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36、日本語を世界語に高めよう
4、日本よ、中国に負けるな
運動で負け、学力で負け、国語で負け(日本語の破壊)、電脳で負け、外交で負け、軍事力で負けるのだったら、日本は、いずれ中国の植民地になってしまうのか。その心配が、ないとは言えない。冗談抜きに、年を追う毎にその心配が増している。いや、もう、日本国民よ、骨のあるところを見せよ。国富の源泉は、頭脳にある事を忘れるな。
どうしたら、日本が活性化できるか。この小冊子では、数量関係については、3桁枠表示制、国語については、書き言葉に表意性を取返せと主張してきた。更に、電脳開発で、漢字程序技術を確立し、多くの国民に自力で程序が組める教育制度を確立することが大事だ。この点は、前節で述べた。今のこの調子で進めば、日本は、中国に勝つどころか水をあけられるばかりだ。起死回生の打開策はあるのか。ここでは、それを考えてみよう。
私は、電脳部門で勝てるとしたら、漢字仕様電脳以外にはないと考える。そのためには、次の政策を実行すべきだ。
① 日本語の破壊を直ちに止め、日本語表記を国際化しよう。
② 中核言語を日本語で書くため、電脳を2バイト系にしよう。
③ 2バイト系ができなくても、漢字翻訳程序を開発しよう。
④ 漢字程序のために、可能な限り中国と協力し合おう。
①については、既に詳述した。ここでは、②以下について話そう。
ⅰ 2バイト系言語を開発しよう
電脳の程序には、電脳制御(OS)とデータ制御があり、前者は1バイト系で書かれ、後者は2バイト系以上で書かれている。
もう少し説明する。1バイト(1組)とは、1組が8個の電灯(8ビット)の点滅で構成されている素子のことだ。だから、1バイトで区別できる識別数(文字)は、2の8条で256。アルファベットは26文字で、英文の識別には百文字もあれば十分。なら、英語程序は、1バイトで余裕を持って書ける。最小なら、4ビット(2の4条で64)で書ける。こういうことで、英語系は1バイトだ。
漢字で書くとなると、どうなるか。漢字識別には、最低でも2千種の文字の識別が必要で、どうしても2バイト系が必要だ。2バイト(8個2組)は、2の16条で、6万5千の識別数がある。こうして、漢字制御では、2バイト系が必要だったわけだ。
2バイト系制御の電脳を創るには、8個組みを16個組み(16ビット)に変更すればよい。なら、簡単だ。なら、なぜ、2バイト系にしないのだ。一つの理由は、以前は、中央演算装置における電脳メモリーが高価で、それを少しでも安く上げるためだった。
だが、その時代は終わった。なら、もう2バイト系にしてもいいではないか。そう、その通りだ。だが、それが簡単じゃない。ウインドウズと関係するのか。する、するのだ。私には、よく分からないが、ウインドウズは1バイト系で、この中身が公開されていないから、これを、いきなり2バイト系に変更するのなら、多少の不具合も生じるだろう。それと、MS社は、勝手にそんな事をされたら、世界支配が壊れてしまう。なるほど、それで、MS社が強力に反対する訳か。そうなのだ。
なら、リナックスならどうだ。原始程序が公開されているから比較的簡単な筈だ。なら、やればいいじゃないか。そう、だが、ウインのドウズとの関係で問題が生じる。互換性だ。坂村のトロンが巧く行かなかったのは顧客数。リナックスにおいても同じ問題が起きる。
1バイト系程序を2バイト系にするには、2バイト構成の後半を空白にするだけで済む。だが反対は、2バイト構成の漢字は、どうやっても1バイト構成には変更できない。何らかの技術が要る。いいじゃないか、リナックスだけ2バイト系にして、その時、ウインドウズの顧客も引張込めれば。この理屈は、16ビット電脳が32ビット電脳に変更された時、多くの応用ソフトが切捨てられたが、あれと同じ状況が起きる。
