日本の再生と国際化を考える

英才教育、日本語の国際語化、数値の3桁読み、度量衡改革、漢字仕様電脳、やる事は多い。

社会評論

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 次のページ ]

法曹界のどろどろ

酷い姪っ子、その後についている代理人が裁判所と一体化した法曹界
ここでは、黒い馴れ合いを書いてみた。
これは実話ですが、名前が出せません。読みにくいとは思いますが想像しながら読んでみてください。

(○)○子は、2才半のとき親である○子に死なれ、幼少はかわいそうな生活を送った。それを全面的に支えたのが、祖母の敏子だ。○子の弟が小学校に上がる前までの少なくとも5、6年間世話になった筈だ。崇も同情に堪えなかった。
  高校に入ると早々に愛情問題事件を起こし、弁護士の介在が必要になった。崇は、そのことを敏子の口から何回か「困った、困った」と聞かされ、敏子から援助の申入れを受けた。
  次に、崇が○子の話を聞くのは、敏子の葬式の日だ(○子28才)。○男(親)が、最近は大人しくなったと言い、崇は安心した。だが、そうではなかった。崇が○子に訊くと、「自分は、弁護士と友達だ」と告白。そして、他人の外車(ランドローバー)を乗回しているとのこと(これも、告白)。それから間もなく、先の「成年後見」の話が始まるのだ。この事は、田崎家では有名になっており、あきれ顔だった。葬式の日、その後の話では具体的事実の話はなかったが、何度か噂を聞いた。
  そして、お鉢が回ってきたように相続裁判。最初は、調停。この手続では、中身のある実体事実は何も陳述しなかった。なら、崇の意見が通ったのか。違った。次は、「相続財産の窃盗裁判」が始まった。いよいよ本性を現してきた。「相続財産は1600万円で、それに満たない額(880万円)は、崇が盗んでいったと主張したのだ。
  「盗んだ」の具体的主張も証拠も出さなかった。「相続額」については、「1531万円が銀行預金から下ろされているから、これから相続額1600万円が推認される」といっただけで、それ以上の事は主張していない。敏子は、年金のみの生活者で、1531万円には日常生活費(小口引出し)が639万円含まれていて、○子の主張から推認できる遺産額は高々900万円だった。
  それでも、「仲良し弁護士」かどうか不明だが、弁護士を付けると、○子の全面勝訴になった。
  崇は、何故弁護士を付けなかったか。第1は、こんな杜撰な訴状により、窃盗事実が証明される筈がないことと、相続額は調停で720万円と双方確認で確定されていることから、相続額が1600万円に拡大されるはずはないこと。第2は、崇が弁護士に相談に行くと、着手料を150万円を要求され、崇の年金の2年半分にもあたり、到底その金額が出せなかった事による。

 
2 前件、原審の総括
  前件原審「岐阜地裁 平成25年(○)○○○号 損害賠償請求事件」は、本来ならば、○子は、調停不満の続審にあたる「審判」でせねばならなかった。
  しかし、原審原告の○子には、上記前件裁判で提出した裁判書類から判断して、審判に必要な十分な証拠がなかった。そこで、主張と提出証拠の緩い「不法行為」を原因とする訴訟を提起したものと思われる。この背後には、法曹界のどろどろした馴合い土壌がありありと見てとれる。
 
