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神戸市役所の裏手から深夜バスは出発する。
私は平家の都(神戸)から源氏の都(鎌倉)へ赴く。
卒業して、20年ぶりに、息子と訪れた母校のある横須賀。 そこで、意を決し投函した葉書。 実は葉書には住所や電話番号などは書いていなかったが・・・・ 悩むに悩んだ挙句、携帯用ではないメールアドレスを記載していた。 その理由は・・・・ もし、”H”から何らかの連絡があったならば、その対応には落ち着いて、じっくり時間が欲しいと思ったからだ。 さて、今までは、殆ど私側の視点で話を進めてきたが、このエピローグでは”H”の身に成り代わり纏め上げていきたいと思う。
「電気屋としき」が、母校の防衛大学校を訪れ、久里浜の郵便局にあるポストに投函した葉書。
その葉書は勤勉な日本のシステムのお陰で、翌日には”H”の実家に届けられた。 ”H”のご両親は既に、リタイアしており、殆どの時間を別の土地で過ごしている。 近くに住む”H”は、実家の管理を兼ね、週に2、3度、やっくる。 11月、秋のとある日。
汐入駅からの潮風がベースの匂いを巻き上げ、坂の上にまで届けてくれる。此処は横須賀。 ”H”はいつものように門の鍵を、旧式の、軸が細長い、まさしく鍵という名に相応しい真鍮でできた工芸品を鍵穴に差し込んだ。
油が切れかけているのか、最近、殊に回りが悪い。 潤滑油をそろそろ吹きかけないと・・・と思いながらカチリと開けた。 何時もの様に郵便受けを開け中身を取り出そうとしたが、うまくいかず、紙片の束が地面にドッチャリと落ち、バラバラに広がった。 慌ててかき集め、玄関扉に向かいながら、紙片たちの確認をはじめた。 自動車保険の更新の案内、健康保険の請求書、さいか屋からの催し物ダイレクトメールと続く。
そして、とある1枚の葉書の番が来た。
「何だか、読みにくい字・・・、でも何処かで見たような・・・、でもその字の中から、何か懐かしい、忘れかけていた何かが潜んでいるような????」 玄関の前に来ていたので、一旦、葉書から目を外し、違う鍵を取り出して楡の木のドアを開けた。 ドアを開けると、秋にしては暖かい日差しが玄関のタイルに差し込んだ。 閉めながら、先ほどの文章の続きに目を落とす。 「20年ぶりに母校にやってまいりました・・・・」当初は教師をしていた父親への手紙と思ったが・・・・
文章の最後に「小原台にて」と書いてある。 思わず、「ちょっと待って!」と小さく叫び、慌ててひっくり返し、表面の宛名と送り主の名前を見た。
自分宛に書かれた手紙だった。 「まさか!」 しかし、もう一度、名前を確認して、おもわずその場に立ち尽くした。 頭の中が回転木馬の中に押し込まれたように、グルグルと回りだした。 遠くで消防車のサイレンがケタタマシく響きわたっている。 脳裏には忘れようとしたが忘れられない学生時代。そっと胸の奥に仕舞い込んだ筈の熱い想いが蘇ってきた。 どれぐらいの時間が経ったのだろうか?
