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中国のぼったくり旅行事業
私は、8月末中国・河北省を団体旅行してきた。余りにもひどいぼったくりに、ここに筆を執らざるを得ない。
1、中国の団体旅行
中国で観光地を旅行するには、列車の切符を確保するのが困難なため、長距離でも集団バス旅行が盛んだ。特に、少しでも地方の観光地点を多く回ろうとすると、小回りのきくバス移動にならざるを得ない。さらに注釈すると、列車は、1時間2時間の延着は当り前で、しかも速度が遅いので、最近高速道路が整備されてきたのでさらにバスの方が遙かに便利なこともその背景がある。
私は、北京駅から河北省・承徳、内蒙古草原、秦皇島・山海関への集団旅行を申込んだ。
集団旅行の料金は、気をつけねばならないのは、契約料金は、鉄道その他の運賃、名所入場料、ホテル料金、決められた食費のみの料金でその他の料金は含まれない。いいじゃないか、それで。それがトンでもない加算料金がかかる。ホテルには、外国人料金の差額、入園後の全ての費用、別館費用は勿論のこと、主に園内の電動車・船などだ。これらの費用は、通常はいやなら止めればいいからそれほど多くない、通常なら、百元(1300円程度)程度で済むはずだ。私は、以前中国に滞在した経験からそう考えた。
で、今度はどうだったか。基本料金は1700元(2万1千円)だったが、現地では外国人は三星以上のホテルが必要だと言うことで、基本料金が2600元(3万3千円)になった。後で分るが、これは嘘で、単なる5割増料金だった。さらに、他の別料金が1000元以上かかり、総額で4000元の旅行費になった。
次は、入園料金。これが極めて割高で、100元(1300円)以上もする。京都の清水寺や金閣寺でも、5、600円程度。明らかに、現地まで来た者への足下を見た料金だ。だが、歯ぎしりをしながら、ぼったくり料金を払わざるを得ない。最近の入園料は、5年ほど前の料金と比べると5倍ほどになった所は少なくないから、100元にはある程度我慢せざるをえない所がある。
次は、今次の驚きのぼったくりを話そう。
2、出口は、別の所にあるから電動車に乗れと
最初の目的地は、北京から200キロほどの承徳。列車で4時間半。承徳は、「避暑山荘」が有名で、清朝の歴代皇帝が避暑地にした狩りなどができる城壁付の広大な丘陵地帯で、後のことだが、毛沢東が好んで避暑したところだ。さらに、近くに「普寧寺」がある。
避暑山荘の入園料は、120元(1500円)。入口を入り、いくつかの建物を過ぎると、丘陵への山道に差しかかる。と、ここからは遠いので電動車に乗ってください、料金は、その先で船に乗り、さらにまた電動車に乗るので150元(2000円)です、と。冗談じゃない。何のために丘に登るのか、私が渋っていると、山道は歩けば6時間かかり、日没までに帰れないし、出口は、遠い所にあり、ここから歩いて3時間かかるから、出来るなら皆んなと一緒に行ってほしいとの説得を受ける。そういわれると、言葉の不自由な日本人は、他人に迷惑を掛けるわけにも行かないという気持になる。他の中国人は、余の高額に不満を漏しながら、渋々財布の紐をゆるめた。別の中国老人が、自分も行きたくないとゴネたが、結局、折れざるを得なかった。余談だが翌朝、この人と話をする機会があったが、中国のこの観光政策を嘆いていた。相当の知識人で、娘は米国で医者をし、息子は輸入関連の仕事をしていると言った。
後で分る。出口は、入口から1キロちょっと離れた所にあった。何が3時間なものか。そもそも、入口と出口を何で別の所にするのか。勿論、強制的に電動車に乗せるために細工に他ならない。日本なら、俺は電動車に乗らない、と言えば入口まで迎えに来てくれるはずだ。
次はホテルの話をしよう。市内から10キロ近く離れた所に連れて行かれた。近くにアパートがあり、その外れの丘を造成して作ったホテル。入館して驚き。部屋には暗い電灯が1つ。他の電灯は全て故障していた。トイレのシャワーは、シャワー・ヘッドは壊れていて、たらたらたらと湯が出る程度。こんな所が何で600元(8000円)もするのか。
頭に来たので、服務員を呼んで修理させたが、どうにも直らない。電灯が2つになっただけ。そして服務員いわく、晩は私1人で対応するので、色々は出来ないと。ホテルは、昼間に営業するのではない。こんなホテルなら、どう見ても、日本円で評価しても500円はしないだろう。
次の朝は、仰天のやり方を見た。私が部屋を出ようとすると、服務員が入ってきて、私が晩に使ったタオルをそのままタオル掛けにかけ直したのだ。ええっ、そうすると、自分は、その前の晩のタオルの乾き直しを使っていたのか。