単純じゃないのは、世界の95%を支配したウインドウズに対して、漢字程序のソフトが使用不能では、漢字圏製作のソフトが英語圏では売れない。ここが最大の問題。ここにだけ、ウインドウズが風穴を開けてくれれば事は簡単だが、多分、おいそれとは、問屋が卸さない。
そうなると、漢字程序をつくるには、まず東亜で、リナックス仕様で漢字程序を開発し、それを、日中韓で共有しつつ、欧州に次第にその影響を及ぼしながら、米国に圧力を加えるしかない。だが、「ウイン→リナク」の移植は出来るが、その反対は出来ないというのでは、漢字圏の力が余程大きくないと出来ない。坂村トロンの失敗をよく吟味せよ。
ⅱ 英語でなく、漢字を程序言語に
日本に最も有利な電脳程序は、全ての程序を漢字にすること。とは言え、全部の漢字化はできない。前項に書いた通りだ。なら、どこまで出来るか、また、どこを漢字化しておけば第一段は成功だと言えるのか。
程序の段階構造から考えてみよう。
(最終目的ソフト)→ 応用ソフト →
ウインドウズ → (原始程序) → 機械語
通常、我々は、ウインドウズ上で、ワープロなり表計算のソフトを動かす。このワープロのようなソフトは、それ自身かなり巨大なソフトで、纏まった物だ。この上に、通常データとして程序を書く。いや、マクロなどを使って書く場合は、この手続きは、最終目的程序だ。これには、ウインドウズを動かし、応用ソフト(例えば、ワープロとする)を動かせば、自分の程序が動く。これを自分の電脳内で使うだけなら何の問題もない。が、他人に売ろうとすると、ウインドウズとワープロ会社に使用料を払わねばならない。尤も、文書だけを売り、その文書を相手方電脳のウインドウズとワープロで動かしてもらい、その上で実行するのなら手数料はかからない。世の中に出回っているソフトは、大抵この手も物だが、これでは、程序を組んだと言える段階には至らない。
こういう時、程序作成者は、どうしてもワープロ機能の一部を使って自分独自の程序が書けないかと思う。ここで、どうしたら原始程序が自分で書けるかという問題に突当たる訳だ。だが、一般人には、原始程序が簡単には書けない。
何とか、それが書けないか。いや、簡単な事は自分でも書ける。先に述べた「a+b」のような場合だ。だが、こんな物が出来たところで、先は長い。誰かが作ったある纏まった作業程序(単位作業手順、ライブラリ)が無償または低価格で利用できないかとなる。このライブラリは、纏めて本にして売っているし、電網上でただでもダウンロード(下卸し)できる。既製品ばかりで、注文品なんて有るわけがないし、有っても少しは手直しが必要だ。もうちょっとだ、だが、自分でそれが出来ない。ここからが程序記述に大問題が生ずるわけで、ここに、それを指導する指導書が必要になる。この事は、1節3項に書いた。
そう、皆んな、ここを英語で書かねばならないから一般人には、程序が手に届かないのだ。そう、ここに漢字程序の指導書が必要なのだ。
これは、どうしたら出来るか。ここ段階の本語で書いた程序(末端程序)を漢字程序翻訳(翻訳可能程序)ソフトがあればよい。これ以降は、末端使用者は、専門命令語は知らなくてもいい。既に完成していれば2バイト系漢字程序、未完成ならば1バイト系リナックスに、自動的に変換できるようになっていればよい。
以上纏めて言うと、
素人には、
漢字援助ソフト → 漢字翻訳漢字ソフト → (1、2バイト自動翻訳)
専門家には、
2バイト系漢字ソフト(原始程序作成) →(2バイト自動翻訳ソフト)
となる程序作成過程が必要だ、となる。詳細は次の図。
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日本語を、世界語に高めよう
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35、日本語を世界語に高めよう
3、中国の野望、漢字電脳を創れるか
中国の程序産業は、2000年頃から軌道に乗ってきた。いや、もう、日本の未来には、希望が見いだせない状態ばかりだ。私の知っている話をしよう。
ⅰ 中国の電脳、黎明期