その手紙を両手で包み込むようにして、胸に当て、抱きしめている自分に気がついた。 そして、慌ててその手紙をエプロンのポケットに押し込んだ。 葉書にはメールアドレスが書いてあった。
返事を出すべきか、止めるべきか悩むに悩んだ。 そして、意を決し返事を出した。 20年の年月を超えて、お互いの近況を僅かだが知ることが出来た。 神戸の震災時、死亡欄に彼の名前が乗らないことを祈るような気持ちで、新しい命を抱きながら、毎日過ごした事を思い出した。 今回のことは、彼の確実なる生を確認できた瞬間でもあった。
それから、何度か、桜は、散っては、花を咲かせ、また散った。
いつしか”H”と彼は、シングルに戻っていた。 そして遂に、彼が深夜バスに乗ってやってくる。 季節は梅雨を迎えようとしていた。 待ち合わせに、折角なのでアジサイで有名な長谷寺を選んだ。 時間は、家の用事を済ませて出かけることを考え10時30分頃と。 JR横須賀駅から鎌倉まで行く。そして江ノ電に乗り換えて観光客で溢れる車両に乗り込んだ。
心臓がもう高く鳴っている。
長谷駅は長谷の観音様と鎌倉の大仏さんで、いつも観光客が溢れている。 江ノ電を降りて、海の匂いとは反対方向に向かって歩き出した。 ちょっと、自分の脚ではないフワフワとした感覚がある。 肉屋さんを過ぎて、観光客向けのお土産屋を過ぎ、カメラ屋の角を曲がった。 オルゴール堂、旅館対僊閣、を過ぎると立派な松と門が見えてくる。 近づくにつれて、ますます心臓がドキドキとしてくる。 遂に、長谷寺の入口に着いたが・・・・・彼の姿は見えない。 時計を見た。10時33分だった。
不安は無かった。学生時代、お互いを信用してマルッキリ違う日本丸の前で過ごした時間を思い出した。
ハンドバッグを開けて、財布を取り出し、そういえば、(先日、写経の時に頂いたのだが・・・)入場料割引券が何処かにあるはずだと探り始めた。 探す行為で、心の冷静さを保とうとしたのだ。 やっと、割引券を見つけ一安心したときだった。 正面から、ただならぬ、視線を感じて目を上げた。 10歩ほど前に、一人の男性がジッと自分を見つめて立ち尽くしている。
先程、大型観光バスが到着したばかりで、周りには多くの観光客がそこらじゅうを右往左往していた。 立ち尽くす男性が、一目で誰か、分かった。 小原台時代から比べれば、少しふっくらし、紅顔の青年とは程遠い白髪の増えた中年男性。 20年以上の時間の波に晒されてはいたが、間違いなく自分が愛し続けてきた男性だった。 やっと、現実の彼に向かい合った瞬間だった。
彼を認めた瞬間、周りにいる幾多の観光客の視線など、あっという間に霧散した。
二人だけの世界に嵌まり込んでいた。 「としき!」と小さく叫ぶと、彼の胸に向かって一目散に駆け出し、彼の前で一旦立ち止まると、両手を大きく広げて、抱きついた。
一瞬の出来事だった。 あの頃と同じ、懐かしい匂いがする彼の胸に顔を埋めた。
彼は始め、驚いたように両手を下ろしていたが、一呼吸置いてから背中に手を回してくれるのが分かった。 彼は小さく、しかしハッキリした声で叫んだ。 「会いたかった。」 二人は、驚く観光客をしりめに抱き合いながら何度も、「会いたかった。」をお互いに、そして交互に繰り返した。 「YOKOSUKA STORY」から、第2幕の開く音が、二人には、ハッキリと聞こえていた。
完
再び、防衛大学校逍遥歌 口上の筆頭部から
「古き名門に生まれし乙女に恋するを真実(まこと)の恋といい
巷(ちまた)の陋屋(ろうおく)に生まれし乙女に恋するを真実(まこと)の恋でないと誰が言えようか!」 「そうだ!!!!」
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感動しました!
読みながら、えっ?えっ?えっーー!!
