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ⅲ 説明語の介詞と助詞への分化
説明語が「介詞」と「助詞」に分れた背景を考えてみると、言語発祥の根源が見えてくる。人類の発声が動物から分れたのは、発音が複雑になったからだ。
百万年とかいう昔、人間も動物と同じ発声の仕方をしてきた。その発音は、未分化で単純な二重母音・三重母音で、「ウァ」とか「ウゥゥ」とか「ウォォ」という音だったに違いない。それが、喉の発達により、十万年くらい前までに、原始言語音としての「ウヮ/ウゥ/ウォ」「イァ/イゥ/イォ」などという過程を通り、「ウ/ヲ」「イァ/イゥ/イォ(←二重母音)」「ア/イ/ウ/エ/オ(←単母音)」という言語母音になったと考えられる。
十万年くらいから先を見てみると、地球上では「単母音」が出来ていく過程に違いが生じた。今日の特徴から見ると、
海洋民族では、母音化が進み「母音系」言語となり、
東亜民族では、行音化が進まず、二重母音を多く残す「単音語系」言語となり、
非欧民族では、子音化が進んだ「子音系」言語になっていく。
ここから、日本語音と中国語音の特徴を見てみよう。日本では、時代と共に「単母音」化が進み、これぞ言語音として最高の域まで達したことだ。
即ち、まず第一は、奈良時代以前には8音だった母音が5音になったこと。一般には、この3音が何だったかははっきりしないと思われているが、実は簡単で、表記の上では1音半くらいに思われる「拗音」が完全な1音になったことだ。この点は、中国音の二重母音と比較してみると一目瞭然だ。
次は、戦後、方言に多く残っていた「クヮ/クィ/‥‥」が「カ/キ/‥‥」あるいは「シャ/シュ/‥‥」が「サ/シ/‥‥」などとなって実質上なくなった事が上げられる。この点は、北九州方言と朝鮮族の発音が似ていることから分る。また、表記の上でも、「わ行」「は行」「や行」音の大部分が、「あ行」に合流されてなくなった事が挙げられる。例えば、「ゑ」「ゐ」音がなくなり、「を」音は特殊音として残らなかった。その結果、日本語は、世界で最も区別が明確で単純な言語音になったと思われる。
次は、中国語を見てみよう。発音が「ア/カ/サ/タ」行の特定の音に極端に集中し、これを清音・濁音で区別し、単・二重母音で区別し、更に四声によって区別するようにしている。我々日本人がこの音を聞くと、どの音も殆ど同じに聞え、区別が非常に難しい。だから、こういう音は、言語音としては良くないと思われるが、当事者としてはそれほどでもないのかも知れない。
本論に戻って、次は、「時」だとか「場所」の要素の説明語が、大陸では「介詞」になり、島嶼では「助詞」になったか考えてみよう。
説明語は、なるべく短くて単純な方がいい。そう考えると、説明語を付けないか、付けても1文字の方がいい。となると、母音語では語末に、必要に応じて1文字を付加するのが合理的だとなる。例えば、「で京都」というよりも「京都で」とした方がいい。多分、こういう理由で日本語では、要素の後に「助詞」が付くことになった。この構造は、複雑な説明をするには更に言葉を続ければ事は足り、合理的だ。例えば、「京都で」が不十分ならば、「京都に行って」とすればいい。日本語の助詞(副詞)には中国介詞から転成したものが結構あるが(例えば、「由→ゆ」、「要是→もし」)、この音は語頭には着かずに語尾に着いたことを考えると、母音語では「助詞構造」になる事にある必然性があったように思われる。
なら、「介詞」はどうか。二重母音程度の発音は、1音助詞より複雑な内容を表せる。そうなると、その二重母音は適度な長さで、文頭に置いても不都合な長さで、必ずしも文末に置く必要なない。例えば、「京都」を説明するには、「在京都 →(発音)ザイ、チンドウ」となる。この表現は、文字が発明されると益々便利になった。なら、長い説明を要するときはどうか。例えば、「部屋の外で」のような時はどうしたらいいのか。日本語と同じになるには、「場所は外、京都の」となるが、この構造は要素である「京都」に比べて前置説明語の比重が大きすぎて表現として不適当だ。こういう理由で、大陸語は多分「在京都外面 → 場所は、京都、その外で」という構造に落着くことになった。まだ、何と面白い、大陸語では、先頭に場所記号「在」を置くこと以外は、説明語を後置する母音語と同じになっているのだ。
以上より、日本語と中国語は、大枠構造ではとてもよく似ているのに、細部では、単母音と二重母音の違いが「助詞」と「介詞」の違いをつくった、と私は考える。
今日は、ここまでにする。
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これが正しいかどうか分りませんが、考えてみました。叩き台だと考えてください。
2012/5/4(金) 午後 8:33 [ 出野行男 ]