日本の再生と国際化を考える

英才教育、日本語の国際語化、数値の3桁読み、度量衡改革、漢字仕様電脳、やる事は多い。

中国毒餃子事件

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中国・毒餃子事件(続き)



    四 報道規制と農民の不満
  中国では、バスに乗ればバス内に、タクシーに乗れば客席に、ある機関に行けばその玄関に、とにかく、どこへ行っても、どこかに監督電話の表示があり、不満を言うことができる。とにかく、たれ込み電話の表示が目に付く。また、無数の目安箱がある。なら、中国国民は、常に服務員に文句が言え、彼らは満足した生活が送れているのか。現実は、全く違う。不満は聞いてもらえるが、事態は全く変わらない。何で、そんなことになるのか。役人が汚職と腐敗にまみれ、監督機能が全く機能していない、の一語に尽きる。
 2003年6月、私は、上海の苦情受付窓口に行った。学生の窮状を訴えに行ったのだ。驚き。あまりに人が多すぎて、玄関から中へ入れない。かき分けかき分け入ると、野戦病院の待合室みたい。立錐の余地もない。その人数たるや凄い。数百人はいた、と思われる。理事長は、こんなひどい事をしています。助けてください。分かりました。意外にあっさり要求を認めてくれた。被害状況を記入するには、20分もかかったのに、話は、ものの5分だった。これで、事件は解決するか。しない。書類を書けば、担当部署に回されるが、担当部署とは、不当処分を行った原処分庁。同じ所、同じ人に戻しても、ほとんど意味をもたない。
  この学校の権限庁は、松江教育局。理事長は、松江教育局の元局長を自校の校長として呼び寄せているので、余程のことがない限り、松江教育局が学生を助けに来ることはない。ある朝、学生が騒いで騒動になった。そうすると、どういう事か、頼みもしないのに松江教育局から教育長以下5名の者が走ってきた。いや、もちろん、理事長を助けるためだった。近くの警察官も駆けつけた。やはり、理事長を助けるためだった。
  なぜ、こんな事になるか。中国では、「長」にすべての権限が集中していて、部下は、首を覚悟しないと真実が喋れない。勝とうと思えば、さらに強い権限がいる。理事長は、上海教育局も買収していた。だから、学生には、もう、勝つ術はなかった。その後、私も逮捕されそうになった。だが、理事長は、日本領事までは買収できない。私は、逮捕は免れたが、賃金その他の権利は、すべて奪われることになった。呆れる。領事は、民事不介入、弁護士を紹介しましょうか、と。