エピローグ、何度も何度も読み返しました。
ラストがこんな事になっているなんて、素敵です(*^^*)
愛読者の期待を見事に裏切ってくれました♪
また最初から読み直ししたいと思います。
欲を言えば番外編なんかも読みたいのですが♪
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2014/4/19(土) 午後 8:32
青豆様
何時も、”H”との恋愛におけるキーポイントで沢山のコメントや感想を頂き、とても筆者として心強く、大切な存在のお一人が青豆様でした。今回もとても心強いエールを頂き恐縮しております。
「運命」という言葉で何時も思い出すのが「アラビアのロレンス」の主人公の言葉であり、同じデビッド・リーン監督の「ドクトル・ジバゴ」です。この作品は灼熱の砂漠と極寒のロシア、戦闘に明け暮れる軍人とは程遠い教養溢れる若者。かたや、革命に翻弄され恋愛の中に居場所を見つける医者であり詩人。私は高校時代この2作品に強く影響を受け防衛大学校に進んだようにも思います。これらのバランスを取ろうとしているところへ、私的事情が押し込まれ、どちらも私の掌から零れ落ちていってしまったのです。学生時代の”H”には大変な心痛を授けてしまいました。しかし、これからは、スコアを取り戻せるチャンスもある事に感謝しています。
[ 電気屋としき ]
2014/4/20(日) 午後 8:32
ろく様
「永遠のゼロ」良かったですねぇ。
コメントを拝見して、本当に嬉しい言葉だと思いました。
何故なら、私のブログを見て下さりながら、ご子息の進路への理解へ一助の役割を果たす事が出来たのですから。
第2の卒業証書授与の時の学生課長の課題のうちほんの少しだけ及第点を頂いたような気になりました。まだまだ宿題はあるはずです。それを「自ら見つけ、自分の宿題にして取り組め。」任官辞退者への一生の課題だと思っています。そしてその課題に取り組めるのは自分が自ら、自分の殻をやぶるしかない。このブログを書き上げることで、殻を少し破れたのかもしれません。ありがとうございます。
[ 電気屋としき ]
2014/4/20(日) 午後 8:44
KAKA様
振り返って、想像するに・・指導官から見れば・・・
電気屋学生は本当に困ったというか・・取り付く島が何処にあるか判らない学生だったと思います。
そして、自らもそれに戸惑い対人関係の悩みを”H”に相談し続けていた気がします。
いつの日か、中隊指導官にお会いできる日が来れば真摯に、あの時のお礼を申しあげたいものです。
[ 電気屋としき ]
2014/4/20(日) 午後 8:50
けいぴ様
こちらこそ、お読み頂きありがとうございます。いつも”H”の心境に思いを馳せて下さるコメントを頂きました。男性として抜けがちになる、その微妙な呼吸のコメントの中に何時も大切な真実を見つけさせて頂いたのではないかと思います。
実を言うと、書いている本人が、このブログ中に何度も涙を流しています。自分の事を自分で書いて自分で涙を流している。自衛隊の目指すところが自己完結でありますが・・・此処まで自己完結しなくても!と思い、ちょっと吹き出してしまう自分も・・・私はやっぱり変人ですね。
[ 電気屋としき ]
2014/4/20(日) 午後 8:57
mama様
愛読者の期待を裏切ってしまったようですね。
20年以上も前の話を学生時代と同じ年月をかけて、もう一度卒業する。実際には4年と5か月かかっていますが・・・
我ながら酔狂な事をしたものだと思います。私自身は一から読み直す事をしてはいませんが、どれぐらい時間がかかるものなのでしょうかね?(笑)また、読んでいただけることに感謝です!!!
[ 電気屋としき ]
2014/4/20(日) 午後 9:44
内緒様
謎解きになりましたか?
やっぱり、ハッピーエンドですよねぇ!(笑)
[ 電気屋としき ]
2014/4/20(日) 午後 9:46
電気屋様
小原台より何も連絡のない愚息(4月より鬼と挌闘中)の代わりに、電気屋様のブログを妻によく話しました。妻も喜んで聞いてくれて、夫婦ともに有難く感謝しています。
[ お茶むらい ]
2014/4/20(日) 午後 10:24
ほっとしました。お幸せをお祈りいたします。
[ ぱる ]
2014/4/20(日) 午後 10:31
あえて「また」と申し上げます。
いつか、またお会いしたいです。
ありがとうございました
「別れ!」
[ #36帽子回収要員 ]
2014/4/21(月) 午前 0:35
卒業おめでとうございます
としきさんのブログに出会ってから、もう4年ほど経ちました。もともと団塊の世代である私にとって自衛隊は必ずしも肯定することができず、防大に行きたいと言う息子に困惑した時期もありました。ただ、息子が真剣に考え導きだした結果ならと、応援し少しでも自衛隊や防大のことを理解しようと、様々情報をチッックしている中で、このブログと出会いました。そして、ここでスカde爺さんやyokosukaさんなど様々な皆さんに出会うことができました。
おかげ様で今ではすっかり自衛隊フリークです(笑)
息子は今年の1月から海上自衛官としての第一歩を踏み出しました。
それから、Hさんのこと、実は勝手なエンディングを推理していたのですが、見事に外れました(笑)
としきさんの健康とご活躍をお祈りいたします。
そして、ご子息様の未来に幸多きことをお祈りします。
本当にありがとうございました。
もちろん続編期待してますよ。
[ もんじゅ ]
2014/4/21(月) 午後 6:39
お茶むらい様
そんな風に、私のブログをご夫婦の間で話題にしていただき、ご子息に思いを馳せていらっしゃったんですねぇ。
お役に立てていたんですねぇ。
此方こそ、胸が詰まります。
[ 電気屋としき ]
2014/4/21(月) 午後 9:07
ぱる様
いや、此処でホッとされても!(笑)ぱる様のようなコメントを頂くと
・・・当初は非常に不安だったのです・・・・
防衛大学校の生活の上に、”H”との恋愛を入れて描いていくことが私にできるか?