中国の電脳の歴史は、日本程序の下請から始まる。NHKでは、日本からメールで注文が入り、直ちにその下請作業にかかり、1週間かそこいらで事務を終り、手数料稼ぎをしていると言っていた。当時、労務費は、日本の10分の1。そんな仕事に、北京大学とか精華大学卒が殺到した。いや、これでは、日本の中小程序会社が潰れる、これが、私の最初の印象だった。だが、この心配は、まだ遠かった。実際に中国に行ってみると、まだ全然大したことなかったのだ。
私は、2000年に吉林大学に就職したが、その頃は、学生は、履歴書に日本語入力ができると書いていた。その程度だ。そして、電脳は、学校に有るには有ったが、大事な大学の設備の域。学生が、個人の物を持てる訳がなかった。
長春の街には、電脳の店があった。そこで売っている製品は、90%以上は海賊版。いや、99%だったかも知れない。大学の先生が、日本の電脳の中古を欲しがった。そういう時代だった。
2006年、重慶に行った。この辺りから変わってくる。ここには、電脳の程序会社がいくつかあった。これが、2010年には電脳団地を造るにまで大きくなるのだ。
近くに日系の会社があり、従業員が1百人程度いた。間もなく、この会社は、NTTに買収されていった。私の会社は、従業員250人くらいで政府系の会社だ。大きかったが、まだ日本語部門はなかった。程序師(プログラマ)に日本語の素養のある者を少しずつ集めて、いよいよ日本部門を立上げようというところで、その時、私が就職したわけだ。
この頃は、大きな電脳会社が、中国政府系の電算化業務を丸ごと請負えるまでに成長し、政府業務、銀行業務、警察業務などがどんどん自動化されていった。年率10%とか20%という成長振りだ。私の会社も、大学卒の程序師を、毎年10人とか20人という単位で受入れた。社員の半数が技術者で、その技術者は、高速バスで1時間ほどの所にある西南大学が供給源になっていた。私は、学生たちに日本語教育をした。
この事を、重慶政府は、重慶は長江中流の中核都市で、地の利を活かして大発展を遂げるのだと言っていた。思えば、1997年、重慶は中央政府の直轄市になったが、とにかく山また山で発展に乏しい街だった。ちなみに、古来、重慶は山城(城とは、市街のこと)と呼ばれてきた。この街をどうやって活性化するか。そう、大きな工場ではなく、知的な産業が適している。電脳産業は、その一つだった。日本で言えば、長野県の精密機械工業、電脳産業、欧州で言えば、スイスの時計などだ。
私は、重慶に半年滞在したが、その間にもビル建設、ビル建設で着々と都市化が進んだ。再び4年後に観光で行ってみると、更に一層凄いことになっていた。ちなみに、重慶の摩天楼化は、世界一だ。あの長江の川底から遊覧船に乗って河岸を眺め上げると、高さ50m位まで河に沿って延々とビルが林立している。河の斜面には、一大遊園地もある。
ⅱ 中国の電脳の発展・現状
なら、他の都市はどうか。私の知っている所では、北京、上海の発展が著しい。社内の日本語養成教室には、百人単位の訓練生がいる。彼らは、日本担当員の電脳職員に過ぎず、全社員では、何百人の技術者がいるか分からない。とにかく恐ろしい電網の専門家集団だ。
他の都市のことは余りよく知らないが、電網会社は、大学と強力に結合した産学複合体を形成している。学生は、卒業と同時に即戦力として吸収されていく。私のいた電脳会社もそうだったが、会社は、学生全員を抱え込みたいが、それが無理な状態。凄い売り手市場だった。
日本では、卒業はしたが、どこに電脳会社があるのか分からない状態。日本の需要は、大部分が中国に吸取られている。ちなみに、私の赴任期間に、日本・広島の程序会社が私の会社と下請契約を結んでいった。常識的に考えると実に妙、わずか10人か20人の日本会社が、20倍規模の中国会社を下請にしていくのだ。
