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6、日本語を世界語に高めよう
3、表意言語と表音言語
文字には、表意文字と表音文字がある。漢字は表意文字の代表で、英語は表音文字の代表だ。表意文字は、字形からその意味が容易に連想できる。だが、読みは不確定だ。それに対し、表音文字は、その目的から読みを明らかにするものだが、文字に意味はない。これらが、それぞれ表意言語、表音言語を形成する。歴史上、東洋では表意言語、西洋では表音言語が発達した。
日本語は、漢字が表意、平仮名が表音部分をなし、混交している。将来の日本語を考える場合、表意と表音の部分をどのように取扱うかで日本語の運命が大いに異なる。ここではその点について考えてみよう。
ⅰ 表意言語と表音言語の特色
これからの日本語を考える上で、まず、表意言語と表音言語の基本的性質を調べておこう。
我々は、中学に上がってから英語を習った。だから、英語は難しいものという先入観がある。だが、英語は僅か26文字、だから、読みその物は本来易しいはずだ。それに対して、漢字は、小学校以降、何千という字体とその読みを覚えねばならない。慣れればというが、やはり、その時間は膨大だ。この事は、欧米人の漢字習得の苦労を見れば、表意言語学習の方が困難なのは自明だ。
纏めると、こうなる。表音言語は、2、30文字の基本的な読みを覚えればその言葉が読め、4、5才になれば、特に訓練することもなく本が読めるようになる。
とは言え、そうは問屋が卸さない。表音言語では、本が読めても意味が分かったことにはならないのだ。だから、次は、大量の言葉と意味を覚えねばならない。最初は、親から口移しで教えられ、次第に、意味と語源が分かる、という成長過程を経て母国語を習得する。
一見、自然な言語取得過程のように見えるが、言語取得後に弱点がある。文字を見ただけでは意味が取れず、しかも、同じような文字が続くのだ。例えば、英語でdag, dig, dug, deg, dog などの文字が出てきたら、これで個々の意味が取れるのか。特に、綴りに誤りがある時は、その判断にも時間がかかる。また、ハングル文字が、瞬時に分かるか。例は出せないが、皆同じに見えるのじゃないか。中世の西夏文字、漢字から創った表意文字だが、複雑で複雑で、これもまた皆同じに見える。
要するに、文字が簡単でも、似たような文字では、読むのは大変だし、意味取得も大変なのだ。
これに対して、表意文字には、表音文字と反対の特徴がある。文字を覚えるには、数年どころか十年、十五年もかかるが、覚えてしまえば、字形を見ただけで読みと意味が瞬時に分かる。
例えば、中国の漢字の例で言うと、小学校1年から年300字程度の字を覚え、6年までに2千字を覚える。中学校では、指定字数はないが、中学高校までで累計5千字を覚える。5千字を覚えれば、日常生活、専門分野の字もほぼ全部が読み書きできる。
この字数は日本のほぼ2倍で、習得過程とそれを維持するのは過酷か。確かに、5千もの字は大変だ。だが、日常使用する字は多くても3千字くらいで、また、日本語の訓読相当の読みがないので、漢字習得はそれほど過酷ではない。
ちなみに、漢字の総数は、4、5万字もあると言われるが、大半は地名とか人名とかで、必要に応じて覚えてもいい。また、読みは、字の中に音符となって現れているので、特に難しくない。例えば、「井」の読みは「チン」で、「井」の付く「进」も「チン」読む。尤も、「井」には「讲 ジャン」もあり、完全な統一はとれていない。一般的に言うと、読みは一通りで、例外読みは比較的少ない。それに対し、日本の漢字は、通常2通り以上の読みがある。全体として言うと、私の感じでは、漢字学習の苦労は、日中で大差はないと思える。
漢字に他の特徴はないか。一字一意。その字を見せられると、瞬時にその意味が分かり、英語のように最後まで読切る必要がない。一字一意の原則を貫けば、無限に漢字が増え、どこかで歯止めが必要になる。中国では、二文字で熟語を創ることにした。単純計算で言えば、漢字が十文字があれば、その組合せは10の階乗(18万)で、これだけの言葉ができる。漢字の造語能力の凄さ。3千字なら正に無限だ。
