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21、日本語を世界語に高めよう
3章 明日の日本語
1、中国表記は、最良のお手本だ
書き言葉は、漢語で書いた方が短く明確な表現になる。なら、将来の日本語のあるべき姿を考えるには、漢語表記を研究するのが一番だ。更に、付け加えると、日本語表現には、漢語と和語があり、漢語は同音異義語が多く、表記には優れていても会話では分かりにくい。反対に和語は、柔らかい感じで、相手の心情を慮る会話には向いている。そこで、表記には漢語、会話には和語を使ってきた訳だ。
従来の日本語では、一般に、そういう事が意識されていたが、世界を意識したものではなかった。この章では、世界語を意識して日本の将来はどん言語であったらいいかを考えてみよう。この場合、最も参考になるのが中国語だ。
ⅰ 話し言葉と書き言葉
今から2百年前までは、日本語表記は、中国語をそのまま日本語読みに変換する感じだった。いわゆる漢文調だ。日本人にとっては、この表記は解釈幅が広すぎ意味が採りにくい。例えば、「べし」は、「客観的にその状態があるように‥‥する」という感じを表し、具体的に「‥‥」が何であるかは、解釈によって決まる。「当然」「適当」「可能」「命令」「義務」「勧誘」「推量」など、何とでも好きな内容に解釈できる。
これでは、意思解釈の道具ではない。更に、西洋文明の影響を受けて、近代的「権利関係」「人間関係」を示すには、和語表記の明確化が必要になり、言文一致が始まった訳だ。表記は「喋るのと同じに書く」を標準にしよう、これが合言葉になり、書き言葉は格段に明確になった。こうして、日本語がカチッとした言葉になった効果は大きい。
だが、最近のように余りにも「喋るのと同じ表記」では、表現が冗長になり過ぎた。物事は、ある一つの方向が定まれば、そちらへ一直線に進み、ある程度行き過ぎるまで止まらない。例えば、中世の欧州は、農業社会でキリスト教に支配され、禁欲主義的な文化が流行った。商人階級はがっぽり儲けたが、中には、この文化に我慢できず圧力が高まった。ここで、イタリアから「文芸復古(ルネサンス)」運動が始まった訳だ。つまり、キリスト教文明は、農業社会には適していたが、商業社会に入ってからは、その時代に即した変化が必要だったのに、それが出来ないでいた。その契機を与えたのが、イタリアの商人だった訳だ。
日本も似ている。明治になり、西洋文明が日本の言語文化に風穴を開けた。そして、更に最近では、米国化が進み、それどころか、米国が言語の世界支配が進んだのだから、今は、思切って言葉を英語に変換せよとか、そういう所まで進んでいる。だが、それは無理だ。前章で示した。
だが、電脳支配の現代社会を、将来とも、喋るのと同じ表記で突進むのは合理的でない。この点では、表意言語である中国語が事実表記には断然優れているのだから、この点から見直さねばならない。尤も、中国語は、漢字だけで繋ぎの言葉がなく、言葉の切れ目、続き具合がよく分からない。また、直感的にも、漢字に圧倒されて意味の把握がしにくい。その点で、日本語は、有意部分は漢字、連続部分は平仮名で、実に見やすく読みやすい。それなら、将来の日本語は、中国語の簡便さと日本語の切れ目の明確さを取入れ、「明日の日本語」として創造すべき時が来た。いわば、近代に欧州語として「エスペラント語」の創造を試みたと同じ状況だ。尤も、このエ構想は、英語支配の世界ではもろくも崩れたが、「明日の日本語」の構想は、日本語の微調整によりその改革は容易で、更には、中国に働きかければ表記世界語としての地位も得られる含みがある。2千年前、日本は、読めなくても中国語をそのまま受入れたが、今、ちょうどそのお返しができる時だ。
話し言葉について補足する。話し言葉を会話に使っている間は、話者が適当に区切って話をしていて、会話に支障を来すことはない。だが、言文一致を通し、話し言葉での筆記を拡大したらどうなるか。この文はとても読みにくい。この点は、平仮名書きばかりの日本語文を読んで見ればよく分かる。
