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中国・毒餃子事件(続き)
四 報道規制と農民の不満
中国では、バスに乗ればバス内に、タクシーに乗れば客席に、ある機関に行けばその玄関に、とにかく、どこへ行っても、どこかに監督電話の表示があり、不満を言うことができる。とにかく、たれ込み電話の表示が目に付く。また、無数の目安箱がある。なら、中国国民は、常に服務員に文句が言え、彼らは満足した生活が送れているのか。現実は、全く違う。不満は聞いてもらえるが、事態は全く変わらない。何で、そんなことになるのか。役人が汚職と腐敗にまみれ、監督機能が全く機能していない、の一語に尽きる。
2003年6月、私は、上海の苦情受付窓口に行った。学生の窮状を訴えに行ったのだ。驚き。あまりに人が多すぎて、玄関から中へ入れない。かき分けかき分け入ると、野戦病院の待合室みたい。立錐の余地もない。その人数たるや凄い。数百人はいた、と思われる。理事長は、こんなひどい事をしています。助けてください。分かりました。意外にあっさり要求を認めてくれた。被害状況を記入するには、20分もかかったのに、話は、ものの5分だった。これで、事件は解決するか。しない。書類を書けば、担当部署に回されるが、担当部署とは、不当処分を行った原処分庁。同じ所、同じ人に戻しても、ほとんど意味をもたない。
この学校の権限庁は、松江教育局。理事長は、松江教育局の元局長を自校の校長として呼び寄せているので、余程のことがない限り、松江教育局が学生を助けに来ることはない。ある朝、学生が騒いで騒動になった。そうすると、どういう事か、頼みもしないのに松江教育局から教育長以下5名の者が走ってきた。いや、もちろん、理事長を助けるためだった。近くの警察官も駆けつけた。やはり、理事長を助けるためだった。
なぜ、こんな事になるか。中国では、「長」にすべての権限が集中していて、部下は、首を覚悟しないと真実が喋れない。勝とうと思えば、さらに強い権限がいる。理事長は、上海教育局も買収していた。だから、学生には、もう、勝つ術はなかった。その後、私も逮捕されそうになった。だが、理事長は、日本領事までは買収できない。私は、逮捕は免れたが、賃金その他の権利は、すべて奪われることになった。呆れる。領事は、民事不介入、弁護士を紹介しましょうか、と。
今、中国では、政府発表で、年間10万件の苦情・暴動事件が起きている。内訳は、土地を奪われた農民事件、また、労働者の賃金未払い、労災の保障事件が多いようだ。特に、農民事件が多い。これはどういう事か。最近は、中国全土で開発ブーム。上海近郊でも、蘇州近郊でも、北京近郊でも、平地は、100万ヘクタール(千平方キロ)規模で開発されていく。幹線道路が縦横に走る。見渡す限り、向こうの端は見えない。私は、各地で見てきた。いずれ工業用地になる。日本で言えば、1960年頃からの所得倍増政策、さらに、1970年頃からの列島改造。いいじゃないか。農民は、儲かって儲かってしょうがない、のじゃないか。じゃない。一見そう見えるが、実は、中国では、農民は只で土地を取上げられ、裸のまま、寒空の放り出される。まさか。だが、本当なんだ。中央政府から地方政府に、補償費が送られてくる。あるいは、土地を買収した外国企業から金が入ってくる。だが、この金が農民には渡らないで、悪徳政府役人のポケットに入るのだ。農民は、それを、地方・中央政府に訴える。上海の苦情処理窓口に押しかけた人は、大半がそういう農民だ。私の推測だが、上海での経験は、間違いなく一つの例だ。湖南省・長沙では、はっきりと、裁判に訴える農民の姿を見た。彼らは、立看を用意し、それに、自分たちの土地は香港の企業に売られてしまった、と書いてあった。私は、恐る恐る、離れたところから、その様子を写真に収めた。うまくいけば、それで事件は解決する。だが、役人は、警察、軍隊、やくざを使って農民を弾圧する。この時、農民が抵抗すれば死者が出る。広東省では、死者が出た、との報道が何回となくあった。広州は、今、中国で最も熱い。湖南省南部は、中国でも役人の腐敗が特に進んだところ。農民運動は、結局、警察、軍隊に弾圧され、事件解決にはほど遠い。私を殴ってきた共産党幹部の娘も、この地区の居住者。事件が報道されることはほとんどない。いや、報道させない。ある時(2007)、重慶で警察官が路上生活者に暴力を振るった。周りの者が騒ぎ、千人単位の暴動に発展した。それが、日本で報道された。その地区は、まさに、私の知っている学生の居住区。一キロと離れていない。早速電話してみると、知らないと言った。テレビで、今次の毒餃子事件を知っていますか。北京市民は知らない、と言う。こういう事が、役人の腐敗を加速させる。
