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「ら抜き言葉」か、いや、「ら入れ言葉」じゃないのか



 一般には「ら抜き言葉」と言われるが、この言葉は、本当に「ら」が抜けたのか。
日本語の「可能動詞」と中国語の「得」の関係を見ていると、私には、先に「可能動詞 える」ができて、次にいわゆる受け身などの「られる」ができたよう感じがする。どうだろうか。

 私は、中国で日本語講師をしている。先日、同僚と「ら抜き言葉」について論じた。私は、常々「ら抜き言葉」は当然許されるし、特に「可能」の場合は、「られる」より優先して使うべきだと考えている。一般にも、「可能」だけは、「ら抜き」がいいという意見が多いようだ。「ら抜き言葉」が好くないと思われている理由は、「ら」音の音韻が柔らかいいい感じがするのに、それを抜いてしまうのは怪しからんということのようだ。

 しかし、「見られる」とか「走られる」と聞いて、直感的に「見ることができる」「走ることができる」の意味が感じられるか。当然、「見れる」「走れる」の方が可能の意味としては適当だと思えるのじゃないか。だから、「可能」だけは、「ら抜き言葉」がいいという者が多いのじゃないか。

 そこで、私は、中国語との関係を考えてみた。そうすると面白い。可能形とは、
   「見る 得る」→「見るeる」→「見れる」
   「走る 得る」→「走るeる」→「走れる」
なのだ。耳に「得る」の感触が残るから、「可能」の感触が出てくるのだ。5段動詞に「える」を付けたら「可能動詞」になるなんて考える必要がないのだ。

 そして、「られる」は、
   「見る 在る 得る」→「見るaるeる」→「見られる」
   「走る 在る 得る」→「走るaるeる」→「走られる」
と変化しているのだ。解釈すると、
   「見る動作について、客観的に在る状態を、得る」
から、「客観」の意味を、「相手の高貴さ」とすれば「尊敬」となり、「自然に」ならば「自発」で、「相手の行為」ならば「受け身」、「能力」ならば「可能」となるのだ。こう考えれば、その動詞の変化形を考える必要がない。

 私は、5年も前、考えに考えてこんな結論を得た。
 だから、「ら抜き言葉」ではなく、語源が異なるのだから、「ら抜き」でも何でもない。「ら」の音韻がいいので、何でもかんでも「ら」を付けたことが「ら抜き」と言うようになったのじゃないだろうか。
 更に、考えてみよう。



1、動詞の分化、5段動詞→上一段、下一段動詞


 動詞の原形は、2文字。例えば「飛ぶ」「蹴る」「明く」「受く」「過ぐ」など。これらの言葉は、「自動詞」のようだが、実は、「自動詞」も「他動詞」もない「中性」の動作だ。漢字一文字で表す中国語を見るとその事がよく分かる。日本は、「自・他」の区別、あるいは他の意味の動詞が必要になった。そして、
 「飛ぶ」→「飛ばす」「飛べる」
 「蹴る」→「蹴飛ばす」「蹴散らす」
 「明く」→「明かる」「明ける」
 「受く」→「受かる」「受ける」
 「過ぐ」→「過ぎる」
などの言葉が出てきた。

 これらの動詞の活用形は、「上一段」か「下一段」に広がったわけだ。
 意味から言うと、「aす」は「使役系」、「aる」は「自動詞系」「eる」は「他動詞系、可能系」、「iる」は「継続系」などに変化したわけだ。


2、中国語の「可能形」は、日本語とほとんど同じだ


 「可能形」を作るには、「得る」を付ければよい。
 中国語は、動詞の後に「得」を付ければ、「可能」の意味、「動作の進行(←「そこまで可能となった」との解釈)」の意味になる。
  「吓得」:「驚いて、得て」→「驚いて‥‥」
  「听得懂」:「聞いて、得て、分かる」→「聞いて分かった」
こんな感じだ。「得」は、幅広く使われる。


3、複雑な動詞の「可能形」はどうするか


 さて日本語では、
  「飛ばす」:「飛ばすeる」→「飛ばせる」
       :「飛ばすaるeる」→「飛ばされる」
  「飛べる」:「飛べるeる」→「飛べれる」 ←?
       :「飛べるaるeる」→「飛べられる」←?
    ああ、なるほど、「飛べる」に既に「可能」の意味があったのだ。
    だが、「飛べる」は、「他動詞型」の動詞、更に「得る」を付けてもいいだろう。
    方言には、「飛べれる」という所もある。私も、中学生の頃まで使っていた。
    「飛べられる」、これは分かるのかな。「可能の受け身」。
  「明かる」:「明かるeる」→「明かれる」 ←?
以下、余り難しく考えないでも、色々できる。だが、全部できる訳ではない。


4、「aるeる」には、本来「可能」の意味はない


 「客観的に」とは、「ある意思にも拘わらず」、つまり、「自分の意思に反して」、つまり、「主導権を奪われて」だ。解釈から分かるように、「aるeる」→「aれる」とは、第一義は「受け身」だ。だから、「aれる」から直接「可能」の意味を引出すのは無理なんだ。


 こういう理由から、私は、「aれる」を「可能」の意味に使ってもいいが、それは、制限的であるべきだと考える。

 「見る」の変化が多いと思ったら、意味の変化、語形変化による物だった理由だった。中国学生はきちっとできるかな。
 見る 見える 見られる 見せる 見せられる 
    見えれる 見れる 見せれる

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