日本の再生と国際化を考える

英才教育、日本語の国際語化、数値の3桁読み、度量衡改革、漢字仕様電脳、やる事は多い。

社会評論

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ | 次のページ ]

 信号機を少なくして円滑な交通を
 
 私は、運動不足を補うため夜に散歩する。8時頃ある国道付近に差しかかる、こちら側は30秒、向う側は90秒。この時刻になると自動車は殆どと通らないのに、1分以上待たされるとうんざりする。待てよ、この信号、本当に必要なのか。
 日本の交通信号は合理的に設置されているのか、考えてみよう。
 
1、市街地を貫く国道は信号だらけ
 国道が市街地を横切ると、交通安全のため、商店筋毎に信号を付けなければならない。いや、私には、「安全のため」ということにして過剰の信号機を付けているとしか思えない。
 この国道は、歩道も入れれば幅は20mほどで、商店筋は6m前後だろう。商店筋は50〜100m間隔で、国道に立ってみると、夜は数百m先まで信号の明りが続いている。多分、信号は、5つ位までは勘定できる。皆一斉に同じ色になり、青なら青、赤なら赤で見事に続いている。
 国道なのに、この道は、夜8時ともなると殆ど車は通らなくなる。私が通る商店筋は、この時刻には車は勿論ゼロ、歩行者もほぼゼロという状況。両側100mに車がなくなれば、信号無視して通りたくなるような所だ。こんなに車が少なくなるようなら信号は、最低でも点滅ししたらどうだろうか。
 
 この2、3日、夕方6時頃通ってみた。商店筋を横断する車は、4、5台国道側でも15から20台くらい。なんでこんなに車が少ないのか。台数をもう少し正確に表示すると、国道で1時間500前後。商店筋で1時間130台前後、驚きでしかなかった。
 ラッシュ時にこの程度の交通量なら、交通信号がいるのか。仮にいるとしても、2カ所で十分じゃないのか。つまり、この2台の信号が同時に同じ色になれば、中間に信号がなくても車が切れるので、商店筋の車や歩行者には何の不都合もない。極論すれば、1台でも十分だと言える。
 
 電気代を計算してみよう。1交差点14〜16個くらい信号が着いていて、1個500ワットとする。そうすると、この道筋だけで、15個×5箇所×0.5KW×24時間×30日で、2万7000KW(←100戸分弱)、65万円/月程度の消耗だ。どう思うか、皆んな。
 
 
2、市街地は、点滅信号で十分
 市街地の幅員は6m程度、歩道をいれても10m程度。この信号は30秒程度ずつ。この間に通る自動車は、昼間は少なく、夕方6時頃でも4、5台程度。30秒なら待っていてもそれほど苛つかないが、3秒で道路が横断できるのに、30秒待たねばならないと思うと、やはり信号機の必要性そのものが気になる。ないと出会頭の衝突ということもあるから、何らかの標識が必要だといえばそうだが、全く信号をなしにしていいとは言えないが、自動車も歩行者も殆どないのに、信号だけ律儀に動かす必要がないのは論を待たない。
 せいぜい、何処からでも見える交差点の中央に赤の点滅を1つ付けておけば十分じゃないのか。ちなみに、現行の信号は、信号以外に歩行者用の信号も着いていて、全部で8個の信号がついている。ここまで来ると、一体誰のための信号か、電気の無駄遣いと信号機製造者の利益保障かと疑わざるを得ない。原発爆発以降、一刻も早くこんなバカなことは止めるべきだ。
 
 
3、駅前の信号
 近くにJRの駅がある。この駅は市街地にあり、しかもこの市街地に入るには道幅が狭いために通行量がかなり少ない。
 やや変則なT字交差点になっているので、信号機が複雑になっている。また、歩行者の便宜を図るため斜め横断可能方式になっていて歩行者用が最も長い。なら、自動車は困っているか。所がそうじゃなかった。1信号で4台しか通らなかった。本当にそんなに少ないのか。もう1信号待ってみた。やはり、4台くらいしか通らない。他の向きはどうか、そちらも似たり寄ったりだった。
 
 振返って考えてみよう。この駅前に、そもそも信号がいるのか。信号を廃止すれば、歩行者の斜め横断の問題はそもそも生じない。ちょっと忘れた。このJRの駅、ラッシュ時は、乗降客がごった返し、歩道だけでは捌ききれず、車道まで人で溢れるところだ。だったら、車の通行を確保するために、ラッシュ時だけ信号を点灯する方式にすれば十分だ。まだ、ここについては言いたいことがある。車道を狭め、そこに生垣を作り道路幅員を3mほど狭くしてしまった。そのために、人が車道を歩かねばすれ違い出来ないようにしてしまったのだった。
 