  今、中国では、政府発表で、年間10万件の苦情・暴動事件が起きている。内訳は、土地を奪われた農民事件、また、労働者の賃金未払い、労災の保障事件が多いようだ。特に、農民事件が多い。これはどういう事か。最近は、中国全土で開発ブーム。上海近郊でも、蘇州近郊でも、北京近郊でも、平地は、100万ヘクタール(千平方キロ)規模で開発されていく。幹線道路が縦横に走る。見渡す限り、向こうの端は見えない。私は、各地で見てきた。いずれ工業用地になる。日本で言えば、1960年頃からの所得倍増政策、さらに、1970年頃からの列島改造。いいじゃないか。農民は、儲かって儲かってしょうがない、のじゃないか。じゃない。一見そう見えるが、実は、中国では、農民は只で土地を取上げられ、裸のまま、寒空の放り出される。まさか。だが、本当なんだ。中央政府から地方政府に、補償費が送られてくる。あるいは、土地を買収した外国企業から金が入ってくる。だが、この金が農民には渡らないで、悪徳政府役人のポケットに入るのだ。農民は、それを、地方・中央政府に訴える。上海の苦情処理窓口に押しかけた人は、大半がそういう農民だ。私の推測だが、上海での経験は、間違いなく一つの例だ。湖南省・長沙では、はっきりと、裁判に訴える農民の姿を見た。彼らは、立看を用意し、それに、自分たちの土地は香港の企業に売られてしまった、と書いてあった。私は、恐る恐る、離れたところから、その様子を写真に収めた。うまくいけば、それで事件は解決する。だが、役人は、警察、軍隊、やくざを使って農民を弾圧する。この時、農民が抵抗すれば死者が出る。広東省では、死者が出た、との報道が何回となくあった。広州は、今、中国で最も熱い。湖南省南部は、中国でも役人の腐敗が特に進んだところ。農民運動は、結局、警察、軍隊に弾圧され、事件解決にはほど遠い。私を殴ってきた共産党幹部の娘も、この地区の居住者。事件が報道されることはほとんどない。いや、報道させない。ある時(2007)、重慶で警察官が路上生活者に暴力を振るった。周りの者が騒ぎ、千人単位の暴動に発展した。それが、日本で報道された。その地区は、まさに、私の知っている学生の居住区。一キロと離れていない。早速電話してみると、知らないと言った。テレビで、今次の毒餃子事件を知っていますか。北京市民は知らない、と言う。こういう事が、役人の腐敗を加速させる。
  農民は、自分たちの不満を訴えたくて仕方がない。聞いてもらわねば、気持ちが収まらない。だが、その機会はない。はっきり反旗を振れば、死を覚悟。結局、農民の戦いは、陰湿化せざるを得ない。石家庄に、農民の不満運動はあるか。それは、分からない。石家庄は、汽車の終着駅で、かなり大きな地方都市。北京に近いこともあって間違いなく開発ブームが到来しているはず。湖南省南部でも開発の波が及ぶこの頃。石家庄はなら、裸にされた農民が群をなしているはずだ。
  どれくらい農民がひどい目にあっているか。それは、乞食と売春婦の増加を見れば一目瞭然だ。私は、上海郊外の昆山で勘定してみた。1.5×2.5キロくらいの狭い旧市街に、乞食千人、売春婦千500人がいた。驚きの数値。もっとも、昆山は、上海地区では最大のるつぼ地区。だとしても、昆山だけが、例外ではない。ある時(2007)、貴州に行った時、靴磨きに聞いてみた。あなたは元農民でしたか。そうだ、とのこと。さらに、自分たちは、どうにもならずに、バスで1時間も2時間もかかる所から出てきて、こうして駅前に住み着き、家に帰るのは、1ヶ月に1回もない、と。重慶でも経験した。マッサージ店で、聞いてみる。自分には、2歳の子供がいる。農村では生活できないので、子供を置いて重慶へ出てきた。旦那も、別のところで働いているが、自分たちが会うのは、春節以外にはほとんどない、と。彼女たちが売春までしているかどうかは分からない。が、少しでも稼ぎたいと思えば、禁断の実に手を出てしいるだろう。独身女なら、ほぼ間違いなく売春も兼業だ。蘇州でも経験した。大学のすぐ隣にサウナがあり、ネオンサインがきれい。偶然、その近くで交通事故があった(2005)。派手な衝突事故だったので、私は、それに見入っていた。と、その時、私を日本人だと見たのか、サウナの管理者が話し掛けてきた。私の所には、「小姐」が60人おり、2時間600元で遊べます。続けて、日本人が会社の接待でよく来ますよ、と。売春宿とは、女が2、3人、こちらへ向かって手を振っている所だと思っていたが、ここは御殿だ。
  乞食には、圧倒的に男が多い。しかも、片足なかったり、片腕なかったり。たいていは、路上での物乞い。時々、松葉杖をつきながらバスや電車に乗込んできて、歌を歌ったり、悲惨な状況を訴える。彼らは、たぶん危険な作業で、こんな事になったのだ。保障は、まずない。全く正視に耐えない。ある時、蘇州の大学で、私が、労災の死者は、年間5万人くらいでしょうと言うと、ある講師が即座に返してきた。いや、50万人の間違いじゃないか、と。だけど、日本のネットに出ていたよ。嘘、嘘、政府は、そういう数値は少な目に言うものだ、そんな数を信用するわけにはいかないよ、と。労災とは、そういう物らしい。
  最近の事件(2007)。山西省洪洞県で、5万人の奴隷工場(群)が見つかった。共産党幹部が仕切る煉瓦工場。誘拐されてきた者、騙されてきた者が、隔離された山あいの工場で、1日15時間も働かされていた。経営者と監督者が同じだったため、容易に発見されなかった。写真入りで大々的に報道された。こんな所では、もの凄い労災があると思われるが、一体、何人が被害にあったことか。
  農業からあぶられた者、運良く工場労働者になれればいいが、そうでない者は悲惨。将来もない。そして、新興企業に雇われた者は、ある日突然の解雇。いずれにしても、中国の農業破壊は、凄い勢いで進んでいる。


(続く)

中国・毒餃子事件(続き)



    三 対日政策、日本人被害
  中国人の対日感情は悪いという。調べても、よく分からない。私の知っているいくつかの事実を述べよう。
  中国には、青年の愛国教育という項目がある。これはどういう事かというと、辛亥革命、中国革命、日中戦争で英雄的に戦った戦士に学ぼうという教育。特に、日本軍による被害を教育することが大きい。愛国施設は、中国全土に、何千、何万あるか分からない。日本で言えば、護国神社、忠魂碑みたいのものだ。その代表が南京大虐殺記念館、北京の蘆溝橋事件記念館、そして、瀋陽の九・一八記念館(柳条湖事件)だ。私は、いずれにも行ってみた。驚き。日本人としては、我々の親や爺さんの事とはいえ、中国人に大変ご迷惑をかけました、と言いたいのだが、どうもその気になれない。お前たち、日本人、お前たちの犯罪はこれだ、よく見ておけ、という調子の書きぶり。日本を罵る言葉が非常に多い。館を出てくる頃は、胸くそが悪くなる。日本から中高生が贖罪の気持ちで千羽鶴や献花をするが、館内の説明文を読んだら、持って行った供物を引下げたくなる。反対に中国人は、どう思うか。憎悪ばかりだ。
  この施設を参観すれば、軍隊施設(軍隊経営のホテル)に安く宿泊できる。どっと南京見物客が多くなる。こうして、若者は、知らず知らずのうちに南京に誘導される。私も、上海の日本語学校から虐殺記念館に行ったのだった。
  最近、中国は、観光地の入園料を只にした所があると宣伝している。間違ってはいないが、値上げした所もある。と言うようより、値上げを隠すための工作に過ぎない。日本からでも有名な中国観光地の入園料が、2倍、3倍、5倍と値上げされたのだ。いくら高くても、中国なら大したことはないだろう。じゃない。有名な所は、1カ所200元以上になった。日本に当てはめれば、京都の清水寺に、入るだけで3000円、4000円もする勘定だ。何で、入るだけでこんなに高いのだ。はっきり言って、日本人観光客を食い物にするとしか言いようがない。どこに行っても、1000円より安いところは少ない。皆んな、覚悟しておいてほしい。