なら、中国は、どの程度の電脳職員を有しているのか。中国各省にはそれぞれ有名大学があり、多分そこには電脳学科があり、20人30人単位の学生がいるだろう。更に、下部大学(有名大学所有の私立大学部)があり、ここにも電脳学生がいる。そういう事を考えると、中国には、ウン千人単位の電脳学生がいる筈だ。ちなみに、ある資料によると、電脳職員は70万人いると書いてあった。更に驚きだが、中には、国家の秘密職員が5万人から20万人の覆面部隊もいる。言論抑圧のための電網監視、世界スパイのためにウイルスのまき散らし、その他いかがわしい研究をしているのだ。
日本の人口は、ちょうど中国の10分の1だから、日本に電脳職員が7万人いてもいい勘定だが、それだけいるのか。私には、見当もつかない。ただ言えることは、日本は、中国と対等な競争はできないことだ。
なら、中国は、国家事業として、自国仕様の漢字程序を創り上げられるか。私は、確実に創ると断言する。中国レノボ(聯想、政府系企業)は、2005年、米国IBMを買収した。当時、私は、電脳後進の中国が世界のトップ企業を買収して一体何をしようというのか、どうも外貨余りじゃないかと考えた。私ばかりじゃないだろう。だが、これで、聯想は世界第3位の電脳会社になったという。
それから5年。聯想は、中国に席巻した。どの店でも、売り場の半分近くを占めた。世界にも、安価な電脳として進出した。勿論、日本にも上陸した。価格は3分の2くらいだ。日本の電脳会社がいつまで保つのか。こう考えてくると、ここまで実力を上げてきた中国、次の段階として、中国主導で電脳を開発し、これは、間違いなく漢字電脳だと思うが、これを、日本に売りつけることは容易に想像できる。
漢字は中国人が得意。英語も得意、要員も何倍もいる。言い忘れていたが、中国の電脳開発要員は、北京大学、精華大学(北京)、複旦大学(上海)など中国の最高頭脳がその中心集団をなしている。それに対し、日本の要員は、希望大学に落ちた二軍といってもいい頭脳だ。ちなみに、私の学生だった中国人は、日本に留学し、言葉の不利を乗越えて、ある電脳学院で2百人中10位だった。こんな状態では、日本はどうなるのか。もうその先は考えたくないだろう。
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34、日本語を世界語に高めよう
2、リナックスの反逆
基本程序(プログラム)は、万民共通で、只であるべきだ。スウェーデン人、リーナス・トーバルズは、フィンランド留学中、ウインドウズに反旗を翻した。「リナックス」とは、その基本ソフトの名称だ。彼は、1991年、ヘルシンキ大学在学中にこの一大事業を開始した。ウインドウズ完成の1993年よりも少し前の話だ。
リナックスの特徴は、使用料が只、原始程序が公開されていて、自分で、必要な部分を、いつでも自由に切貼りできること。それと、余分な程序を省略すれば、装着が軽くなること。そういう事で、現在、かなりの勢いで普及してきた。
ⅰ 当時の日本の状況、トロン構想
当時、日本は、米国べったり。いや、東大の坂村健は、トロン構想を掲げ、ウインドウズに対抗しようとしていた。自分の評価を踏まえ、10年でウインドウズは亡くなるとまで言った。だが、残念。彼の構想は、これに同調する応用ソフトが少なく、日本電脳界は、MS社の圧力に屈し、坂村を切らざるを得なかった。だが、トロンは、処理の即時性に強く、今、携帯電話などではウインドウズを遙かに凌駕している。
いや、思えばあの時、日本がトロンを実行していれば、日本は、米国に勝てていたかも知れない。ただ、私は、トロン構想が漢字程序に繋がるかどうかは知らないし、ウインドウズが、これほどまでの世界標準となった事からのひがみかも知れない。とは言え、日本人が英語に弱いことが、電脳程序の開発に決定的な弱点を晒すことになったのは、紛れもない事実だ。
日本の被害は、それだけではなかった。MS社は、性能の良くないワープロや表計算ソフトをウインドウズと抱合わせ販売を始めたのだ。その煽りで、中小会社は勿論のこと、日本最大の程序会社でも倒産しかかった。
1990年からのウインドウズ旋風は凄いの一語。世界の並み居る敵をばをたばた倒した。それならば、リナックスの反旗も大いに意味があった事になる。
ⅱ リナックスの発展
