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1 人類の進化を、欧州旅行から考えてみる
私は、このほど正味10日の中欧旅行をしてきた。チェコ、オーストリア、ハンガリーの3カ国だ。以前から、私は人類進化に興味があり、これら地域の人々を観察してきて少しばかりの知見を得たので意見を述べたみたい。
1、従来の学説、他地域進化説とアフリカ単独説
人類はアフリカ出発祥し、その後、何度か進化した人類が生れたが、アジアとヨーロッパでは顔かたちと体格が大きく違うことから、どのような経路を辿って地球上に広がったかが未だに解明されていない。従来は、「多地域進化説(アジア、アフリカ両極進化)」が主流だったが、現在は、遺伝子研究が進み、アフリカ単独説が有力になりつつある。
だが、私は、ヨーロッパ人とアジア人の外見はこれほど違うのに、単独説では、その分岐は高々10万年かそこいらだというのには大きな疑問を感じる。そういう事で、先に書いた「東アジアの動力学 風詠社」では、他地域進化説が正しいのじゃないかと書いた。そこで、今次は、現代に残っている証拠のヨーロッパ人を直接観察して、何が正しいか考えてみた。
気がついたことは、身長、頭髪の色、頭の大きさ、禿げぐあい、目の色、鼻の形、足の指の形に一定の傾向がある事だった。
2、身長は、高い者と低い者の混合集合だ
最初の訪問地は、チェコだった。尤も、チェコといっても、首都のプラハだけに過ぎない。頭髪は淡褐色。だが、いやまあ、背の高い人の多いのには驚き。女でも、170センチより低い人は少ない。男は、180センチは当り前の感じ。190、2mも例外ではない。なるほど、ヨーロッパ人は背が高いとの驚き。
次の訪問国は、オーストリアのウイーン。ここではチェコ類型人の身長は余り変らなかったが、その中に混じって、はっきり異人種と見られる背の低い人が一定の割合で存在していた。単に数値だけをみると、平均身長が低くなっただけのように見えるが、別の類型人(人種)が増えていることに気づかねばならない。ある時、中国・重慶で同じような事を感じたことがある。大部分は漢族だが、その中に混ざって中国人らしからぬ顔の人(人種)の人が混ざっていたことだ。日本国内では、別人種が少ないために、あの人は背が高いがこの人は低いで済むが、ヨーロッパではそうではないのだ。
その次は、ハンガリーのブダペスト。ここでは、はっきり違った。全体として黒髪の程度が多くなり、我々と同じ程度の人が急に増えたのだ。ハンガリーは、アジア系人種だと言われるが、やはりそうだった。頭髪が完全に真っ黒な人が1割くらい、濃茶の人が2割くらいで、黄色がかった人が1〜2割で、全体として黒っぽい人が4、5割で、残りの5〜6割が先淡褐色の人だった。
これから言えることは、欧州人の人種は、完全に混ざることなく、北部は、背が高く頭髪の褐色系で、南部は、その中に混ざって背が低く黒色系の頭髪だったということだ。
3、頭髪、褐色系の人でも毛根近くは黒色の人が多かった
私は、はっとした。褐色や金髪系の人の頭髪でも、生え際が黒いのだ。我々日本人は、欧州人は奇麗な金髪だなどとうらやましがったが、よく見ると、褐色系の頭髪の下毛は、やや黒っぽい髪に取巻かれていたのだ。更に注意してみると、頭髪に色ムラのある人にそんな傾向が強く、長く伸びた毛髪の先端が白っぽかったのだ。つまり、頭皮に近い方に黒っぽい毛が混ざり、長い1本の毛では、毛髪の先端ほど白っぽくなっていたことだ。日本人でも、白髪が頭表面に多いのと同じ傾向だったのだ。
男には、そういう傾向は見られなかった。どうしてだろう。考えた。そう、男は、頭髪が短くそういう事が分らなかったのだろう。だが、まだ不思議。我々日本人は、初老になると、毛の生え際に白い物が目立ってくる。これは、先の結論と矛盾するじゃないか。困った。だが、分った。毛髪は常に生え替り、この髪は生え際から白いからなのだ。私は思い出す。60年も前のことだが、母が、白髪が出てきて困る、抜いてくれないかと頼んできた時のこと。あの白髪は、長さ3、4センチで全く異種類の毛だった。その母も、70才を過ぎると胡麻白になり、80才からは完全白髪になってしまった。毛とはそういう風に老化して死んでいくものだ。
だから、男の頭髪の見えるところが白くなったといっても、先に述べた、黒髪の先端が白くなるという傾向に矛盾することはないのだ。これから、人類の進化が見えないか。見える。私は、これこそが、アフリカで生れた人類がどのように進化したのかそれを解き明すための重要な現代に残る証拠だと考える。後述する。
4、頭の大きさ、欧州人と東亜人の違いは明白
ネアンデルタール人は、現代人より脳容量が大きく一見賢そうに見えるが、のろまだったために現世人に滅ぼされてしまったという話。信じられるか。しかも、現世欧州人の頭は、アジア人と比較すると明らかに大きく、ネアンデルタール人に近い。なら、現世欧州人はネアンデルタール人と現世人・クロマニヨン人の混血による物とは考えられないか。私は、先に書いた「東アジアの動力学」の所でそういう事を強く感じていた。
ハンガリーに来て、その謎が解けてきた感じがする。ハンガリー人の頭は、アジア人、特にチベット人のように小さいのだ。褐色頭髪人にも頭小人はいたが、特に黒色頭髪人に、頭小の傾向が強かったように見えた。この点に気づいたのは、旅行の後半だったので強くは断言できない。
