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3 中国東海岸、これが、古古日本人が通った道だ
4、温州、これぞ昔の中国の街かも知れない。
聞くと、福州から温州までは鉄道が開通しているという。どうせ、時間ばかりかかって、ろくな事はないぞ。だが、値段だけは聞きておこう。軽い気持ちで駅へ行った。何、1時間40分だって、私が怪訝な顔をすると、案内所の係員が、そう、2時間かからないよ、と。聞違いじゃないか。まだ、私は信じられなかった。
実は、上海から福州までは新幹線が開通し6時間くらいで行けるようになっていた。バスなら15時間から20時間かかる。(最高)時速250キロ、揺れない。快適そのものだった。値段も、バスより安かった。
私は、ここで意外な経験をした。古日本人が歩いた道が分かりかけてきたのだ。バスはなるべく直線をとるため、高速道路は、内陸に造られる。新幹線も、直線ということでは同じだが、トンネル(隧道)と跨海橋の多い経路で造ってあった。250キロで走ると、海、山、隧道、山、海、隧道という調子で景色が織りなした。
はっとした。ちょうどその時、干潮。遙か沖合まで、干潟が広がっていた。しかもその干潟は、畑の畝のように整然と筋が入っており、人の手が加えられた事が明白だ。もう昔のこのになったが、私が見た九州・有明海の干潮と同じ様子じゃないか。水深はいくらか浅いようだ。土地の具合が何となく乾いた感じで、土の目が少し粗い。あの有明海のどろっとした粘土層の感じがなく、その分砂浜に近い。干潟の上が歩ける感じだ。
お前、そこで何が言いたいのだ。旧人類、旧石器人は、この辺りを歩いて来たのならば、この干潟を見てどんな行動をとったのか。それが言いたい。そう、干潟、磯は甲殻類の宝庫、人類は、民族移動をするにしてもその際、山手には移動せず、そこがいい場所ならば定住し、部族内、家族内の争いがあれば、この干潟を干潮を待って移動したに違いないのだ。目が覚めた。食料豊富、争奪の回避。こうして、人類は、一直線にこの海岸を北上した。これから、この考えを深めたい。
以前、私は、鋸型の海岸では、人類の移動速度は遅いと思ったが、海水の満ち干を考えると、むしろ、内陸の河岸の移動よりも、速かった可能性がある。新発見だ。
ついでに細いことを言おう。中国東海岸のリアス海岸度は凄いのだ。中国大陸の東海岸は、正に瀬戸内海とか有明海と同じ程度に湾の切れ込みがあり、湾あり島ありの地形だ。当時の人類の生活を考えるには、瀬戸内海、有明海の生活を考えるとよい。
福州に、到着。どうも様子が変だ。街の感じがない。駅の出口がどこか分からない。実は、駅は開通したばかりで、まだ駅舎を建設中だ。仮道を通って外へ出た。そうそう、明日の切符を買っておこう。遙か離れた切符売場に行ってみると、もう、明日の切符はなかった。仕方がない。普通のバスで帰ろう。旧駅行きのバスに乗った。1時間。のろのろ運転とはいえ、旧駅から1時間も離れた所に新駅が造ってあった。
駅に着いたら早速、次の日の切符。汽車の駅前は、バスの切符の仲介人(ダフ屋)がうじゃうじゃいる。明日何時出発ですか。朝9時です。それなら、どこそこ行きの切符を下さい。私は、通常の窓口で買うよりも2割くらい高いのは分かっているが、面倒くさくないので、このダフ屋から買うことにした。これが大間違いだった。翌日の話。確かに、ダフ屋のいう通りだったが、私は、行き先を間違えた。いや、間違えてはいない。小さな駅を指定したのが行けなかった。本数は、1日1本で、超鈍行バスだったのだ。それでも、7時間くらいで行けるはずだが、出発に4時間程度の遅れ、全体で15時間かかった。乗換えなしと思ったのが、間違いの元だった。最後は、タクシー、料金が2倍かかった。
切符を買えば、心配はもうない。市内見物。「温州」という街は、名前自身感じがいい。前から一度来たいと思っていた街だ。
名前について。日本では、愛媛県に「温州みかん(うんしゅう・みかん)」というのがある。何で「ウン州」なのか。勿論、中国「温州」から来ている。私は、「温州」の事を「ウェン・チョウ」と何度も発音したが、中国人に全然分かってもらえない。