3、内蒙古の草原には、各種の遊具がありますから、と
3日目、今日は、内蒙古の森林と草原に行きます、と。山道を100キロ走ることになる。無限の森林と草原。わくわくする。だが、ここほど、頭に来て旅行が嫌になったところはない。ぼったくりの域を超えていた。
3時間ほど行くと、森林の入口に差しかかった。入場料120元(1500円)。中国の公園に入るには、山麓で料金を取られるので仕方がない。2、30キロ行くとまた検問所で、また入場料を120元取られた。いわく、ここからは内蒙古に入るから、別料金になる、と。冗談じゃない、これだけで、一続きの公園じゃないのか。日本で言えば、京都市内から北山方面に抜けるのに、金閣寺の先で3000円の料金を取られる勘定だ。
草原到着。ここから先は、ジープに乗るか、馬車に乗るか、また色々遊具があるので、自由に遊んでもらって結構ですよ。何にもない草原の中の中国陸軍の軍馬飼育施設の前。
料金を聞いて仰天。1時間60元。馬に乗って写真を撮るだけでも60元。時間は4時間あり、何かに乗らなければ、時間が保たない。私がバスからジープに換えても無意味だ、俺は、草原を歩きたいと抵抗すると、草原へはジープか馬車しか入れないと断られた。仕方がなく、もう一人の中国人と馬車に乗った。2人・2時間だから、240元だった。
現地の御者に聞いてみる。これで、あなたの受取りはいくらか、と。2人分もらえるから160元だと。本当か、現地人の給料は多くても時給10元だから、そんな事があるのか。にわかには信じられない。後で、なるほどと思うことがあった。
次は、ホテル。事前に聞いていた。旅行会社が、好くないですよ。そうだろうなあ。
料金は400元(5000円)。承徳にも増して悪かった。夕方に着くと、受付は真っ暗。服務員はいない。探しだして、部屋に連れて行ってもらう。暖房器具は、何もなかった。寒くて、シャワーには入れない。
その付近の内蒙古は、最高で海抜高度2千メートル。ホテルのあるところでも1500メートルは超える。夜は、夏でも寒い。服を着て寝るしかない。500円どころか、300円だ。
4、秦皇島・山海関、海鮮料理はまあまあか
4日目の昼過ぎ、高速バスで秦皇島に行った。200キロほど。高速道路があるので特に不快感はなかった。2時間ちょっとで着く。
秦皇島は、始皇帝と関連のある街で大きな街。目の前は、海岸で行楽地。泊ったホテルは軍関連の施設で、軍のアルバイト施設。料金は600元。まあまあだった。初めてホテルらしいところに泊った。夜中に、大声を出す者がいた。軍隊の訓練だった。いくらか高いと思ったが、まあ、常識の範囲だろう。
記念だと海鮮料理を食べたら200元(2500円)。だが、別の食堂で食べると100元程度で、同じ物でも値段はピンからキリまであった。余談だが、この街にはロシア人が非常に多かった。行楽地は競争が激しく、全体として我慢のできる所だった。
次に、「山海関」に行った。単なる関所かと思ったら凄いところだった。山海関とは、万里の長城の東端で海に接したところだった。いや正確には、本当の東端は「老竜頭」という所で、海に突きだした突堤になっていた。実は、私が河北省に行ってみたくなったのは、実は、山海関が見たかったからだった。高さ12メートルくらいで幅10メートルくらいの長城になっていた。上ってみると、土産物屋が軒を連ねていた。北京の「八達嶺」に優るとも劣らなかった。余談だが、100元(1300円)の切符だと言ってもらった切符は、40元の物だった。差額は、手数料として消えたのかな。そうだ。
帰りは、新幹線で帰った。距離300キロがちょうど2時間だった。快適快適。
5、何故、ぼったくれるのか
私は、1996年から中国に行き来している。その中で、不思議に思っていたことの1つが共産党と旅行社の関係だ。今次の旅行でその謎が解けた。
共産党の市本部に行くと、そのビルには必ず旅行社が同居していた。何でだろう。銃を構えた厳めしいビルの中で、共産党と旅行社は一体どんな事をしているか。ひょっとすると、旅行、移動が必要なのは地方政府幹部だから、その便宜を図っているのか。
次に気づいたのは、観光地に行くと必ず共産党の事務所がある事。こんな貧しい村に何で事務所がなんで必要なのか。いや、ひょっとすると、観光業は意外に儲るのかも知れない。そんな事を考えるようになった。
2007年頃、政府は、観光業の発展のために全国で700カ所の入場料を廃止するという宣伝を始めた。それまで、博物館は50元(600円)くらいだったから、何と太っ腹だ、と思っていた。いや、早合点。観光地の寺院の入園料が2倍くらいになった。そうか。ここで、収支の帳尻を合わせることにしたのか。それが、今までの感じだ。