 
4、中国の信号
 中国の話をしよう。中国は、完全な車社会。先に書いた優先道路の信号時間が90秒などというところは、極めて少ない。大抵は、長いところでも60秒程度、劣後道路なら30秒程度。歩行者が信号をまともに守って渡ったら、とても30秒では渡りきれないのだ。そえほど、大通りの道幅は広い。だから、大抵の歩行者は、向うの信号が黄色になったら渡りはじめる。交通指導員が居れば、信号が黄色になりそうなら、さあ渡れと合図する。交差点を渡るにはそんな感じなのだ。中国の時間は短すぎる。だが、日本は、もう少し短くしていらいらをなくしてもいい。
 
 
5、学童への教育
 たまたま教養番組で、子供への交通教育の番組をやっていた。最近のことであるが、ある郊外の道、子供が信号待ちしているところへ、過労運転で居眠り運転の自動車が突っ込んできて何人かが亡くなった。
 講師いわく、子供が交差点で遊んだりするから、事故が起きるのだと。学校では、遊ばないように指導せねばならないと、と。また、被害者の親は、罰則をもっと厳しきせよとも。私は、信号時間を短くするか、信号を点滅信号にせよと言いたい。
 
 なぜ、子供が信号待ち時に遊ぶのか、そう、信号時間が長すぎるからなのだ。日本は、律儀に、信号が青になるまで待たせようとするし、信号時間が長いから間が持たなく、こういう事がおきるのだ。
 なら、子供に遊ぶ時間を与えないようにすれば、問題が起きない事は自明だ。それには、子供がボタンを押せば、10秒くらいで信号が変るか、点滅信号に変るようにすればいい。
 今日は、こんな事を考えてみた。
 
 
原発事故は、こんなところにも及んでいた
 
2泊3日で、岐阜県、飛騨高山に旅行してきた。
 
店屋で話をしていると、原発事故以来お客がほとんどゼロになったと聞いた。何、それじゃと、別の店で聞いてみると、やはり同じこと。
 
旅館に戻って聞いてみると、1ヶ月ほどはほとんど客は来なかったとのこと。2ヶ月経ったこの頃になってやっと客が入り始めたとのこと。この旅館は、少し古い旅館で外国人に人気があるというところ。
その時、ちょうど外国人がロビーというよりも玄関の応接室で休憩していた。そこで、私は話しかけてみた。
 
オーストラリア出身の電脳技術者で、シンガポール在住。
震災直後に日本に旅行する計画にしていたが、原発事故により止めたとのこと。同僚は、行き先を変え米国に行った、と。
2ヶ月経って、やっと安全らしいことがが確かめられたので旅行に来たとのこと。
 
飛騨高山は、福島から直線距離で400キロ離れたところ、我々は、福島からの影響は全くないと思うが、外国への風評被害は大変なものだった。新聞テレビで、風評被害が云々というが、そんなものは業者が保証金を取るための口実だと思っていたが、街で異口同音に1ヶ月間客らしい客は来なかったといわれると、被害を認めざるを得ない。
改めて、原発の被害と風評被害の大きさを知った。
 
 
  東日本大震災、報道を聞いて
 
 このところ、しばらくブログを書く暇がありませんでした。
 この間に、東日本で有史以来最大の地震発生。驚きです。
 
 マスコミ報道を聞いていて感じることは、担当者の説明がもどかしくて聞いていられない事でした。特に、原発爆発の危険が迫ってきてからの報道は、専門解説者の口下手、報道員の理系知識のなさ。もう少し、てきぱき報道してくれないのか、との不満ばかりです。そして、東電の何となく責任逃れの口ぶり。これでは、本当に炉心爆発に繋がらないかが心配でなりません。
 
 一つ気がつくことがあります。報道員の理系知識のなさに驚き。放射線、放射能の解説、やっとその違いに気づいた感じたかとの感触。数値の取扱いでミリとマイクロの混乱があり、話の途中で一瞬話が混乱したり。
 
 私は、かねて、日本の数値呼称を欧米諸国が使っている「3桁区切り3桁枠表示」にせよと主張してきましたが、ここに来て、一層その感じを強く持ちました。
 高位の単位には、3桁区切りで「千万億兆」と表現し、少数は、ミリを「毛」、マイクロを「微」と表現するようにすれば、文系の人も単位を間違えないで済むと思います。この事は、以前に、ブログに書きました。
ニュージーランドの地震の報道、可笑しくないか
 