リナックスは、独占ウインドウズへの反旗として今日ほど期待を集めている程序はないが、開発の当初から期待を集めた訳ではない。リナックスは、開発から15年でようやくウインドウズと並び、日本では、それから2年経った2007年から、正式に市販されるようになった。その跡を簡単に振返ってみよう。
トーバルズの最初の目標は、軽くて扱いやすい程序をつくりウインドウズに対抗する事のようだった。ウインドウズは、改良版を出すに従って程序が重くなり、しかも原始程序(ソースプログラム)を公開しなかったからだ。軽いことでは、坂村のトロンも同じだし、他にも似た物があった。ユニックス、ミニックスだ。これが90年代の話。
軽いとは、電脳を、電脳が動く最小単位の程序(マイクロ・カーネル技術=微中核処理技術)で動かし、それで不十分な時は、随時機械語変換技術(JITコンパイル)に依ろうという手法のことだ。
ユニックスが他の程序と違うのは、程序を公開し、無償使用を許す代わりに、他の者の援助と共にユニックスを共同開発しようとしたことだ。ウインドウズは使いたいが、これでは自分の程序開発にならないと思った者が、続々ドーパルスの周りに集まってきた。特に、米国への対抗意識の強い欧州では、自分たちの電脳程序創りだとの意識が強かった。
だが、これには、批判も強かった。単一処理で、移植性に弱かったからだ。確かにその通りだが、時代遅れであるため、反対に誰でもその記述内容がよく分かり、馴染みやすかった。こうして、程序開発を目指す者のリナックス指向が強まっていった。
最小単位での中核処理、これは、記憶装置の消耗を少なくし、装置に空きができた。この空きで、別の処理をしよう。こうなれば、中央演算装置(CPU)を何台も備えた電脳と同等の中核処理ができるようになった。ここで、ウインドウズと並んだ。先に述べた2005年頃の話だ。
こうなると、世界の様子が一変した。完全に無償で公開程序なら、自分たちもリナックス・グループに入ろう、というのだ。米国、欧州、アジアに開発支部ができた。なら、アジア支部(2005)は、当然日本にあるのだろう。いや、それが違う。北京だ。ええっ、それなら、日本の電脳程序は、中国に後れを取っているのか。いや、今のところ日本主導の開発のようだが、何度も言うように、中国人は日本人より英語が得意で、早晩主体が中国に移る。ちなみに、2010年、中国は、スーパー電脳の処理速度では、ついに世界1位の座についた。日本の2倍速だ。中国は、そこまで行った。
今、リナックスは、無償で移植性の高い本格的な機能を有する所まできた。いや、本当に、日本で、これが実用化されてほしい。だが、日本人は、英語が不得意でそれが使えない。本当に溜息の出る状態だ。
無視できないのは中国だが、中国語の構造は、英語に近い。だったら、中国が漢字使用の電脳程序を作る可能性はないのか。大いにある。その時、日本は、どうするか。中国の庇を借りるか。
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33、日本語を世界語に高めよう
ⅲ 表意文字による電脳程序
次の文を比較してみよう。あなたは、どちらが分かりやすいか。
「if ‥‥ then ‥‥ else ‥‥ endif」、
「仮‥‥真‥‥偽‥‥仮文終」
英文を訳すと、「もし、‥‥において、それが真実ならば、‥‥を実行し、それが虚偽ならば‥‥を実行する。そして、この命令は終る」となる。分かるか。なら、具体例で言おう。
「if(na > nb) {nc = na;} else {nc = nb;} endif」
この文は、何を意味するか。
「もし、na が nbより大きければ、nc に naの値を代入する。もしna > nbが間違っていれば、nc に nbを代入する」
という意味だ。漢字で書いてみよう。
「仮にna > nbにおいて、真ならば、na にncを代入する naに。そして、偽ならば、nbを代入する。仮文終」。
英文と日本語文では、どちらが分かりやすいか。漢字文の方が分かりやすいだろう。日本語文をもう少し実体に即して、