そして、今次。10年前に20元くらいの入園料が今では100元くらいになっていた。そして、最近では、ホテル代が上がり、2倍くらいになってきた。
そこで、はっと気づいた。今次の承徳の電動車への強制誘導。入園料(120元)が高い上に、そこまで行けば他に行くところがないから、もう逃れられない。さらに150元払って更に奥に行くしかない。考えてみれば、こんなえげつない事が出来るのは、他に競争業者がないからだ。そして、その最高の形態が内蒙古の草原でのジープか馬車への強制。その際、歩いてでも芝生には入らせないという言分。どちらが草原破壊かは歴然で、狂気の沙汰としか言いようがない。
そこで、また思い出すことがあった。承徳の駅にあった、私企業は共産党の赤旗をはためかそう、という横断幕。単なる標語だと思っていたが、実は違うのだ。共産党に服従すれば、法外な利益を保証するというのだ。その一つの例が、馬車の御者。通常の賃金の5倍以上を保証している。ちなみに、少数民族の地方の土産物屋の物価、以前と少しも変らない。そうなのだ。共産党の旗を振るとはこういうことを言うのだ。そう考えて初めて、御者の高級が解釈できる。
付言すると、最近の収入の伸びは、チベットが最高だという。そんな事があるのか。農業ができず牧畜業しかできない所で、なんで収入がうなぎ上りなのだ。いや、2007年にはチベット鉄道ができ観光業が盛んになってきたというが、そんな事で、チベットの屋台骨を支える収入があるのか。私は、チベットの発展に中国政府が大いに貢献したとの宣伝だとばかり思っていた、が違うのだ。
そう、チベットに行けば、共産党系の旅行社が造った施設を使わなければ、もう身が保たない。そうして、旅行社に、暴利どころか、ぼったくりを許しているのだ。私は、寝ながら考えていると、こんな事が頭を駆け巡った。余談だが、重慶市の最高幹部の薄熙来、彼の妻・谷開来は殺人罪で起訴されたが、他にも5000億円の蓄財をしていた。この5000億円はどうして貯めたか。観光事業、工場誘致とうから賄賂を得た物に違いない。今次の旅行から、こういう事が見えてきた。
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中国事情、事件等
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心配された事実が起きた、中国漁船の領海侵犯
9月8日、中国漁船が尖閣諸島付近の領海を侵犯したということで、日本の海上保安庁に逮捕された。それを受けて、中国国民が在北京日本大使館に大挙してデモをかけてきた。この事件は、日本側に行きすぎがあったのか。考えてみよう。
事件の背景。今夏以来、尖閣諸島付近では、中国漁船が1日に70隻、多い日には270隻も違法操業してきたという(読売新聞)。海上保安庁は、蜘蛛の子を追い払うように追い払っていたが、ついに今次の事件に相成った。
この漁船は、追尾される時、単に逃げるだけでなく、ジグザグに逃げ、巡視艇に当て逃げしたという。こんなやり方をすれば、国際的には、巡視艇に発砲されても仕方のない所だ。
それが北京ではどうなっているか。「我が国」の領海内で、日本巡視艇が漁船に非常に危ない方法でぶつかってきて、我が漁船を逮捕していった、と。
それは、事実か。日本巡視艇は、装備も大きさも遙かに大きい船なのに、なりふり構わず逃げ回る1隻の漁船を捕まえるのに3時間もかかっている。人道的配慮から、発砲しなかったからこういうことになったのだった。
1、そもそも、尖閣諸島は、中国の固有の領土か。
1970年までは、中国は、日本に対して、自国領土の主張をしたことはない。その頃、東シナ海で有望なガス田が発見されるや、自国領土を主張し始めた。それ以前の中国の地図には、尖閣は、はっきり日本領土になっていたが、以降急遽、それを改めて、中国国民に尖閣は自国領土だとの教育を始めた。
2、中国近海は、全て中国領海だと教育
漁船員を初めとして、尖閣に、日中間で争いが起きたとは教育していない。学生に聞いてみると、中国政府発行の地図に疑問を持つ者は一人もいない。もし、こんな状態で、尖閣が日本に実行支配されているという自体を知ったらどうなるか。即時奪還せよ、となる。
「即時奪回」は、学校教科書には書いていない。だが、なぜ、中国学生は、尖閣は勿論、沖縄まで元は中国領だと教育されるのだ。そう、陰の教育者がいるのだ。学校の共産党教員がそう教育している。私は、多くの学生からその事を聞いた。尤も、彼らが私たち日本人に敵意を持って「日本は領土の潜奪者」だと言っているわけではない。ただ、そう教えられた、というに過ぎない。