  私は、大学で、日本語学科の学生に日中友好という題で作文を書かせてみる。起きてしまった歴史は、もう、元へは戻せない。これからの日中友好には、日本の謝罪が必要だが、日本政府は、どうしても南京大虐殺を認めようとしない。これでは、友好は進まない。判で押したように、こう書く。そんなことはありません。虐殺を認めない人が、日本には居るには居るが、政府は、謝罪だけでなく、莫大な経済援助もしていますよ。だが、私は、そんなことは信じません。私は、中国政府の言うことを信じます、と。
  卒論に、こう書いた者もいた。日本は残留農薬の基準を厳しくし、中国野菜の輸入を止めてしまった。これでは、日中貿易が進むはずはない。基準を元へ戻して、貿易を正常化すべきだ、と。2002年のほうれん草の残留農薬問題についての論評。今次の殺虫剤入りの先駆けをなす事件だ。私が説明しても、半信半疑。あまり強く言うと、日本の回し者になる。ほどほどのところで、結局、大筋では、学生の言い分を認めざるを得ない。
  別の学生は、東アジア経済圏構想で、中国政府の意見をそのまま翻訳してきた。内容は忘れたが、日本や台湾が悪者になっている。この点には、ほとんど意見が言えない。
  こんな学生もいた。昔、沖縄は、中国領だった。日本も、中国領とだ習った記憶だ、と。なら、尖閣諸島はと言うと、日中間で、争いになっている事実すら知らない。いや、ここは、歴史的には日本領だ、などと言い出すことはもちろんできない。ちなみに、中国地図を見ると、何の注釈もなく、尖閣諸島が中国領になっている。ついでに言うと、南沙諸島も、くっきり中国領としてある。それだけでは足らない。天気予報の中国地図にも、遙か遠い赤道付近まで中国領を明示し、日々国民教育につとめている。1992年、中国政府が領海法を定めたこと((東および)南シナ海の領海宣言)を知っている者はどれだけいるだろうか。
  なぜ、こんな事になるのか。中国には、中国政府が承認した意見以外には存在しない。まさに、これが原因。
  よく、政府役人の不祥事が新聞に出る。だが、あれは、トカゲの尻尾切りみたいな事件。重要な事件は、全く出てこない。台湾問題、チベット問題、新彊問題、さらには、天安門事件、法輪功事件、これらについてネットで調べようとしても全く出てこない。中国の記事か。違う。日本語の記事、英語の記事、ええっと思うが、こういう記事が、中国国内からは閲覧できないのだ。初め、冗談かと思ったが、自分でネットを操作してみると、検索ソフトに題名だけは出るが、本文記事は出ない。中国政府に不利な記事は全く閲覧させない。徹底している。全く驚きなのだ。  
  ある時、ニューヨーク・タイムズの中国人記者が、政府の不祥事について意見を書いた。怒った政府は、彼をスパイ罪で起訴した。米国が自社記者の保護に乗出した。風向きが悪い。中国政府は、事案を引っ込めた。だが、そうですかと、矛を収めるわけにはいかない。政府は、収賄罪で3年の懲役刑を宣告。記者は、刑に服する、と。だが、米国は、これにも噛みついた。
  それに対する日本。中国ヤフー(親会社は、米国)に、中国政府に対する意見を述べた者がいた。誰か分からないが、許さん。政府は、ヤフーに、その名前を言え、しつこく要求した。名前を教えた。どうなったか。10年の懲役。そんなことは分かっているのに、何で名前を言うのか。日本国内でも激しい非難が起きた。それに対するヤフーの回答。中国で、ネット活動をするためには、中国政府の圧力に屈せざるを得ない、と。実は、新聞社は、中国に支社を置くためには、中国法律の遵守を約束させられる。だから、政府が、お前の記事は非友好記事だ、非友好行為だと言えば、外国報道機関は、全く対抗処置を持たない。
 それで思い出す。我々日本人は、上海の日本語学校で、学生がひどい目にあったので、彼らを助けようとした。その時、官憲が入ってきて最初に言ったことは何か。外国人は、本邦に入ったら、本邦の法律に従わなければならない。そして、その後、何回その言葉を発したことか。さらに続けて、違反すれば、拘留だの、懲役だの。我々は、足がすくんでしまった。こうして、理事長の悪事を救ったのだった。
  こんな事で屈しない米国。その原動力がどこにあるかは分からない。対するヤフーの腰砕けぶり、驚きを禁じ得ない。言論出版の自由。その重要性が分からないのか。自分で対処できなければ、自己の通信網を通じて世界に訴えればいいのじゃないか。彼らにとって、それほど、金儲けが重要なのか。日本人よ、人権擁護のためには、戦うことを知れ。
  次は、驚くことを言おう。2005年頃、日本から在大連日本人学校に、日本から学校教科書を送った。それには、台湾の色が大陸とは違っていた。なら、罰金、没収。日本政府が日本国民にどのような事を教えようが、そんなことは中国とは無関係。だが、中国国内では、中国一国論しか許さない、と。それに対して、日本政府は、何もしない。ちなみに、在日中国人が、天皇は侵略者だと叫んだら、それだけで懲役刑になるのか。日本は、主権が侵されているのだ。何かしようとしないのか。なお、2008年にも同種の事件を起こした。
  さらに、恐ろしいことを言おう。2004年5月、在上海日本領事館職員が、中国公安の色仕掛けにより自殺に追込まれた。日本国の秘密外国通信方法を教えろ、と。日本を売ることはできない。領事が、色仕掛けから逃れるには、死を選ぶしかなかったのだ。日本政府、日本通信社は、一斉に攻撃した。中国政府の答。彼の死は、過労による自殺で、全く個人的な問題。中国政府は、それには関知しない、と。日本からのそれ以上の追求はなかった。もう、そのまま。これだけ大きな主権侵害を受けても、日本国は黙っているのか。私が、15万元銀行から盗まれたと言ったところで、中国公安が、事件としなかったのは当然のことだった。
  このままでは、毒餃子事件の正当な解決は難しい。もっとも、食の安全に関することで、中国政府も日本政府も、日本国民全体を騙すことはできない。いや、後ろにマスコミが付いていてこそ、両国政府は、事件を闇に葬ることはできない。マスコミ関係者の奮起を祈る。

