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1年、12ヶ月の内で、私の霊聖が最も弱まる月。
それが5月であることが、今年、はっきりと自覚できた(UーU。)
悪魔から試練(挑戦)を叩きつけられるのが、毎年決まって5月であることに
やっと気がついた。 どうしてもっと早くに気がつかなかったのだろう・・・・・
それはきっと、私が中途半端であったから。だから最終戦まで引きずり込まれた。
今年が最終決戦であった。 私が『神』のもとを離れてしまうかもしれない事象、
常日頃から、絶対に起こってほしくないと、私が一番恐れていた事象。
それは、私の肉体が、まだこの世で生かされているにも関わらず、私より先に
子供の肉体がこの世から奪い攫われてしまう事。
もし私が聖書を学んでいなかったら、私は確実に発狂していた。
もし私が聖書を学んでいなかったら、私は戦う術さえわからずに死んでいた。
人は、理解不能な出来事を目の当たりにすると、その心を納得させようとして、
どこかに理由や原因を求め、理屈付けをしようとする。 それでもやっぱり、
人の力ではどうすることも出来ない事象が起こった場合、それが素晴らしく
歓喜な事ならば、人はそれを『奇跡』と言い、それがはなはだしく残酷な事ならば、
「災(まさか)」と言う。 どちらが起こっても、一瞬だけは『神』の存在を感じ、意識し、
信じる・・・・・ けれど、それは一時だけで終わってしまう・・・・
『そこで、イエスは言われた。 「神を信じなさい。はっきり言っておく。だれでもこの山に向かい、
『立ち上がって、海に飛び込め』 と言い、少しも疑わず、自分の言うとおりになると信じるならば、
そのとおりになる。だから、言っておく。祈り求めるものはすべて既に得られたと信じなさい。
そうすれば、そのとおりになる。』
(マルコ 第11章 22〜24節)
私は、『神』に仕えて生きます。
天におられる父なる神に、御子イエスキリストの尊い御名を通して祈ります。
アーメン(UーU
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