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Bounasera!Signore,e Signorita Posso cantare e sognare una qualcosacanzione per voi? 「こんばんは。紳士、淑女の皆さま、あなた達のために何か一曲歌い、演奏しましょうか?」 「流し」は、そんな言葉を、レストランのお客に向けて声をかけながら、緩やかな坂道を。。 コロコロと手製のスピーカー付きキャリーを転がしながら近づいてくる。 私は、この「流し」が私の近くで演奏するのを期待して、テーブルの上に載っている赤いスパゲッティを追いやり、スケッチブックの新しいページを開き、新しい展開に対応できるように身構えていた。 その横で、私の気になるカップルを横目で観察している。 女性の身長はおそらく170cmを越えている。長い豊かな黒っぽい髪、鳶色の瞳、大づくりだが綺麗な容をした唇。職業は何だろう?でも明らかに人目を吸い寄せる花を持っているのは間違いない。服装は赤いスカートに黒っぽいジャケット、そして白いブラウス。。 それに比べて男性は、身長も低め、クシャクシャの茶色の髪。ファッションも特別お洒落と云う訳でもない。どちらかと云うと内向的な雰囲気が漂う。 穿った見方をすれば、何とか憧れの女性と初めての食事。。という雰囲気かな。。。 奔放な笑いの彼女。彼女の表情に一喜一憂する男性。 さて「流し」。。。。 いよいよ、彼が近づいて来た。 「流し」は当然の様に彼女に吸い寄せられ、声を掛ける。 それに対し、男性が「いや、いいよ。残念だけど。」と断っているみたいである。 そんなやり取りを眺めていると、彼女が突然、割って入ってきた。 Io voiglio cantare!
「私は歌いたいの!」 「流し」は「え?貴女が歌うの?歌うのは私のはずなんだけど。。。まぁ、良いか。。」って感じ。 突然、彼女と「流し」のチューニングが始まった。 「コードはこれぐらい?」 「いえ、もう少し高めで。」 そんな事を云いながら、ギターのコードを確かめている。。。 私は、これは面白くなってきた。と思い、スケッチブックにすぐ横に居る「流し」を描きはじめる。 やがて、「流し」のギターが奏でられ、コロコロのスピーカーからレストランの隅々に音が届けれるように、ゲインがあげられる。 「流し」のギターがゆっくりと低く奏でられ始める。 イタリア語ではなく、スペイン語での導入部。此処は「流し」が渋い声で入ってきた。 その、腰のあるメロディーで気が付いた。 私は胸のうちで感激した。 「まさか、この曲を月が顔を出してきた気持ちが良い夕べ、コロッセオを見ながら生で聞けるなんて!」 日本でもお馴染みの超メジャーな曲。スケッチする手の動きも、とても滑らかになる。 |
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Poi un bicchiere di Vino Bianco per fabore!
それと、白ワインをグラスで!
私はカミリエーレにリストを指さしながら何とか、料理を注文し、最後に白ワインを注文した。単に白ワイン(Vino Bianco)とだけ言うと、銘柄なぞお店のお任せの品がやってくる。
選んだ料理は、spagetthi alla pomodoro(トマトのスパゲッティ。。。日本でいうなれば、素うどん)とFish&Chips(これはイギリス料理だろう。。と思いながら、何だかジャンクフードが食べたくなったのだ。)と云う、とても贅沢な食事とは縁の遠いものになってしまった。
それはともあれ、この道路脇の席は一般通行人とも会話ができる特等席だった。
この旅行で、私はいつも鞄にスケッチブックと透明水彩絵具を忍ばせている。
BAR(バール)やTorratoria(トラットリア)で席を陣取ると、料理が出てくる間に、街角でスケッチしたものに彩色したりして時間を潰す。。
すると、必ずイタリア人は覗き込んでくる。
たまには、これが縁で、一杯のドリンクに化ける事もある。(それ以上の時も。。)
余談だが、イタリア人の美術教育は到底日本では考えられないレベルにある。
イタリアでは数学の因数分解や分数の掛け算ができなくても馬鹿にされないが。。。
文学(特にダンテの神曲)や美術や音楽、オペラを知らない者は軽蔑されるようだ。
だから、絵を描く者へは、大変なリスペクトの感情で接してくれる。そして絵が描けなくても、美術作品を正しく鑑賞できるように、大変な熱意で教育がなされている。小さい時から家庭の中では勿論、成長して、中学、高校でも大きな比重を占めているようだ。
私のような下手な未熟者に対してさえ、絵を描くという事に挑戦しているだけで、彼らの懐に入れるのは大変、嬉しい事だった。
そう、この日は、眼前に広がる巨大なコロッセオを描いてみようかと、スケッチブックを広げて水彩絵具を取り出し、コチョコチョと取り掛かった。描いていると、6歳ぐらいの金髪の女子が私のコロッセオに見入ってくれたりする。ご両親は、私に微笑みかけBello!とか言ってくれる。
何度か、そんな事があり、ふっと道の先を見上げる。この辺りは、コロッセオを見るには眺めの良い所で、同じようなレストランが何件も軒を並べている。
それぞれのレストランから、歩道にテーブルが零れ出ている。
その零れ出たテーブルと車道のギリギリのところを、1人の男が歩いてくる。
その男はアコーステックギターを抱え、キャリーを引っ張ている。
どうやら、そのキャリーにはアンプとスピーカーとバッテリーが縛り付けられているらしい。
