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自民党の大敗は、人的要因にあるのか
自民党は、今次の選挙(2009,8,30)で大敗し反省した。反省の言葉は、「党の力量不足」「党の結束不足」「党の混乱による支持者の散逸」などの人為的要因を挙げている。反省は、これでいいのか。自分たちがやったことが「反国民的」だったことではなかったのか。よく政党は、自分たちの政策は正しかったのだが、理解されなかったなどと、愚にもつかない戯言(たわごと)を並べる。左翼政党に多い。私は、謙虚さが足らないと思う。何故、受入れられないか反省すべきなのだ。
振返ってみよう。この5年間、自民党のやって来たこと。電脳を初めとする電子関連部門を労務費の安い中国と競争させた。そのために、国内労賃を切下げ、それでも生産費用が高すぎる国内事業所は、破産させて外国移転し、国内から「国民の職場」を奪った事ではないか。あるいは、農産物は、外国の安い物を輸入し、国内農民から生延びるための生産手段を奪ったからではないか。林業にしても、漁業にしても、全て産業として成立たなくしたからではないか。
そうでなければ、地域住民が、仕事をもらったり、日頃世話になっている「おらが村の先生」に反旗を翻すことはない。今度の地域住民の怒りは、只物ではなかったのだ。先生は、仕事を持ってきてくれて「先生」だ。何で、「先生」が生活を破壊し、仕事を奪えば、もはや「先生」ではない。憎き敵だ。その結果が、今次の結果となって現れたのだ。ここが最も反省すべきところなのだ。だから、「先生」がいくら頭を下げても、地域住民は、もう先生の元から去ったのだ。
実は、こうなりそうな事は、2年前の選挙の時から、分かりかけてきた。つまり、あの参議院選挙の時、自民党に裏切られた労働者、農民が民主党に投票した。なら、何で、自民党は、この時、危機だと悟らなかったのか。小泉の言うように「鈍感になれ」つまり「金のある我が党は、金で封じ込めてしまえば何とでもなる」との不遜か。麻生の2兆円のバラマキ(定額給付金)は、その具体例なのか。全くもう、自分のやっていることに何の反省もなく、ますます泥沼にはまっているのに気がつかないバカどもか。本当に「結束」で解決する問題だとでも思っていたのなら、国民意識を何と考えていたのか。
福田康夫にしても森喜朗にしても、「どうか、私を助けて下さい」と絶叫したという。絶叫にほだされて、投票した者もいる。だが、次も騙されるか。無理だ。尤も、全ては、民主党の政策次第だ。
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