続ける。日本語は、単語毎に区切っては書かないが、平仮名で連続すると、どこまでが一区切りの意味かよく分からない。そこで、漢字廃止論者やローマ字筆記論者は、分かち書きにせよと主張する。だが、多くの人が漢字を知っている間はいいが、皆が漢字を学習しなくなると、一挙にこの平仮名表記構想は破綻する。同音異義語が区別しにくいのだ。ちなみに、朝鮮では、漢字を廃しハングル文字にしたら、漢語由来の単語が判別困難になり、最近は漢語系の言葉が減った。漢字をなくした文は子供文のようで、冗長化した表記は不適当だ。その反省か、最近韓国では、漢字復活の機運があり、6百字程度が学校教育で復活しているようだ。
更に検討しよう。だが、平仮名書きは、英語表記と対比され、話し言葉を平仮名の分かち書きにすれば、漢語の平仮名書きよりもいいのじゃないか。だが、この構想も挫折する。和語は、多様な表現が可能で、その延長線には方言が存在する。方言は、それこそ無限に存在し、平仮名書きは、どのように読んでいいのか分かりにくく、また切れ目も分かりにくい。それと、「あう」「いい」「あつい」などは多義で、切れ目を考えるのに時間がかかり過ぎる。
昔から有名な電報文がある。「カネオクレタノム」。常識から、「金送れ頼む」だと分かるが、文を読んでいるその瞬間その瞬間に、意味が自明である訳ではない。「カネ」は「金」のことか、「オクレ」は、「送れ」なのか「おくれ(←恵んでくれ)」なのか判断しにくい。次に「タ」を読むと、「オクレタ」じゃないか、つまり「遅れた」じゃないかと心配になる。いや、どっちだろう、ここまででは決められない。次を読んで見ると「タノム」、振返って、ああそうか「頼む」だ、となり「オクレ」は「恵んでくれ」じゃないかとなる。我々は、一瞬でこれだけの判断ができるが、「金送れ頼む」と書いてあるのと比べれば、余分の労力が掛かっていることは否定できない。漢字書きなら先が予想できるのに、平仮名書きでは常に後方を確定しながら読まねばならない。これでは、全体の意味がなかなか把握しにくい。
ちょっと待て、英語は、表音文字で平仮名書きと同じで、常に意味を確定しながら読まねばならないじゃないか。そう、だが、少し違う。英語は単語毎に切れ目があり、1文字ずつ追う必要はない。少なくとも日本語のように「オクレ」か「オクレタ」かの判断は不要だ。そういう事を考えると、平仮名書きは、英語よりかなり読みにくい。
以上より、所詮、話し言葉の文章表記は、記述用としては不適当だ。
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日本語を、世界語に高めよう
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20、日本語を世界語に高めよう
ⅱ 日本語国際語化の識者会議
日本語をどうするかを、国家が指名した学者だけに任せてはならない。そして、国民の側から、意見発表の機会が保障されねばならない。学校を中心として、世界語としての日本語推進会を進めるのがいいのじゃないか。単に「漢検」とか「テレビ漢字クイズ」のような興味本位の研究会にしてはならない。自明だろう。
その方法を考えてみよう。これには、学校中心の組織と企業中心の組織を造ることが不可欠だ。いや、組織でも個人でもいいが、「このような物には、こんな名前を付けたらどうか」という意見を揚げてもらい、これを叩き台として、政府の管理する電網上で議論するのだ。
いつか、私は、公害が激しくなった時、30年も前のことだが、既存物質として、研究室などで使う化学物質名を揚げさせられたことがある。自社で使う物質を、外部でもその名前が使えるようにしようという趣旨だった。あの運動形態が参考になる。
新しい言葉を無断に使っても制裁があるわけではないが、公共の場では、標準用語使用の強制力になる。つまり、テレビで個人が未承認の用語を使った時は、画面下の字幕で、正しい表現を付け国民を教育する。例えば、「凄い奇麗な花」、この表現は正しいのか。8割くらいの日本人が「凄く奇麗な」とは言わない。従来の表現では「く」が正しいが、ここまで「い」表現が出てくると、国家としてはどうすべきか態度を決めねばならない。併用を認めるか。なら、文法も変わる。