  本訴原告木下崇は、兄が脳血栓という突然の病魔に襲われ、急遽母の介助介護の任務を負わされることになった。当時、崇の母は86才(要介護2)。透は62才要介護5 身動きすら出来ない状態)。当時、崇は、中国の大学で日本語講師を務めていた。だが、放置できない。敏子と透がバラバラになって寂しそうだ。崇は、全力で両名の介助・介護を決意した。で、○原から150キロ離れた大津から、1ヶ月に1度は通うことにした。自分が在中国で来岐できないときは、妻の庸子に頼んで介助・介護をしてもらった。
  他方、早くに亡くなった○子の夫・○男は、敏子の近隣に住んでいる。で、○男は、敏子に○子の幼少時5年から8年も子守の援助をしてもらい、恩返しのつもりで、時たま食事の差入れなどに来ていた。しかし、木下家の財産が欲しくなると、あろう事か、○子と組んで財産乗っ取りに転換していくのだ。その後は、前記の 財産の銀行預金管理」の要求、「田崎メモによる遺贈」の策謀、「成年後見」の策謀へと繋がっていった。
  後から振返ると、崇の敗訴の最大の原因は、崇が弁護士訴訟代理人を付けなかった事に尽きるようだ。だが、弁護士依頼は、真の姿ではない。貧富の差が結果を分けるからだ。崇は、日本再生事業に資金が掛かり、弁護士依頼の資力はない。なら、結局、貧乏人は黙って強者の下に跪けと言うことか。
 
 (○子に訴える)○子、こんな汚くて不毛な攻撃は止めてくれ。私には、日本再生がある。私が敏子介助・介護に支払ってきた金額を認めて、法定相続人としの義務だけでなく、祖母・敏子には言葉には尽くせぬ慈悲を受けた事を認め、私が不測の事態として準備していた金員の3分の1は快く払ってくれ。どころか、まだ少し獲れる金が残っているからと差押から強制執行という手荒な事は止めてくれ。
  振返れば、前件裁判で、私は、お前に盗んでいったと言われただけで、自分の分の相続分が全て持って行かれた。そもそも、全く敏子の世話をしない節子が、6年間身を粉にして全力を尽くして介助・介護の労と費用をゼロにして、それを自分の所得にしてしまうが如き行為は、人倫に反すると思わないのか。人を崖っぷちから 落とし、その金で更なる放蕩を続けるのはいい気分か。もういい加減に目を覚ませ。次の筆名「ありふれた相続問題(以下、「影武者」という)」のブログ書込みを見てみよ。お前の極近辺の者の書込みだ。私の利益をむしり取り、笑っている姿が映るだろう。読んでみよ。この世が、これほども汚れている事が分かるだろう。
  影武者が誰かは分からないが、お前の訴訟代理人が、私に「お申入れ(警告書)」文書を送った事を知っている者だ。ここに配達証明郵便の証拠がある。何と汚い勝利の雄叫びだ。お前は、この文から影武者の正体が誰だか分かるだろう。
 
 「(名誉毀損文)ブログ主さん、お久しぶりです。控訴審も早々に結審で、ご希望通り早期決着で良かったですね。さて、ブログ主さんがこれまで書かれた内容を、「原告側」に立って書いたらどうなるかご覧ください。名誉毀損の意味が、実感としてお判りになるかと思います。木下某は、就職した化学会社をいびり出されてからは自営業を営んでいたが上手くいかず、その腹いせか善良な近隣住人と頻繁に揉め事を起こし、訴えては敗訴することをくり返した。とうとういたたまれなくなって中国に逃亡したが、中国でも揉め事を引き起こして逃げ帰ってきた。ここ数年は、大叔母の財産を貸金庫に移し、得体の知れない発明と称する道楽に大叔母の財産をつぎ込んで放蕩の限りを尽くしてきた。大叔母の死後でさえ、大叔母の自宅でさんざん飲み食いして泥酔するだけの醜態を介護と称して必要経費まで請求する始末だ。こんな厚顔無恥な輩に、絶対に好きにはさせない。必ず社会正義の鉄槌を下す。」
 
 「すでに相手方からは内容証明付きの警告文が出されており、このままいけばこのブログの記載内容に関して相手方から提訴されるでしょう。こちらの裁判も、確実に負けますよ。」
 
 「ああそうか。私のことを司法関係者か姪っ子さんの回し者と思っていらっしゃるのですね(^^)。ブログ主さんらしい決めつけ方ですが、まあいいでしょう
 私の最初のコメントで心証を害されたのなら謝ります。すみません。私の本意ではありません。しかし、このコメントと全く同じ行為を、ブログ主さんは姪っ子さんに対してくり返しされています。古稀を迎える方がこの程度の配慮もできないものかと、本当に残念でなりません」
 
