気屋としき ]
2014/4/17(木) 午後 9:38
けいぴ様
なんで、なんで?
この時の私の気持ちですねぇ・・・
もう少し、我慢してお読み下されば嬉しいです。
卒業式で帽子投げの後、何故走るか?
次の章で内幕を少し語っておりますが・・・イメージ壊さなければ良いのですが・・・
[ 電気屋としき ]
2014/4/17(木) 午後 9:41