だが、困ったことが起きた。漢字には類似の発音が多く、目による区別は簡単なのに、耳では非常に困難なのだ。なら、この点は、中国人はどうやっているのか。例えばこうだ。「価額」が分からなければ、「価値の価、金額の額」とやっている。この点が、漢字の最大の欠点となる。
纏めると、次のようになる。
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日本語を、世界語に高めよう
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5、日本語を世界語に高めよう
ⅴ 英、仏、独の覇権争い
1600年からは、英仏蘭が植民地競争に加わった。なお、独は、当時国内が小国分離状態で、植民地競争には加われなかった。最後に勝利するのは英国だった。
こうして、世界は、列強によって分割され、各地区は、それぞれ宗主国の言葉を使うようになったが、注意すべきは、西洋と東洋で起きた言葉の変化は大いに違う。
欧州各地の言葉は全体に似ていて、ラテン系表記の強制は、彼らの日常生活言語への干渉ではなく、受入れは、むしろ自国に書き言葉をもたらし、利益になった。日本の漢字受入れが有用だったのと同じだ。
それに対して、16世紀以降のアジア・アフリカ諸国では、言語体系を奪われる惨劇さに繋がった。今、インドやフィリピンでは、上流階級層は、それが良かったと言っているが、一般大衆は、就職で大きな差別を受けることになった。
ⅵ 外国語の受入れ ‥‥覇権国語を受入れるのが好いのか
余談かも知れないが、大事なことだ。少し話そう。
ブラジルやアルゼンチンは、葡語、西語を受け入れて5百年になる。そればかりか。国民の半分が混血してしまった。そして、純粋の現地人であるインディオはもう余り多くない。そうなると、宗主国語を受入れるかどうかは、もう、問題ではない。現地語がその物がなくなったのだ。アイヌと同じ運命だ。これに、問題がないとは言えないが、それは、別に考えてもいい。
それに対して、未だに現地人の多い地方では、言語の融合が容易でない。例えば、フィリピンは、スペインの植民地4百年、米国の植民地50年と独立後の英語影響下50年、という歴史だ。百万年前の原始から多くの島を抱え、そこに50以上の地方語があり、言語状況は、並の複雑さじゃない。考えて欲しい。スンダランド(東洋人発祥の地)から吐出された猿人の末裔が、この島の僻地に隠れている。
マニラ近辺は、タガログ語(スペイン語系の地方語)が中心で、今、英語も浸透してきたという状況にある。ある資料によると、世界で3番目に多い英語人口だそうだが、使用率は10%程度だ。経済的利益を得ようとして必死に学ぼうとする自然力が働いても、言語体系が全く異なると、英語の浸透はこれほど遅いのだ。
次は、インドを見てみよう。インドは、植民地歴150年で、英語圏だと思うだろう。最近のインドの発展は凄く、英語を武器として米国の電脳プログラムを下請している。また、工業生産も、中国敬遠の流れの中で、米国の下請化が著しい。とにかく凄い発展で、その内中国を追抜くという者もいる。だが、英語使用者は、高々5%だ。
驚いただろう。ある民族が、宗主国に寄添っていくには、それほどの難行苦行がある。欧州とは、全く事情が違う。
最近、日本では、何もかも英語だ。と言うより、片仮名日本語だ。ここまで、英語化が進むと、もう、いっそのこと英語も公用語にしたらどうかという話が出てくる。極端な者は、敗戦の時、そう、あの時、何で英語にしておかなかったのだ、と悔やむ。そうすれば、英語で、こんなに苦労することはないのに、と。頭を冷やせ。まず、日本語の歴史的変化を見てみよう。
(図が出ません)
日本は、漢語を受け入れてから1500年くらいだ。その後、300年ほどして、表音用に平仮名が発明された。西洋(フェニキア)の例で言えば、これ以降、平仮名国になってもいいが、ならなかった。宗主国・中華帝国が、漢字文書を送りつけたからだ。だから、平仮名は、漢字読みの補助手段を担ったに過ぎない。