ちなみに、中国では、言語指導をやっている。理解しにくい少数民族の会話は、標準会話に変更した字幕を流し、国民の国語教育をしているのだ。これには、「普通話」普及という政治目的があって俄には賛成できないが、日本では、日本語破壊の商業主義、カタカナ崇拝主義に対峙するためには、是非とも真似たい。
少し脱線した。具体的には、学校では、「明日の日本語推進室○○支部(略称:明推○○支部)」を設けて、提案でも、意見でも、反論でも何でもいい、とにかく情報を集めるのが大事だ。そして、例えば、図書室の書士とか、国家の「推進室」に送ることにする。この先は、前項に書いた。後は、言葉を分類別に分け、専門委員の審議に掛ける。
企業も、同じことをする。企業には余り期待できないが、門戸を閉じる必要はない。個人は、組織を通じてもいいが、自分で独自にやってもいい。
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19、日本語を世界語に高めよう
4、識者は、日本語を守れ
大和言葉から始まる日本語の変遷を見てみると、興味深いと同時に、波間に揺れる泡のように、出来ては消え、消えては出来と日本語が漂っていく。将来もこのままでいいのか。
前節で述べたように、インドを中心に、東は東亜系言語が広がり、西は印欧系言語が広がった。東亜系の特徴は、「表現要素(話題)」の後にその「評価語」を付けたことだ。それに対し、印欧系は、評価語を先に付け、動詞を中心に表現したことだ。単純な表現なら、どちらの構造でも分かり、民族の移動に伴い、この構造は混交した。
東亜系の「話題−評価」の構造は、文法では、「要素−助詞(/動詞)」の形をしている。一般に文字を持たない未開民族は、幼児語のように「話題−その評価」の範囲の意思疎通で、東亜系言語は、この形式が言語の深層を為している。
表意内容が長くなると、むしろ「場所は、どこ」「時は、いつ」と反対にした方がいい。いや、これは「要素−助詞」から見れば正反対だが、「話題−その評価」の構造からは、その範囲内だともとれる。更に、(表意)文字らしい物が使われると、「場所、それは何処」の方が断然分かりやすい。中国大陸では、この形式が定着していくわけだ(私説)。漢字の使用が、一層この構造を強固なものにした。一見、中国語は、英語と似ていると言われるが、結果として「介詞−要素」の所は英語に似ているが、次に見るように、根底の言語構造は印欧系ではない。
印欧系は、ここでは問題としないが、必要な範囲で述べよう。私の感じでは、印欧地域では、言葉の基本は「動詞」だけの会話だったのじゃないか、と思う。つまり、幼児に話しかける時、「わあ、立った、立った」「美味しい、美味しい」などとする話し方だ。この構造に、必要ならば「主語」を付け「目的語」を付け、これが、印欧語の基本構造となった訳だ。メソポタミアで(表意)文字が発明されたが、これは直ぐに表音文字に替わったため、この動詞表現の言語構造はそのまま維持されることになった訳だ。
日本は、2千年、文章表現では中国を真似た。だが、話し言葉では、その間ずっと、和語のままであり続けた。そして、明治を迎える。西洋の物がどっと入ってきて、日本語に大変化が起きた。そして、戦後は、漢字制限とアメリカ化で、カタカナ語の氾濫と文法構造にまで変化が起きようとしている。以上、日本語の歴史を簡単に振返った。
文章表記では、表音より表意の方が断然有利だ。読まなくても、眺めるだけで意味が取れる。何だって、慣れだと言う人もいるが、なら、ここに英字新聞と日語新聞を並べた場合、どちらが瞬時に意味が取れるか。慣れか。なら、中国語新聞と朝鮮語新聞を並べて場合どうか。やはり、表意言語が分かり易い。そんな事は、言うまでもない。
日本語は、偶然だろうが、幸運なことに、有意部分は表意文字、連結部分は表音文字で、この間に適度な平衡が取れている。世界最高の文章表現語だ。だが、今、この文章構造が音を立てて崩れている。このことは、この章で示してきた。読者諸氏、この書き言葉日本語を守るのは大事な事だとは思わないか。
言語を守るとは、古い物を守る事ではない。死語になったもの、例外的なものを守る必要はない。また、将来の好ましい言語の創造も必要だ。また、筆記語として最高なら、逆に、この言語を世界に広めたらどうだ。言語は、世界を支配する。電脳時代は、世界が英語に正に支配されようとしている。何で、表音言語が電脳にいいのだ。将来の日本語創りは、単に破壊される日本語を守るだけではない事に気付くべきだ。
