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アジア大会、中国審判は闇の中
アジア大会のテレビを見ていると、参加諸国から中国の審判は通常あり得ないやり方だと不満があったと放映された。日本のメダル数はもっと上がってもいいそうだ。
指摘例は、中国の出場した競技に、主審を中国にせよ、それが受け入れられないと、強引に副審2人を中国人にしてしまった。サッカーでは、中国には違反カードはないのに、何で相手国ばかりイエローカード、レッドガードが続出するのか。別の協議では、線審を中国人にして、ぎりぎりの判定は何で中国ばかり有利になるのだ。体操では、度重なる曲を間違えは、故意じゃないか。日本は、最終判定で柔道で不満があった。結果は、中国の金メダル100個。どう考えても可笑しいのじゃないか、というのだ。
そこで、思い出す。私は、中国で日本語講師を10年ほどやり、その中で、弁論大会、作文大会を経験してきたが、どう見ても可笑しい判定を何回もみた。その話をしてみよう。
1、東北でのはなし
ある時、弁論大会があった。優勝者は、下手ではなかったが、平凡な弁論。私は、審判員ではなく、自校の学生を引率したただの応援者。
他の日本人参加者は、別の者の方が断然上手だったと言った。私は、自己採点では順位を決めかねていた。だけど、私も1位入賞者には異議ありだった。
当時は、まさか不正があるなんて考えても見なかったが、今考えてみれば、ある学生を優勝させるための裏工作が働いていたとの印象は、拭えない。
2、湖南省の日本文化祭
私は、自分の学生を2人連れて参加した。正確に言うと、その学生のために何回も練習を担当し、これで間違いなく優勝できるというところまで練習させ、そうして会場に乗込んだのだった。
その内の一人の学生、その参加は確か17人だった。大学2年生なら、実質学習時間は1年ちょっと。だから、余り上手じゃない。出場番号は1番。
弁論が終わった時、会場から溜息が漏れた。余りにも上手で、誰が見ても間違いなく2年の部優勝間違いないと思われた。おまけは、私は、予想質問まで用意して練習させ、それが当たっていたので、審判員が「何でそんな事が答えられるのだ」と驚きの質問をしたくらいだった。その時、私は、こんな質問が来るくらいなら、ぶっちぎりの一位を確信した。はっきり言って、3年の部に入れても1位は無理だとしても3位までには確実に入れる水準だと思われた。
結果は、どうだったか、8位以下。とにかく入賞者の中に入っていなかった。我が校の日本語講師は、可笑しいのは当たり前、出場者を間違えたのじゃないかと言う者もあった。本人の落胆も大きかった。私が書いた本を渡しておいたら、1年後、思い出してメールをくれた。また慰めておいた。
もう一人の学生は、作文の部に出場した。私が1期担当した学生で、伸びが著しかった学生。大会に出場したいと言ったので、色々な場合を想定して作文練習をやった。いや、もう、湖南省1位は間違いないと思った。ちなみに、私は、私ほど中国で作文に力を入れて学生指導をした日本語講師はないだろうと自身がある。
作文大会は、決められた課題で、制限時間が1時間半で、実際に別室で文を書くという形式で行う。終了後、文章そのものは発表されなかった。
時間終了後、たまたま一緒になった日本人が、一人とても上手な学生がいたと言った。書かれた内容はこれこれで、こんな言い回しは簡単にできないと言うのだ。私は、にやり。それは自分の学生じゃないか。採点は終わっていたが、私はその事は言わなかった。1位を確信した。
結果は2位。信じ難かったが仕方がない。そんな伏兵がいたのかという思いだった。後で、その学生はどんな学生か分かると、やはり、信じられない気持ちになった。その学生の学校の学生では無理なのだ。無理かどうかは勿論分からないが、常識的に考えて、その学校の日本人に、中程度の水準の学生に対し、省1位になれるほど指導できる筈がない。私は、日頃の私の指導で、その人に負けるなどとは思いもよらないのだ。ちなみに、いくらか自慢話になるが、中国・東北にいるとき、卒論指導で、卒論優秀者は私の学生が殆どだという成績を残した。皆が私の卒論の指導を受けたがっていたという実績がある。
なら、今から考えれば、裏があったとしか思えない。今だから、多分あの採点は可笑しかったと言える。
3、日本留学審査
ある時、日本留学の選考試験を担当した。私は、日本人だから、参考意見を言うだけ。何か意見を発表してもらった。弁論大会と大体同じだ。審査の前に特にそのための練習をするという訳でもなく、日頃の態度とか、全体評価で代表を決めた。最終選考は、中国人が行った。個人留学と違って、何がしかの奨金が出るから頑張らねばならない。
一人は、日本育ちだったので、文句なく日本語が上手。だからと言って、作文だとか、主張の論理の上手さまで上手だという訳ではなかった。その他の学生が、どうしても留学したい、と言って私のところへ来た。試験の2、3日前だ。情熱は凄かったが、成績は並みの上。そんなに行きたいのだったら行かせてやってもいい、そんな感じだった。さあ、別室で口頭試験。私が関与したのは、ここまで。
結果は、日本育ちのその学生ともう一人は、平凡で大人しい学生。この街のどこかの大学の先生の娘。私の作文成績は普通。喋るのも普通。はっきり言って、その学生に決める必然性はなかった。私のところに来た学生と比べても、特に優れている訳でもなかった。紙一重だ。
今から考えてみると、中国事情がこれほど不明瞭なら、日本語科長が買収された可能性がないとは言えないとの感じ。
4、中国の審査は闇の中
今次のアジア大会の中国の強さは驚嘆に値するが、微妙な判定は、誰かの指示で審判結果は事前に分かっている、という感じが強すぎる。
それは、中国に言論の自由はなく、審判長その他の審査員が別室で判断する審判制度を採っていては、不正はやり放題だといってもいいからだ。今度のアジア大会のテレビの指摘を聞いて、やはりそういうものかという思いだ。
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2010年11月19日
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