だが、よく考えよう。平仮名の第一目的は、和語を書くためにあるが、平仮名で書くと、どことなく、文が曖昧で面白くない。そんな時、漢語を使うと、表意文字の厳格さから、意味が厳格に確定し、実に具合が好かった。日本の漢字受入れは、異質な物ではなかった。だから、直ぐに馴染んでいった。
だが、和語も消滅しなかった。漢語で微妙な語感が表せない時、どうしても必要だったのだ。例えば、中国人には難しい「は」と「が」の区別、「を」と「が」の区別。和語は、その後の経済の発達に伴って発達し、多くの中国語が日本語化された。例えば、「要是」→「もし」、「由于」→「より」。「別」→「な‥‥そ」(現在消滅)。今は、漢語化が進み、単語の個数では、漢語が6割に近いそうだが、会話では、逆に6割が和語だそうだ。つまり、1500年経っても、和語と漢語は棲分けている。
さあ、ここで、英語を取入れたらどうなるか。英語も日本語に馴染むか。英語の語源は、和語にとっては無意味綴りと同じ。また、文法も全く違う。英語がフィリピンやインドで浸透しないのと同じで、日本語は、世界では孤立語に分類され、英語の受入れは正に横車だ。ちょっと待て、なら、中国語が何で受入れられたのだ。確かに、中国語は「動詞−目的語」となる構造は日本語と違うが、大きな文章構造では、日本語とよく似ていて、丸ごと取込んでも大きな支障はないのだ。早い話、漢文読下し文なんてな文もある。
日本人は、アジアでは最も英語が苦手だ。なら、我々が英語に馴染むには、百年かかっても無理だろう。
ⅶ 電脳言語、ウインドウズとリナックス
1980年代から電網時代が始まり、米国が1番手、日本が2番手、欧州が3番手を走った。当時、競争の焦点が何かはよく分からなかったが、実は、プログラムを記述する基本言語にあった。即ち、電脳が民生用に使えるとなると、電脳は、文章表現、図形表現、動画表現にも使え、それを支配できる者が覇者になった。それを決定づけるのが言葉で、それが英語だ、となった。
どんな戦いが起きたか。初期の基本ソフトは、電脳を動かすことに技術の中心があり、記述言語は、どんな言語でも大差なかった。つまり、プログラム言語はいくつかあったが、記述自体が難しく、英語の比重は小さかった。ところが、電脳で複雑な仕事ができるとなると、その記述の善し悪しで、その電脳の性能が決まる。そうすると、次第に、マイクロ・ソフト(MS)社の「ドス(MS・DOS)」という基本仕様が実権を握ることになった。
当時を思い出すと、日本の考えは、極めて幼稚だった。自分たちは、今ではゴミ同然のちょこまかした応用ソフトなら得意だ、と言っていた。当時、東大の坂村健は、基本ソフトが重要で、それを創れと主張し、自ら「トロン」構想を打出したが、後述の米国からの圧力に耐えかねてあえない最後を遂げた。
10年後の1990年になると、電脳処理が本格化し、複数の事務処理が同時に出来るようになった。それを最初にやったのが、「ウィンドゥズ」。その名が示す通り、「窓」の切替えにより、全く異なる電算処理が同時に出来た。これからは、ウィンドゥズの一人舞台で、今では、世界電脳界の基本ソフトの95%を自己の支配下に置いたのだった。
その結果、日本企業はどうなったか。あれほど応用ソフトが得意だと言ったのに、その基盤は、次々とぐらついた。
驚きは、「一太郎」の危機。一太郎とは、当時、漢字変換の最高機能を持ったソフトのことだ。このソフトが、全く幼稚な機能しかないMS社の「ワード」の軍門に下った。我が目を疑ったが、ウィンドウ上では、ワードでないと都合が悪かったのだ。この時期、潰れた日本のソフト開発会社は数知れない。米国でも同じだった。こうして、製品の良否に関係なく利益の一部を、MS社に上納せざるを得ないことになった。こんな覇権が許されるのか。2000年以降は、その矛盾が更に大きくなった。
欧州で、ウィンドゥズに対する反旗が翻った。基本ソフトは、万民共通で、只であるべきだ、と。ここに、「リナックス」が名乗りを上げた。開発者は、スウェーデン人、リーナス・トーバルズ。