ⅰ 国家の役割、表意語の創造、簡明な記述
個人は、自分を売込むために、カタカナでも英語流の言葉でも好きな言葉を使っていく。流行語大賞は、その先端にある。なら、もう、日本は爆発発散するか。
話し言葉は、自然に任せてもいいが、書き言葉を野放しにしては行けない。後世の人がずっと使い続けるからだ。我々は、言葉が分からなけらば常に辞書を見る。だからまた、辞書の言葉は、カチッとしていなければならない。だが、その辞書を、流行語で埋尽くしてはいけない。やはり、日本語の骨格となる言葉は、国民共通の財産として維持せねばならない。その中心的役割を果たすのは国家しかできない。
だが、難しい問題がある。国家は、外来語が入ってきたとき、その言葉をどう取扱うか。米国のムーディーズがやっているような、よその国の企業や債権に、勝手に格付けするような事をしてはならない。やはり、自国の文化に照らした妥当なものであるべきだ。
例えば、「ライフライン」という言葉で考えてみよう。この言葉は、災害時に頻出するが、この日本語訳は何か。「life」は「生命」で、「line」は「線」だから、「生命線」か。私は、最初この言葉を聞いたとき、「都市の生命線」と解釈したので、まさか「道路」や「電気」「ガス」「水道」の事だとは思わなかった。ましてや、「電話」「電網」は考えも及ばない。「生命線」では、どうも「満蒙は、日本の生命線だ」という忌まわしい標語を思い出してしまう。「生命線」が行けなければ、誤解を招く曖昧な日本語が日本中に氾濫してしまう。いや辞書には、「生命線」という訳語もあり、更に、「軍需物資、生活物資の補給路」という意味もある。だが、これらの訳では、「輸送」の意味までは分かるがピンと来ない。やはり、「生活補給手段」という訳語が欲しい。いや、もっといい訳、新しい造語があるかも知れない。とにかく、災害復旧に関する新しい言葉が必要になる。
いや、そういう事をすると、国家による言語統制が起き、不当な日本語が強制される、という者がいるだろう。その心配は消えない。だが、だから、野放しがいいとはならない。何か適当な方法が必要だ。
結局、国家が公募で集めた篤志家によって審査し、その意見を付けて一定の識者に示し、多数決なり何なりで決定するしかない、となる。最近の例で言うと、動物園とか、記念館で名前を公募するのが似ている。私は、国語審議会の下部に、用語命名部門を設けるのがいいと考える。名前は、他の任務もあるので、「明日の日本語推進室(略語:明推室)」とでもしたらいい。これを無実化しないために、テレビ宣伝が要る。テレビの外貨・株価の相場と似たようなものにするのがよい。
私は、諸外国の例は知らない。中国の例で言うと、中国語化された外国語は、意味を取っているところを見ると、誰かがその操作をやっていると思う。先に、示した「電瓶車」はその例だ。どうしても、中国にその範疇の物がないときは、音でも名前が付けられている。例えば、「卡」。この字は、「カー」と読み、「カード」を意味する。
纏めると、国家には、日本語を表音化言語として国際語化するための全ての任務が課される。そのためには、私は、主に次の任務を与えるとよいと考える。
① 新しい言葉の決定・創造(むやみにカタカナ語を作らない)
② 漢字の読みの統一化・簡素化(例外読みの排除、中国簡体字参照)
③ 送り仮名の整理・平易化(外国人でも書けるように)
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18、日本語を世界語に高めよう
ⅱ 翻訳調の学会文書
ある分野の専門家になるには、学会への論文発表は必須だ。その文を読んで見ると、日本語ではない。いや、日本語だが、全然理解できない。文章が英語訳文調で、自然な日本語でなく、語順も無視している。いや、私に言わせれば、記載文章は、想定論文を英語で記述し、それを、英文法を駆使して日本語に翻訳したという感じだ。つまり、直接日本語で書けばいいものを、わざわざ「日→英→日」と翻訳しながら書くようなものだ。主語や目的語に長い長い修飾語を付け、それを塊状にして続ける文、これは日本語ではない。日本語文は、「主題−(主語)−時−場所−動作」が基本語順で、この構造が一読で分からねばならない。その構造が、完全に無視されているのだ。