昔、話には聞いた、高度経済成長期、日本に居た、「流し」がやってきたのだ。
絵は、映画「September Affair」からのシーン。日本語名は「旅愁」。
ローマで乗った飛行機がエンジン不調でナポリに緊急着陸。此処で出会う二人。意気投合してこれはチャンスとナポリ観光に出掛けるが、飛行場に戻った時には既に離陸。しかしこの飛行機は、墜落。二人は死んだことに。。。。この映画にはフィレンツェ等も出てきます。
1950年の作品ですが、ちょっとアダルトな佳作だと思っています。
個人的には、イタリアが舞台。。。「ローマの休日」、ヴェネツィアの「旅情」そしてこの作品が私のお薦め。
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「Avete un tarvolo libero in Terazza?」 テラス席に空きはある? コロッセオを見下ろす、ちょっと高めのレストラン。名前は忘れた。 思い切って、道に出ていたカメリエーレ(給仕)に、テラスを指さし、尋ねてみた。 テラスは2Fに設えてあり、見上げると満月には5日ほど足らない月が顔を出したところだった。 「Ha prenotato?」 予約はしていますか?とカメリエーレ。 「No non ho prenotato」 予約はしていません。と私が答えるとカメリエーレは首を横に振った。 でも、レストランの建物から道に溢れだしたテーブルには空席が目立つ。 私はテラス席を諦め、カメリエーレに 「posso scendere qui?」 此処に座ってもいい?と近くのテーブルを指さすと、人懐こいカメリエーレは満面の笑みを浮かべて軽く椅子を引いてくれた。 私は、椅子に何とか潜り込み、ワインリストと食事のメニューを頼んだ。 今回のイタリア旅行の最後の夜。 ちょっと、張り込んで良いものを食べようかと思ったが、どうやら胃袋は自重を要求している。一人でコースを頼んで、前菜からプリモ、セコンド、デザートを消化してもつまらない。アラカルトで1品か2品を頼み、後はハウスワインを楽しもうかと思った。 道端のテーブル席。 道へ目をやり、歩きながら喋る人々の会話に耳を傾けると、色んな国の言葉が聞こえてくる。若い人も、ちょっと初老の私ぐらいの年齢の人もさまざま。 ローマの9月はまだまだ暑い。。 そう云えば、「ワタルは今頃シチリアかな?」 偶然とは恐ろしい!何とこのローマで防衛大の同期と一緒に夕飯を食うことが出来たのだ。 FACEBOOK、様さまである。(詳しくはまた後程。。(笑)) 歩道から車道の方を見るとフィアットやシトロエン、オペル等の大衆車を縫うように、昔ながらのベスパが小気味良い排気音を立てて走り去っていく。そして路面電車やバスがトロトロと前を過ぎていく。 やがて、カメリエーレが忘れたころにリストを持ってきた。。 「Come L’aqua?」お水どう?と言う。 「L’aqua gassata per favore!」炭酸入りミネラルウオーターをお願い! と答えた。カメリエーレに注文しながら実は、私のすぐ斜め後ろに座っているカップルが気になって仕方がない。 彼女はとても美人なのだ!Molt Bella!! 男はちょっと。。。である。 絵は関空出発ターミナル。 |
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Buonasera!(こんばんわ) Puo comprare questa rosa!?(この赤いバラ買わない?)とアラブ系の「何でも売人」が言い寄ってきた。 私は一人旅、異性の連れ添いや現地調達の女性は居ない。 No non!(要らなーい)、私は答える。 イタリアの観光地ではアフリカ系の「なんでも売人」が幅を利かせている。 どうして、アフリカ系??と思った方には。。ちょっと私の考えを。。 地図を見ると。。。 イタリア半島は「長靴」、それが、「石ころ」のシチリア島を蹴飛ばしている。蹴飛ばされた「石ころ」は何処にぶち当たるか?それはアフリカ。チュニジアのあたり。其処には昔、強国が存在した。カルタゴである。ローマとカルタゴの戦い。それがポエニ戦争であり、防衛大学校で始めて教わった戦史の第一話であった。 彼らは、何処からとも無く現れ、夕立が来れば傘を持って、夜が近づけば夜空に投げて手元に戻ってくる蛍光塗料が付いたブーメランのような玩具、劇的なシーンにはバラ(赤、白)向日葵等の花、ホテルの周りでは電圧変更器、フィレンツェでは油絵の印刷風景画などを路上に広げ、観光客に売り付けるのだ。紀元前の恨みを今になって経済的打撃あるいは治安組織の攪乱を目指し、活動、仕返ししているのだ。 イタリアは3are(3アーレ)の国という。(アーレとは動詞の原形の形に使われるのだ。) つまり Amore(愛する):アモーレ Cantare(歌う):カンターレ Mangiare(食べる):マンジャーレ を意味し、人生を如何に精神的に豊かにエンジョイできるか実践していることを意味する。 ※因みに日本では、男性の愉しみとして「飲む」、「買う」、「打つ」があるがこれはイタリア語の辞書を引っ張ると。。 Bere(飲む):ベーレ Comprare(買う):コンプラーレ Scommentere(打つ):スコメッターレ 話を戻す。 それは、明日、ローマのFiumicino Airport から帰国の途につく前夜の第1回イタリアでの「La Ultima Cina」(最後の晩餐)の時に起こった。
絵は私のスケッチブックから。この旅行の1枚目(表紙)として描いたものだ。 |