彼は、1991年、フィンランド・ヘルシンキ大学在学中に、個人で、開発を開始していた。尤も、彼は、最初からそんな高邁な事を考えていたかどうかは分からないが、一から基本ソフトを開発するには、犠牲的精神が必要だったと思われる。ウインドウズに反旗を翻したことの反響は大きかった。現在、欧州を中心に凄い勢いで普及している。
そうだ、そうだ、と言うだけなら誰でもできる。日本企業は、完全黙秘でウィンドゥズに追随した。情けないか。プログラム開発は、企業競争と言うよりも国家競争。日本は、このままずるずる後退するかどうかの瀬戸際。日本人は、英語が極めて不得意。で、なら、どうするか。もう、私は、日本語対応電脳を創るしかないと思うがどうか。
ⅷ 世界言語への取組、中国の野望
世界の商業貿易には、覇者の言語が使われた。最近では、商売でもないのに、電脳に英語を使わざるを得ない。リナックスは、強力な反旗を揚げた。まだ一人、反旗を揚げそうな者(国)がある。中国だ。
中国政府系の電脳会社・聯想は、2005年、米国の世界の電脳会社・IBMを買収した。全買収額は1千億円ほどで、これで、聯想が世界第3位になるという。中国に、そんな力があるのか、と同時に、中国にその技術が使えるのか。世界中が驚いた。
何故、そんな事をするのか。余った金(外貨)の使い道がなかったのだ。IBMの技術で仮装したいのだ。など、色々言った。それから5年。中国における聯想電脳の普及振りは凄い。どこの売場でも最大の売場面積で、圧倒的な強さ。あの時の買い物は、高くなかった。まだ商標力は弱いが、とにかく安いので、どんどん売れている。日本にも北九州に上陸してきた。安さで、間もなく日本を制覇するだろう。
次は、真剣な疑問。中国は、電脳製造だけならIBMの下請け会社になってもいいのに、何故、敢えて自国商標を付けたのか。最近の中国の動向を見ていると、その真意が見えてくる。中国は、2010年5月から、在中外国企業から企業秘密を申告させ始めた。つまり、各企業は、自社秘密をさらけ出さないと、中国で操業できないのだ。今は、政府関係企業に適用されているが、次第に広がるはずだ。即ち、中国は、電脳技術が高まったので、外国企業技術を取込んでしまおうというのだ。この辺りの状況は、4章3節参照。
中国のこの勢いは止められない。なら、我々日本人は、中国と衝突しない技術を持つしかない。残念ながら、今の日本にはそれが最善だ。
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4、日本語を世界語に高めよう
2、世界語と植民地語
世界の言語の歴史を眺めて見よう。世界を支配した国の言葉が世界語の地位を占め、他の地域と国家は、不便を凌ぎながらも支配国の言葉を覚えていった。日本も中華帝国の支配を受け漢字支配を受けたが、漢字の読みまでは強制されず、漢字に和語読みを手当てすると、むしろ漢字文化の輸入は日本の利益になった。この点は、世界の言語の中でも特異な存在だ。ここでは、その話をするが、その前に、他の地域の言語状況から見ておこう。
ⅰ アッシリアの文字 ‥‥世界で最も古い文字
言葉も文字も、一朝一夕に出来るものではない。言葉は、十万年以上の歴史があるだろうし、文字は一万年近く、その文字の原形(原文字)は、オリエントと中国にある。オリエントでは、原文字はシュメール(イラク南部)、進化した文字はアッシリア(イラク北部)にできた。中国では、原文字は安徽省蚌埠の遺跡(黄河と長江の中間)、文字は殷噓(黄河、河南省安陽)にできた。更に詳述する。
6千年前、イラク北部にアッシリアが興り、彼らは、5千5百年前に、世界で初めて文字を創った。楔形文字だ。今日、オリエントから欧州に伝わった文字は、表音文字だと思われているが、実は、最初の文字は、表意文字(表語文字)だった。表語文字とは、一文字が一意を表す文字のこと。それなら、漢字と同じじゃないか。そうだ。最初の文字は、ここでも「絵文字」から出発していた。
その後、オリエント地区では、王朝の盛衰に伴って、いくつもの似た文字が現れ、北アフリカ(エジプト)に渡って表音文字・ヒエログリフ(聖刻文字)の創成に影響を与えた。また、その後、次々に創られる文字の原形になった。