次の文は、公害白書の一文。読者諸氏、一読でその意味が分かるか。私の感じでは、最低3回、主語と動詞の対応を確認する必要がある。また、学術文書は、文の丁寧さよりも、事実内容を簡潔に記述すべきで、だから「である調」で書くべきだ。
例文:バリ行動計画の意義‥‥(主語述語関係を斜体で明示した)
気候変動枠組条約に基づく京都議定書の第一約束期間(2008〜2012年)を目前に控えた2007年12月、同条約の第13回締約国会議及び京都議定書の第3回締約国会議(以下「バリ会議」という)が、インドネシアのバリ島において開かれました。また、この2007年は、IPCC(工業所有権協力センター)が第4次評価報告書において、20世紀半ば以降に観測された世界平均気温の上昇のほとんどは、人為起源の温室効果ガスの増加によってもたらされた可能性が非常に高いとし、その地球環境への深刻な影響を一層明確にした年でもあります。この報告書は、バリ会議での議論にも大きな影響を与えました。
1997年に採択され、2005年に発効した京都議定書は、温室効果ガスの排出削減義務を先進国及び市場経済移行国(以下「附属書I国」という)に対し課す画期的なものでした。これは「共通だが差異のある責任及び各国の能力の原則」に基づき、まずは附属書I国が率先して取り組むという考えを反映し、附属書I国以外の国は削減義務の対象外となっていました。それに加え、最大排出国のアメリカが参加していないことから、京都議定書により削減義務を引き受けた国々の排出量は世界全体の約30%を占めるに過ぎないという課題があります。また、京都議定書を採択した1997年以降も、世界は大きく変化し続け、京都議定書上削減義務のない開発途上国の経済発展などに伴う排出量が増加し、今後更なる増加が予想されています。このため、IPCCなどが指摘している深刻な影響回避のために必要な温室効果ガスの大幅な削減には、すべての主要排出国の参加が必要とされています。
では、この文を通常の日本語にしてみよう。この長い文がたったの8文で構成されているので、これが分かるようにすると共に、8文が分かるように段落分けした。
(変更文)
2007年12月、インドネシアのバリ島で、気候変動に関する会議が行われた。これは、京都議定書の第一約束期間(2008〜2012年)を目前に、同条約の第13回締約国会議と京都議定書の第3回締約国会議(以下「バリ会議」という)をなすものだ。‥‥1文
この2007年とは、地球環境への深刻な影響が一層明確になった年でもある。即ち、IPCC(工業所有権協力センター)は、第4次評価報告書において、20世紀半ば以降に観測された世界の平均気温上昇は、その殆どが、人為起源の温室効果ガス増加の可能性が高いと指摘した。‥‥2文
当然ながら、この報告書が、このバリ会議の議論にも大きな影響を与えた。‥‥3文
京都議定書とは、先進国及び市場経済移行国(以下「附属書I国」という)に対し、温室効果ガスの排出削減義務を架したもので、これは、1997年に採択され、2005年に発効したものである。‥‥4文
この議定書の基本約定では、「世界共通の悲願達成のため、各国の責任と能力の差を是認するという原則」に立ち、まずは、附属書I国が義務達成に率先するが、それ以外の国には、義務は課さないという事を定めている。‥‥5文
これには、大きな課題がある。アメリカは、最大の排出国でありながら同会議に参加せず、そのため、議定書による義務引受国は、その排出量は世界全体の約30%に過ぎないことだ。‥‥6文
また、同議定書採択の1997年以降も、世界の炭酸ガスの排出状況が大きく変化した。開発途上国には、議定書上、削減義務がないのに、経済は著しく発展し、今後更に、排出量が急速に増加すると予想されることだ。‥‥7文
そのため、IPCCなどが、深刻な影響の回避を指摘しているように、温室効果ガスの大幅削減に向け、主要排出国の全ての参加が望まれる。‥‥8文
少し話は替わるが、特許文書の様式が変わった。1文1文に、番号を打って改行することになった。上の変更文の形式と似ている。こうすれば、主語述語が明確になり、文を書く者も、審査する方も、それを読んで異議申立、あるいは、技術書とする者の便宜にするというものだ。