3、中国では、デモは許されない、だが官製デモがある
中国では、労働者、国民の意見を封じるために「デモ」は許されていない。だが、それでは爆発する。そのため、地方政府の一つの窓口に、苦情処理係を儲けて何とか乗切ろうとする。それが巧く行かない時は、しばしば流血を伴う暴動に発展する。大きなものは、年に数回起きる。
だが、何で、今次、北京で日本叩きデモが起きたのか。そう、政府がデモを許した、いや、学生その他活動家を扇動して、起こしていたのだ。その証拠に、警察は、在北京日本大使館に押しかけたデモ隊を排除せねばならないのに何もしていないのだ。
ついでに言おう。私は、2005年の日本叩きデモの時、上海にいた。中心の人民広場での地下鉄降車はできなかった。一駅前から降りて歩かねばならなかった。そうしておいて、中では、デモ隊のやり放題のデモだった。これが、何で官製デモでないのだ。また、あの時、上海の日本人飲食店は、散々破壊された。政府は謝るどころか、お前らが悪いのだ。勿論、その修繕費は、店舗持ちだった。在上海日本領事館だけは、何ヶ月遅れで、中国政府が修繕費を出した。
4、指令は、共産党網で行われる
デモの指令がどこから来たか、私は知らない。だが、分かる時がきた。オリンピックの時だ。学生に指示メールが来た。聖火隊を守ろう、と。と、その学生は、次の朝5時に出かけていった。私は、この学生メールを自分の目で見たので、確実だ。
あの時、中国非難(少数民族抑圧)のデモが世界中で起きていた。そのため、外国では、聖火がまともに実行できない所があった。中国国内では、そんな無様はできないと、学生、労働者を大量動員して、さも中国では誰一人妨害者はいないとの報道をさせようとしたのだ。つまり、沿道にいたのは、一般市民ではなく、共産党本部から名指しで動員された者だったのだ。尤も、全部かどうかは分からない。主要な所では、邪魔が入らないように被動員者だったことは間違いない。
5、こんな国際法無視の国には、力で対処し、国際教育するしかない
日本は、中国政府に扇動された漁船によって経済水域ばかりか領海まで蹂躙されている今どうしたらいいか。
もう、少し手荒ではあっても、少しでも抵抗する者は、逮捕し、罰金を科し、帰りには、国際常識を教育するしかない。
ちなみに、私が中国にいた時、もめ事が起きた。事件は、学校理事長が学生を騙して金を巻上げた事によって起きた。日本人10人が学生を支持した。とどういう事か、「中国公安」がやって来て、「外国人は、中国の国内法に従え」「従わない時には、処罰する」との脅し。「そんな事は、分かっている。事件を調査しにきたら、本論に入れ」、誰かが叫んだ。「うるさい、黙って聞け(←日本語)」と脅しをかけ、トンでもない話を30分もして出ていった。これが事情聴取だった。
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中国・ホンダ工場で乱闘騒ぎ、結果は
中国広東省・仏山のホンダ自動車工場で、5月26日、賃上げストがあり、スト解除を巡って弱者側(従業員)と強者側(組合員)が乱闘騒ぎになり、弱者側が殴られるという事件が起きた。被害者は、7、8人と報告され、現場に居合わせた警察官は、見て見ぬ振りをしていたとのことだ。
私は、この様子が手に取るように分かる。これと似た経験を、上海の日本語学校で経験したからだ。
1、中国労働者にスト権はない
一般に、中国では、労働者にスト権はない。デモをする事もできない。ただ、工場内は、外からは見えないから、常識の範囲では黙認されている。私がいた日本語学校でもそうだった。
あれは、2003年の新型肺炎が起きた時のことだ。理事長が、それにかこつけて、何の非もない学生200人を退学処分にし、それだけじゃない、学校日数を1ヶ月も短縮してしまったのだ。怒った学生は、理事長を吊し上げにかかった。我々日本人講師は、理事長に無茶くちゃだと言ったが、何の何の。日本人の中にも、理事長はと反理事長派に別れた。とにかく、我々は、うっかり手を出そうものなら、逮捕されるかも知れないと、ただ見ているだけ。我々は、新聞社、テレビ局、教育局(監督官庁)に嘆願を出した。
このような労働争議をしたところで、自分たちの権利が護られる可能性はなく、争議に発展したのならば、相当ひどい労働条件だったと思われる。一般に、広東地方の労働者は、四川辺りから出稼ぎに来た者が多い。四川の人は、広東に出た方が近いからだ。四川の賃金は、無茶くちゃに安い。なら、広東では、そういう労働者を見越して、上海と比べて、賃金は非常に安いようだ。私が直接労働者に聞いたところでは、半分くらいのようだ。