 「和解の相談は私にではなく、姪っ子さんか担当弁護士とやって下さい。姪っ子さんと直接話ができるのなら、よく話し合うことですね。「動かぬ証拠」とやらを提示すると、ずいぶんトンチンカンなことになるとは思いますが(^^;)、したければどうぞ」
 
   筆名「ありふれた相続問題(影武者)」について一言。影武者は、○子の代理人とは限らない。だが、お前の代理人・亀山俊夫には、「守秘義務」がある。だから、影武者とは、お前の先生(○子の表現)である可能性は高い。控訴審の和解の席で、私は、お前の先生が言葉を詰まらせた事をしっかり眼(まなこ)に焼付けている。
 
  木下崇の決意
  今、私は、全力で日本再生を実現しようと頑張っている。人物描写の所で述べた通りだ。そのために、相続の分配金を充てたいと思っていた。日本全国の多くの国民は、危険な原子力より安全な有機質からの能原(エネルギー)取出しを願っている。私は、福島事故があってから急に能原革命を思い立った。私は、もう9割方研究を終わった。もう僅かのところで省エネ率5倍の脱水技術が完成する。
  日本がどんどんドンドン国富が落込んでいるのは、学生が「理科離れ」を起こして、日本技術水準が急速に落込んでいるからだ。だから、私は、数学や英語を研究して、受験技術でなく、将来の日本のための日本再生教本を創ろうと努力している。○子、私秘のコソコソした仕事に熱中しないで、少し協力してくれないか。お願いだ。協力してくれたら、過去のことは忘れてやってもいい。日本のエネルギー問題が解決したら、必ず日本に光が差す。頑張れ、目を覚ませ。
 

3 何で被害者の加害者追求が困難なのか
  最後に次の文を追加する。加害者と被害者では挙証責任重さが全然違う。これは、不公正の極みだ。
  ちなみに、前訴原告・○子が提出した証拠は、実質、銀行の残高証明だけだった。だが、これは、事件のほんの断片に過ぎない。それに対して、同じ当事者の続審の意味の訴訟でありながら、訴訟という土俵に上がる事件の審理開始)には、本訴原告の要証明障害は極めて重かった。今次の訴えの補正要求で分かった。この事は、以前から指摘されていたが、自分の目で初めて確かめた。
  5年前の領収書の要求、事件が終ったと思っていれば、捨てるのが普通。相手方の事件文書の受領事実の証拠、相手方には、受取りが拒否でき、逃げ得の証拠を出せというのだ。気が狂う。本件では、最初文書は、相手方は、不注意か受領した。幸いだった。だが、2回目のものは、誰かの入れ知恵か拒否した。書留書簡が戻ってきた。今次の原告が、必死の思いで送った文書がこのように扱われる。どこか可笑しい。逃切りを許すのが日本の制度か。正義は、何処にあるのだ。
  私は、全力で、本件に関する証拠集めをした。凄い労力だった。裁判所の皆様、常識的な判断をお願いしたい。何とか、この文面(訴状)が被告・○子の下に届くように。これで、私の意見を終る。以上。
 
貴金属、新手の手口
 
昨日、古着はないかとの電話があった。ボランティアならいいだろう軽く返事。
やってきたのが、勧誘した人とはの者。何でだろう。
 
これをどうぞ、あれをどうぞ。
だが、それは要らない、2、3枚受取っただけ。
そして、何はないいか、かにはないか。その内に「黄色い物はないか」。
やっと、ここで、貴金属の押買いだった。
 
テレビで、貴金属の押買いのことが分っていたので事なきを得た。
残ったのは、衣服の山
 
皆さん、気をつけてください。
 
 
 