農民は、自分たちの不満を訴えたくて仕方がない。聞いてもらわねば、気持ちが収まらない。だが、その機会はない。はっきり反旗を振れば、死を覚悟。結局、農民の戦いは、陰湿化せざるを得ない。石家庄に、農民の不満運動はあるか。それは、分からない。石家庄は、汽車の終着駅で、かなり大きな地方都市。北京に近いこともあって間違いなく開発ブームが到来しているはず。湖南省南部でも開発の波が及ぶこの頃。石家庄はなら、裸にされた農民が群をなしているはずだ。
どれくらい農民がひどい目にあっているか。それは、乞食と売春婦の増加を見れば一目瞭然だ。私は、上海郊外の昆山で勘定してみた。1.5×2.5キロくらいの狭い旧市街に、乞食千人、売春婦千500人がいた。驚きの数値。もっとも、昆山は、上海地区では最大のるつぼ地区。だとしても、昆山だけが、例外ではない。ある時(2007)、貴州に行った時、靴磨きに聞いてみた。あなたは元農民でしたか。そうだ、とのこと。さらに、自分たちは、どうにもならずに、バスで1時間も2時間もかかる所から出てきて、こうして駅前に住み着き、家に帰るのは、1ヶ月に1回もない、と。重慶でも経験した。マッサージ店で、聞いてみる。自分には、2歳の子供がいる。農村では生活できないので、子供を置いて重慶へ出てきた。旦那も、別のところで働いているが、自分たちが会うのは、春節以外にはほとんどない、と。彼女たちが売春までしているかどうかは分からない。が、少しでも稼ぎたいと思えば、禁断の実に手を出てしいるだろう。独身女なら、ほぼ間違いなく売春も兼業だ。蘇州でも経験した。大学のすぐ隣にサウナがあり、ネオンサインがきれい。偶然、その近くで交通事故があった(2005)。派手な衝突事故だったので、私は、それに見入っていた。と、その時、私を日本人だと見たのか、サウナの管理者が話し掛けてきた。私の所には、「小姐」が60人おり、2時間600元で遊べます。続けて、日本人が会社の接待でよく来ますよ、と。売春宿とは、女が2、3人、こちらへ向かって手を振っている所だと思っていたが、ここは御殿だ。
乞食には、圧倒的に男が多い。しかも、片足なかったり、片腕なかったり。たいていは、路上での物乞い。時々、松葉杖をつきながらバスや電車に乗込んできて、歌を歌ったり、悲惨な状況を訴える。彼らは、たぶん危険な作業で、こんな事になったのだ。保障は、まずない。全く正視に耐えない。ある時、蘇州の大学で、私が、労災の死者は、年間5万人くらいでしょうと言うと、ある講師が即座に返してきた。いや、50万人の間違いじゃないか、と。だけど、日本のネットに出ていたよ。嘘、嘘、政府は、そういう数値は少な目に言うものだ、そんな数を信用するわけにはいかないよ、と。労災とは、そういう物らしい。
最近の事件(2007)。山西省洪洞県で、5万人の奴隷工場(群)が見つかった。共産党幹部が仕切る煉瓦工場。誘拐されてきた者、騙されてきた者が、隔離された山あいの工場で、1日15時間も働かされていた。経営者と監督者が同じだったため、容易に発見されなかった。写真入りで大々的に報道された。こんな所では、もの凄い労災があると思われるが、一体、何人が被害にあったことか。
農業からあぶられた者、運良く工場労働者になれればいいが、そうでない者は悲惨。将来もない。そして、新興企業に雇われた者は、ある日突然の解雇。いずれにしても、中国の農業破壊は、凄い勢いで進んでいる。
(続く)
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