2、懐柔が始まった
ホンダ工場では、懐柔が始まった。よくあることだ。
我々の学校でも始まった。弁の立つ学生を落としにかかる。巧く行かないと、暴力団を連れてくる。我々の所には、ある時、20人ほどよからぬ者が入ってきた。本当の暴力団は、その半分くらいだった。後は、別の仕事場から集めてきた、いわばにわか仕込みの者だった。
ウウも、スウもない。首謀者と見られる学生の部屋に乗り込み、「逮捕」「証拠品集め」。学生は、車に監禁して、泥を吐かせる、とまあこういう事をやった。その次の日から、ヤクザ6人が常駐するようになった。学生は、その者には相手にせず。というより、玄関先に立ってる彼らの前は、小走りで通過。とにかく怖かった。勿論、我々も、小さくなって通過した。
3、交渉決裂
労働者の(違法)ストは、当局の監視の下に行われているので、いつ何時、労働者は逮捕されるかも知れない。常に、そんな気持ちだ。
我々の学校は、こうだった。まず、日本人を学生側から剥がさねばならない。関係当局の公安係がやって来た。開口一番、「中華人民共和国に来た者は、全て本邦の法律に基づいて行動しなければならない」。「法律を破る者は、‥‥の罪になる」。我々は、「分かった、本論を始めてくれ」。それでも止まず、30分ほど説教をしてから、やっと事情聴取になった。余談だが、「本法の法律云々」は、常套手段だ。日本人が被害にあって、当局に訴えると、まず最初にこのセリフを出し、我々を萎縮させてしまう。
そういう事からすると、ホンダ工場でも相当激しく懐柔があったと思われる。
それでどうなるか。我々の話合いの続きをする。理事長が嘘を言った。そんな事はあり得ない。私は、それを見ていた、とある日本人が言った。いや、自分が来た時は、うんぬんと理事長。そこで、なら、証人を呼ぼう。
いや、まあ、驚き。学生は、自分たちは、被害者なのに、理事長の前では、何も言えないのだ。ただ、じっとしているだけ。喋るのも僅か。そして、後になって、我々の前に泣いて謝る状態。我々日本人は、権力者の前では、何も言えない学生にどれだけ驚いたことか。裏返すと、そのように教育されているのだ。
4、実力行使
この段階まで来ると、労働者側も、段々腹が固まってくる。最後まで戦うか、妥協するか。
その前に一つ言いたい。中国では、こういう集会をする時は、名簿に署名する。そして、交渉が巧くいった時は、署名した者のみが恩賞にあずかる。日本のように、そこにいない人には、交渉の恩恵は与えられない。この点は、皆んなしっかり覚えて頂きたい。だから、集会に参加することは命がけなのだ。これは、学生集会をし、名簿を作った時、学生から聞いた。
さあ、実力行使。こうなると、心配な者は逃げる。多分、ホンダ工場でもそれがあった筈だ。
我々の所は、デモは法律でできないから、バスで、当局に嘆願に行くことになった。この時、警察関係者2、3人、教育局責任者5人がやって来た。朝8時にだ。そして、外には、黒塗りの車が10台くらい並んだ。多分、関係官庁だっただろう。
学生達が、集会を開いて、歓声を上げた。そして、玄関を出ようとした時だ。教育局員が、止めろ、止めろ。正に、止めにかかった。学生は200人、局員はどうすることもできなかった。まあ、こんな事で、実力行使が始まった。
そこへ、理事長が、ちょっと待ってくれ、お前達の要求をのむから。これで、騒ぎは収まった。だが、金は、最後の最後まで、払わなかった。何故か、前年にも騒動があり、理事長は、金員の変換を約束しながら、最後は、誰にも一銭も払わなかったからだ。理事長は、多分、その行動を予定したのだろう。
5、乱闘騒ぎ
労働者で、懐柔された者は、職場復帰したとのこと。組合は、後に反撃のために、証拠写真を撮ろう。これも我々の所でもあった。
集会は違法であるから、写真を撮られたら敵わん。労働者は、写真班に迫った。写真班は、最も当局に通じた者だから、その写真が撮れなかったら、証拠が取れない。なら、頑張ったはずだ。警察官が傍にいるのなら、何の心配もなく写真を撮り続けたはずだ。思い出す。50年前の日本、警察官が写真を撮ろうとすると、学生、集会参加者が怒って警察官を袋だたきにする事件が起きた。中国でも同じだ。ここでは、写真を撮っているのは、工場内の別の班だから、喧嘩は、本物だったと思われる。