 
  日本政府の体たらく、対米だけではない
 
1、中国でも同じ事が起きている
 沖縄で米兵に女性への暴行があったかと思うと、今度は少年に対する暴行事件が起きた。第一の事件があってから、米兵の夜間外出禁止令が出たのに、なんのその。こうなるのは、勿論、日本政府の体たらくによる。
 なら、こんな被害は、米国に対してだけか。違う、中国に対しても同じだ。10年前のことだが、私は、中国上海で、銀行から2百万円相当盗まれ、それで、犯人を追って千キロ。この狭い市街地で、犯人(側)から、不意に拳骨で目を殴られ卒倒した。目から星が飛びだし、一体何が起きたのか分らない。暫く路上に寝ていた。目の傷は2週間、視力回復には1ヶ月を要した(証拠写真、病院の診断カルテあり)。
 私は、上海の公安局に届けると同時に、日本のテレビ局日本政府にその旨救済を訴えた。その結果が、恐ろしい。
 
2、事件の顛末
 銀行から金を盗み、追求してきた被害者を殴って怪我をさせれば、立派な強盗事件だ。中国人に聞くと、それだけの大金なら、盗んだだけでも3年以上の懲役、怪我まで負わせれば更にウン年の追加になることは間違いないと。日本でも、ただで済むことはない。
 
 別の中国人に聞くと、犯人が分り、住所も分っていれば、2週間もすれば解決するだろうと。事件解決に、公安局に千元くらい持っていった方がいいという者もいた。
 
3、捜査のペテン
 皆んな違った。私は、最初は、通訳を連れて毎日のように公安局に行った。丸で、やる気がないのだ。その金がお前の物か証明せよ。執拗に食下がってきた。そして、通訳の身分調査(公安には、電網により全国の個人情報が瞬時に分る)。事情調査の途中で戸籍調査。経歴は詐称だ云々、お前、通訳は中国の立場を考えてするものだ。考えもしないような嫌がらせ。通訳の様子がおかしいので、聞いて分った。
 公安に、捜査の便宜だと思って、犯人の写真、住所、経歴その他を持っていくと、そんな物は要らない。盗まれたという事実だけでいい。そして、事件を持っていったところは、交通事故係。もうすんでのところで、事件を闇に葬られるところだった。通訳の粘り強い聞込みで、やっと正規のところに送られた。
 そこの体制、外国人に対する特別の課だった。これなら、安全だ。それが違った。係員1人、事務員1人、いや、他に統括者の課長がいた。実質1人の課だった。正に形だけの「特別」の課だった。正に外国人(日本人)を安心させるための言訳け課だった。
 
 私は、銀行のビデオ証拠と電話局の更新記録の証拠調べをやってくれと強く要求した。ビデオは1ヶ月で消えてしまう、電話記録は3ヶ月で消えてしまう。分った、やる。だけど、遂にやらなかった。忙しくてできなかったと。
 
4、日本からの、形だけの捜査依頼
 日本からの連絡で上海領事館に文書が回った。私は、出頭した。領事曰く、お前が中国人を信用するから悪いのだ。驚きの返事だ。そして、領事館は、民事事件には介入しないから、必要なら弁護士を紹介してやると。おい、おい、何を考えているのだ。民事事件じゃない、窃盗と傷害事件、合わせて強盗事件じゃないか。
 領事館は、上海公安にぺらっとした文書を送ってくれた。事件の内容を書いたものではない。そして、1ヶ月。上海公安から「受領した」との返事。鬼の首でも取ったような連絡だった。夜の8時。時間外の連絡だった。暫くして、通訳を通じて公安に電話。何もしていなかった。私は、日本政府に2度目の救済。再び、文書を送ってくれた。また、連絡が来た。2回目は異例だとのこと。
 
5、テレビ局は、口を塞がれて
 テレビ局は、どうなったか。そう、それならと取材に来てくれた。事件後1ヶ月くらいの事だ。1週間後に返事を聞いた。うーん、この事件は厄介で、‥‥、今、北朝鮮の件が忙しくて、この件に手は回らない。ちょっと待て、今次の沖縄の件を見てみれば分るだろう。強盗事件なのだぞ。
 可笑しいと思って調べてみると、テレビ局は、日中記者協定(1964)により誓約書をだしていて、中国(政府)の不快記事は書けなかったのだ。そう、日本は、中国に対して植民地並の取扱いを受けていたのだ。
 