 ニュージーランド(NL)で起きた地震、死者に対する配慮は必要だが、事実を違う報道ではないか。こんな報道は、戦前の「大本営発表」と同じじゃないか。
 
 
1、地震報道の成行き
 NLで地震が起きたらしい。かなり大きかったらしい。1週間前、そんなニュースがテレビから飛込んできた。次いで、語学留学生が多数巻き込まれている可能性がある。まだ、連絡の取れない人がいる。
 このニュースを聞いた時、私も勿論そうだが、皆んなは、そう、それなら事件に巻込まれていなければいいのにね、と思ったに違いない。「連絡が取れない」から、多くの人がそう思うだろう。
 だが、次の瞬間、地震の残骸が映る。その瞬間、誰でも、この瓦礫の下敷きならば、とうてい生きておれないだろうと思う。どうも、倒壊ビルに日本人が多数居たらしい、と替わる。だが、テレビは、相変わらず「連絡の取れない人」との報道。倒壊ビルの中に日本人が居たのなら、「絶望的」となるはず。だが、テレビは、「元気な姿を見せて欲しい」などという。一度として、「絶望」などと言うテレビ局はない
 日本の救援隊が行くことになった。72時間(正味3日)が一つの一つの境で、それ以上で見つかる生存者は、5%程だそうだ。それでも、救援隊は、多くの人が生きていると信じて、救援活動を行うとの決意表明。誰が見ても、死体の捜索としか思えない現場の壊滅的破壊状況。何で、こんなにも現状判断と違う報道をするのか。
 NL現地当局は、現地家族に身元確認となる物を提出してくださいと言い始めた。それでも、日本隊は、全力で生存の発見に努めます、と。私には、分からない。現場の状況から、生存者は、万に一つの可能性もなさそうなのに、何で、「生存者」だの「安否が確認できない」などと、現実とまるで違う報道をするのか。
 1週間が過ぎた。と、どうなるか。死者確認数が増え、身元確認作業に入りました、と。それでも、「生存者」が見つからない、などと「生存」を前提とした報道しかしない。いつの間にやら、「死んではいないが」「死体確認」になるのか。
 私は、この報道は、現実を正しく見ない危ない報道だと思う。
 
 
2、中国の労災犠牲者数
 ある時、中国政府は、労災数を発表した。年5万人程となっていた。このところ、炭鉱や地下工事や高所工事で労災が頻発していて、私は、ほうそんなに多いのかと驚いた。
 そこで、私は、同僚の中国人の日本語科先生にその旨言うと、その先生は、即座にそれを否定した。何と言ったか、50万人じゃないか、と。まさかと思う気持ちと、そんなに人命軽視なのかと思う気持ち。
 しばしば、中国では大事故が起きると、数値のごまかしが報道される。一説には、事故企業は、処分を恐れて死者数を過小報告するのが当り前のようだ。なら、50万人説は、間違いとも言切れない。50万人を日本に当てはめたら5万人。日本で、その10分の1の5千人の労災があれば、どんな報告になるか、地球がひっくり返ることになるのではないかと思われる。ちなみに、1年に数人の過労死があるかどうかなのに、新聞テレビでは大騒ぎする。
 以前、私のいた会社で、ある時、立て続けに3人の労災死があった。死者は、下請会社のものだった。それでも大騒ぎして、担当部署は、何日も何日も対策会議を開いた。私も出席した。
 
 なら、考えてみよう。中国政府発表の数値は、嘘の報告か。何とも言えない。政府へ報告のあったものだけを労災認定したのだったら、別に間違っている訳じゃない。いいところを見せようとすると、不自然な発表には、裏が必ずあると言ってもいいのだ。そもそも、死者数を少なく発表すれば、労災のない安全な国になるのか
 ちなみに、日本で、エイズ被害が発生した時、厚生省役人は、「そのような報告は見つからなかった」と発表した。そんな事があるはずはない。厚生大臣直々の検査。あるじゃないか。机の上に。事務官は、「はい、机の上だけは、検査しなかった」と言い逃れたのだ。理屈の上からは、探さなかった所にあっても、探したところになければ、「ない」と答えても嘘を言ったことにはならない。だが、「机の上だけは探さなかった」などという言い分が成立つはずはない。
 
3、大本営発表、この嘘
 その報道を見たこともない70年近く前の話。新聞各社は、太平洋戦争の戦争状況を、「勝った、勝った」と報道した。本当は、多分「勝1、負9」くらいのところを、勝ったところだけ報道すれば、国民のほとんどは、「どの戦場でも、日本の大勝利」だと思うだろう。報道した所に嘘がなければ、その報道が嘘だとは言えない。全体として「真実」を報道していないだけだ。
 私は、今次の「地震報道」には、知らず知らずのうちに、報道各社は、国民に「真実」を教えていない(嘘をおしえている)事を憂慮せざるをえない。
 
