山梨歴史・観光tokidoki通信

山梨の歴史観光の出来事を伝えます

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森のヒノキオ

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 <童話(どうわ)森のヒノキオフクロー
 (ピノキオではありません)>


 ○暑い日が続いている里山の中
  植林された桧(ヒノキ)たちの話し声が聞こえます。
 
 「お〜いあんまり手足を伸ばさないで」
 「お前こそ、もっと上に伸びなさい」
 「自由に動いてみたいな〜」
 「お前は枝や葉も枯れてきているぞ」
 「なんでもいいから、この窮屈な世界から逃れたい」

 ○そこへ樵(きこり)がやってきた。
 「お前たちも、すっかり大きくなったな」
 「もう何才になったんだ」

 「おじさん。もう僕たち10才になったんだよ」
 「おじさん。なぜ植えたままで、僕たちをほっといたの」
 「わたしたち、もう混んできて、みうごきできないよ〜」

 「おじさんも君たちに会いたかったよ」
 「今日は、おじさんが身軽にしてやるから、待ってて」
 「それにしてひどいもんだな」
    
 「おじさん、隣の森の仲間に聞いたんだけど、私たちや友達も、いつかきられるの」  

 
 「そうだね。それは間伐といって、君たちの中で生き残れるのは3人に1人かな」
 「そうしないと、木が成長しないんだよ」
 「木が育つのには、間伐といって、木が十分に生長できるように間引きをするんだよ」

 
 「私たちは最後まで一緒にいたいのに」
 「人間のすることはひどいね」
 「おじさん。友達に別れるのはつらいけど、切られた木はどうなるの」

 「いまお国では、切ったまま、捨ててしまうんだよ」
 「昔はいろいろ使い道があって、みんな里へ運んでいったんだよ」
 「今は使う人も少なく、億にも運び出すお金を出さなくなってしまった」

 
 「もったいないね。ここまで生きてきたのに」
 「切られた仲間は、私たちの足元で腐ってしまうんだね」
 「悲しくなってしまう」

 ○そこへ、もう一人のきこり「与作さん」がやってきた。
 
 「私は切られた木を大切にしている者でね」
 「私に任せておくれ」
 「ここまで生きてきたものを無駄にはしないよ」
 「これまで放置しておいて、来たらいきなり切るのでは可哀想すぎるよ」

