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電気屋版「人間の絆」
新しく、イタリアの紀行を元に短編小説に挑戦中

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最終話 卒業式5

イメージ 1
防衛大学校のお話も最後になった。

この章が終われば、後はエピローグという、若干の補足を付け加えながら最後の研磨仕上げ作業を行うだけである。(これもまた、一苦労だが・・・)
私は防衛大学校時代の話を結ぶにあたり、それを執筆する場所を、それなりの所で迎えようと思った。
いい場所があった。
「Resuturant&Bar アンカーの近くで学生時代、”H”とのデートで何度も前を通ったホテルである。
「Hotel New Grand」この403号室で学生時代最後の1章を書き上げたいと思う。
 
 
イメージ 2
 
図書館から私は自室に戻ってきた。先ずは寝室へ向かった。
自室といっても、最早、自習室の机の上に3個の鞄が置かれているだけである。
この日を前に、既に、大抵の荷物は宅配便で、神戸の実家へ送られていたからである。
私は、大好きだった常装の制服を脱ぎ、丁寧にロッカーの中のハンガーにかけた。
布製の袖カラーを外し、襟カラーを外し、襟章、袖の桜を外しベッドに並べた。
そして、下宿から事前に持ってきていたブレザーとグレーのチェックのズボンを身に着け、ネクタイを締めながら自習室へ入った。
 
何と!!、私の机の上には、真紅のバラの花束が置かれている。
メッセージカードをドキドキしながら開けた。しかし、其処には私の期待する筆跡は無かった。
花束はアカシア会のパートナー校から、卒業生各人に贈られたものであった。
私は正直かなり失望したけれども、生花を頂いたのだ。大事に持って帰ることにした。
そんな花束を抱えて思案している所へ、ノックが響く。

私が「どうぞ!」と答えると、1年生がヒョイッと顔を出した。
そして、「お届け物です!」と言うと、私に、先ほど総合体育館で放り投げた帽子を・・・・・・
サンタクロースが持っているような白い布袋から、私の帽子を取り出すと静かに差し出した。
私は花束を置き、両手で帽子を受け取った。(帽子は原則、焼却処分される事になっているが、そんな事をしても二酸化炭素と有毒ガスを吐き出すだけ・・・個人に譲渡された)
そして、もう一度、余裕がありそうな鞄を開けて、帽子を詰め込み、もう一度チャックを掛けなおした。
 
あと、残されたことは、荷物を持って此処を去るだけだった。
私が鞄を持ち上げた瞬間、中隊指導官が入ってきた。
「電気屋!居るか?」
私の顔を見て晴れ晴れしく中隊指導官は笑った。
「卒業おめでとう!頑張れよ!何か困ったことがあれば、遠慮なく電話寄越せよ!」
「そうそう、任官辞退承認証、それと、約束の品だ!」
と言って、「メコン」の空瓶を私の胸に押し付けた。
 
「メコン」の空瓶は酔った勢いで、「少し中隊指導官をからかってやろう!」と思いついた事なのに。
しかし、その空っぽの瓶の中に、中隊指導官の人柄と誠実さが溢れんばかりに充填されているのを感じ、私は有難く頂戴することにした。
大隊指導官の「裏切者」発言や「大喪の礼」参列辞退強要などで歪んでいた私の感情は、「メコン」空瓶のお陰で霧散した。
そして、先ほどの鞄のチャックをもう一度開けて、空瓶を詰め込んだ。
正真正銘、鞄はパンパンに膨れ上がり、その他一切の荷物を鞄は拒否をしていた。
 
鞄を持って中央階段を下りていく。
1年生のころに散々いたぶられた大隊週番室が見えた。
私は週番室にいた当直幹部に尋ねた。
「木札、貰って良いですか?」
当直幹部は言った。
「もう、帰校遅延することは一生無いな!良いぞ、もって帰れ!」
私は、寂しく笑った。
 
薄暗い学生舎から舎前に出ると、先日の卒業ダンスパーティーで妹殿の依頼をしてくれた同期が私の姿を認め・・・
陸曹長の階級章をつけた制服で・・・私にグングン近寄るや・・・・
突然、私を力の限りで引き寄せ、思いっきり抱きしめた。
涙もろい彼は、泣きながら「としき、頑張れよ!」「何時かまた、会おうな!」と言う。
近くにいた両親は言葉もなく、私達同期の世界を眺めているだけだった。
 