6、事件は、うるさい蝿がいなくなると終結
 そして、1年経過。公安に連絡すると、あの事件は、軽微な事件だったから捜査はもう打切ったとの返事。なら、重大事件とは何か。それは、殺人事件だ、と。それから更に1年、私は、事件を追及したが、もう、何の連絡もなかった。
 
 何故、そうなったのか。裏を覗いてみよう。実は、犯人は、ある地方の共産党の幹部の娘だ。そして、彼女自身も、青年部の部長をしていた者だ。先に、犯人は暴力を振ったと言ったが、その女の別れた夫(確定ではない)だった。
 これで、分っただろう。日本政府とテレビ局は、共産党幹部は犯人にはできないのだ。後で分るのだが、何故、この女が夫と別れたのか。おぞましい。この夫は、麻薬患者だったのだ。だから、この女は、夫から逃げて上海へやっていていたのだった。更に分る。この女は、別れた夫が改心したと復縁するのだ。
 
 池に小石を投げれば、波紋ができる。その波紋を見ていれば、池の様子が分る。日本政府の体たらく。というよりも、中国のいいなりになって身を任せれば、中国政府から「友好功労者」として表彰される。中国に行った日本人がひどい目にあっても助けようとしないのはここにある。政府役人、新聞記者が、無気力な理由が分るだろう。尖閣は、実質、盗られたと言ってもいい。
 
 次の文は、通常の準備書面ではない。だけど、私の意見は出し尽しているので、心理作戦で相手を揺さぶることにした。また、準備書面と同一ではない。弁護士付の相手方と私の調停の進行が如何に不公平か見ていただきたい。
 
 
遺産分割に対する意見
                           平成24年○○月
 ○○家庭裁判所 御中
 
                      被申立人   ○○ ○○
 
 
前回期日(9/○○)に基づいて、次回期日(11/○)を有意義なものとするため、事前に次の意見を述べておく。
 
 
1、人倫に反するお前の遺産分割要求は終了した
 ○子、調停6回期日までに次の事が明らかになった。事態は、お前が代理人から聞いている進行話とは全く違う方向に進んでいる。よく頭に入れておくれ。
 何故、そうなったか。そもそも、お前は第2回目以降期日に出廷せず、期日の話合いを全て代理人に任せきりにし、お前が明確な主張をしなかったからだ。何、代理人が出廷する限り、本人が出廷する必要は無いんだろ。その通り。だが、通常人なら、事件の進行が不安で、先生にお願いするだけでなく、自らも出廷する。それをしないのは、自らの主張が人倫に反し、私と顔を合せるのは勿論のこと調停委員とも顔を合せるのも恥ずかしかったからだ。
 いや、代理人だって同じだ。お前の主張を、真顔では主張できない。私と直接談判した際、返答は、「本人と話合っていない」「否認する」「自分たちの意見が正しい」という程度のもので、具体的な意見は何も言えなかった。2時間の談判時間の合計発言時間も5分程度だった。1時間半以上は、私が喋っていた。まともな意見が言えないのだ。
 その証拠に、次回調停のための打合せのとき、お前の代理人は、私を除いて、裁判官を交えて調停委員と30分も話合っていた。どういう事か。話合いが全然進行しないので、この期日(9/○)で調停不調・打切りになる事になった。が、裁判官は、再開を決定した。多分、裁判官が、お前の主張はトンでもない主張で、次回以降私と妥協ができるか検討せよと説得し、代理人がそれに応じたからだ。
 それで、私はどうするか。前回期日(9/○)、私は、遺産分割を早期に解決するため、大きく譲歩した案を提出したが、お前は、それに同意するどころか、従前の主張をお経のように繰返すだけだった。あれだけお前に有利な案を出してもそれを受入れなかったのだから、今後の話合いは、以前の私方の主張額でする。その点は、何回も書面で主張してある。尤も、私は、お前の代理人と直接の話合いが持て、その範囲内では一定の合意ができそうになったので、その点は尊重する。
 