よし、やったな。組合側が仲間を呼びに行く。もうこれからは、労働者側に勝ち目はない。警察がおれば、安心して、暴力を振るっていく。警察がいないところで事件が起きるのじゃないか。そうじゃない、警察官は、組合側が負けないか見ているだけ。もし負けるようならば、外で待機している機動隊(武装警察官)に応援を頼むのみだ。私は、労働者側がここで負けたのが幸いだったと思う。もし、機動隊が出動するようになれば、死者も出たはずだ。広東州で起きた暴動では、70人の死者が出たことがある。
6、日本人も危なかった
我々は、事件になることを心配して、日本領事館に予め電話を入れておいた。よかった。心配は中った。日本人が説得に応じないと見るや、ヤクザと公安警察5人ほどで、日本人を逮捕に来たのだ。「助けてくれ」、電話は領事館に直ぐ通じた。領事の仲裁で、彼らは逮捕を諦めた。いや、もう、彼らの怒りと落胆振りは、今でもよく思い出す。
私は、こういう事件を目の辺りにしたので、中国公安員のやり方がよく分かる。嘘じゃない。
以上、広東州、ホンダ自動車工場の乱闘騒ぎをこんな風に推量してみた。
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中国では、筆禍が続くようになった、その先は
香港の新聞社は、中国・山西省で3月に起きた予防接種禍で子供100人が死亡したり後遺症が残った児童がいたと新聞報道をした編集長が首になったが、これは筆禍だと報じた。この種の事件は、ここ10年頻発してきた。
何で、事件を隠したがるのか。中国の衛生業務に欠陥があることを知られたくないの事は論を待たない。他に何かないか。私には、このところ、中国国内で浮浪者が増え、これが国内不安を呼び、大規模暴動になることを恐れているのじゃないかと思う。
それともう一つ。この5月から、中国政府は、中国進出の外国企業に対し、自社の秘密を開示しなければ、国内操業をさせないぞという措置をとった。こんな無茶くちゃは、過去、如何なる時代にも、どの国もやったことがない暴挙だ。これをやろうとするのだから、外国との摩擦は当然大きくなる。報道規制を強めている背景には、この外国からの非難を何としてでも防ごうとするものじゃないか。
日本では、この中国の国際経済を混乱する横暴振りは余り報道されていないが、今後恐ろしいことが起きそうだ。先のグーグルの中国撤退は、その前兆の感じがする。
1、筆禍事件
北京オリンピックの時、外国人記者の拘束は目に余った。四川地震の時も同じ。最近では、青海地震も同じだった。毛沢東時代の中国は、凄かった。我々が知り得た情報は、中国洗脳者の情報だけで、正しいかどうかは全く分からなかった。我々は、かなり沢山騙された。
だが、今日、経済的利益を追求しようとすると、どうしても外国人に来て貰わねばならなくなる。そうすると、どうしても情報が抜けてしまう。その人に知られるのは、仕方がない。他には漏れないようにしよう。そんな感じが強い。外国報道各社には、中国に対する「忠実義務」を誓約させた。つまり、新聞各社は、「中国の不快事実はかかない」という誓約書を提出しないと取材の自由がないのだ。現代流の言い方をすれば、国民、外国人には「知る権利」は、一切保障されていないのだ。
2、浮浪者の増加
いや、もう、最近の浮浪者の増加。10年前の10倍では聞かない。私のいる田舎町でも浮浪者は、確実に増えている。デパートの前、停留場の前、人の集まる所には、乞食のいない風景はない。そのくらい増えてきた。裏返せば、食えない人がどれだけ居るか分からないのだ。そのくせ、街は、ビル建設ブームで景気は過熱どころか、超えている。これを一般に貧富の格差の拡大などと言うが、とてもそんな形容詞で済む状態じゃない。
ある人は、2億人くらいが限界状態に達しているのじゃないかという。率にすれば、国民の15%だ。低賃金者は、理屈から考えてやはり2億人くらいはいるだろう。合わせて、30%だ。国民の30%が貧困に喘ぐ、そんな状態が中国の現状だ。
なら、犯罪は増えていないか。それは、全く分からない。なんで、報道されることはないからだ。ただ、私は、感触として、凄いだろうなあ、と思うだけだ。ちなみに、6年ほど前上海にいる時、目の前で、4回ほど、すり、ひったくりを目撃したことがある。自分自身も、その頃、4、5回被害に遭っている。上海に来て、被害に遭わない者は少ないといってもいい。ある時、職場で、意見を聞いたことがあったが、過去に1度でも被害に遭った者は、8割に達した。
3、日本企業なら、秘密を奪っても構わない、だが
今次の「企業秘密提示法」に、日本企業は、恐れおののき、どうしていいか分からない状態にある。いい技術を持っている企業は、早くも撤退を検討しているという。なら何が起きるか。そう、工場閉鎖。従業員解雇だ。