やがて、4年前、着校した時と同じように。(父のクラウンの型は最新式のものになっていたが・・・・)
トランクの奥に3つの鞄を放り込み、バタンとトランクを閉めた。
私は花束を後部座席の窓の所の開きスペースに置くと、明るく言った。
「戻ろうか。」
クラウンは防大坂を下りていく。そして右折。
シェルのガソリンスタンドを左折。

奇しくも。3時間ほど前に”H”の乗ったタクシーと同じ道を辿っていく。
私は、去っていく"H"と過ごした横須賀の町を、自分の網膜に刻みつけるために、父に指示を出して車を誘導した。
米が浜、横須賀中央駅、さいか屋前、”H”を押し付けたシャッター、ベース入口、EMクラブ前、汐入駅、そして葉山の横横道路のインターチェンジに向かい坂を上っていく。
この途中に、”H”の家がある。
私は”H”の家の方向を、首の関節が外れるぐらい、バラの花束の越しに見送った。
そしていよいよ、見えなくなると・・・・・

私は母に尋ねた。
防衛大に入校するとき無口を決め込んでいた母がこの度は快活に返事を寄越した。
「明日の僕のチケット持っている?」
母はハンドバッグから「はい、これ!」と言いながらキャセイの航空券を取り出し、差し出した。

パリ行きのチケットだった。
私は無性にオルセーへ。ドガの踊り子達を生で、見たかったのだ。
 
こんな事をして冷却期間でも置かないと・・・・一般社会に戻るには・・・小原台の生活はあまりにも苛烈過ぎた。
 
FIN

第447話 卒業式4

「あぁ、しんど!!」
 
総合体育館から同期の勢いに引きずられて、プールまで全力疾走してきたのは良いが、最近の運動不足もあり、スッカリ息が上がってしまった。
帽子を投げた後、何だってこんなに走らなくてはいけないのか!
そもそも、それが、伝統ではない。
卒業生達が「学生」という身分から、決別するための一つのアピールでも無い。
簡単な理由だ。

「時間が無いのだ!」

と、言うのもこれは、今や4大隊の学生の為だけに言える。
総合体育館から4大隊までの学生舎は遠い。
陸、海、空曹長の階級章と幹部候補生の徽章を付けた新しい制服に着替えて、また総合体育館傍のプールの傍まで・・・・
学生達のパレードで見送りを受けるために、トンボ帰りで、引き戻らねばならないのだ。
これで、お分かりだろう?
卒業生が走って会場を後にするのは、そもそも時間がないだけなのだ。
勿論、これが、事実だとしても、「納得いかない!」とおっしゃる方は、夫々の理由付けを付加されても一向に構わないと思うが・・・
 
話を戻す。
 
時間が無いのは、任官される同期の話。
では、任官しない者達はというと・・・・
これは、これで、一つのドラマがある。
任官しない我々は、図書館4階へと向かった。
これから、もう一つの裏の儀式が始まるのだ。
任官辞退する者、様々な理由があると思うが・・。我々の時には70名近くに及んだ。
そのため、会場はまだ、使用目的が定まっておらず、スペース的にも余裕があり、本館に近い図書館4Fが選択されたのであろう。
その、儀式の正式名は忘れたが、こんな名前では無かっただろうか?
「任官辞退承認式」
学校側が、正式に認めるという形ではあるが・・・
納税をしてきた国民を代弁して、学校側として、辞退を決意したもの達への最後の教訓を!
そして、これからの人生における大きな課題と宿題を課したもの、だと私は理解している。
 
我々は集合して、6列縦隊で待機していた。
窓の外では、何時しか、パレードの音が洩れ聞こえてきた。
吹奏楽部による演奏が始まったのだ。
国旗入場、観閲官入場、何度もパレードを繰り返してきた我々には、音だけで、今行われていることが容易に想像できる。
更に、暫くして「抜刀隊」が流れ始めたころ、学生課の課長(1等空佐)が4Fに入ってきた。
 