  1994年、中国は、増値税(日本の消費税相当)という法律を制定した。国内法だから、特に問題はないか。とは言えない。これが、日本狙い撃ち法なのだ。
  増値税の税率には、5%、6%、13%、17%などがある。サービス業は低率。一番高い17%は製造業。何、消費財にそんなに高率の税がかかっているのか。国民生活は苦しくないのか。我々は、驚く。だが、ここに巧妙な仕掛けが隠されている。2つ隠れた鍵がある。
  第一。中国国内製造業には、約半分の還付金がある。つまり、17%の内、8、9%が戻ってくるので、実際の税率は8、9%で、通常税率の1.5倍程度なのだ。せっせせっせと納税しているのは外国企業。その中でも、日本企業が中心的存在で、外国勢の6割を占めるという。中国の国庫歳入の中心は、今や、増値税。となると、中国で最大の納税者は、日本企業なのだ。
  中国政府は、中国進出企業に便宜を図っている。二免三半。つまり、法人税が、2年間は無税、その後の3年間が半分になる。かつて、日本企業は、喜んで食いついた。だが、待っていたのは、不公平な増値税。国内税は、皆、平等かと思っていたら違う。気がついても、もう遅い。だが、違った。米国。米国は、噛みついていった。交渉の結果、中米の両企業は対等になった。その時、日本政府は、指をくわえて見ていた。今でも、見ている。
  第二。日本では、消費税を法定するのに十年ももめ続け、税率高騰にはさらに十年かかってもまだできない状態にある。中国では、もめなかったのだろうか。もめていない。不思議だ。実は、からくりがある。消費税を納めるのは、領収書を要求した時と、大店舗で買う時だけなのだ。つまり、領収書が必要なのは、企業が経費として落とす時のみ。つまり、家庭には、増値税は入ってこない仕組みなのだ。まとめて言うと、増値税は、国内法でありながら、外国企業から上手に税を取る仕組みなのだ。もう少し穿って言えば、中国は国力を付け、外国に対して強力に課税すると宣言したところだ。その被害をもろにかぶったのが、日本。日本は、弱いから虐めにあっている。日本国民は、怒らなければならない。


(続く)

中国・毒餃子事件3(続き)