ⅱ 欧州の覇権概観
古代社会の一つの標準型を創るのがギリシアだ。だがよく見てみると、たまたまある孤立した地域に、一つの文明が発生したのではなく、人類の移動に伴って、潮の満ち干の中で生じた一つの通過点だった。欧州では、覇権国が変化した。まず、その様子を見てみよう。
欧州の覇権
この表から、覇権国がフェニキア(ユダヤ人)の時は、フェニキア文字が地中海地方に広がり、ギリシアに中心が移れば、ギリシア語が欧州語になった。そして、中心がローマに移ってからは、ラテン語(イタリアの上流階級語)が全欧州語になり、近代社会ができるまで1500年以上欧州を支配した。そして、西暦1500年頃から欧州が全地球を支配するようになると、スペイン語、ポルトガル語が世界語になり、更に、フランス語、英語が世界語として覇権を握ることになった。
そして、最近では、電脳が発達してからは、英語の独壇場になった。
ⅲ ギリシア語、ラテン語 ‥‥ヨーロッパ言語の基礎
フェニキア人が地中海で商業活動により活躍していた頃、勿論、ギリシアにもローマにも人がいて、似ているが少しずつ違う独自の言葉を使っていた。そもそも、地中海地域には、3万年ももっと前からクロマニヨン人が住んでいて、アルタミラの洞窟、グラスゴーの洞窟に遺跡を残しているから、それは当然のことだ。
これらの人の言葉は似ているが、同じでなく、意思疎通は困難だった。フェニキア人が文字を使い、彼らが寄留した所では、それに触発されてギリシア、ローマの各地でも、文字らしい物が出来ていった。
この点を東洋と比較すると、中国では、「漢字」という「表意文字」により帝国の周辺地域同士でも交流可能となったが、地中海地域では、統一文字は出来ず、帝国の中心が変化すると、文字も変化した。
更に詳述する。最初に、地中海を制海し、経済が繁栄したのがギリシア。奴隷制は、その証拠だ。経済だけでなく、学問でも、運動でも、素晴らしく発達し、その後の欧州の基本構造を創った。そうなると、あらゆる分野で、言葉は、ギリシア語を通じてするようになった。つまり、他の地域は、自分たちは自分たちの言葉を使いたくても、相手方が許さず、泣く泣くギリシア語と歩調を合わせざるを得なくなった。
経済の中心は、ギリシアから、ローマに移った。そうすると、言葉もラテン語に替わった。ラテン語とは、ローマ(ラツィオ州)の方言のことで、イタリアには方言が多数あり、上流階級で使われていたラテン語が、次第に公用語となっていった。
東西を比較してみる。ローマ帝国が栄えるのは、紀元前1百年頃からで、中国の始皇帝より1百ほど遅いだけ。東西世界の完成は、図らずしもほぼ同時だった。だが、東洋は表意文字で、西洋は表音文字という違い。西洋の文字統一は困難で、今なお全欧州の文字統一は先の話だ。
ⅳ ポルトガル語、スペイン語 ‥‥初期世界を支配した
1500年頃から、大航海時代が幕明けし、これからの欧州の活躍は目覚ましい。最初に踊り出すのが、ポルトガルとスペイン。彼らのやり方は、世界中から富を強奪するに等しいやり方。被害に遭ったのがアフリカ諸国と新大陸諸国。新大陸では、原住民の人口が10分の1になるまでに蹂躙された。アフリカでは、人間狩りと奴隷貿易。多くの現地住民が、新大陸に運ばれ酷使された。奴隷貿易は、その後5百年続き、ある記述では、1千万人が犠牲になったとある。中華帝国が近隣諸国に与えた被害も大きかったが、これらの国が、何百年に亘って生き血を吸った被害は、何十倍、何百倍になるのか見当もつかない。
彼らが母国に持ち帰った利益は莫大なもの。彼らは、世界にラテン系言語を強制し、まさにやりたい放題で、ラテン系語の力を世界に知らしめる世紀になった。彼らのやり方は許せないが、世界語ができた事で、世界の政治・経済にした貢献は大きい。
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3、日本語を世界語に高めよう
1章 言葉の発生と消滅
1、言葉と文字の発生
言葉は、生活の必要に応じて発生する。文字は、権力組織が必要になった時に生じる。日本には、言葉はあったが、文字はなかった、というのはその事を表している。
