日本の再生と国際化を考える

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石油に頼らない能原確保       
          −電気炉炭焼窯の推進

4 やっと成功、全部炭になった

 もう、夏になっていた。早くやらないと、盆までに間に合わない。ついでだ。公式記録を残すために、自動温度記録装置を買おう。15万円もしたが目を瞑った。いや、それまでは30万円もしたが、機械打点から電信式に替わったから思い切ったのだった。

 何故、炉底の温度が上がらなかったのか。送風機の風量が少なかったから。自明だ。これは、中川さんが主張していたことだが、この説が正しかった。次は、採用。
 さあ、全部整えて、実験開始。巧くいってくれ。祈るような気持ちだ。今のところ順調だ。今のところ順調だ、と続いた。8時間で通電終了。炉底の温度が320度まで達したから、もういいだろうとなった。
 翌朝、一礼をして、蓋を開けてみた。思った通りの結果だ。今思えば、この時「大枠」は完成していた。この後にも問題は生ずるが、改良実験に属する。
 これで、特許出願できる。私は、早速明細書を書いて、直ぐに出願した。これなら、ネドにも出願できるぞ。ネドとは、国家の新エネ機関の略称だ。不採用というより門前払い。「NPO法人は、新エネの資格がない」と。何で、だぁ。私は、怒り狂った。「何で、資格がないのだ」、私は、ねじ込んだ。これだけ研究に励んで、やっと成功したのに。と、「NPO法人は、利益を求めないからだ」、との返事。冗談じゃない。「当然、利益を求めるが、私益ではなく、公益を求めているのだ。定款に書いてある」。だが、その訴えは、通らなかった。

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石油に頼らない能原確保       
          −電気炉炭焼窯の推進

3 炉頂加熱では、熱が回らない
 いや、どうしよう。その時、運命の出会いがあった。いや、その時は、ただの東大阪・石切神社近くの業者「テサキ製作所」だった。それから1年半付合うことになる。
 手崎 社長曰く、自分の会社は、「炭焼炉達人」の業者だと。なら、漏れないような窯」を造ってもらおうか。出来た。なるほど、よく出来ていた。なら、「炉内煙突」の効果を見てみよう。年の暮れも暮れ、もう正月だからと、少量でやってみた。巧くいったように見えた。炭ができた。なるほど、これで良いんだ。だが、本当は駄目だった。原料木材が少量だから、出来ただけだった。
 正月明けに大量でやってみた。ナヌ、ナヌ、ナヌ。10時間近く通電しても、炉底はまだ130度、そして、炉頂は140度。これでは、炭が焼ける400度までに何時間かかるのだ。根本的な誤りがあることに気づいた。
 「炉内煙突」なんてあり得ない。いや、こっそり言おう。炭焼の次の狙いとして、「炉内煙突」を使う場面を考えていて、凄いことが起きる筈だ。今は、秘密だ。ここでは、先を急ぐ。「炉内煙突」が「下降炎流」を作るための決め手だと思っていたが、炉内煙突では、それが出来ないのだ。何故、できないのか。どうしても分からなかった。やっぱり、従来の炭焼法でしか炭はできないのか。
 私は、何日も考えた。どうしても、いい方法が思い浮かばない。なら、諦めた方が早いのか。いや、もう、本気で考えた。そうこうしている時、電網で、水蒸気加熱法という項目を見つけた。水蒸気加熱法とは、缶の上部から水蒸気を注入し、主に原料の液体を加熱し、廃蒸気を復水にして捨てる方法だ。技術篇で述べた。
 そうだ、「下降炎流」でなく「下降蒸気」だ。私は、「閃いた」気がした。なら、この原理を炭焼炉にどう取込むか。炉内煙突が必要だったのは、従来の炭焼法に似せて、上から熱するために、やむを得ずひねり出した方法だった。だが、下降蒸気を使うとなると、電熱器は、何も、炉底に付ける必要はない。炉頂に付け、直接下降流を作ればよい。炭化熱と蒸発熱はほぼ等しいから、下降流さえ、作る必要がないかも知れない。これが、我が理論の帰結だった。だが、直ぐ疑問。常識的に考えて、「火」が何もしなくて、下降する訳がない。炎には、「炎上」しかないのだ。
 その通りだ。「炭焼達人」の手崎さんが一蹴した。だけど、だけど、‥‥の議論が続いた。手崎「達人」理論では、炭焼には「ゆっくり炭化」しかない。経験則だという。炭焼土窯の何十年の経験だ。折衷案。ゆっくり循環するためにと、細い管を上向きに付け、それに送風機を付ける事にした。これは、間違っていた。後の実験で明らかになる。
 