この形式により、記述様式が大きく変わったわけではないが、少なくとも「主語−述語」の関係が見やすくなった。まず、全体を理解するために、冒頭の「何々は」を読み、文末の「何々する」を読む。次に、修飾語を加えて各個の要素を読めばよい。よくやる、日本人の英文解釈方法だ。
余談だが、訳文調の文が、何故、読みにくいのか、英語と比較して考えてみよう。英語の場合は、「主語−動詞」が直接連続するから、とにかく、何に関する事かは直ぐに分かる。例文の斜体で示した部分だ。次に、時だとか、場所が続く、そして、条件、理由が続く。だから、読者は、
「主題、それは何だ」
「それがどうした」
「その結果はどうだ」
それに続いて、
「その時の条件はどうだ」
「場所、時はどうだ」
などと整理して読める。英語では、文がどんなに長くても、この形式を追っていけば、意味把握にそれほど大きな苦労はない。それに対する日本語、「主題は」から書き始め、その後は、「時、場所」の語順で後から記述し、「動詞」を最後に記述する。本来、「主語−述語」が繋がっているべきなのに、こんなに離しては、意味取得不能になるのは当然だ。
だから、ある人は、日本語は、論文記載に向かないとか言出す。確かに、例文のような書き方をしたら、3回は読まないと意味が掴めない。だが、私が変更したように記述すれば、日本文は、英語記述文と殆ど同じになり、日本語が、論文記述に不都合だとはならない。はっきり言って、多くの日本人の文章修行が足りないだけだ。
本論文に殆どカタカナ表現は出てこないが、カタカナで書けば、文を読むの時間がかかるばかりか、文の繋がり具合も分からなくなる。そうすれば、ある者は、こんなに分かりにくいのなら、一層のこと全て英語で書いたらどうだ、と言うだろう。冗談じゃない。日本語の不都合じゃない。自分の日本語の拙劣さを知るべきだ。なら、政府の論文記述指導は急務だ。
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17、日本語を世界語に高めよう
3、政府自ら自国語を潰す愚かさ
言葉は、民族の動きと共に動き、民族の闘争と共に変化発展し消滅する。だが、近代以降は、国家というものが完成し、民族の動きはほぼ止まり、その国の言葉も固まった。そして、最近は、経済の世界化で、言葉が急激に変化してきた。日本語もその激動の中にある。
そこで、考えてみよう。言葉は、自然の流れ任せで、国家社会は、手を加えない方がいいのか。それでいいなら、国家は、国民に対し自国語の教育なんか要らない。そう、冗談じゃない。そんな事をしたら、その国は、直ちに他国の植民地、または属国になる。植民地主義反対、各国とも、自国語教育は国家の使命だとばかりに頑張っている。
振返ってみよう。第一次大戦頃の欧州。ポーランドは、弱小国で、ロシアの属国になり、ロシア語教育が強制された。あのノーベル賞のキューリ夫人の学校でもロシアの手が伸びてきた。民族の誇りは消せない。ロシア語の学習は、賢かったキューリ一人に預けられ、後の生徒には、ポーランド語を学習させ続けたのだった。
日本だって同じ事をした。朝鮮人・台湾人に、日本語学習を強制した。かなりの屈辱だった筈だ。私は、一つの話を思い出す。日本人と朝鮮人(中国人)は顔では区別できない。その区別は、「ゴエン(5円)」と発音させてしたという。朝鮮語、中国語には、基本的に濁音はなく、彼らが「コエン」と発音すると、憲兵が、ビンタを食らわして「バカヤロウ」と叫んだのだ。
なるほど、近代から現代の戦争の歴史を眺めて見ると、自国語の大切さが分かる。現代社会は、国際語は英語だから、日本語を止めて英語にしたらどうだという意見が多くなってきたが、第二外国語として英語を学習するかどうかは別問題だ。もし、敗戦時、日本に英語が強制されたら、多くの日本人が意思疎通の手段を奪われ、悲劇が生じた筈だ。