  ところで、中国には、途方もない金持ちがいる。一体、中国の経営者はどれくらいもうけているのか。先の日本語学校の例を見てみよう。学生の授業料は1万6千元、学生数は450人だったから、粗収入は8百万元。我々日本人10人はボランティアで、払われた賃金は、1年で25万元程度。飛行機代を引けば、20万元程度。他に多数の中国人用務員と教師2人がいたが、彼らの給料は、きわめて安く、ほとんどが1000元に満たなかった。全部あわせても20、30万元程度だろう。他に、テレビ宣伝、学校建設償却費がかかっている。この辺りは、全く闇の中。全部あわせても年経費は100万元を超えることはなかっただろう。残り700万元のすべてが経営者(集団)の収入になった。もっとも、収入の大半は、急速な事業拡大費に充てられた。こうして、新興財閥ができあがる。とにかく恐ろしい収益率で、明治時代の新興財閥の勃興を思わせる。
  次は、化粧品会社社長を見てみよう。幹部従業員の話では、5年前は、本当に小さな会社だった、社長が政府役人とコネ(縁故)を付けてから急速に伸びた、と言った。製品の宣伝は、フランスの化粧品会社と提携したとか、日本と提携したをうたい文句とした。現に、社長の毎日の生活は、外国出張ばかり。帰国し、業者を集めての説教。こんな汚い事を言った。中国では、鉛とか水銀入りの化粧品があり、我が社の物は絶対安全だ、と。私が、そんな物が本当にあるかと質問すると、いや、あると自信ありげ。50年前から、日本でもよく使われた手口だ。経営のやり方は、地方中核都市に代理店を設け、定価の25%程度で卸す。ちなみに、日本の化粧品は、バックマージン(還元金)2、3%を差引くと、卸は37、8%程度だ。販売員は、高歩合給でそれを売りまくる。今から30年前の1970、80年頃日本で流行ったマルチ商法と同じやり方だ。
  そして、社長は、どの程度蓄財したのか。広州の工業団地内の工場ビルに1床を借りて製造工場とした。工場近くの住宅街に超高級な住宅を構えた。自宅は3階建が2棟。隣に従業員寮兼の宿舎。上海の社屋は、上海の一等地、外灘南京東路・置地広場の17階に定めた。そして、上海にも高級マンション。さらに、新事業として、健康食品に手を伸ばした。東北・瀋陽で健康食品の免許をうけ、それを国内に売ろう。箱詰等の製品概要が決まったところで、日本人技術者「常駐」ということで、私が採用されたわけだ。
  皆んな、私の事件は、中国の労働市場を判断するのに役に立ったか。天洋食品には、敵が多い。44歳定年。これ以上雇用を続けると、年金支払の義務が生じる。だから、馘首、100人。そんなことが許されるのか。天洋食品は、10年間で急成長。上海の日本語学校、日本企業を騙せと言った化粧品会社も、きわめて短期間で急成長した。同じだ。天洋食品と政府役人の癒着、これも同じだ。さらに、企業経営陣を身内で固めているのも同じ。とにかく、その結束の強さ。暴力団による威嚇。たぶん、これも同じだ。
  中国の国営企業は、男55歳定年、女50歳定年。学生に聞いてみると、両親の定年前退職は常態化している。だが、彼らは、すべて年金をもらっていて、問題は起こしていない。毛沢東時代がいいという者は、この点を指摘する。現に、40歳くらいで定年というより首になった者でも、よく公園で、胡弓などを弾いて優雅(?)に生活している。彼らは、少ないといえども年金をもらい、飢えてしまわない点が大きい。これに対して、天洋食品は、無保障のままの放り出し。再就職により給料が下がることも確実。怒るのも、無理はない。こういう者は、再就職市場というところで働く。日本では、こんな差別的名称は避けるが、中国では、市場の入口にそう書いてある。
  中国の私企業における無年金者は多い。一度社会に出て捲土重来を期した日本語学生。聞いてみると、彼らは、一人として年金の掛け金はしていなかった。老後の心配はないのか。もちろん、心配。だが、中国が社会主義を放棄した以上どうしようもない。元々、助け合いの精神など微塵もない中国は、自助努力は当たり前。一人として文句を言わない。いや、言ってみたところで誰も聞いてくれない。ちなみに、街に出ると物凄い数の乞食。私は、かわいそうだからと、お金をやる。と、ま、ほぼすべての学生が、そんな物は必要ないと言う。根雪の上の物乞い、炎天下の物乞い、命が続くのか。と思うが、やはり起きた。2008年1月末、中国で大雪が降ったところ、約百人の凍死者が出た。私は、なんと痛ましい、と言うより、これで楽になれたでしょうと言いたい。とにかく、中国の生存条件は厳しい。
  余裕のある者は、何としてでも保険をかけろ。今、生命保険、養老保険会社は、空前の景気。私の学生に、贅沢三昧をしている者がいた。聞いてみると、保険会社(支)社長の娘だった。あまりにもひどい老後。間もなく、世界第3位になろうとする経済大国・中国、その大国に互助制度がない、恥ずかしい。ということでか、2008年、中国は、企業年金制度を創ったのだった。待ちに待った年金制度。天洋食品は、それはかなわない。対象者は、全員首だ、と。工場の周りにどれだけたくさんの敵をつくっているか分からない。敵から工場を守るために防備を固める。そのためには、入門には所持品検査をする。テレビが製造工程の厳格さを放映する。すればするほど喜ぶのは、中国政府と天洋食品。あれは間違いだ。本当は、敵の侵入を防ぐための物で、製品の安全を確保する物ではない。間もなく、軍隊施設への入門と同じになる。
  ちなみに、政府要人が新彊・ウルムチに行く。その時は、街の交通を完全に遮断しての警戒(2000)。私は、何で、こんな事をしてまで、と思ったが、新彊は、反漢感情が非常に強い。それだけの警戒が必要なのだ。東北・長春でも経験した。要人の通る道路は、すべて天幕で覆ってあった(2000)。その前日の話。北京駅では、特別待合室にも行かず、直接、特別入口から自家用車で列車に乗込む。私は、別の列車の車窓からその様子を見ていた。というより、長春駅についてみて事態が飲込めた。

(続く)

中国・毒餃子事件2(続き)