夏目学校長の名前が入った、「任官を辞退する事を認める」と書かれた、今度はかなり小ぶりの、第2段目の「卒業証書」を我々は受け取った。
今回は代表者1名による受領であった。(各人には後ほど中隊指導官から渡される事になっている。)
学生課課長は証書を渡した後、「一言、皆さんの卒業のはなむけに、お話したいと思う。」から始まる訓辞が行われた。
 
「諸君には、それぞれの訳があって、幹部自衛官を育成するこの、防衛大学校を卒業しながら、自らの意思でそれを辞退する。」
「任官する義務は無いし、各人これまで散々、議論し尽くしてきた話だと思うので、これ以上はトヤカク言うつもりは無い。」
「しかし、各人、ここで国民が君達に何を期待してきたのか?改めて胸に刻んでこの小原台を降りて、民間で頑張って欲しい。」
「我々、自衛官は任官するとき、勿論、君達も知っている事だと思うが、事に臨みては危険を顧みず、与えられた任務の遂行・・・云々という宣誓を行う。」
「これは、首相や議会にするものではない、主権者、日本国民に対して行うものだ。」
「君達は、個人の理由もあり、この国民との契約を遂行できなくなる。」
「しかし、広義で国家防衛を考えれば、我々制服組だけで出来るものでもない。」
「どうか、諸君!この小原台で学んだことを糧にして、民間に赴くとともに、小原台卒業生として国家防衛の為に何ができるか?」
「各人、自己を見つめ、模索していって欲しい。」
「残念だが、君達が進む道に私達が、アドバイスできるシロも少ないだろう。」
「繰り返しになるが・・・国民が君達に何を期待しているのか?絶えずそれを胸に刻みながら、研鑽して欲しい。」
「諸君の健闘を祈る。」
 
学生課課長は会場を後にした。
図書館4Fは異様に重苦しい雰囲気に包まれた。
私は何時しか、人生の中で最も重い課題を渡されたのだと・・・時が経つにつれ実感するようになった。
 
つづく

第446話 卒業式3

「捧げぇー銃」
と34期儀杖隊長の掛け声が響き、M1ガーランドライフルの小気味良い金属音が響き渡る。
私は、最早、隊長ではなく唯の押し出される卒業生である立場を忘れて・・・
後輩たちが立派にこなす諸動作に意識を集中し、彼らの退出までハラハラしていた。
無事に「ザッ、ザッ、ザッ」と去っていく姿を見送って初めて、「ホッ。」と胸を撫で下ろす。
 
「休め!」の号令と「気おぅつけ!」の号令が繰り返えされ、内閣総理大臣の訓示や学校長の挨拶などが粛々と続く。
そして、卒業証書の授与となり、前列の者から、1列毎に一斉に立ち上がり、舞台上手のスロープで待機し、一人ひとり、夏目学校長から大きな証書を受け取っては、速やかに下手のスロープをキビキビと下りていく。
 
400名程の卒業生全員が受け取るわけだが、時間は思ったよりは短く済みそうだった。何時しか、私の列の番が回ってきて、自分の二人前の右手の同期の動きに注意して立ち上がった。(ひとつ隣を意識するのでは、一斉に立ち上がる事は出来ない)
我々の列は上手く立ち上がる事ができ、行儀よくスロープに並んだ。

そして、刻、一刻と学校長の顔が近づき、いよいよ私の番が回ってきた。
「電気屋としき」とアナウンスがかかると私は、鋭く返事をして、証書を受け取る。
無事に、イメージトレーニングをしていた通りに、(少しまごついたが)何とか無事にスロープを下ることが出来た。
その後、自分の席に戻り、卒業証書の上に制帽を載せ、後は、あの一瞬を待つばかりになった。
式典は無事に終了し、内閣総理大臣をはじめ各国武官達も退出していく。

残された我々は、落ち着かず刀のコジリをガシガシとさせるように、帽子の鍔にかけた指を曲げたり伸ばしたりして、ジリジリと待っている。
その間、テレビカメラのスタンバイや退出口の確保が行われているのだ。
やがて、今まで正面を向いて号令を掛けていた、後期学生隊学生長が初めて回れ右をして、振り返った。
一瞬、彼の顔に、淋しさと、喜びと、緊張が入り混じった複雑な影が差したかと思いきや、怒涛の号令を放った。
 