なら、どう発音するのか。端的に「ン・チョウ」と発音せねばならなかった。いや、この発音は、日本人が聞くと「チョウ」は分かるが「ン」の所は、何と言われているか全然分からない。これでは分からない。中世の愛媛人は、「ン」の前に軽く「ゥ」を付け、「ゥン」という発音にした。そして、これが「ウン」となった訳だ。これなら、日本人が聞取れないことはない。目出度し目出度しだ。ちなみに、中国人に「ン」と発音せよというと、軽く「ゥ」を付け「ゥン」と発音する。これでは、「ン」なのか何なのか、我々には分からない。
やっと市内観光だ。歩いてみると、これぞ中国だった。露店が軒を連ねていた。そして、この露店筋は、食べ物の袋、かす、串、その他のゴミの山だ。よく中国人の公衆道徳の悪さが指摘されるが、この温州は、正にその最低水準の街だった。
やはり、居た。乞食だ。最近の中国の風物になった感じがあるが、駅前、公園、百貨店、人の集まるところには、おびただしい乞食だ。中国人は、この乞食群には目もくれないが、何故か、日本人は、この哀れな人がどうしても放っておけない。こちらから進んでまではしないが、彼らが金属の椀に金を入れ、それを振って音を立てながら近づいてくると、どうしても、手がポケットへ行ってしまう。人間反応だ。母親が、赤ん坊が泣けば居ても立ってもおれず、乳をやりたくなるのと同じ心裡だ。
最近、私は、中国語が上手になってきたので、金を恵んでやった後に、「あんた、どこの人だ」と聞くことが多くなった。どの地方が貧しいのか知りたい。以前は、乞食というと、汚い身なりで、風呂にも入らず、言葉もろくに喋れないという心象があったが、今はどうも違うようだ。「あんた、どこ」と言うと、ちゃんとした答が返ってくるのだ。そう、どうも、最近は、今まで普通だった人が乞食に転落しているようだ。
温州では、安徽省、湖北省の人が多かった。お金を1元やった後、あなたは、元農民でしたか、質問。そう、今、農民の生活は非常に苦しい、との返事。話に、脈あり。更に話を続けたくなった。そう、なんで、ここへ出てきたの。そうすると、やにわに服のボタンを外して、自分の体を見せにかかった。ええっ、何をするのだ。50才ほどの女。見せたところは、脇腹。20センチほどの手術跡があり、ペコンと凹んでいた。結核の手術のようだ。そして、手を挙げて見せて、もうこれ以上上がらない、と。見るんじゃなかった。そして曰く、旦那は死んだ、だから、こうして乞食をやりながら生きながらえている、と。さらに1元、無意識に、手が動いた。
悲惨な若い女が居た。22、3才くらいだ。初めはよかったが、腹が大きくなった今は、旦那に殴られ、もう田舎に帰りたい、と。地べたに広げた大きな紙に書いてあった。8ヶ月くらいだろうか。こうなった女は、二人が共々生き延びられるかどうかわからない。先は、地獄があるだけだ。あんた、どこの人。言いたくない。私は、1元置いてきた。瘤つきのこんな女は、上海の冬の夜、どれだけ見てきたことか。
近くに大河がある。行ってみよう。茶色の水が流れていた。通常、長江中流付近がその代表であるが、浙江省で茶色の水は珍しい。先にも書いたが、浙江省は、地形が日本と似ているので、一般に水は澄んでいるが、こういう所もあるのだ。
驚き。河口近くでは水は遅いはずなのに、ここは、かなり速いぞ。速度を測ってみると、時速4キロほどだった。橋脚の下には、渦が出来るほどの速さだ。裏返すと、潮の干満の差の激しさを意味する。
なるほど、東シナ海の干満の大きさは大きいのだ。だから、河口の水の流れがこういうことになるのだ。先に見たあの干潮時の遙か遠くまで広がった干潟は、この河口の水の流れとも整合性がとれていた。ちなみに、杭州湾、アマゾン川の大潮の時の潮の遡上は有名だ。海嘯(かいしょう)、ポロロッカと言われる。
渡し船に乗ってみた。10分かかるかどうかの距離だ。早々に引返した。続いて、バスに乗ってみた。どこへ行くのか分からない。ちょっと疲れてきたので、自転車代わりだ。
古くて雑然とした所ばかり通った。やはり、これぞ中国に普通に見られる街だ。これが、開発が進むと、道幅が2倍くらいに広がり、無味乾燥な町並みになってしまうが、これも面白くない。皆んな同じ顔になり、余り歩きたくない。