その次は、言わなくても分かる。今まで、技術者として日本企業で働いていた者が一瞬にして解雇になるのだ。こういう人の生活は、月に1万元以上の給料をもらって、自社中国人の管理をしてきた者。一瞬の暗転だ。勿論、一般労働者の解雇もある。先のリーマンショックでは、広東地域では、2千万人が職にあぶれたという。
彼らが騒げばどうなるか。暴動か。暴動は起きないだろう。彼らは、技術を持っているから、そんな事はやりたくない。そうすると、ブログなどに政府の無策をなじるだろう。真っ先に動く者は、乞食、低所得者。怖いぞ。彼らは、捨てる物がないだけ、何をするか分からない。その時、マスコミが真実を報道したらどうなるか。そう、革命が起きるかも知れない。今の底辺層30%が、40%になったら、さすがに中国中央政府は、国民の怒りを抑えられないだろう。
4、日本の経済混乱、もう、そこだ
こんな状態が生じたら、日本経済はどうなるか。日本経済は、中国の低賃金にどっぷりつかり、日本の大企業を中心とした海外進出企業は空前の利益を上げてきたが、これらの企業に計り知れない打撃を与える。まさか。だが、そのまさかは、刻一刻と迫りつつある。
最近、ギリシアが破綻し、その影響が出始めた。我々は、欧州のちっぽけな国、日本の大会社1社分くらいしかない国、と思っていた国の破綻が、いよいよ現れてきた。ドルが下がった、ユーロが下がった。博打経済の国・米国、その米国に、再び2年前のリーマンショックが来ないのか。
そうかと思っていたら、新聞論説に、危ない危ないと書かれるようになった。いや、日本は、大丈夫かじゃない。日本は、ギリシアより、財政状況は悪い。バラ撒きどころじゃない。緊急に国内生産の比率を上げる対策が必要になってきた。その具体的方策は、「福祉・産業振興税」の新設だ。
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中国軍艦の挑発行為を許すな
中国軍艦のヘリコプターが、4月8日、4月21日、日本自衛艦に異常接近し、挑発行為をした。また、7日から23日までの間に、軍艦と潜水艦で、沖縄と先島の間を我が物顔に往来し、太平洋で軍事演習を行った。
新聞報道によると、ヘリの接近は、現場軍人の独自判断だったとのこと。だが、軍事行動の途中に、敵艦に異常接近することが、自分の意思でできることか。それで、敵(自衛隊)が応戦でもしてきたらどうするつもりだったのか。
琉球列島の沖縄と先島の間には公海があるとはいえ、実質一連の日本の領域でこの部分が僅かに切れているだけ。この切れ目を航行することは、外国艦隊が通行する事は許されている。常識的に言うと、そういう敵の領域内では、もっと遠慮がち通るものだ。だが、今次の中国艦隊の通過は、日本にこれ見よがしの見せつけだった。
何故、こんな事をするのか。中国は、日本に俺たちの力をよく見ておけと言い、さらに、この5月から行う日本企業の技術丸剥ぎ作戦に口を挟ませないための圧力に違いない。
1、中国のやり口、南シナ海、1992
中国は、南シナ海を自国の領海だと自国法で定め(中国の領海法)、沿岸6カ国の沿岸ぎりぎりの所まで実行支配してしまった。ベトナムは、以前、中国に抵抗したことはあるが、もうその元気はない。フィリピンも自国沿岸に何か作っていたが、事実上、盗られたに等しい。
自国法で定めれば、公海上外国船がそれに従わねばならなくなる、こんな事があるのか。そんな事が許されるなら、太平洋をこれは俺の海と定めれば、自国の領海になってしまうことを意味する。現に、中国は、アメリカと交渉して、ハワイから西は、自国の領域にしようとしている。西太平洋で、アメリカ以外の国は中国に口を挟むことはできないのだから、アメリカが納得すれば、西太平洋まで中国の物になる可能性がある。
最近で言えば、米国が南シナ海で調査活動をしようと入った。どうなったか。ここは俺の領海だ、事前に承認を得よといったかと思うと、民間漁船を使って、調査妨害に乗出した。米国船は軍艦ではなかったので、自国船の繰出しは軍艦ではなかったが、南シナ海が中国の領海でも無いのに何でこんな事ができるのか。
考えてみるに、何で、中国漁船が米国に攻撃せねばならないのだ。まかり間違えば、逆襲にあう。となれば、漁船は、裏の組織で動かされていたとしか言いようがない。共産党組織だ。2008年オリンピックの時でも、共産党は大活躍した。特に目立ったのは、「聖火」だ。私の学校からも、メールが入って、朝5時から学生が狩出された。2008年と2010に中国・四川と青海で地震があったが、その時の半強制の募金活動は、共産党が裏から強烈に圧力をかけてやったものだ。私の所にも、ええ、おおっという所から募金の勧誘があった。喧嘩するには及ばないと、ちゃんと寄付している。この漁船も、確認した訳ではないが、100%間違いない。共産党が裏で動いている。