この事は、中国では数千年前、黄河沿いに既に政権が発祥し、それに伴い文字が生じたのに対し、日本では、残念ながら、当時はまだ国民は漁労生活で、文字の必要な社会状況ではなかった。
世界を眺めて見ると、アフリカでは、最も早く人類が発生したが、進歩が遅く、近代に至るまで強力な国家はできず、言葉は生まれても、高度な文字はできなかった。東南アジア、南太平洋、南北アメリカにおいても同じだ。
言葉は、人類の移動と共に移動する。だから、欧州では、中近東から人類が移動してきて国家が成立したのだから、話し言葉は、その殆どが印欧語族から分枝したものだ。意外に思われるが、この地域に最初に生まれた文字は表意文字(楔形文字)だったが、文字を管理する王朝がアラビア湾から地中海に移ったため、表意性が維持できなくなり、文字は、次第に表音文字へと変化した。表音文字は、話し言葉の変化に従って変化し、そのため、欧州では、今では、数十の話し言葉と書き言葉に分枝したのだった。
それに対して、東アジアは違った。中国中原には、強力な中華帝国が発生したため、創作された表意文字は、有史以来ずっとこの帝国によってその同一性が維持されてきた。中国大陸は、欧州大陸とほぼ同じ大きさで、話し言葉は、地方間では意思疎通できないほどに分化したのに、不思議なことに、書き言葉ではそれが出来たのだ。それどころか、册封(属国)体制を執っていた周辺国にまで漢字は広がり、各国・各地方で読み方は違っても、意思疎通ができるようになった。いや、まあ、漢字の力は凄かった。
周辺国の事情を考えてみよう。影響が大きかったのは朝鮮と日本。当時、朝鮮では、北方からツングース系民族、南方から越人系の倭人(日本弥生人と共通)、その後、帝国(北朝系)から漢族が入り込み、半島地域の言葉は混交状態にあった。その後は、漢語がツングース系文法に強く浸透していくのだ。だから、朝鮮語は、日本語とも似ている。
なら、日本は、どうだったか。ウン万年前には、黒潮に乗って南島語人がやって来た。勿論、彼らは、南島語を使っていた。これが原始の大和言葉だ。次いで、越人が北九州に渡海してきた。倭人と呼ばれた。彼らの言葉は、大陸南方語を基本としていて、中華帝国語ではない。つまり、倭人は、大陸南方語を伝えたのだから、現日本語と浙江省語には共通語が多く、発音も似ているのだ。その後、朝鮮半島から漢人・朝鮮人が渡海してきた。こうして、日本は、大和系、倭人系の言葉の上に半島系語、大陸北部系語が覆い被さり、北九州から大和に至る地域で混交語が出来上がっていった。そして、これが、日本語の原形になった。
即ち、中華帝国の册封体制が完成すると、次第に、日本には和語文法の上に漢字表記語が被さっていった。つまり、例えば、「美」と書いて「ビ/うつくしい」、「馬」と書いて「バ/うま」という読みができていくのだ。余談だが、今、日本語は、「美」「馬」を止めて、「ビーティフル/うつくしい」「ホース/うま」が対応しているのと比況される。
和語の漢語読みに違和感はないか。思うに、多分、最初はあった。何で、「うま」のことを「バ」と言うのか、「美しい」を「ビ」と言うのか。だが、「美しくて立派な馬」を「名馬」というなら、言葉が簡潔でこの方がいいと思うようになっただろう。漢語が浸透し始めるのが平安末期から鎌倉時代だというから、この頃になると、漢語が日本語として認知されたと思われる。この時、日本語は、中国の植民地語(クレオール語)となった訳だが、漢字を使えば簡潔に表現でき、漢語は、植民地語から昇華し、新しい日本語が完成した。この時、漢字の発音は、英語と違い、一字一音だったことが大きく、受入れは容易だった筈だ。だから、今日の日本があるのだ。