    二 事件の工場背景
  改革開放経済を取るようになってからの中国の経済発展は著しい。特に、2000年以降の発展は目を見張る。これを成遂げたのは、中国人ではない。いや、中国人だが、中国の経済力や技術力じゃなく、外国による。特に、その中でも日本の資本と技術に負うところが大きい。で、それに、陰の部分はないのか。大いにある、と言うより、陰の部分が多すぎ、経済発展に対して、お世辞にも、おめでとうとは言えない。その企業が発展中であればあるほど、社会にまき散らす害も大きいのだ。
  私は、事件のあった石家庄の事はあまり知らないが、上海近郊から事件地を類推してみよう。私は、上海郊外の昆山に1年滞在した(2003年)。昆山は、中国でも最速発展地域の一つで、私の居た工場は、北部の経済開発区に属し、その地の労働条件はこんな風に言われた。日系工場がもっとも労働条件がよく、だいたい法令通りに操業されている。次は、台湾系工場で、労働時間は1時間長く、大陸系工場は、さらに1時間長く最悪だ、と。私は、この大陸系工場にいた。平均的な工場で、始業は朝8時、夕方5時に一時休憩があり、終業は夜8時だった。納期が迫ると、さらに、9時、10時までも残業した。従業員は150人で、その大半は独身寮に住んでいた。給料は、1000元程度。待遇が良くないのと、周囲に繁華街がないので、若者は、いつも不満そうだった。そのためか、1ヶ月に1割の速度で辞めていった。会社幹部は、と言っても若者だが、会社は、彼らを2、3ヶ月に1回料亭に集めて、その苦労をねぎらった。懐柔だ。社長はおとなしい人で、私がいた1年間には、一度も労働争議等の問題は起きなかった。その意味で、今から考えれば、この工場は、労働条件は悪くても、労働者から恨みを買うようなことはなかった。
  すぐ近くに、日本語学校の私の教え子がいた。彼女は、日本語ができるということで営業をやらせてもらい、3000元近い賃金を得ていた。が、ひどい目にあった。労働時間は、ほとんど毎日朝8時から夜12時まで。あまりに過酷で、半年しか保たなかった。辞めた時、訴訟を起こした。3000元は破格、結局、時間外賃金は取れなかった。
  彼女は、さらに災難。この半年前、元の日本語学校を通じて日本に留学することにし、学校に6万元を払込んでいた。この年は新型肺炎が流行った年で、留学がお流れとなり、費用の返還を何回か申出たが、梨のつぶて。そこで、裁判を起こしたが、結局、3分の1の返還ができたに過ぎなかった。この時、費用を取切りにされた学生は、50人にも及んだ。300万元にも及ぶ泥棒行為だ。また、別の約30人の学生から、次年度の授業料1万5千元を取切りにした。45万元。その後、大半の学生の返還に応じたと言うが、その数は分からない。
  この学校は、とてもひどい。さらに続ける。この少し前、私も、この学校で、最後の賃金5000元を踏倒された(2003)。何回請求しても応じてくれないので、上海・松江教育局に訴えると、学校は払うと言っているということでチョン。他の用事もあり、学校本部に出かけると、暴力を振るわれて怪我。そこで、110番通報すると、警察が来てくれたがそれだけ。
  ついでに言うと、この少し前、この学校は、肺炎を理由に、さあ、みんな外に出てもいいと校外に誘出し、その後、門を閉じて、何の落ち度もない学生200人を退学処分にした。内外の学生が騒ぐと、暴力団15人を連れてきての威嚇。私は、日本人を代表して上海のテレビ局、新聞社、教育局、北京に訴えたが、梨のつぶて。理事長が立腹。日本のスパイ、日本の右翼がいる、と。中国公安が犯人逮捕に来た。私は、日本領事館の機転により、かろうじて難を逃れた。
  もう一つ付け加えよう。用務員の給料は、400元程度。日除け(ブラインド)の高さが一定でない、罰金50元。こんな事で、3日分の賃金をカット。いつも苦虫を潰したような顔。次は、ボイラーマン。朝5時半出勤、夜9時帰宅。昼間、寝てばかりいると思っていたら、この長時間労働。やはり、400元ちょっと。ある時、勤務中に、私用をした。罰金100元。これには、おったまげた。教務員は、住込み。勤務時間は24時間。とにかく、目が覚めている間中仕事だった。門衛も同じ。2人交代で睡眠を取っていた。なぜ、こんなに出入りが激しいのかと思っていたら、中国では、3ヶ月の試用期間制度があり、本採用にすると経費がかさむ、ということで、その前に首切られているのだった。他にも、事務長が首になり、講師が首になった。後から思えば、学生をかき集めるための一時要員だった。これが、中国一の私学の日本語学校だ。さすがに、5年もいくらも、理事長の悪事は続かない。それから2年ほどして、理事長は、出資法違反で逮捕された。この間の学生と従業員の被害、たぶん数百万元に達するが、なぜ、もっと早く止められなかったという思いだ。