顔の話のついでに日本人と中国人の顔の話をしよう。これも私の興味の一つだ。中国浙江・福建人が弥生人として日本に入ってきたとするならば、似ているし、一部違っている筈だ。私は、どの街に行っても、じろじろ、じろじろ、人の顔を見てくる。気持ち悪がられるだろう。かも知れない。
日本人は、縄文人の上に弥生人の血が被さって、一瞬のうちに縄文顔が消滅した。顔は、足して2で割ったような顔になったはずだ。だが、どうも、そんな感じがしない。日本人でも中国人でも、その地域の顔は似ていると言えば似ているが、中に、毛色の違った顔がある。混ざるという考え方では、この現象は説明できない。劣後遺伝し、ある時、気がついたように劣勢の形質が現れることがある。
私は、ずうっとそう思ってきたが、最近特にそう思うようになってきた。そうなのだ。異なる遺伝子の組合せがあれば、外見としての発現形態は、どちらかの遺伝子の形体になるが、形をなくした方は、必ず潜在形体を残す。そう思うようになったのは、重慶に行った時のこと。同じような顔に混ざって、異質な顔が5%くらい居るのだ。こんな事はあるはずがない。なぜ、均質化しないのかと考えた時、こんな事に気づいた。
なら、東海岸の人はどうか。余り異質な顔はなかった。そうなると、遺伝的には、外部からの異質な形体の移入はなかったのだ。日本人も同じだ。
なら、日本人と中国人の区別はどうするのだ。東アジア人としての共通の性質が一定量以上あれば、その区別はつかない。だが、どちらにも、変異株が何パーセントかある。その変異率が高ければ、やはり全体としても違った感じに見える。この話の続きは、また後でしよう。
こうして、市内見学を終えた。
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こんにちは。
相変わらず出野さんの記事には驚かされます。
正直、私は遺伝子とかはほとんどわかりません。
中国の表と裏を冷静に見れる感覚はすごいです。
13億以上居ればいろんなひとが居ますね。
私は小銭をやることぐらいしかできないですね。
また中国を見てみたいと思いました、こんどは旅を主体に
じっくりと。
2010/1/10(日) 午後 1:53 [ くろべ ]
おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
2010/1/10(日) 午後 6:52 [ 悲歌慷慨 ]
エコレットさん
お褒め有難うございます。頑張ります。
今年も宜しく。
2010/1/10(日) 午後 7:43 [ 出野行男 ]
悲歌さん、
こちらこそ宜しくお願いします。
あなたのブログは色々考えさせられるところがあります。
これから研究します。
2010/1/10(日) 午後 7:44 [ 出野行男 ]
経済成長著しく覇権国になろうとしている中国で温州のように乞食の人がいるのですか。ミヤンマーではあまり見ません。〔都市部で少々〕ビルなどは豪華にみえますが・・。
2010/1/15(金) 午前 4:43 [ - ]
旧石器人の干潟移動説ですか!!
うーん!! 説得力有りますね!! でも証拠がほしいですがね!!
そうそう愚息がいよいよ卒論に中国の景教伝播を選ぶと言ってました!!
なにか変わった資料有りましたら是非内緒でお教えくださいね!! 爆!!
2010/1/16(土) 午後 1:21 [ 油食林間 ]
油食さん
自説に私も証拠が欲しいですよ。
自力で必死に捜していますよ。
今度の厦門行きも、半分そういう事を考えて行いました。
学者?の意見は、文献の寄集め、余り説得性がありません。
私は、現代に残る生きた証拠集めに興味があります。
顔色、習慣、言語、地形、地殻変動、食糧、性行、動物の行動学
私が今感じている最大の疑問は、「DNA追求による人類の移動」です。何で、10万年やそこいらで、新人類が旧人類を駆逐しながら世界中に広がるのですか。猿だって、狼だって、新しい種族が押し寄せたからと言って絶滅しませんよ。
そんなことから共通の事項を掴み出そうというのです。
2010/1/16(土) 午後 1:47 [ 出野行男 ]
俺いらの盲想福祉生協敬老党mのウンチクにコメント感謝ハムニダ!