 
4、米国報道は、最初に過剰気味に報道する
 2001年のニューヨークの飛行機による自爆テロ(9・11)を思い出してみよう。
 世界貿易センタービルの従業員は5万人。飛行機の自爆、跡形もなくなるビルの完全倒壊。なら、死者は、その半数くらいはありそうだ。米国当局は、テロ直後、2、3万人の死者になるだろうと発表した。
 我々は、あのビルの倒壊状況からして、2、3万人は大げさな数値じゃないと思っただろう。実際はどうだったのか。その後に救出に入った消防士300人を加えても2800人くらいだった。従業員だけなら、2500人くらいだった。
 振返ってみると、あの報道は、事実に基づかない口から出任せの報道だったのか。人は、生きようと努力する。だから、飛行機衝突とビル崩落までには1時間くらいの逃避時間があった事を思えば、2、3万人には、少しホラじゃないかと思わないわけでもない。だが、あの惨事を見れば、その初期判断を「嘘」だと決めつける訳にはいかないだろう。
 
 少し、異なるが、外国の災害状況を見てみよう。トルコや南米では、地震による甚大な被害が起きる。米国の第一報はどうなっているか。地震で、村が全滅したとのこと、2万人くらいの死者が出そうだと報道する。
 日本だとどうか。あの、阪神大震災。大きな地震、当日、死者が3人出た、10人になった。などと、その日に報道される数値は、まあ、いつもの地震報道かくらいにしか思えない。だが、3日目くらいになると、死者、千人くらいに膨らんだ。なに、そんなに多くの人が犠牲になっていたのか。2千人になった。3千人になった。何、それなら、どこまで増えるのか。
 我々は、阪神大震災の被災状況は、1週間、10日してもまだはっきりしなかった。後で、検死した結果から見ると、死者は、ほぼ15分以内に死亡していた。つまり、ほとんどの人が即死だった、と発表された。地震報道の最初の数時間は仕方がないが、半日もすれば、被害の概要は掴めたはずだ。少なくともあの揺れ具合と、ビルの倒壊状況から見て、5人や10人の死者でないことは一目瞭然だ。悪くすれば、千人を超え、あるいは、数千人に達することは予想されたはずだ。なのに、テレビの放映から見る限り、一体、どれだけの死者なのか予想も出来なかった。あんな報道があるのか。
 
5、最初に全貌をしめせ
 死者の家族に配慮して、最初から確認されない段階から、死んだと断定することはしなくてよい。だが、今次のNLの最初の現場確認の後なら、その生存が「絶望的」なのは分かったはずだ。なら、なぜ、そう発表しないのか。
 
 日本は、今はもう、「経済的に破綻」というより、「絶望的な所まで回復見込みがなくなった」。だけど、誰一人として、そう発表する政治家や報道機関はない。何故なのか、私は聞きたい。言えば、日本中が「危機状態」に陥るからか。つまり、嘘を言っておけば、国民は安心するからか。なら、こんな報道は、戦前の「大本営発表」と同じじゃないか、と映る。
 皆さんの意見を聞きたい。
 

買い物難民の街

皆さん、
 
九州旅行に行ってきました。
いや、驚きでした。これでは、田舎は、無人地区になってしまいます。
私の親の田舎は、商店街には、1軒しか商店は商店は残っていませんでした。
今日、朝日系テレビが「買い物難民」をやっていましたが、正にこの地区は買い物難民地区になります。
皆んなは、自動車で街まで買い物に行くと言います。80歳を過ぎた老人がですよ。
90歳近い人は、我慢に我慢の生活です。
山林じゃないですよ。国道沿線の海岸地区で、土地柄としては悪いところではありません
 
ついでに言うと、これらの人は、校長経験者も結構たくさんいて、どの家もどの家も家は御殿みたいです
そこで、夫婦二人、あるいは、一人が死んで一人住まいをしています。
年金もたくさんもらっていて居ます。だけど、もうどうにもなりません。
一人の人などは、駅近くに700坪(2300平米)の土地と屋敷を持っています。
管理できないと、只で人に貸しています。
 
皆さん、こんな状態を放置してはいけないと思うでしょう
 
 

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
出野行男
出野行男
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(14)
  • cin*an*v*ta
  • 反日デモは亜細亜太平洋の恥晒し
  • アジアや世界の歴史や環境を学ぶ
  • 中国の青空
  • 隠岐に豊かな経済と生物多様性を
  • 水を護る国家事業の実施を
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事