  私は、昆山の会社を辞めて上海に戻った(2004)。この会社は、日本の会社と共同事業をしよう。化粧品会社。私が技術顧問として採用された。日本企業との交渉がまとまりそうでまとまらない。最後は、日本企業を騙せ。そうほのめかされ、私は拒否した。なら、即首。翌日、私の机はなかった。2ヶ月分の賃金1万元がパア。
  振返れば、この会社は、この5年間で急成長したとのこと。やり手の社長か。いや、とんでもなかった。従業員が、2ヶ月で半分入れ替わる激しさ。馘首と自主退職が半々。馘首の場合は、その月の給料は、もちろん払われなかった。退職の場合は、退職者は、給料をもらうまで黙っていて、次の日にドロン。バレれば、馘首。私の通訳もそうして辞めた。従業員は、怒らなかったか。もちろん怒った。会社は、経理、経営部門を身内で固めて独裁体制。社長は、広州に豪邸、上海に高級マンションを所有した。
  この事業は、うまい。それなら、自分でやってみよう。その後、私は、会社設立手続きに入った(2005)。元の学生2人に手続を頼んだ。出資金の一部15万元を銀行に振込んだ。さあ、会社はできた。と、その直後、2人が共謀して、銀行から設立資金を盗んだ。1300キロ離れた一人の犯人宅へ乗込んだ。共産党幹部の娘だ。50センチの距離から不意打ち。眼球を、拳骨で力一杯殴られての卒倒。だが、幸い。プラスチック・レンズが保護具になった。眼球の傷には、2週間、視力回復には、1ヶ月で済んだ。いや、本当に危なかった。これが、共産党幹部のやることか。130キロ離れたもう一人の犯人宅にも行った。こちらは、農民の娘。やはり、家人が拳を振上げてきた。
  私は、中国公安と在上海日本領事館に訴えた。公安は、はい、やります。だが、何もやらない。それどころか、事件を外国人交通事故係に送って闇に葬ろうとした。領事館から連絡が行く。今、調査中。2ヶ月後、共産党員娘は、犯人じゃない。農民娘は、事情を聞いてみる。と、それだけ。日本に戻って、外務省に連絡。私は、通訳を通じて公安に何回も何回も追求。最後は、この事件は軽微事件だから、今後はもう捜査しない、との結論。なら、軽微でない事件とは何か。殺人事件だ、との説明。何と舐めた返事。この間に許し難いことが起きた。警察官が春節に故郷に戻った犯人と出会したが逮捕しなかった、と言ったのだ。私は、2年間、犯人を追及した。だが、中国公安は、銀行に、被害調査に行った以外は、何の捜査もしなかった。これが、日本人に対する中国公安のやり方だ。日本は、舐められている、それに尽きる。日本に主権はあるのか。
  私は、事件追求の過程で、ある青年と知合いになった。彼は、日本会社の通訳を渡り歩き、数多くの日本人被害を知っていた。私の話を聞くまでは、日本人の被害について半信半疑だったが、これでよく分かった、と言った。他にも、元学生が、日本人の被害状況を教えてくれた。とにかく、上海では、日本人には盗みであろうと、詐欺であろうと、何をしても大丈夫なようだ。
  私は、2002年から2005年までは、民間会社で過ごしたが、この間はろくな事はなかった。それから国立大学に行ったが、それからは、普通の生活が送れている。


(続く)

 以下の文の前段は事件のあった3月初めにいくつかの新聞社に送った情報であるが無視され、私は、最近ブログを開始したので、若干付け加えて、ここに再度国民に毒餃子事件の背景を発表する。




中国・毒餃子事件

    一 事件の発生
  2008年1月30日、千葉で中国産冷凍餃子を食べた一家が、リン系農薬メタミドフォスにより中毒を起こした。それまででも中国産には、疑いの目が向けられていたが、まさかという思いだ。中国・石家庄・天洋食品産の餃子は食べないように。テレビは、一日中、注意を呼びかけた。そうすると、日本全国から、当局へ訴えはしなかったが、自分も毒入り餃子で中毒した、自分も被害に遭った、との訴えが続出した。それから1週間、新聞、テレビは、この事件で持ちきり。被害者は、1200人を超えた。その後さらに、2000人に達した。その間、発売元の日本たばこ産業(JA)、マスコミ関係者が多数中国に調査に行ったが、調べても調べても、これといった農薬混入の手がかりはつかめない。中国マスコミは、翌日には、中国工場の製造工程での毒混入の可能性は皆無、また、労働者が毒を搬入する機会も皆無、日本は事件を捏造して、中国を陥れようとしている、こんな事はやめよ、と。まるで、日本国内で、中国産餃子の人気に腹を立てている者の仕業だと言わんばかり。
  私は、中国の知合いにメールで確かめた。この時期、中国では、2月1日以降、報道機関が一斉にこの事件を放映した。内容は、日本の流通機関で生じた事件で、北京オリンピックが間近に迫った今、それを妨害し、中国の国際印象を悪くするための日本右翼の仕業であると思われる。その根拠として、中国衛生当局が工場を抜打ち視察したが、農薬混入の機会は全くなかった、という論評だ。この時、知合いは、事件の責任を強く日本に押しつけているように感じた、と付加えた。
  私は、今、中国の大学で日本語講師をしているが、たまたまこの時期、休暇を利用して日本に帰ってきてこの事件を見た。中国側に原因はないか、日本側にないか。マスコミ関係者が、憶測で、だろう判断する。彼らは、たまたま中国に乗込んで取材したところで、上辺の報道しかできない。いや、私には、そのように見える。日本でこのような事件が発生する可能性は今のところない、中国では、工場内での農薬混入はないとしても、中国国内事情は、中国政府の政策に不満を持ち、機会あらば、と思っている輩はごまんといる。私は、この機会に、中国の国内事情、日本国内事情について意見してみたい。
  最初に、自己紹介をしておく。私が中国と最初に関係を持ったのは、1996年6月。その時は、化学技術の指導員だった。それから、何回か渡中した。そして、2000年3月からは、主に大学で日本語講師をすることになり、それからは、だいたい中国で生活している。この間の十年、中国の経済成長は凄いの一語。発展の陰に、何千万人、何億人、どれだけ多くの人が開発の犠牲になったか分からない。ええ、何、犠牲だって。一般には、「格差の拡大」として説明されているが、それで片付けられる実態ではない。労働者、農民が痛めつけられ、もう、第二の中国革命が起きてもいいところまで来ている、と、私には思われる。
  中国での農薬の乱用は、知られているところ。私が最初に化学技術指導に行ったのは、農薬会社。菊酸系(除虫菊系)の殺虫剤を造っていた。私の感覚では、当時の農薬製造技術から見て、この十年で、中国が、このような農薬製造大国になるとは思っても見なかったが、テレビ報道で乱用の実態を知り、少しどころか、仰天するほどの驚き。