いや、そんな事はない。その時、他国語の学習が強制されたら、その国に宗主国語が根付き、今になってみれば、世界経済の上で有利な立場に立てたのじゃないか、という意見もある。だけど、インドでは、英語を公用語としてもその浸透度は高々5%、フィリピンでは10%だということを思い起こすべきだ。沖縄人が、日本語の方言である琉球語を受入れるのとは丸で意味が違う。付言すると、東亜一帯は、インドを境として地球規模で文法が混交し、西方は印欧的で、南部を含めた東方は東亜的だ。なお、インドの文字には、ヒンディとドラビダ系の2系列があり複雑だ。だけど、だから英語で統一せよ、とまでは行かない。
ⅰ 国会議員の言動
いや、本当に、民族の文化を守るとは、自国の言葉を守るのと同義だ。なら、それを守るのは誰か。国家、自明だ。対し、自国語破壊の先鋒にあるのが、商業テレビ。前節で述べた通りだ。なら、それを正すのは何でか。政治体制全体で、としか言いようがない。考えてみよう。
民族主義を唱えると、あいつは右翼だ、とのレッテル(指標)を貼る。右翼の中心主張は、歪んだ大和民族の高揚を指向するもので、その先に「天皇主義」「軍国主義」が続く。また、これが通常の「民族主義」と共通する所がある。だから、多く国民が、「右翼は怖い」という。だから、現代社会は、「民主主義」を標榜し、「軍国主義」ばかりか、「民族主義」からも遠ざかることが大事、裏から言うと、「米国主義」こそ最善の主義だと思われている。そうすると、前節で見たように言葉のカタカナ語化が進む。だけど、「日本文化を守れ」という時の「民族主義」は、右翼の唱える「民族主義」引いては「大和民族の高揚」とは無縁のものだ。
だが、私が残念に思うのは、国民の代表(憲法43条)である国会議員が、日本語を守るのを忘れて、日本語破壊の片棒を担いでいることだ。候補者が選挙に勝つには、格好良さだ、現代性だ、爺の繰り言じゃない、と言わんばかりだ。あの舛添要一、今を時めく政治家、あの政治家でさえ、東大助教授から議員に転身する時、見るに堪えない下らない番組で名前を売ろうとした。これも、現行の公選法下ではしかたがないことだ。だけど、選挙が終わったら冷静さを取戻して欲しい。
どうするか。普通の日本語で、国民の前に出てきて欲しい。だが、国会で格好良く見せるためには、賢く見せねばならない。やたらと、難しい英単語使い始めるのだ。いや、桝添が悪いといっているのじゃない。皆んなが良くない。
日本語だけで演説する者がいない。特に、米国経済学を学習してきた者は、やたらと誰も知らない英単語を使い始める。私など、テレビの前には辞書を置いているが、一度では頭に入らない。何で、そんなに英単語を連発せねばならないのだ。「国民のコンセンサスが得られない」「政府のガバナンスがない」「政府には、アカウンタビリティがある」「議員には、ブリリアントなビジョンが必要だ」「議論は、アカデミックにすべきだ」「景気のリセッションに、どう対応するか」「ハイレベルなエコノミー・ミーティングを開く」など、諸氏、分かるか。挙げたら切りがない。更にひどいのは、英語の略語。訳語が無ければ、意味が取れない。「サミット20(←トゥエンティ)」「COP10(←コップテン)」、「IPCC(←工業所有権協力センター)」。聞いただけで分かるか。これで、議員は、国民に自分の意見を発表していると思っているのか。国民の何パーセントが理解できるのか。英語の授業をやっているのじゃない。
最近は、日本の首相も国際会議で英語を喋るようになった。エエッ、オオッと驚いたが、何の事はない、事前に練習していた文を読んだだけ。さあ、外で散歩。トンでもない総理がいた。「Who are you?」「I'm ヒラリー's husbannd.」「Me,too.」。本当は、「How are you?」「I'm fine.」「And you?」「Me,too.」などとなるところだった。が、この総理、最初の「How」を「Who」と間違えたので、上のような会話になった次第だ。何回、新聞雑誌に批評されたことか。覚えている人も多いだろう。
国会は、国民に、意見発表する所だということを忘れると、教養人に見せたいか、カタカナ語を連発する。自分たちが日本語を破壊しているという自覚がない。私は、言いたい。国会議員は、自ら「日本」と「日本文化」を守るために奮闘してもらいたい。近代の悲劇を見てみよ。
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