 
 何で、切れるのだろう。何で、下方が熱くならないのだろう。電熱線が切れなければ、半分までは炭が焼けているんだが。単に、電熱線を取替えるだけで好いのか。電熱線の切断防止の保護板が必要なのか。
 電気炉歴40年の中川さんの出番。電熱線はこうして、保護板はこうする。そして、熱風の循環はこうする、と。私は、指導に従って、新聞紙をくり抜いて模型を作った。そして、東大阪へ走った。手崎さんは駄目。それは、「温度千度の金属炉だ」と。なるほど、そうかも知れない。大阪の端まで行って電熱線を捜してきたのに、決意が萎えた。
 実は、電熱線が切れたのは、全く別の理由だった。今、その事がはっきり分かった。飽和水蒸気量は、100度を越えるとその量が急速に増え、800度で200Lの炉なら、120キロも包蔵できる量に達するのだ。まあ、いわば、炉頂に付けた電熱器を、直に熱湯に漬けているようなものだった。それで保つ、筈がなかった。
 手崎さんが「鞘付 電熱器」を捜してきた。私は、「そんな高い物じゃなくてもいいの
に」とぶつぶつ文句を言いながらでも、電熱器を「鞘付」に取替えた。天の女神が、味方した。以降、切れなくなった。どころではなかった。
 
  

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石油に頼らない能原確保       
          −電気炉炭焼窯の推進
 
奮闘篇
 
2 電気炉炭焼窯の実験開始 

 第1回目の電気炉の会社は、奈良県の会社に造ってもらった。出来たことに喜んで、窯を滋賀県米原市伊吹町の「ふれあいの里」の「板並炭焼保存会」に持込んで実験にかかった。JR近江長岡駅から123キロ姉川に沿って遡った所だ。

 大失敗。というより、幼稚すぎて、炉になっていなかった。私も初めて、その会社も初めて。あちこち隙間だらけで、原料の木材が全部燃えてしまったというお粗末物。
手直ししてもらったが、穴が塞げておらず、また失敗。だが、2回目は、私が、電源を切り、炉に少しずつ水を掛けて温度を下げたので、全部は、燃えずに済んだ。
 1回目の失敗の後、私は、土窯に似せて「炉内煙突」というものを考えた。炭焼は、上から下へ炎流を導くものと考えたからだ。それが、炭焼の常識だ。その発想はいいが、それで、どうして熱が下へ向くのだ。ここに致命的な誤りがあった。何故なのか、どうしたら好いか、見当もつかなかった。第3回目に、現象としては分かる、という所まで行く。
 
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炭焼、最初の修行地

石油に頼らない能原確保
 
   電気炉炭焼窯の推進


奮 闘 篇


 1 花水木竹炭工房で修行を始める


 炭焼を始めようと思って最初に行動を起こしたのが、和歌山県・南部川(みなべがわ)備長炭記念公園」の炭焼だが、ほぼ同時に、滋賀県甲賀市・甲南町の「花水木 竹炭工房」と滋賀県米原市・伊吹町の「板並 炭焼保存会」に行った。「花水木」は、妻の知合いがいたこと、「保存会」は、私が電網で探し当てたものだ。


 知合いの人がいる、ということで、私は、花水木に、早くも会員のような面をして潜り込んだ。それからずっと世話になっている。ここでは、竹炭を焼いている。このところ、竹が公害になりつつあるので、竹炭を始めたとのこと。


 技術担当が、中川さん。40年も「金属電気炉」の設計施工をしてきた人だ。今は、また別の会社に移って現役と言えば現役だが、他方で、炭を焼く余生を送っている。いや、私は、中川さんから、炉の構造について多くの事を学んだ。