「na > nbにおいて、真ならばna に nbを代入し、偽ならばncを代入する。終」
としたらどうか。これなら、ずっと分かり易いだろう。更に、少し数学風の表記にして、
「仮na > nb、真na に nbを代入、偽ncを代入 終」
「仮na > nb、真 代na ← nb、偽 代nc終」
としたら、どうなるか。断然分かりやすい。中学生で十分程序が書ける。「代」は「代入」の意味、「←」は、「何々に、何々を」の略号だ。常識の範囲だ。日本人にとって、ちょっと電脳知識があれば、最終行が最善なのは自明だ。実は、この文書が、中国文と同じなのだ。中国文は素晴らしい。だから、私は、日本語を少し中国語に近づけて表現することをずっと提案してきたのだ。
さあ、皆んな、ここからだ。もし、ある人が、電脳用語を知らないとする。その時でも、電脳程序が書ける工夫はないか。そこが日本の技術革新の根幹に関わる。電脳は、漢字部分だけでその処理を考えるという約束事を作ったらどうか。実は、これがほぼ中国語表記にあたる。
「もし(仮)、na が nbより大きければ、nc に naの値を代入する。もしna > nbが間違っていれば、nc に nbを代入する」の文において、
「仮na > nb、真 代na ← nb、偽 代nc終」
「仮na > nb、真 代nb →na、偽 代nc終」でもよい。
この文を、中学程度の数学の知識でも分かる最終目的文だとしよう。現在の中学数学、社会に出てからは全く役に立たないが、これなら大いに意味を持つ。もし、この文の書き方が分からなくて、
「仮、na が nbより大、na に nbの値を代入、na > nbが間違、na に ncを代入」
と書いたとしよう。この時、電脳に応答型文章作成機能があり、「仮、na が nbより大‥‥」の文を「仮na > nb‥‥」に変換する能力があれば、あるいは、文章が意味不明の場合は、正しい書き方を誘導してくれるならば、電脳程序の作成は極めて簡単になる。例えば、「代入」という言葉があり、その指示が不明ならば、標準形は、
「代入:何に、何を代入するのですか」
の助言文が出る。ああ、そうか、自分の程序文にその部分がはっきりしないから、電脳が困っているのだ、なら、その部分に、値を書込もうとなり、そうすると、
「代 何 ← 何」「代 何 → 何」
のように文が変更される。どうですか、これならあなたでも簡単だ。
以前、「ビジュアル・ベイシック」という電脳言語があった。英語で何か書けば、それが正しいかどうか判断してくれ、とても便利だった。だが、残念。英語の素養のない日本人には、それでも容易ではなかった。
また、現在、「表計算ソフト」には、「マクロ機能」というのがあり、自分が実行した命令を記憶してくれ、繰返計算は簡単にできる。
素晴らしい機能だ、と言いたいが、これだけでは創造的な文は書けない。また、その履歴が文章としては表示されない。「ビジュアル・ベイシック」にしても「マクロ」にしても、以前の手回し式計算機の域を出ていない。素人は、本格的な電脳程序が書けないのだ。
そこで、30年ほど前、小学生にも分かるようにと「平仮名」だけで書く電脳程序が開発された。いや、素晴らしかった。私もやってみた。命令が1行ずつ正しいかどうか確認できた。だが、不満もあった。平仮名では、斜め読みができず、心象が掴みにくかった。もっと重大な事は、この電脳程序は、英単語を平仮名日本語に置換えただけで、理論その物は難しく、小学生に程序理論を教えるものではなかった。だから、小学生は程序が組めると言っても、切貼りとか、簡単な移動操作しかできず、「お絵かきソフト」程度の「遊び道具」だった。やや専門的になるが、処理が逐次翻訳型だったので、反応がとても遅かった。
振返って考えてみて、どんな電脳程序が必要か。簡単な家計簿を作ることを考えてみよう。そういう事なら、もう市販の程序があるよ。そう、そういう一般的な物は、買ってきてもいい。いや、それでも、自分独自の程序が欲しいという場合がある。