更に考えてみよう。最近、英語崩れの片仮名語が日本を闊歩し、日本人はこれを受入れている。なら、片仮名日本語を将来の日本語として認知していいか。例えば、「美」を「ビューティフル」「ビューティ」などと読んで違和感がないものになるのか。あるいは、「馬」を「ホース」と読めるか。あるいは、「(有)名」を「フェイマス」だの「セレブ」だのと読めるのか。1千5百年前、こういう事をやっていた。だから、現代でも出来ない筈がないと言えるのか。現に、テレビの漢字クイズでは、漢語の当て字を、和語で何と読むか、という事をやっている。それどころか、人名は、戸籍法は読みの強制まではしていないから、自由な読みができ、住民票では、「勇者」と書いて「ブレイブマン」と名付けることも許される。現に、小学生の児童名は、難読文字が急増し、2割が旧来の読みでは絶対に読めず、5割が難読になってきたという。
また、最近では、「技術」と言わずに「スキル」という。「事件」と言わずに「トラブル」という。もう、漢字は使わない。こうなると、欧州で印欧語族の言葉が分散して数十カ国語に分化したが、日本語も早晩同じ運命を辿るか。ついでに言うと、「スキル」の複数形は何だ。「スキルス」か。分からない。「スキルス」とは「悪性の癌」のこと。平仮名ばかりならば、これらの言葉の判別が困難になる。英語で「トラブル」と「トラベル(旅行)」の発音の区別は、日本人には極めて困難。なら、日本語に英語発音が浸透すると、従来の日本語が崩壊するのは確実だ。
その言葉は、使う人がなくなれば死語になり、次第に消滅する。現に、アイヌ語がその運命にある。少し大きく見れば、人的交流が少ないまま地球上に人類が広がれば、言語は、発音の突然変異により次第にその種類が増える。こうして、欧州では、元の印欧語族の言葉が、数十に別れた。南太平洋のように海洋により地域が分画されれば、言葉の分化は加速度を増す。こうして、地球上に、5、6千の言語が出来たという。
反対に、人の交流が盛んになれば、言葉は統一される。つまり、弱小言語は、強大言語に吸収されていくわけだ。この状況が続けば、弱小言語は消滅する。太平洋の島々の言語は、今その風圧をまともに受け、現在、これらの言葉の9割は消滅またはその危機にあると言われる。
言語動向は、通常、自然の圧力でその動向で決まるが、現在の中国では、これが政府の強力な圧力の下に進行し、少数民族の言語が危機に瀕している。即ち、少数民族は、中国標準語(普通話)が話せなければ就職に大きな不利益を受ける。そのため、能力試験がある。日本に当てはめれば、東京語試験があり、合格しなければ公務員、学校教員、旅行案内人にはなれない。いや、そうでない。下働き要員にしかなれない。日本で九州人や東北人は、正規職員になれないという差別があるか考えてみると、その異常さが分かる。だけどそれをしないと、中国西部地域は外国になってしまう。
言語変遷速度は、どのくらいか。歴史を見てみると、インドは、英国の植民地になってからは、英語圏社会になった。フィリピンは、スペイン語圏から英語圏の社会になった。だが、よく見てみよう。本当に英語主体の生活をしている国民がどれだけいるのか。インドは5%、フィリピンは10%程度で、上流階級が対米国経済に使っている程度だ。中下流の国民が英語を知らないわけではないが、やはり、現地語ヒンディ語、タガログ語の方が生活に密着している。
欧米列強が何百年も植民地政策を実施しても、語源、文法、その他生活状況の違いから、欧米流の言語構造を受入れる基盤はとても小さいのだ。世界の言語数は激減したが、それほど大きな心配は要らない。
日本について言うと、島嶼日本では、2、3千年来、大陸言語の影響を受け続けたが、大和言葉の深層である助詞構造にまでは及ばなかった。つまり、言語の深層構造は、生活と密接に結びついていて、母系社会では、征服者である父の言葉はなかなか浸透しない。正確に言うと、生まれた子は、その後何年かは母親の下で生活し、母親の言葉を母語として成長する。また、大和民族は海洋民族の末裔で、海洋民族は、暑からず寒からずの生活、激しい殺合いの生活は好まず、言葉にもそれが反映してか、ほんのりとした情緒語である和語はなかなか消滅しなかったのだ。それどころか、大陸の影響が小さくなると、むしろ敬語、丁寧語が増えていくのだ。
纏め。言葉は、生活の必要によって生じ、人の移動に伴って移動する。類似言語の集団が出会せば、弱い言語は自然消滅する。言語差が大きければ、弱い方は、ねじれた第3言語(植民地語)となる。日本語は、このようにしてできた第3言語なのだ。最近の50年を見ると、日本語は英語に出会し、カタカナ語が氾濫して英語化してきた。
