山梨歴史・観光tokidoki通信

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   縁故節は韮崎で作られ島原の子守唄のもとになった。
   長崎の島原の子守唄は山梨県の縁故節の盗作だった?

  序に変えて
 私は民謡に世界のことは全くの無知ですが、子供の頃からの住む北巨摩郡(現在は北杜市)の盆踊りなどには必ず「縁故節」が唄われていた記憶があります。
 レコ−ドでなく老若男女の夜空に消え入るような、どこか空しい曲が、今でも脳裏に焼き付いています。
 はるか前ですが、テレビ番組の中で、「島原の子守歌」が流れていました。おや、この曲は「縁故節」ではないのか、と不思議に思いました。その時は、忙しいのに感けていましたが、久しぶりに地域職豊かな『中央線』をひろげて見ると、植松逸聖翁の「縁故節四方山話」が目に留まりました。
 私が最も気になったのが、メロデ−の類似性ではなくて、歌詞の次のカ所でした。

  「縁故節」
  縁で添うとも 縁で添うとも
  柳沢いやだョ
   アリャセ− コリャセ−
  女が木をきる 女が木をきる
  茅を刈る ショウガイナ−
   (中略)
  来たら寄っとくれんけ あばら家だけんど
  ぬるいお茶でも あつくする

  「島原の子守歌」
  おどみや島原の おどみや島原の
  梨の木育ちよ
  なんのなしやら なんのなしやら
  色気なしばよしょうかいな

  帰りに寄っちくれんけ あばら家じゃけんど
  といも飯や栗ん飯 黄金飯ばよしょうかいな

 特に、
 「縁故節」   来たら寄っとくれんけ あばら家だけんど

 「島原の子守歌」 帰りに寄っちくれんけ あばら家じゃけんど

  島原の子守唄は盗作?

 このカ所は語句の異同が多少あっても、全く同じ歌詞です。
 「島原の子守歌」は邪馬台国の研究者でもある宮崎康平氏の作詞作曲です。 時代の移り進み、一部編曲に古関祐而氏も関わり、本家の「縁故節」より「島原の子守唄」の方が有名になり、「縁故節」の制作者たちは、必死に「縁故節」が先で、「島原の子守唄」は盗作であると訴えましたが、宮崎康平氏は逆に「縁故節」の方が「島原の子守唄」の盗作であるとして、すでに著作権を設定していました。
 その後「島原の子守唄」は観光や産業に果たす役割も大きく、現在ホ−ムペ−ジで索引すると、その数は多く「縁故節」を圧倒しています。
 民話や伝説それに民謡などは、各地に同じようなものがあり、どこが先かは分からないものです。民謡でも一つの唄に、その地方の地唄の一部を加えて地域の人に伝承されていくことは、ごく自然の成り行きだと思われます。
 しかし「縁故節」と「島原の子守唄」はそんな昔の話ではないのです。
 そこで、今回「縁故節」や山梨県の民謡を愛して止まない韮崎市の植松逸聖翁の奮戦ぶりを中心に、その他の資料を絡めて当時を偲んでみることにしました。「縁故節」の復活を願いながら。

… 参考資料…
 1、『縁故節四方山話』 植松逸聖著 『中央線』「第8号」
 (一部の語句を訂正) 郷土研究 
 1972年(昭和47)刊行

  アリャセ− コリャセイ−
  縁で添うとも 縁で添うとも 柳沢はいやだよ
  アリャセ− コリャセイ−
  女が木を切る 女が木を切る 茅を刈る
  ションガイナ−

   なぜ縁故節が長崎で唄われたのか

 この唄は、「縁故節」の中でも一番代表的な唄で、誰しもが「縁故節」をうたう時、一番先に喉をついて出るのがこの唄である。
 「縁故節」は、数多い甲州民謡のうちでも最右翼の方であって、何回もラジオやテレビで放送され、レコ−ドにもなって、各レコ−ド会社から発売されており、現在発行されている民謡集の中にも必ず掲載されていて、全国的に有名であることは、今更言う迄もないがことだが、たまたまそのメロデ−が「島原の子守唄」によく似ているところから、「縁故節」は島原の子守歌の盗作ではないかとか、九州の「隠れキリシタン」が、甲州に移り住んで、「島原の子守唄」を教えたので、それが「縁故節」のメロデ−のもとになったとか、色々な風説が流れ、またそれを肯定するような書物も現れて、一時は「島原の子守唄」説にすっかり惑わされた状態になった。これは最近九州旅行を終えて帰って来た人達が、旅行中のバスの中で聞いた、ガイドの「島原の子守唄」を聞いて、あまりにも「縁故節」に似ているところから自分の耳を疑い、不思議に思って色々憶測をめぐらした結果から、そんな事になったことゝ思うが、「縁故節」は生粋の甲州生まれで北巨摩育ちで、「島原の子守唄」の盗作でも模作でも無い。
 「島原の子守唄」こそ戦後の作品であって、「縁故節」とは年代が遙に違うことを先ずもって明記して、これから「縁故節」がどうして発生し、発展して来たか、これにまつわる四方山の話を交ぜながら書いて見たいと思う。

 

「山梨県 歴史誤伝」書庫の記事一覧

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縁故武士の正しい歌詞はもっと生臭い

武田宗家を慕ったもので、柳沢と改名した者が嫌で宗家甘利だという歌詞です

2010/7/11(日) 午後 7:54 [ ran*ab*nsi*si ]


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