 ○与作さんは、切られた木を大切に背負って、
  里に下りました。

 ○与作さんは数日、間伐材を見ながら考え込みました。
  誰も使わない木を、どうしたらよいか。

 ○与作さんは、考えながら寝込んでしまいました。

 ○すると夢の中に「木の梟(ふくろう)」のような人形が現れました。

 「与作さん。与作さん。ぼくを作ってください」
 「僕の名前は、ヒノキ(桧)オ」。そうヒノキオフクローといいます」

 ○夢からさめた与作さんは、
 「ヒノキオ。ヒノキオフクローか」

 ○与作さんは寝る間を惜しんで作り始めました。
 
 「できたぞ〜〜。できたぞ〜〜」

 ○与作さんの手には「ヒノキオ」がいます。
  それは、梟の顔をした人形でした。

 ○ 与作さんは、試しに多くの人に見てもらいました。

 「これはかわいい。かわいい」
 「ヒノキオフクロー君はかわいい」

 ○たちまち評判になった「ふくろうのヒノキオ君」は、
  売ってくれという人がたくさんあって、
  与作さんは、仲間とも相談して売り出すことにしました。

 ○そのままでは売れない間伐材も、2メートルで、3000円位で売れます。
  山郷にも久しぶりに活気がでてきました。
  間伐材のほうが高く売れるのです。

 ○与作さんたち「きこり」は、こうして「ヒノキオフクロー」をつくり、売ったお金で、
  山にある木を育てることにしました。

 ○山里には、木の葉や枝で肥料を作る人。炭を焼く人。家を作る人。登り窯の人など
  山の産物を求める人々が集まってきました。

 ○山の中に目をやると、そこには伸び伸びした森林が育っていて、木々の間では、子供たちが飛び跳ねています。

 ○森の木々もうれしそう。
 ○与作さんは、山を救ってくれた「ヒノキオ」から「ヒノキオフクロー」と名前を変えて、作り続け、新たな仲間もいっぱい誕生しました。


○もう二度とあの陽の通らない森には戻さない。
 
 <継続中>

 写真は、人形「ヒノキオフクロー」一代記

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 2007・9・12付けの新聞を読んで驚いた。
 
 こうした考えは私は10数年前から持論として
 各会議やさまざまなところで展開してきた。

 この問題の深層について新聞は触れていないが、
 地域の心配や懸念は、違うところにある。

1、 それは地下水は無尽蔵なのか
2、 なぜ無規制で水取得を許可した
3、 現在の白州の地下水の現状は
4、 地震などの災害への影響
5、 煤煙らによる地域樹木への影響

 などである。

 今回の北杜市の見解は新聞では

1、「ミネラルウォーター税」にかわって
2、北杜市環境保全基金

 を経て
3)、「ミネラルウォーター税」

 へ移行するなどの記事である。

 この基金の使い道は

 1、森林の間伐
 2、下草刈り
 3、地下水や湧水の保護
 4、松食い虫の防除

 などと記してある。

 ??何のための水源地保全なのかは記事になっていない。
 業者のための水源地保全では、住民のための水源地保全が
 謳われていないのは淋しい。??

 水企業も、合併以後において
 1、水の取得量
 2、水の販売量
 3・地域への還元
 4、自社努力

 など明確に伝わっていない。

 ある会社の周囲など、樹木が真っ黒であり、
 赤松も黒松になっている。
 
 白州の周囲や北杜市内の山林は、急速に崩壊が進んでいる。

 こうした施策を打ち出す前に、
 情勢分析や地域意識の調査など、
 やらなければならないことが山積みである。

 植林放棄された森林。暴れまくる獣たち。
 崩壊した林道。増加し続ける虫害樹木
 
 地域住民の安全生活・水資源確保こそが、
 行政の取り組むことで、
 企業の水取得を増徴させるような、
 施策は今後に憂いを残すことになる。
 


 

 こうした問題についてはすでに全国的なこととして
 ネット上にも多数のサイトが開かれている。

 ■水源地保全
 ◎http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv1-tbtop&p=%bf%e5%b8%bb%c3%cf%ca%dd%c1%b4

 ■水資源環境
 ◎http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv1-tbtop&p=%bf%e5%b8%bb%c3%cf%b4%c4%b6%ad
 
■そして、山梨県にはすでに「山梨県の湧水保全に関する条例」がある。
 ◎http://www.env.go.jp/water/yusui/result/sub2/PRE19-2.html

 ■すでに実施している企業「サントリー」
 ◎http://www.suntory.co.jp/company/info/environmental/index.html

 ■山梨県の取り組み
 ◎http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv1-tbtop&p=%bf%e5%b8%bb%c3%cf%ca%dd%c1%b4%a1%a1%bb%b3%cd%fc

まだまだたくさんあるが、
 安易な施策、安易な運営でなく、

熟慮して多数の意見を聞く機会も設けるべきである。


 水源の 森を作って 水は無し
 地下水は 地下の中の 毛細血管
 水源基金 業者の取水 無制限
 森林は 人と同じの 水の消費者
 井戸枯れて 掘り続けて 20年

 会社再生 資金源より 水資源
 水資源 枯れて小川の 大河かな
 古井戸に 小石投げても 音は無し
 
 水資源 基金協力 水取り放題
 やめてくれ 地域の水が なくなるぞ
 駒ケ岳 雪解け水は 工場直行

 地下水は 無限のような 気になって
 今白州 水が枯れたら さようなら

 草かって 木を倒して そのまんま
 水とって 白州地盤が 低くなる

 地震不安 白州沈んで アルゼンチン

 愚作で失礼しました。

 <写真は白州山林地帯>

   
 