我々は、日本語がこのように植民地語化していくことを是としていいのか、問題が大きくなってきた。英語の不得意な日本人が、このまま将来も不利な戦いを続ける方がいいのか。むしろ、この際、日本語を放棄して英語に馴染んだ方がいいのか。それがいいと言う者もいる。が、それでは、将来の日本は、インドやフィリピンと同じ運命をたどる心配だが、それは、やむを得ないのか。
私は、こんなだらしない日本人魂には大反対だ。我々日本人が、政治経済面で、世界に冠たる地位を築こうとすれば、むしろ、日本語を世界語に育て上げるべきだと思う。
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2、日本語を世界語にしよう
目 次
1章 言葉の発生と消滅
1、言葉と文字の発生
2、世界語と植民地語
ⅰ アッシリアの文字 ‥‥世界で最も古い文字
ⅱ 欧州の覇権概観
ⅲ ギリシア語、ラテン語 ‥‥ヨーロッパ言語の基礎
ⅳ ポルトガル語、スペイン語 ‥‥初期世界を支配した
ⅴ 英、仏、独の覇権争い
ⅵ 外国語の受入れ‥‥覇権国語を受入れるのが好いのか
ⅶ 電脳言語、ウインドウズとリナックス
ⅷ 世界言語への取組、中国の野望
3、表意言語と表音言語
ⅰ 表意言語と表音言語の特色
ⅱ 高度の筆記には、表意文字が断然有利
ⅲ 日本語は、世界最高の筆記言語だ
4、言葉の消滅
ⅰ 琉球語の消滅
ⅱ アイヌ語の消滅
2章 日本語の崩壊
1、表意言語の放棄
ⅰ 平仮名化の危機
ⅱ カタカナ語の氾濫
ⅲ 旧漢字の復活
ⅳ 丁寧語の氾濫
2、英語混じり文の冗長さ
ⅰ 英語の日本文法への影響
ⅱ 何で英語交じり文にするのか
ⅲ 帰国すると、日本語が分からない
3、政府自ら自国語を潰す愚かさ
ⅰ 国会議員の言動
ⅱ 翻訳調の学会文書
4、識者は、日本語を守れ
ⅰ 国家の役割、表意語の創造、簡明な記述
ⅱ 日本語国際語化の識者会議
3章 明日の日本語
1、中国表記は、最良のお手本だ
ⅰ 話し言葉と書き言葉
ⅱ 書き言葉は簡潔に
ⅲ 中国語を見習おう
2、世界語の要件、単純化、統一化
ⅰ 世界語を目指すために
ⅱ 漢字の簡略化と読みの統一
ⅲ 送り仮名は、なるべく少なく
ⅳ 語尾変化の可及的統一
ⅴ 助詞「が・を」「な・に」の使い分け
ⅵ 名前用漢字の拡大を防げ
3、必要な漢字と読みは創ろう
ⅰ 「私、あなた」は、「我、你」に
ⅱ 「自、従」の日本語訳を創ろう
ⅲ 理科離れは、理数系漢字への無策
ⅵ 対になる言葉は漢字で書こう
ⅴ 扁と旁の統一化
4、送り仮名の柔軟化
ⅰ 送りの必要性の歴史
ⅱ 送り原則の変更と多様化
ⅲ 自動詞・他動詞、受け身・使役
ⅳ 複合語の送り方
4章 漢字電脳の世界席巻
1、電脳を支配した英語
ⅰ 電脳の開発過程と日本
ⅱ ウインドウズに振回されて
ⅲ 表意文字による電脳程序
ⅳ 電脳程序と日中競争
2、リナックスの反逆
ⅰ 当時の日本の状況、トロン構想
ⅱ リナックスの発展
3、中国の野望、漢字電脳を創るか
ⅰ 中国の電脳、黎明期
ⅱ 中国の電脳の発展・現状
4、日本よ、中国に負けるな
ⅰ 2バイト系言語を開発しよう
ⅱ 英語でなく、漢字を程序言語に
ⅲ 漢字程序のために中国との協力
5章 漢字簡略化の検討
1、中国簡体字は、95%読める
ⅰ 中国簡体字は、なぜ読みやすいか
ⅱ 日本漢字の改革の方針
ⅲ 日本人に読みにくい簡体字は300字
2、日中同一漢字一覧
ⅰ 実質同一漢字 ‥‥難度ゼロ、1350字
3、日中相違漢字一覧
ⅰ 難度1の漢字 ‥‥類推容易、200字
ⅱ 難度2の漢字 ‥‥常識的な字、100字
ⅲ 要学習文字 ‥‥難度3、100字
ⅳ 簡単な発音の借用‥‥難度3、20字
ⅴ 別文字の発音借用‥‥難度4、50字
ⅵ 類推困難な字 ‥‥難度4、80字
4 日中漢字の変更比較
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