俺いらも実は満州生まれで我是大陸人とか言ってjほらふいています。ハルピン生まれの引き揚げ者!貧乏続けて66歳。
法螺を吹いてはワッハッハ!信用されようがされまいがそんな事は構わない。毎日次々言ってます。
ところで古古日本人面白い話ですね?一気に読み切りました。
元来日本人は渡来人として朝鮮民族が主な人種と考えてきたものです。しかし・・・リアス式海岸徒歩説を入れると縄文以前も考えるべきで逆に往来していたと考えるべきですね?
10年ほど前韓国珍島へ旅しましたがその時期日本まで陸続きで有ると実感しました。ちょん丸
俺いらそれを踏まえて東アジア連合を早く実現させ世界へ平和日本を発信して行って欲しいとねがうも者です。ちょん丸
ちなみにちょん丸派韓国語でチョンマルとは本当にの意味です。チョンマル
2010/1/16(土) 午後 4:20 [ - ]
追伸宇都宮へお越しください!大谷石の街のミイラ発見場所がありますが縄文以前と唱える学者もいるそうです。
おまけ・・韓国人の顔の特徴やっぱり日本人とは差異がありますね?肉食人のあごに成っているように思います。目も細いです。
モンゴル人の誰かに似ている?ちょん丸
2010/1/16(土) 午後 4:27 [ - ]
ハルピンさん
私は、人類がアフリカに発祥して以来、超高速でインドネシアまで来るのですが、どうして来れたのかを考えていた時、ふと考えついたのが、人類は魚を常食としただったのです。
魚は海岸に出れば、いくらでもいる。潮の満ち干に合わせて海岸に降りれば、飢える心配なし。人類水生類似生物を考えると、人類の2百万年くらいは説明がつくのじゃないか。
私は、そういう思いで証拠捜しをしています。
2010/1/16(土) 午後 4:34 [ 出野行男 ]
出野行男さん!また来たよ!全くその通り!
デモでっかい構想ですね?好きです!ともかく白髪3千丈の国の生まれですから・・・でも俺いら本当の禿げです。
動力に関して栃木県人としてこんなほらも吹いてます。
茨城県・栃木県・群馬県・新潟県をまとめてNIKKO州を造り
大洗から新潟市までリニア鉄道NIKOOエクスプレスの開通
中国・ロシア・アメリカ・の大型フェリーを誘致して世界遺産観光ツアー客をお迎えする・・・とか
先日もお話ししたけど東アジア経済共同体の構築etc
ちょん丸
2010/1/16(土) 午後 7:45 [ - ]
ハルピンさん
人類は、海岸伝いに北上した。これは、ほぼ確定。だが、どうして日本まで来れたか。そこがどうしても分かりません。
ある人は、150万年前は、台湾から沖縄が陸続きだと言っています。大陸移動説に従えば、陸地は、衝突後、1年で大体1ミリの速度で上昇します(日本の場合)。だから、大陸移動が100万年続けば、100万ミリ、つまり1000m上昇します。だから可能性がないとは言えません。
そして、中国東海岸は、リアス式海岸で、この海岸は沈降海岸です。その付近のマントルが冷えて収縮したのです。これは、中国・広東省から福建省、浙江省、日本長崎・韓国西海岸まで続いています。
何m沈降したか、ちょっと分かりませんね。100m、200mかも知れませんね。もっと深いかも知れませんね。東京湾は、この100万年に1千m近く沈降しているはずです。これは、中学校の教科書に載っていますから、信頼性があります。
総合すると、100万年前に、中国東海岸から、台湾、沖縄、九州という陸橋があったかも知れませんね。
今、そんなことを考えています。
2010/1/16(土) 午後 8:56 [ 出野行男 ]
私の先祖も中国の帰化人です。だから、中国の漢詩など読むとふるさとのような親近感を感じます。
2010/1/17(日) 午後 0:22 [ 悲歌慷慨 ]
悲歌さん、
勿論、そうですよ。私の両親など長崎ですから、正に帰化人の大道にいたのだろうと思いますよ。
2010/1/17(日) 午後 0:28 [ 出野行男 ]
フグルさん、
無視しているわけではないけど、余りに普通と異なる意見で、論評しようがないのです。
それと、私の知らない人ばかりで、論評を加えようにも、全然できない状態です。
極論すれば、中国の選挙みたいです。貴掲載記事のように、学歴、経歴が出てくるだけで、本物の顔はないのです。ただ、共産党が推薦すると言うだけです。そんな人に投票せよと言われてもできないのと同じです。
何か、もう少し分かる記事を載せて下さい。
2010/1/17(日) 午後 1:37 [ 出野行男 ]