  事件に戻ろう。1月30日の中国の毒入餃子事件で、日本中にテレビ放映された。が、その発端は、既に半年前から発生していた。具体的な事件は、昨年末から断続的に発生した。保健所の対応にいくらか不手際があった。テレビ論客は、なぜ、あの時、事件の可能性を放映しなかったのかとの意見を言うが、それは無理だ。日本人の感情として、まだ何が起きているか分からない段階で、これは毒入餃子だ、などと訴える事はできない。米国的感覚では、まず、国民にその危険性を訴えて、国民の注意をこちらに引きつけるが、日本では、お前、事件でなかったらどうするか、との強迫観念にかられる。下手をすると、中国が報道した捏造事件になりかねない。その後、通常の製造工程内で混入はあり得ないことが分かると、混入犯人がいるはずだ、それなら、犯人像は何かなどで議論が進んだ。だが、私は、論客の意見はかなりの部分が間違っていると思う。
  こういう事情で、事件の本格発覚は、1ヶ月遅れた。千葉県中毒事件では、一家5人が餃子を食してから30分程度で、腹痛、目眩、瞳孔の収縮が起き、症状の重かった5歳の女児は意識不明に陥った。瞳孔の収縮、これは、リン系農薬の典型的な中毒症状で、私が現役時代、事あるごとに、我々研究員は、上司に注意を促されたところだ。この話を聞いて、私は、今次の農薬中毒事件の全容が納得できた。かつて農薬中毒は、残留農薬とか慢性農薬の中毒事件で、今次のものとは全く違う。1970年頃日本で発生した公害問題と症状を同じくする。農薬の安全性は、1年間、毎日毎日その農薬入り食物を常食しても害のない量を問題にする。だから、どんなに多く農薬が食物に混入したところで、今次の農薬中毒を起こすことは絶対にありえない。工場の管理がいくら杜撰で、農家から高濃度の農薬入りの野菜を搬入したとしても、急性中毒を起こすことはない。工場で洗浄課程を飛ばしたところで、絶対に餃子の具が原因だとはならない。テレビでは、たっぷり農薬かかったぶどう園のブドウを映し出し、気持ちが悪いと言うが、あれは希釈液で、あれをそのまま食したところで、今次の食中毒が起きることはない。こんな映像は、国民大衆に間違った印象を与える。2002年から中国産ほうれん草の残留農薬が問題になり、日本は、ほうれん草の輸入を中止した。中国が腹を立てたのには、理由がないわけではないのだ。
  いや、中国で、農薬中毒死が頻発しているじゃないか。そんな報道がなされる。そう、ある。だが、これらは、すべて犯罪事件だ。中国では、それほど、ある種の人がひどい目にあわされ、その報復のための殺人事件が起きる。お上に訴えようとしても訴えられない事情があるからだ。だから、ゆがんだ形で、事件が起きる。まず、もってその事を理解しなければならない。
  私は、事件性を考えて、やっと農薬中毒事情が分かった。中国側が、原料への農薬混入の可能性はありません、テレビ局に、積極的に厳格な工場管理を見せるのは、はっきり言って「(検査の)やらせ」で、むしろ日本国民と日本政府役人に見せたい映像なのだ。つまり、中国側が、自信を持って、日本の捏造だと言うための「やらせ」なのだ。どんなに、中国側の報道が正しくても、事件の全貌を正しく報道するものではない。
  農薬は、一体、どうして混入したのか。製造過程と事件性の両面から調査した。原則は、両面があるとしなければならないが、実際は、事件性(犯罪)しか可能性はない。
  事件は、終わったか。終わらない。別の殺虫剤が餃子から出てきた(2月6日)。製造日は、さらに4ヶ月古い。ジククロフォス(DDVP=ジクロロジビニルフォスフェート)という成分だ。この成分は、低毒性で、蚊や蝿に対して即効性があり、日本でも中国でも広く使用されている。なお、ジクロロボスは、効力が弱いので、通常、先の除虫菊系農薬と1対1くらいで混合製剤されている。犯人は、なかなか効果が現れなくていらいらしたかもしれないが、実は、こういう背景があった。日本でも、この程度の毒性では、人が死に至る事はない。いくらか体調が悪くなる者がいたとしても、被害者も販売者も、まさかという思いで、何かゴミでも混入したのだろうと、気にも留めなかったのだ。

(続く)

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