「33期、別れぇぇぇぇ!」
 
私は、「オゥゥゥッス!」という訳の判らない叫び声とともに、渾身の力で右手に持った制帽を天めがけ放った。
自分の右手がスローモーションに動くように感じられ、帽子がこれまたユックリと右手の人差指と中指の間から立ち上り、グングンと駆け上っていくように思えた。
当初、高度が低く、視界を遮っていた帽子たちは時間と共に、天に小さくなりながら吸い上げられていく。
放物線の頂点に届いたとき、帽子の群れは、まるで紺色に咲いた星のようであった。
私はこの一瞬の短い時間のうちに、4年間を振り返り、最も大切な人に思いを馳せた。
そして、古代の羊飼いが天空の星を繋ぎ合わせ様々な絵を組み上げたように・・・
私は帽子を繋ぎ合わせ、”H”の笑顔を思い描いた。
やがて、万有引力に引き戻され、帽子が床に向かってくるのを感じると、私たちは退出口に向かって駆け出した。
 
イメージ 1
 
”H”は帽子の乱舞を、思わずハンカチを握りしめ見入っていた。
放り投げた帽子が、まだ床に落ちる前に、卒業生達が退出口に怒涛のように会場から噴出していくのを眺めながら、心の中で「としき、おめでとう。」と念じた。
そして、足早に、タクシー乗り場へ向かった。

「”H”は確かに自分の青春も彼と一緒にあったのだ。そして、その青春の終焉を彼と一緒に迎えたのだ。これで良かったのだ。明日からは、それぞれの道を進むのだ。」
「ありがとう。」
と心の中で何度も呟いた。
タクシーは、頼みもしないのに少し遠回りをしてくれた。
タクシーは、シェルのガソリンスタンドを左折して、青い東京湾を右手に、ベース方面に向かって小さくなっていった。
 
つづく

第445話 卒業式2

「卒業式の為の集合、対象4学年。」

大隊週番付のアナウンスが入ると、私はタバコを煙缶に投げ入れた。
ズボンのポケットに予め入れておいた白手を取り出す。
そして帽子掛けから自分の制帽を取り上げ、帽子の針金の張りを確認して容を整え几帳面に、真っ直ぐに、被った。(何時もは少し斜めに被っていた)
防衛大学校の制帽を被るのも、後、数分間だけだ。
 
我々は、緊張を誤魔化すようにじゃれ合い、冗談を交わし、軽口を叩きながら総合体育館に向かった。
真っ青な空を見上げると、桜の蕾がはち切れそうになっていた。
しかし、今年桜を愛でる場所は、小原台から何百キロも離れたところだろう・・・
肌寒い中にも、日差しは確実に春の再来を告げていた。
 
総合体育館には既に陸上自衛隊中央音楽隊のメンバーが入って音合わせをしていた。
トランペットやホルン、ユニファームなどの管楽器の高、中、低音が入れ替わり飛び出しては消えていく。

我々はパイプ椅子に神妙に座り姿勢を正した。
白手の中では少し手が汗ばんでいるのが分かった。
この卒業式の式場は儀杖隊隊員として3度経験した。
去年は隊長として、声を張り上げ、儀礼刀まで振った。
でも、今日のパイプ椅子の方が緊張するし、やるせない。
私は目を瞑って、時の流れに身を任せた。
何時しか2階席がザワザワし始めた。
どうやら、父兄が思い思いの席を見つけて着席を始めたようだった。
 
其の頃、正門前のロータリーに1台のタクシーがやってきた。
彼女はキリリと唇を引き締め、しかし愛想のいい声で、運転手に「ありがとうございます」と云いながら料金を払い降り立った。
正門で「ご父兄の方ですか?」と質問されたが、ニコヤカに笑い返すと「お急ぎ下さい、もう卒業式が始まりますよ!」と逆に急き立てられた。
(当時は今のように、セキュリティチェックなんて代物は存在しない時代だった。)

