3 炉頂加熱では、熱が回らない
いや、どうしよう。その時、運命の出会いがあった。いや、その時は、ただの東大阪・石切神社近くの業者「テサキ製作所」だった。それから1年半付合うことになる。
手崎 社長曰く、自分の会社は、「炭焼炉達人」の業者だと。なら、漏れないような「窯」を造ってもらおうか。出来た。なるほど、よく出来ていた。なら、「炉内煙突」の効果を見てみよう。年の暮れも暮れ、もう正月だからと、少量でやってみた。巧くいったように見えた。炭ができた。なるほど、これで良いんだ。だが、本当は駄目だった。原料木材が少量だから、出来ただけだった。
正月明けに大量でやってみた。ナヌ、ナヌ、ナヌ。10時間近く通電しても、炉底はまだ130度、そして、炉頂は140度。これでは、炭が焼ける400度までに何時間かかるのだ。根本的な誤りがあることに気づいた。
「炉内煙突」なんてあり得ない。いや、こっそり言おう。炭焼の次の狙いとして、「炉内煙突」を使う場面を考えていて、凄いことが起きる筈だ。今は、秘密だ。ここでは、先を急ぐ。「炉内煙突」が「下降炎流」を作るための決め手だと思っていたが、炉内煙突では、それが出来ないのだ。何故、できないのか。どうしても分からなかった。やっぱり、従来の炭焼法でしか炭はできないのか。
私は、何日も考えた。どうしても、いい方法が思い浮かばない。なら、諦めた方が早いのか。いや、もう、本気で考えた。そうこうしている時、電網で、水蒸気加熱法という項目を見つけた。水蒸気加熱法とは、缶の上部から水蒸気を注入し、主に原料の液体を加熱し、廃蒸気を復水にして捨てる方法だ。技術篇で述べた。
そうだ、「下降炎流」でなく「下降蒸気」だ。私は、「閃いた」気がした。なら、この原理を炭焼炉にどう取込むか。炉内煙突が必要だったのは、従来の炭焼法に似せて、上から熱するために、やむを得ずひねり出した方法だった。だが、下降蒸気を使うとなると、電熱器は、何も、炉底に付ける必要はない。炉頂に付け、直接下降流を作ればよい。炭化熱と蒸発熱はほぼ等しいから、下降流さえ、作る必要がないかも知れない。これが、我が理論の帰結だった。だが、直ぐ疑問。常識的に考えて、「火」が何もしなくて、下降する訳がない。炎には、「炎上」しかないのだ。
その通りだ。「炭焼達人」の手崎さんが一蹴した。だけど、だけど、‥‥の議論が続いた。手崎「達人」理論では、炭焼には「ゆっくり炭化」しかない。経験則だという。炭焼土窯の何十年の経験だ。折衷案。ゆっくり循環するためにと、細い管を上向きに付け、それに送風機を付ける事にした。これは、間違っていた。後の実験で明らかになる。
何で、切れるのだろう。何で、下方が熱くならないのだろう。電熱線が切れなければ、半分までは炭が焼けているんだが。単に、電熱線を取替えるだけで好いのか。電熱線の切断防止の保護板が必要なのか。
電気炉歴40年の中川さんの出番。電熱線はこうして、保護板はこうする。そして、熱風の循環はこうする、と。私は、指導に従って、新聞紙をくり抜いて模型を作った。そして、東大阪へ走った。手崎さんは駄目。それは、「温度千度の金属炉だ」と。なるほど、そうかも知れない。大阪の端まで行って電熱線を捜してきたのに、決意が萎えた。
実は、電熱線が切れたのは、全く別の理由だった。今、その事がはっきり分かった。飽和水蒸気量は、100度を越えるとその量が急速に増え、800度で200Lの炉なら、120キロも包蔵できる量に達するのだ。まあ、いわば、炉頂に付けた電熱器を、直に熱湯に漬けているようなものだった。それで保つ、筈がなかった。
手崎さんが「鞘付 電熱器」を捜してきた。私は、「そんな高い物じゃなくてもいいの
に」とぶつぶつ文句を言いながらでも、電熱器を「鞘付」に取替えた。天の女神が、味方した。以降、切れなくなった。どころではなかった。