でも、何とか描けたのかな?と、私の方がホツっとしちゃいます。
[ 電気屋としき ]
2014/4/21(月) 午後 9:11
#36帽子回収要員様
「また」は、非常に嬉しいお言葉です。
立場は違え、同じ時間を同じ場所で暮らしたのですから・・・
でも一つ、お願いがあります。
「別れ!」ではなく・・・・・・
お互いの健勝を祈念して、またお会いできる日まで・・・・
「帽、振れぇぇぇ」
[ 電気屋としき ]
2014/4/21(月) 午後 9:25
もんじゅ様
ご子息の選択を真摯に受け入れられ、辿り着いたところの一つが私のブログだったのですね。
確かに、私は卒業生ですから、あの高台でどんな教育を受けたのかをお伝えすることができました。
でも。振り返るに、皆様から色々なご質問などを頂くうちに、皆様から数多くの言葉にならないほどの沢山の事を教えて頂きました。
当方こそ、読者の皆様に感謝でいっぱいです。
コメントの最後に息子の事まで、気を配って頂いたコメントに篤く感謝申し上げます。もんじゅ様、益々のご健勝をお祈りいたします。
[ 電気屋としき ]
2014/4/21(月) 午後 10:13
内緒様
メールやライン、FACEBOOKなどSNSが発達する中、逆に「はがき」というツールが、昭和風の何ともノスタルジックな匂いが感じられますね。実はこのはがきの伏線は一番初めに思いついたのですよ。
[ 電気屋としき ]
2014/4/22(火) 午前 0:25
内緒様
私のブログを一気に読んで頂けたとは!
あの、素朴な質問ですが・・・流暢でも無いと思いますし、読み難い所も多々あるかとは思うのですが・・・・読めましたか?(笑)
さて、この春からご子息は小原台の住人ですか?私もできる事ならあの頃に戻りたいものです。
あぁ、訂正!「カッター訓練終わってからなら・・・」
キツイのは1年ちょっとだけです!
きっとGWには逞しくなった、目つきが少し変わったハンサムさんに会えますよ!
親御様も大変でしょうが、何とかなりますよ!
[ 電気屋としき ]
2014/4/22(火) 午後 7:55
電気屋としき様



えっ???
いつものようにスローテンポでお邪魔してみたら
思いがけない展開でビックリいたしました!
でも思い返してみたらこうなる伏線は何度かありましたね?
私は鈍かったのですね〜ちっとも気付きませんでした。(笑)
紆余曲折を経て電気屋学生さんが青春を賭けて愛したHさんと
再び巡り合えたのは深い意味があってのことだと思います。
としき様、Hさん、おめでとうございます
ナルホド・・・
防衛大学校逍遥歌 口上の筆頭部からの引用は
深い意味合いがあっての引用だったのですね〜!
エピローグのお見事な締め括りに脱帽しながら(笑)
ナイスの激ポチ〜☆
2014/4/24(木) 午後 0:36
SF様
学生時代からこの、筆頭部は大好きです。
あの頃から、「そうだ!!!」を力の限り叫んでいました。
その、自分のイメージを容にしたら、こんな締めくくりになっちゃいました。
[ 電気屋としき ]
2014/4/24(木) 午後 10:59
> wak*****さん
はじめまして。お読みいただき、また感謝のお気持ちまで頂き、此方こそ、深く感謝させて頂いております。
どうぞ、ご子息が、我々の後輩と云うことで、遠くにおりますが心から応援さえて頂きたく存じます。小原台はどれだけの人材と物語を生み出してきたのでしょうか?
そこに。4年間生活させていただきましたことは、私にとっても人生の宝です。ありがとうございました。
[ 電気屋としき ]
2016/10/8(土) 午後 9:29