いや、もう少し複雑なもので、持論に従って「エコポイントの経済効果」を計算してみよう、あるいは「日英自動翻訳程序」を考えてみようというものもある。前者は、「表計算」を高度に駆使しながら数値計算式を導くもの、後者は、ワープロの高度な「置換」技術に関するものだ。
こういう事をやるには、電脳程序の二段階指導が必要だ。
① 全体像を教える「青写真」程序
② 各個の操作を教える「単位操作」程序
即ち、第1段で、程序開発者は、教本により、その類型を自分で考える。考えたら、第2段で、個別操作を自分の言葉で書く。この時、間違いあるいは不十分ならば、先に示したように、電脳が、誰にでも分かる漢字程序に変換してくれるようにする。電脳にこのような機能が備わっていれば、実体知識には精通しているが、電脳知識は素人だという人でも、短時間で程序が自分で書けるようになる。
ⅳ 電脳程序と日中競争
中国語は、日本語より英語に近く、また、中国人は日本人より遙かに英語が上手だ。おまけに、賃金単価は日本の5分の1くらい。だったら、日本は、逆立ちしたって中国に勝てない。ちなみに、中国電脳技術者に聞くがよい、彼らは、日本人が四苦八苦しているC言語が易しいという。私は、その言葉を聞いて愕然とした。
2000年以降、日本の事務合理化程序が、急速に中国に下請けされるようになった。そのため、従業員百人単位の程序会社が、中国の大学の付属企業としてできてきた。この話は後述するが、こんな状況にあれば、日本の程序業界が早晩崩壊するのは必定だ。
電脳程序こそ、技術革新の中心。なら、日本に、早急に、国家を中心とする程序開発体制が必要なことは、これまた自明だ。バラマキ福祉じゃない、企業法人税の引下げじゃない、農業・水産業の切捨てじゃない。日本が中国の軍門に下るのなら別だが、余り報道されていないが、日本企業は、中国国内で酷い目にあっている事を知るべきだ。今次の「尖閣事件 2010」と同じ事が陸上でも起きている。私は、自分のこの目で中国状況を見てきた。何で、技術と資金を持っていった日本企業が、こんな目に遭うのか。更にまた、東シナ海の権益は奪われ(2008)、中国進出企業は技術公開を義務付けられるのか(2010)。今、ここまで来た。
なら、漢字程序開発の必要性は、一層喫緊の課題になってきた。私は、政府と識者にその必要性を強く訴えたい。
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32、日本語を世界語に高めよう
4章 漢字電脳の世界席巻
1、電脳を支配した英語
20世紀初頭、英語は、まだ世界語とは言えないが、1970年頃から、電脳の発達が著しくなったかと思うと一挙に世界語になった。劇的だ。何故か。この事は、1章2節7項に詳述した。ここでは、その事を振返りながら、電脳時代の日本語のあり方を考えてみる。
ⅰ 電脳の開発過程と日本
電脳を直接動かしているのは、2進数で書かれた機械語。これは、無限に続く電灯の「点灯/消滅」、あるいは、電気の「有/無」で表示される物列。一般には、「0101001000111000‥‥」とか無限に続く全く意味不明の数列で表わされる。とは言え、文字なのか、数値なのか、記号なのか、はたまた何か、全く理解しがたい。電脳を開発した当初、電脳制御は、この機械語でなされていた。
この機械語は、記述するのも大変だが、それを読んでどんな指示をしているのか解釈するのも大変。はっきり言って、この機械語プログラム(程序)では、極めて単純な操作で、工程数の極めて短い繰返計算しかできず、一般の使用には耐えなかった。4、50年ほど前、手回しの計算機があったが、それの高速版といったところだ。
何とかならないか。そこで考え出されたのが、加減乗除とかいう一定処理の機械語に対し、人間が知覚できる指示語を定め、その指示語で程序を書く方法だった。これを電脳に入力すれば、直ちに機械語に変換してくれた(アセンブラ)。これは、機械語に対する人間語だと言えよう。これで、操作性が格段に向上した。