”H”は総合体育館に着くと、本館側の2Fの席を学生に示され、階段を昇って行った。
もう、すぐ式典が始まろうとしていた。
慌てて、手ごろな椅子に腰を下ろし、もう一度立ち上がりコートを脱いで、座りなおした。手際よく畳んだコートを自分の膝の上に載せて、初めて1Fに居並ぶ白手をした、袖に3つの桜を咲かせた卒業生たちを見下ろした。
直ぐに、目が、ある4年生に吸い寄せられ、其処をひたすら凝視した。
目を閉じて、ピンと背中を伸ばした懐かしい姿がそこにあった。

思わず、声を掛けたくなる衝動を抑えるうちに、ビックリするようなサイレンが鳴り響いた。
内閣総理大臣「竹下登」の登場だった。
 
アナウンスが続いた。
「栄誉礼!」
 
つづく

第444話 卒業式1

1989年、平成元年3月19日。
夢にまで見た日、そんな日は遠い日と思い続けてきたのに何時しか我々33期は飛び降り板の最先端までやってきていた。
後ろに戻る術は無く、ヨボヨボの老婆による箒の一突きさえがあれば見事、跳躍せざるを得ないところまで追いつめられている。

そしていよいよ、0630。最後の日朝点呼のラッパが鳴った。
私は何時もより、のんびりと起き上った。
私には一つの魂胆があった。
最後の点呼。「思いのだけ叫んでやろう!」と思ったのである。

日朝点呼は4列横隊で行う。番号を列の先頭の者が叫ぶが、最後の列の状況(4人員全員が揃っている場合には、満(まん)、3人の場合には1欠(いちけつ)二人の場合には2欠(にけつ)等と最後の者が叫ぶのである。

私はこの、最後の者を目指したのである。
のんびりと出ていけば、この役は軽々とゲットできる。
目論見通り、私は最後の者となり、小隊週番が「番号!」と叫ぶ。
皆、気合が入っている。
とてつもなく気合の入った番号が、3号舎と6号舎の間でコダマする。

「イチ!ニィ!サン!シィ!ゴォ!ロゥク!シィチ!」そして私の番。
待っていましたとばかりに・・・「イィィィィィッチ、ケェーーーーツ!」(1欠)と絶叫した。
あまりの大袈裟ぶりに、そして桁外れの4年生のハチャメチャぶりに下級生から爆笑が起こる。
大隊週番は「4年生は元気があって宜しい!」と返礼するオマケ付。益々、爆笑と失笑が渦巻く。
 
そして何時もの儀礼が終了して、私たちは自室へ戻る。
戻りながら、私はわざと当直幹部の前を横切り・・・
「ひょっとしたら、昨夜、帰校遅延した私は、当直幹部から何らかのお咎めがあるか?と何処かで期待していたのだが・・・・」
無しのツブテであった。
学校側は、是が非でも、我々をこの小原台からとっとと突き出すつもりらしい。
 
自室に戻り、ベッドの毛布を一枚一枚丁寧に畳んだ。もうこのベッドで寝る事はない。
私はOD色の毛布を撫でた。
1年生の時、あれだけゴワゴワしていて嫌だった物が、いつの間にか、すっかり肌にも馴染んでいたことに改め気づかされ自分でびっくりする。
そして、枕カバーと2枚のシーツを毛布とは別にマットレスに並べた。
毎日、何気なくこなしていた普段の事が、本日は何につけても特別な事に思える。
 
そして、ここ数日の外出で、既にピカピカになっているはずの帽章と襟章、そして袖についた3つの桜をまた外して、ピカール(金属磨き)でピカピカにした。
磨いているうちに、私は、「ハッ!」と思いつき二つ隣の301号室へ入っていった。
「としき!どうしたんだ?」と同期が訪ねてきた。
私は301号室の窓の所まで行き、外を眺めながら返事をした。
「入校したとき、初めて入ったのが301号室だったんだ。ここだよ。」
「あれから、4年たったんだな。」
私は感慨深く目を瞑った。
 
其の頃、”H”は散々悩んだ挙句一つの決断をやっとした。
昨夜から迷いに迷った決断だった。目は真っ赤に腫れ上がっていた。
「やっぱり、自分の目で確かめなくては!」
”H”は時計を見やり、「急いで準備して汐入駅でタクシーを掴まえて、小原台に行けばまだ卒業式に間に合う!」と時間読みをするや否や、テキパキと準備を始めた。
 
あと1時間30分で卒業式が始まる。
 
つづく

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