 
2、○子、家族会議で常識的な分割額を話合ってくれ
 遺産分割が常識に沿って進まないのは、法定相続人・○への医療・介護費給付と私への母介護実費を認めない事にあった。だけど、この件も、私がお前に書面で意見を求めたが、お前の代理人が意見を述べなかったので、私は、お前は私の意見に同意したものとして、4回期日以降の7月末、現金部分の遺産分割を実施した。銀行の貸金庫に保管している金員は、お前に渡すべき○○○万円だけでそれ以上の物はない。
 これに対して、お前の代理人は、前回期日(9/○○)に異議を述べたが、もう分配は終っている。だから、この部分に対する不満は、本裁判で解決する以外に方法はない。だが、私は、事件の蒸返しになるこの遺産分割の再会談はしない(←これが大事なところ)。が、お前の不満を解決のために、不動産処分の際、私と○の分配金のいくらかを解決一時金として給付してもよい。
 お前が出廷をためらい、代理人も合理的な理由が説明できず、裁判官も調停続行を命じたこの調停、これに対し、お前がこのまま自己主張を続けることは全くできない。続ければ続けるほど、お前の取分は少なくなる。裁判にでもなれば、更に100万円単位の金がかかる。代理人に聞けば、もっと安いと言うかも知れないが、これが一般常識だ。違うと思えば、この書面を見せて、他人に聞いてみろ。実体が分るはずだ。そこで、お前に提案する。
 お前は、1ヶ月に1回は、父親に会いに行き、ご馳走して親孝行をしていると言うじゃないか。どのような遺産分割が妥当なのか自分で判断できないのなら、父親と弟(今次、自分の遺産分割分をお前に譲渡した法定相続人)を交えた家族会議を行ってくれ。そうすれば、人倫に沿った解決方法が見つかる筈だ。そのために、この意見書と同じ物をお前の親にも送っておく。
 ところで、お前の親は私に何と言ったと思うか。○子と○男の相続分は、相続放棄させる。だから、おばあさんと○さん(法定相続人)のために使ってください、と言っているのだ。相続人・○が脳梗塞で倒れて少し経った頃の話だ。それに対し、あの時、私は何と言ったか。それは行けない、○ちゃんや○くんの相続分はちゃんと残します、と言ったのだ。ただの一回の遺産分割の親族会議もなく、今次のトンでもない訴訟前提の調停、どういうつもりであんな前工作をしたのか。私と○を油断させて遺言書作成などで自分たちの相続分が少なくなるのを防ぐための嘘だったのか。
 後で分る。驚き、お前の親は、私の叔父宅に電話して、私が銀行から預金を下ろして自分たちの相続分を盗んでいくと不満を漏しているのだ。この話は確実ではないが、私は、叔父から多少批判めいたことを言われたから、かなりの部分が真実だ。そして、今夏、叔父宅から、その後の○子の事情をきいてまた驚いた。お前は、化粧のために韓国にまで通っていると言うじゃないか。何で、そんな事をするのか。お前の住所から分る。また、何で、自分の職業が言えないのか。私は、母の葬式の時お前に聞いたが答えなかった。そう、お前は、都会市の中心地に住んで、奇麗に化粧して、その化粧が必要な仕事をし、そして更に、他人から借りた高価外車を乗回して遊びほうけているのではないか。そう、母の葬式の日、その外車に颯爽と乗付け、そこまでは好いが、その後、皆んなのひんしゅくを買ったではないか。
 よく考えてほしい。お前のお婆さんは、お前に贅沢な生活をさせるために、死ぬ前の数年間、爪に火をともすようにしてあの金を残したのじゃない。寝たきりの○と母の世話をしている私の費用のためだ。それを決めたのが、我々親子3人の家族会議だった。
 
 
3、不動産についての暫定合意事項
 前回期日(9/○)で、私は、遺産分割を早期に終るため、お前が提出した期限切れで、代表者印もない無効・無価値の不動産査定報告書であっても、一定の評価をして合意を得ようと努力した。だが、この暫定合意は、一回切りのもので、今は、もうその効力はない。だが、私は、暫定合意は尊重する。
 次にその暫定合意内容を次に記しておく。
 以下省略
 