電脳は、これで実用に耐えるか。まだまだ、ほど遠い。「1+2」という簡単な計算でもこうする。ここにある数字があり、その数字が整数であるのか少数であるのか、またその桁数はどれだけかなどを決め、それを電脳のどこに格納するか決め、次に、別の数値についても同じ操作をする。そして、ある数値と別の数値を取出して加算し、それをある所に格納する。最後に、必要なら、その数値を取出すという具合の操作をして、やっと「1+2」の答が出るいう面倒な過程をとるのだ。ついでに言うなら、他にも必要ならその数値の何らかの属性を決定し、他にも人間の手でやれば、そんなことは自明だというバカバカしい命令を、一つ一つ決定して行かねばならないのだ。
もう少し、命令を単純化して記述できないか。更にまた、命令の一段一段の正しさを確認しながら進むようにはできないか。いや、もう、電脳という代物は、速いが、堅物で、何の融通も利かないそういうもの。改良すべき点は無限にあった。
この改良過程が50年ほど続いて、徐々に今日の誰でも簡単に使える電脳体系が出来ていったのだ。つまり、最初の機能は、数値計算が主体だったが、次は、文字表記ができるようになり、更に、グラフ機能が付加えられ、最後は、通信機能が具備されるという具合にして機能が充実されていったわけだ。
これで、完成か。いや、まだまだ。受け身の操作なら、大体これで賄える。だが、自ら何か、自動で電脳操作をさせようするにはほど遠い。ある人が、ある個別にする作業は、その程序は自由には書けないのだ。そんな事はない、出来る。とは言え、それをするには、かなり難しく、分厚い電脳教書の学習が必要なのだ。こんな事までして、何で、電脳程序を書かねばならないのか。多くの人は、優れた実体実務能力があっても、電脳化を諦めている。
忘れていた。この程序を書くのはどんな言語か。今では、これが最も大事だ。そう、それは英語なんだ。米国人には、まあ、記述が面倒だと言っても母国語。で、日本人にはどうか。英語が苦手、更に、表音文字は最後まで読む必要があり、面倒なこと限りない。皮肉なことに、操作が高度になればなるほど、覚えることが増える。幼稚な段階の電脳は指示語も簡単だったが、複雑な処理にはもう手が負えなくなった。
なら、日本も言語を英語化して、もっと英語に馴染むべきか。それが無理なのは、1章4節で示した。そう、分かった。なら、指示語を漢字にしたら、日本人も電脳にもっと馴染めるのじゃないか。そうなんだ。ここで、記述語には表意文字が断然有利だという点が浮かび上がってくる。それが、今後、日本の最大の課題となる筈だ。
ⅱ ウインドウズに振回されて
もう一度考えてみると、機械語で書かれた電脳程序は、人間は理解できないのだから、人間語が開発された。そして、その最高位にあるのが「ウインドウズ」。実は、このウインドウズに大きな問題がある。
ウインドウズは、米国人にとっては、まあまあの物かも知れないが、日本人にとっては、とても最高だとは言い難い。それどころか、ウインドウズを使うには、マイクロ・ソフト社(MS社)に高額の使用料を払わねばならない。日本企業がウインドウズを使えば使うほど、MS社は寝ていても儲かる仕組み。世界的に見ても、他の国もMS社に完全支配されていて、その支配勢力は、世界の95%にまで達した。そう、こんな状態で、日本が、世界の日本になり得るのか。
なら、ウインドウズと似た仕様の程序言語を、日本で作ったらいいのじゃないか。そう、それが、何としてでも重要なのだ。だが、それが出来ない。MS社は、世界の各社に、ウインドウズ暗箱を覗くことを禁止し(逆開発禁止契約)、技術を門外不出としているのだ。
日本の特許法に従えば、他人の発明の自由な実施は出来ないが、研究用にはできる。追試その他の実験をして、更なる改良発明を促し、国家全体の技術水準を高めようという国策を採っているからだ。ウインドウズのやり方は、この特許法の精神に真っ向から反する。だから今、欧州では、反ウインドウズの運動が巻起こってきた。次節で述べる。
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