歴史書によると、ハンガリーは、島のように取残されたアジア系の民族集団であり、その点を考えると、大昔ではなく比較的最近、中央アジアに居住していた遊牧民族が、何かの動機でハンガリーへ流入したと理解できる。なお、ついでであるが、トルコ人にも頭髪が黒い者が多く、身長が低い者が多いが、これは、ハンガリー人とも共通する。
一般則は、見えないか。そう、チベット人は、遅れていたが故に辺鄙なチベットという地域に逃げるように高原に安住の地を見いだし、1つの孤立民族を作っていった。ここ欧州でも、弱小民族は、農業条件の悪い地域へ流れ込んで生延びていったのだろう。さらに、ユーゴ、ボスニア辺りには、更に弱小民族(少数民族)が棲むことになるのだ。また、中国の少数民族もまた同じなのだ。
5、禿げは、北方民族に多い
イギリス人、ドイツ人の男には禿(はげ)が多い。テレビに映る運動選手は、30才くらいで禿げる者が多い。政治家では、例外なく禿げていると言ってもいい。私は、そういう人種だと思っていた。だが、今次の旅行でどうも違う感じがしてきた。
褐色から栗色の頭髪の男には、余り禿げた者はいないのだ。いや、本当に少ない。日本では、60才を過ぎると大半は禿げるが、それよりずっと少ないのだ。
そこで思い出す。私は、16年前、仕事で中国・揚州(上海から250キロ)に行った。合わせて2ヶ月ほど滞在した。その時気づいたことは、中国人の頭髪は、日本人より真っ黒で、禿げている者が少ないということだった。いや、もう、禿などは見た事がなかった。そして、次は、中国・長春(旧満州)に行った。ここには1年以上滞在した。ここの人は、日本人より少ないが、いくらか禿げた人を見た。「黒いこと」は禿げないことか、その頃から漠然とそう思っていた。
そして、今次、アングロ・サクソン系(英・独)は禿げるが、南欧系、は禿げないということに気づいた。なら、ここに何か法則は見当らないか。北極には、シロクマがいる。体を温めるために黒い方がいいのじゃないか。いや、そんなことはない。雪の中で白い物は、他の動物の標的にされてしまう。だから、雪の中では白い物がいい。雪兎なんてな動物がいるじゃないか。それに対して、赤道近くの動物は、黒い物が多い。熱いから拾い方がいいのじゃないかと思うが、そうでもないらしい。黒豹、ゴリラ、いくらでもいる。人間だって黒い。どうも、そうなると、白黒は、暖を取ることとは関係がないようだ。はっきりとは分らないが、紫外線から皮膚を守ることのようだ。
で、100万年、200万年前の地理時代を考えてみる。当時のヨーロッパは、10年おきくらいに氷河期により北緯50度以北は氷河に被われた。そうか。それで、北方系の人は頭髪が白くなりやすく、動物群と同じで、頭髪が白くなるようになったのじゃないか。
だが、これは、禿とは全く関係がない。むしろ、反対じゃないか。ゴメン、ここから先は、私には全く見当が付かない。だが、世の東西を問わず、北方系人に禿が多いのは、何か関連があるのは確かなようだ。誰か知っている人が居たら教えてほしい。
続く
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ご無沙汰致してすみません。まだ元気に頑張っています。此からも機会があれば?コメントします。
2012/7/3(火) 午後 6:51 [ nancy2 ]
ナンシーさん
宜しくお願いします。続きは、今日掲載します。
2012/7/4(水) 午前 8:39 [ 出野行男 ]
いい旅をしていらっしゃいますね。この様なフランクなレポートを読ませていただく幸せを思います。二つ程・・・質問という程のものではありませんが・・・・
一つはチベット・・・先日、TVに、長江、メコン、もう一つは急には思い出せませんが、3本の川が並行(接近)して流れる地域があって、その少し上流に豊かな緑の草原が広がっている様子がありました。そして、高地のチベットの様相とは全く違った、romanticな、チベット家族の様子がありました。やはり、同じチベットといっても、違う種族なのでしょうかね。
もう一つは・・・松井孝典氏が、人類の発展は、「おばあさん」の出現で、格段に促進された・・・旨の発言を拝聴したことがあります。クロマニオン、ネアンデルタール・・・ETC・・・・一足飛びに変わるものでもないと思うのですが・・・南北の文明発展(異なる)の中に、その様な事を感じることがあれば・・・楽しみにさせていただきます。
2012/7/4(水) 午前 9:38 [ 伏魔人 ]
方木さん
3つの川とは、長江、メコン川(澜沧江)、タンルイン川(怒江)のことです。私は、雲南旅行に行ったとき、メコン川を遡った所まで行きました。
現在、人類の移動経路を書いた図面では、この3つの川とそれを区切る高い山脈を横断するようになっています。だが、川筋に人類は移動することがあっても、山越えをすることはあり得ない、とその時思いました。
なら、どう移動したのか。南シナ海側から移動する以外にない。そう思い、私は、先に示した「東アジアの動力学 風詠社」にその事を書きました。
そして、なら、欧州はどのように移動したのかとの疑問が湧いたので、今次の中欧の調査旅行となったのでした。買物などそっちのけで、人の顔や体つきばかり見ていました。
2012/7/5(木) 午後 1:31 [ 出野行男 ]
そうなのですね。中国人の旅行者が多いとか・・・TVのコメンテーターが喋っていましたが、美しい所でしたね。
2012/7/5(木) 午後 4:26 [ 伏魔人 ]