4、○子への遺産分割合計
  以下省略
 
 皆さん、どうですか。言分としては、私は自分の方が圧倒的に有利だと思っていますが、結果はどうなるか分りません。私は、何回か自分で裁判をやったことがありますが、結果は負けになるのです。
 こういう裁判制度は、弁護士の仕事を保証にしか映りません。
 こんな遺産分割調停があるのか。これは、私が調停委員の変更を申立てた理由書だ。皆さんは、どう考えるか、ご意見を下さい。
 
調停委員変更の申立書
 
 
 平成23年(家イ)第9○○号 遺産分割申立事件
 
申立人  ○○○○(注:私の姪)
相手方  ○○ ○ 他1名
                                       平成24年9月27日
 
○○家庭裁判所 御中
                                       相手方  ○○ ○
 
 
趣旨:本件において、2名の調停委員は、調停の進行取扱が余りにも不公平なので、委員の変更を申立てる。以下、理由を述べる。
 
理由:1、申立人・○○○○は、代理人を立てて相手方・○○○(以下「私」と表記)および○○○に遺産分割を申立てた。第1回目の調停が3月6日に行われ、第5回目が7月24日に行われ、そして、今次、第6回目が9月27日に行われた。
     この約半年間に、申立人は、自分の主張の根拠らしきものは一切せず、極めて簡易な書面を9月19日付で述べたに過ぎない。正に結論は言うが、その根拠は言わない状態だ。
 
    2、そこで、私は、調停委員に対し、申立人に主張根拠と、私の質問事項に答えさせて欲しい旨、何度も何度も懇請した。
     それに対し、調停委員は、私に対し、しつこく、しつこくその主張は不当だとか、証拠となる書面を出せとか言い、私は、その都度何らかの証拠なり、書面なりを提出させられた。
     しかし、申立人に対しては、何らかの要求をした節がない。未だに、申立人は、何一つ主張根拠、質問事項に答えないからだ。尤も、「不動産査定報告書」なる書面を提出したが、期限切れで、代表者名も、その印もない、という単なる紙切れだった。
 
    3、更に付け加える。私は、被相続人の生前、家族間の医療、介護費用について話合いをしたが、調停委員はその事を話題として取上げようとしない。これでは、話合いによって妥当な解決を図るという調停の趣旨に反する。
     ちなみに、申立人・○○は、乳児時代は、母親死亡により、祖母(被相続人)から数年間の養育という特別贈与と受け、高校時代からは、放蕩生活をして祖母に物的・精神的な苦労を掛け(注:家は近い)、祖母が高齢に達しても祖母の家には寄りつかないという状態で、特に85才を超えても何一つ介護らしき事はしなかった。
     それに対し、私・○は、兄・○が脳血栓で倒れてからは、被相続人・母・○○を平均月1回の割合で6年間、遠路はるばる泊りがけで母が他界するまで介護援助を続けた。調停委員は、その費用さえ妥当なものだとは言わない。
 
    4、こういう状態にありながら、調停委員は、根拠のない申立人・○○の主張でも、○○に弁護士という代理人がいるという理由でか、私に対し、○○の主張に応じられないかと強く説得してくる。
     対等な手続を希望するなら(注:これが弁護士業を成立たせる根拠だ)、私も弁護士代理人を雇うしかないが、高齢・無収入で、最低水準の年金しかない私には、到底そんな資力はない。
    裁判所殿、どうか、常識を有し、正しい遺産分割をしていただける、調停委員を選任していただけないでしょうか。切に希望します。よって、前項の申立の趣旨となる。
    以上

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 次のページ ]


.
出野行男
出野行男
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(14)
  • アジアや世界の歴史や環境を学ぶ
  • cin*an*v*ta
  • 中国の青空
  • カネカ油症の責任H30年12.01高砂
  • 水を護る国家事業の実施を
  • 底質汚染
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
10/31まで秋の行楽キャンペーン実施中

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事