 


 

 

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 最近の林野の荒廃は凄まじい勢いで増加している。ところが管轄の林野庁などは、宇宙船の彼方の施策を繰り返している。この惨状にも目を覆いたくなる。
 自らを守るために、多くの天然林を皆伐採して、先見性のない林政が繰り返してきた唐松。杉・桧植林。育てないで植え続ける神経は正常ではない。
 杉を植え花粉症が叫ばれれば、邪魔者のように切り捨てる。唐松の大量植林はそうか、山梨県では使われずに倒壊していく唐松が急増、

 もっとも深刻なのは、谷や小河川に倒れこんでいる樹木の多さであり、その殆どが放置されている。

 最近の新聞記事で気になるには、昔のように、自ら調査して書くという臨場感に欠けているような気がしてならない。また官庁ご用達の広報窓口ような記事も目立ってきている。(この記事のことではない)

 ●参考資料山梨日日新聞 H2007・9・1 記事

 <写真 山梨県 明治40年の大水害>

 県内に深い傷跡。 山林荒廃、被害を拡大

 近代史家の有泉貞夫さん(市川三郷)は明治四十年水害について、

 「たしかに自然災害だが、明治維新から近代化に蓬進(まいしん)した山梨県の歩みがもたらした人災でもあった」と指摘する。

 明治以降、殖産興業を推し進めた県政下で、道路や鉄道などの土木工事、建築事業が相次いだ。蚕糸業の発展で燃料となる薪(まき)の需要も墳え、山林資源の利用は急激に伸びた。

 その結果起きた乱伐や開墾による山林破壊、特に山崩れ被書が大きかった峡東地域では、鉄道の路盤に使う石材を大量に切り出していた。

 さらに、「御料林間題」.という山梨独自の事情もあった。

 有泉さんによると当時、県内の約三分の二が御料林。入会権はあるものの、打ち切りの不安や、手続きの煩雑さから、ひそかに伐採を重ねる盗伐と無届の開墾が続いた。

 「山の慣行や秩序が守られず、乱盗伐に歯止めが利かなくなった」

 明治前期から水害が相次いでいた山梨では、早くから山林の荒廃が指摘されていた。明治三十年ころには御料林の払い下げを求める運動が起き、交渉が進んでいたが、折り合いがつかない中で起きた明治四十年水害。御料林払い下げが具体化したのは、三年後に再び大水害が起きてからだった


 有泉さんはこれらの水害を
 「その後の山梨を決めた分岐点」と見ている。

 相次ぐ水害による損失額・復旧費は膨大で、自治体としての存続も危ぷまれるほどだった。

 「災害前に全国上位を誇った県民所得で築いた富も流れ、大正・昭和前期には税負担が増える一方で教育・文化への投資は少ないで貧乏県に転落した」

 ことし七十五歳の有泉さんには水害の記憶はない。しかし、小学生のころ、御料林が下賜された記念日に謝恩の歌を歌ったことを覚えている。甲府城跡に建つ謝恩碑は、

 「山梨にとって、いかに山と水が大切な問題か警告を与えるシンボルだ」とも話す。
 「治山治水対策に手を抜けば水害は百年前の話ではない」(有泉さん)云々

 <ここからが私の記事>

 私は現在、自分で言うのも気が引けるが、ほとんど連日、山梨県内の里山森林を調査している。
 この百年前より、さらに深刻な山装を示しているのが、現在の山梨県の山地である。

 そしてもっとも深刻な問題は三つあって
1)切捨て間伐の放置
2)大型機械で蹂躙される山地
3)放置林

  があげられる。

 道路開発、林道開設、乱伐 、狭義な林政展開

 どれを見てもお先真っ暗である。
 それぞれについては別記する。

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