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石油に頼らない能原確保       
          −電気炉炭焼窯の推進

 
② 木炭:木炭は、水分が少なく、運搬さえ楽になれば、これほど有用な炭焼はない。考えてみれば、炭焼が発明されるのは中世であるが、それが、発達するのは昭和になってからで、しかも、産業となるのが1955年頃から1970頃まで。正に高度成長の先駆けを創ったが、燃料が石炭から石油に移ると、炭焼は一瞬で崩壊した。
  理由は、手間が掛かる割に収入が少ないからだ。更に追打ちを掛けたのが、外国炭の輸入だった。国家としては、石油の方が有用だと考えたからだが、日本は、以降、 能原戦争に巻込まれ、しかも負組。今後は、方針転換を迫られることになった。その
 さきがけは、東欧諸国。ロシアが石油、天然ガスを高値でしか売らないと言いだし て、ウクライナでは、正に火を噴く戦争が起きてきたのだ(2014)NHKは、しばしばオーストリアを例に出すが、低技術のものが進もう筈はない(2015)
  余談は、ここまでにして、本論に入ろう。炭焼の従来法では、自燃が多すぎて、工業として成立ちにくい。だが、我が法を採用すれば、収率で4倍、間接費に2倍程度の省エネがあり、全体として、5倍以上の経済効果が期待される。先に示した通りだ。比喩すれば、今まで1000円の日当だった人が5000円になる勘定だ。ここに国家が援助すれば、私は、必ず、炭焼に「業として」成立つ道が拓かれると考える。
③ 雑草・水草の炭化・乾燥 ‥‥炭だけでなく肥料・飼料にもなる
  豆科の植物は、空中窒素を同化(固定)するので、タンパク(蛋白)質ができる。食用にもなるが、雑草のままのものもある。窒素入り植物は、肥料にも飼料にもなる。だが、その前提として、乾燥せねば、そもそも製品にならない。
  我が炭焼窯は、この要求に耐えられるか。木炭・竹炭の温度ですれば「炭」になる。だが、設定温度を150度にすれば、これらの有機質は炭化せず、乾燥状態のままだ。そう、今までは、乾燥するのに、多額の乾燥費を使っていたが、理論値で10倍の省エネ、私は、実際にも5倍以上の省エネ効果が期待できると思う。雑草は、乾燥すれば、体積が5分の1、炭化すれば、20分の1まで縮小できるので、100キロ仕込みの10キロ20キロ収量では作業効率が悪い。連続化すれば、見事なものができるはずだ。農業の間接費用が大いに削減されれば、里山の再生に大きく貢献することは間違いない。
④ 有機肥料 ‥‥畜糞
  動物の糞処理は、当たり前の仕事だが、いい仕事だという者はいない。私の知っている畜糞処理会社は、円形の大きな温室(径50m程)に、糞を糞撒機でゆっくり撒き、1周回ればその間に(天日で)乾燥させられ、掻取れるような装置を造っている。つまり、巨大装置によって天日乾燥をする。
  好いと言えば好いが、実用的でないことも確かだ。我が窯で乾燥できないか。多分できる。雑草や水草と同じで、連続乾燥装置にすればいいのだ。
⑤ 公害処理 ‥‥残飯、ゴミ、何でも脱水できる
  現在(2010)、日本のゴミ処理費は、2兆5千億円ほどだ。そのうち、直接費用の燃焼費は1兆円ほどだ。とにかく、ゴミ1トン焼却するのに100L以上の灯油が要るのが大きい。その後も大きい。高温の排煙を「袋濾過装置(バグフィルター)」で浄化しているのだ。そして、余った熱で温水プールを経営している(大津市)。温熱利用だが、余りにも慎ましやかだ。
  で、これが、「逆流送風方式」で乾燥・燃焼を中心とした公害処理ができないか。直接は無理かもしれないが、何らかの分別により可能になると考えられる。その時は、無煙でゴミ処理ができ、直接処理費を何分の1かに節約できるかも知れない。その日を願いたい。
 
 

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