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中国の食中毒事情、日本人には驚きの中り確率だ
久しぶりに、ブログを書く。
1 最初は、1週間に1度中った
私が、初めて中国に行ったのは、もう15年も前のこと。最初のうちは、いや、もう、中りっぱなし。1週間に1度くらいの割合で中った。ホテルでは、衛生に注意が払われてか、中った記憶ないが、街中の屋台、大衆食堂では、もう、恐ろしくらい中った。尤も、中ることを心配していては、中国には行けないという気持ちだった。中ったと思ったら、直ぐに「正露丸」を飲んだ。この成分は、「フェノール類」で、フェノール類には強力な殺菌性があり、これがあればこそ安心して中てられた。
1年、2年、3年、中る頻度が少なくなっていった。だいぶ中国生活になれた気分になった。まあ、それでも、どんなに長くても2、3ヶ月に1回は、中った。
2 大当たり、1週間以上ぶっ倒れた
さあ、これからが本論。
ある時、2006年、重慶で牛肉面を食べた。その時、肉片が余り熱くないのに気づいていたが、まあ、大丈夫だろうと言うことで食べた。麺類は、面は熱湯の中で温めるが、牛肉は、その上からぱっぱっと振りかけるだけだ。だから、私は、牛肉を面汁にしばらく漬けてから食べれば何でもなかった。今次、言われている生肉の表面の剥ぎ取り、あれと同じように表面を熱湯消毒すれば何でもなかったわけだが、気の緩みがあった。
明くる日、中ったことに気づいた。で、いつものように「正露丸」を飲んだ。2日経ったも、3日経っても治らない。いや、これは、単純な食あたりじゃないぞ。まだ、心配していなかった。
体がだるくなって、ベッドに寝たきり。と、そこで、血便が出てきた。いや、びっくり。そこで、思い出した。55年前、赤痢(法定伝染病)にかかり、病院に強制入院させられた時のこと、あの時、血便が出ていたのだ。
私は、辞書で調べて、知り合いの者に頼んで、薬局へ「赤痢」に効く薬を買いに行ってもらった。いや、その薬のよく聞いたこと。3日目もだめ押しにもう一錠飲もうかと思った。
3 恐ろしく強い薬だった、赤痢薬
はたと気づいた。何となく眼の前がかすんでいるのだ。危ない、目が潰れるぞ。気がつかなかったが、そんな薬を飲んでいた。
皆んな、どう思うか。何を飲んだか分からないが、そんな薬を飲んでいた。日本なら、絶対に、そんな薬を薬局で「赤痢の薬」くださいなんてな事では替えないだろう。
私は、中国滞在10年の間に合計3度赤痢にかかった。いや、病院には行っていないから、赤痢かどうかは分からない。血便が出てきたのだ。2度目からは、慣れたものだが、ある時は、レストランでステーキを食べた時のこと、便の色がおかしいじゃないか。いやに赤いのだ。その次も、赤かった。その時は、それほどひどくなかったが、やはり、例の「赤痢の薬」を飲んだらよくなった。
これで、私の話は終り。
4、初めての人は、大衆食堂へいくな
ある時、2006年の話、日本から来た社長を空港まで送りに行った。中国側の社長が、我々を空港近くの大衆食堂に連れて行った。出されたのは面。
社長が私に聞いた。この面は、食べてもいいか、と。そこで、私は、慣れた者はいいが、慣れない者は、肉を汁につけてからならいいと答えた。
社長は、昼飯だったが、適当な理由を付けて食べなかった。中国側は、その事に気づいたかどうか。知っていれば、トンでもない失礼なことだが、そういうそぶりを見せなかったから多分知らなかったのだろう。
中国の衛生観念は、日本流に評価すれば、「ない」に等しい。最近では、こんな事はなかったが、以前は、生肉を剥き出しで、自転車やリアカーに乗せて運んでいた。ちょっと、覆いらしき物をかぶせているものもあった。その程度だ。私は、その肉を見るたびに、この肉をレストランで食うのかと、ぞっとしたが、1ヶ月も食あたりに遭わなければ、余り注意することもなく、その肉を食べた。慣れは恐ろしいというのか、忘れてしまう。いや、中国人は、平気だから、私もそんな気になってしまうのだ。
中国事情を書いて、今次の生肉食中毒を弁護するわけではないが、やはり、肉は、熱を通すべきだ。私は、中国は勿論、日本でも生肉は食べたことない。そして、離中する頃は、余り売れていないところでは生ものの日本料理も食べなくなっていた。
皆さん、驚いたでしょう。
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2011年05月09日
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