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英語学習は、「教養」英語から「交流」英語に変更せよ
新聞の意見欄を見ていると、同時通訳までやった英語の達人が日本のこれからの英語教育について意見を述べていた。彼女の説に従えば、従来「文法・読解」の英語で、とにかく欧米人が使う英語に一歩でも近づけようという教育だったが、これを止め、世界語になった英語は母国語以外の国では米国人が喋る英語とは違うのだから、世界共通語としての英語を学習すべきだと主張していた。
正論だ。細かい前置詞の違い、冠詞の違い、rとlの違いより、大きな意味の英語を教育することが大事だ。私は、10年間中国にいたが、その間に英語の勉強はしなかったが、英語はだんだん上手になった。その辺りを話をしてみよう。
1、日本の英語
地球という場合は、「the earth」として「the」を付ける、「船」を代名詞で受けるときは「she」で受けるなどと、学校英語では習う。間違っている訳ではないが、そういう知識は日常生活は全く不要だ。あるいは、「r」と「l」を違えて、「lice」と発音しても、問題が生ずる場面はない。あるいは、レストランで、「I am lunch.」と言っても、誤解が生ずる余地はない。
だけど、「どこへ行くの」「from Tokyo」と言えば、「ええっ」と言って聞き直される。そこで、考えて「to Tokyo」と言えば、相手はふむふむという顔をする。なら、「at Tokyo」「for Tokyo」と言ったらどうなるか。多分分かったという顔をして、次の話に移るだろう。
2、中国における私の英語
私が中国の大学にいる間の英語は、最初は、どのように文にするのかを考えながらだったが、次第に、単語だけになっていった。前節で書いたように「from Japan」とか「from where」のように喋るようになった。これなら、何も考えなくても英語が出てくるのだ。
ある時、蘇州にいるとき、講師宿舎には我々日本人とアメリカ人が同じ棟に住んでいて、学校まではバスで15分ほどかかって通っていた。バス待ち時間に、目があると話をする事があった。「お早う」「お早う」「調子はどうですか」など。時間は長くて5分ほど。何か喋らなければならない。そうなると、これは明らかに間違いだと思う文を喋っても、相手がそれに受け答えしてくるのだ。例えば、「You eat breakfast」と言うと、相手は、「はい、食べました」と返すのだ。時々、間違えて、最後に「マ(←中国語の疑問詞)」を付けて、「breakfastマ」と言っても、「breakfast eat」「breakfast you eat」と言っても、ちゃんと「イエス」と返してくるのだ。正しい英語などは、全然必要なかった。だが、意味の採れない英語を喋ると、質問してきた。もう忘れたが、例えば、「I don’t eat no breakfast」などと言うと「pardon」と返してきた。
ああ、分かった。滅茶苦茶で大丈夫。しばしば、日本人は、恥ずかしがり屋だから喋れないのだ、どもって喋るのだ、と言われるが、それは違っていると思った。文にして喋ろうとするから喋れないのだ。文じゃない、単語だ。教養なんて必要ない、幼児語で十分だ。とにかく単語を口に出せばいい。そのとき、相手がこちらの言いたいことが分かれば、相手は正しい英語で返してくれる。それから、私の英語は、ぺらぺら。観光地に行くと「お前どこから来た」「お前どこ人か」という調子で喋った。考えずに喋るので、途中から中国語になって、相手の顔が曇ったり、それでまた、英語に変更したりして喋った。
まあ、こんな調子で4、5年喋っていたら、結構喋れるようになった。だけど、英語は全く勉強はしなかったし、もう年だからから、正しい英語が喋れるようになった訳でもない。喋る速度だけは速くなった。先にノーベル化学賞をもらった根岸さんより流暢に喋れると思う。
3、中国人の英語
私は、中国人に、よく「魚、私、食べた」の形式で喋ったが、この形式の文は、中国人にはよく分かったように感じられた。というのは、中国語には、自動詞と他動詞の区別がなく、例えば、「為」という漢字は、「為す(他動詞)」と読んでも「為る(自動詞)」と読んでもよいから、上のような文が抵抗なく分かるのだ。いや、分からないが、日本式英語を連発してもよく意味が分かった。
反対に、中国人学生も、よく、私のような喋り方をした。そして、町の兄ちゃんに、お前英語喋れるかというと、「うん」と返して来るので、英語で喋ってみると、単語だけ。それで、私が文に繋いで復唱してみると、そうだと返してきた。とにかく、中国人は、「正しい英語」を喋ろうという発想はなかったので、英語が喋れる中国の若者は実にたくさんいた。
4、中国語と英語、どうするか
私は、中国に行く前、いくらか中国語を勉強していったが、まあ、5年間は全く喋れなかった。一つは、中国語の発音が難しい事、もう一つは、どう喋っていいか分からなかったこと。言葉の繋がりは、論理の繋がり。文法じゃない。私は、中国語を勉強するために、中国の英語の(文法)本を買ってきて、語順を研究した。日本で言えば、中3か高1年程度のものだ。非常に役立った。
研究してみると、中国語は、日本語式に喋って十分通じるのだ。語順がとてもよく似ている。「前置詞―目的語」の所だけは、英語に似ているが、他の所は、日本語そっくりだ。だから、2千年前の渡来人は、渡来後、日本語教育を受けたわけではないのに、日本語がちゃんと喋れたのだ。中国語を見ながら、日本語で逐語訳ができないか研究してみたら、実に簡単だった。日本人が漢文読み下し式で中国語が読めた理由がよく分かる。
ちなみに、日本人は、英語は10年学習しても喋れるようにはならないが、中国語は、3年で喋れるようになる。早い者は1年。ごちゃごちゃ、文法はどうだ、四声はどこにあるかなどと言っている者は、何年経っても喋れない。こういう外国語は、「教養外国語」でしかない。
中国人学生の日本語、彼らは、早い者は1年で喋れるようになる。日本語は、助詞の変化と語尾変化が難しいので、それに終始した者は喋れない。文型がどうのこうのと言っている者は、永久に喋れない。中国式日本語で滅茶苦茶喋ってきた者は、何と滅茶苦茶といっている間に、いつの間にか流暢な日本語になっている。
私は、言語学習とは、論理学だと言いたい。次にどんなことを喋ったらいいか、考えることだ。私は、この時、どもらないように喋ることが大事だ、と思う。なぜなら、どもりの発想は、正しい英語(外国語)は何だったか考え、それが途中でつかえて出てこなくなったから、最初からやり直ししていて、自分の頭で文を考えていないからだ。間違っていても、決して後戻りすることなく(もう訂正できない、終わってしまったのだ、相手の訂正を待つしかない)、次の言葉だけを考えるように喋る練習をすれば上手になれる。そう思って練習して欲しい。ちなみに、外国人が「私、私は、‥‥、私は、昨日、昨日、いや、あのう昨日‥‥、私は昨日、ええと、あのう、‥‥」と喋ったらあなたは、どうするか。早く次を言えと思うだろう。この方式では、外国語は絶対に上手にならないのだ。
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2010年10月20日
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