2、東シナ海も中国の領海になった、1992
中国の領海法により、日本の沿岸までを中国領とした。但し、中国は、当時、日本からの投資を勧誘せねばならなかったので、南シナ海ほど強引なことはしなかった。
思い起こしてみると、1970年以前は、中国は、「尖閣諸島」を日本のものと認め、その旨の地図も発行している。だが、その後は、その地図を回収して、自国領の線引きをしたものを流すようになった。それについて、中国政府は、「あれは間違っていた」との釈明をしたが、その理由は、政府の混乱で以前やったことには間違いもある、といった程度の理由を挙げるに過ぎない。地図を塗替えれば、自国の物になるとでも言うのか。
中国は、10年以上前から、東シナ海の油田開発に乗出してきた。場所は、日中中間線より5キロ程度中国側によったところだ。日本は、遅まきながら文句を言った。そんな事お構いなし。ここは、俺たちの資源領域だ、と。なら、日本も、日本側の調査を始めよう。調査船が出た。一瞬の出来事、中国は、軍艦を4隻連れてきて、日本の調査を妨害したのだ。軍艦の前では、調査はできない。日本は、力に押されて退却するしかなかった。
2008年、東シナ海のガス田交渉が纏まったように見えた。だが、彼らが中国向けに流した情報は、中国側の権益が確定されたようになっていた。そして、その中心である「春暁ガス田」では、中国法律が適用され、日本も中国国内と同等の資格で資本参加できるとしていた。この文を読む限り、日本から騙し取ったとしか思えない。勿論、日本の報道では、対等平等の権益を分け合ったことになっているが、中国情報では、微塵もそんな事は感じられない。
多分、これで、この地域は実質中国に盗られてしまった。
3、中国潜水艦の、日本領海侵犯2008〜9
中国潜水艦が、先島諸島辺りの領海を侵犯した。日本が抗議した。いや、地形誤認で日本の領海まで入ったようだ、と。謝るかと思ったら、そうじゃかなった。何もお前の所に害は与えていないじゃないか。僅かの航行の誤りに、ガタガタ文句を言うなだった。
それから暫くして、中国潜水艦が、日本の愛媛沖に現れた。気がついた時は、立去る時だった。何で、日本の領海を侵犯してまで近づくのだ。その頃は、まだその意図は分からなかった。
日本政府は、抗議したのか。しなかった。理由は、確認が十分じゃなかったからと。豊後水道まで、潜水艦を差し向けられるのは、中国をおいて他にない。調べれば分かるはずだ。それもやらず仕舞いで、日本権力者は縮こまってしまった。
4、沖ノ鳥島は、島とは認めない、だと
沖ノ鳥島は、日本の200海里資源保護区域として重要なところだ。そのため、日本は、崩れゆく島を守ろうと半径50mほどの防波堤を築いた。いや、もう本当に危ない島だ。100年ほど前は、2mほどの高さの島だが、いまは、50センチほどしかない。
中国は、早速噛みついてきた。それは、ただの岩で、自国の領海を定めるための島とは認められないと。冗談じゃない。沖の鳥島は、珊瑚礁で、干潮になれば、かなり大きな島になる。満潮になっても水没することはない。だから、これは、確実に島だ。
ちょっと待て、中国は、自国には、満潮時水没する島が、南シナ海の領海主張の根拠になっているのじゃないか。そうなのだ。南シナ海は、珊瑚礁の多い浅い海で、ここを漁業、軍事に利用しようと思えばできないことはない。現に、中国は、実行支配の現実をつくるために、高下駄を履かしたようにして、珊瑚礁の上に住居施設を造っているのだ。
それは、国際法上から見ても、全く島じゃない。なのに、それは島なのだ。そして、沖の鳥島は、島じゃないというのだ。こんな二枚舌を使っているのだ。
何でこんな二枚舌が通用するのか。日本が腰抜けだからだ。
今次の中国のこれ見よがしの軍事演習を見逃すのか。その次は、沖縄が危なくなる。現に、中国では、学校では、非公式に、沖縄は明治の前までは、中国の領土だったと教えているのだ。言葉も民族も違う沖縄、台湾も自分の領域であったことはないのに、何で沖縄が自国領だったのだ。いや、台湾は、日本が日清戦争で割譲させた土地じゃないのか。そうだ。だが、中国政府は、台湾を武力だって何だって、中国中央政府の領土となったことはない。つまり、台湾が独立国かどうかは、日本が植民地としたかどうかとは関係ない。台湾は、どこまでも台湾だ。いや、もう、東シナ海も焦臭くなってきた。
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