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日本語の崩壊を防ごう2、送り仮名の法則を調べてみた
最近の新聞を読んでみると、分からない言葉が多い。カタカナ語が分からないのだ。私は、そこそこ英語もできるから、普通の英語由来のカタカナ語は分かる。だけど、分からないのだ。そのカタカナ語は、英語の意味とは違うのだ。
中国で日本語講師をしている時、同僚が、先生、日本に帰ったら、日本語が変わっていますよ、と言ったことを思い出した。当時は、まさか、と思っていたが、本当だった。10年で、新聞にカタカナ語がとてつもなく増えてきたのだ。
最近、原発事故で、「ホットスポット」云々というのだ。「局部汚染地点」のことだ。私の知っていた「ホットスポット」は、岩盤移動論では「熔岩噴出地点」の意味で出てきた。だから、分からないわけではないが、いきなり「ホットスポット」では、地下から何か噴出してくるのかと思ってしまう。
あるいは、「ストレステスト」云々と出てくる。私の知っている言葉では、医療用語で、通常検査では異常が見つりにくい時、「負荷機能テスト」をすることを言う。同じ言葉が、あっちでもこっちでも出てくると、こんな事にもこんな言葉を使うのか、と覚えなければならない。
言葉を、こんなに好き勝手に別の場面に使ってもいいのか。専門用語が、他の場面に使われるようでは、英語の語原を知らなければ、次々とできるはずはない。振返って見ると、その言葉を使っている人は、本当に、自分の使っている言葉が、自分の分野で使われる使い方が正常かどうかにも知っているのか。疑問なしとしえない。
また、常識に考えて、テレビを見るのに、辞書をそばに置いてみないと理解できないということ自体異常だ。多分、多くの人が何となく分かったような気になって聞き流しているに違いない。
そればかりではない。原子炉の「メルトダウン」「メルトスルー」と言われてどんな事が起きているか分かるのか。最近は、「メルトアウト」と言い始めた。多くの人が感覚では分かるだろう。だが、こういう言葉を使う背景を見てみると、なにか空恐ろしいものを感じる。というのは、「メルトダウン」と言われても余り恐ろしいことが起きた気がしないのだ。「炉心溶融」と言ったらどうか。原子炉が解けてしまうことが明確に分かる。それなら急に身震いするぞ。そして、「炉心崩落」「炉心地下落下」の訳語を使ったらどうか。カタカナ語からくる心象の何倍も強烈な心象を受けるのじゃないか。
カタカナ語には、意味を柔らかくする効果がある。こんな事がどんどん進めば、日本語がどんどん曖昧な言葉になってしまう。皆さんは、そんな心配はないか。私は、聞きたい。
話は、これくらいにして本論に移ろう。
4、動詞の送り仮名
・ 活用語尾を送る ‥‥原則
・ 派生動詞は、元の変化を基本とする ‥‥元の読み
・ 形容詞系の言葉も、同様にする ‥‥元の読み
原則1:書く 読む 生きる 考える ‥‥活用語尾を送る
原則1は、大原則。原則に従えば、「表」は「表す」。いくらか読みにくいので、「表わす」を認めるかどうか。通則は、これを認めた。これは、「あす」の「典型動作」に該当する。
次の動詞で同種の問題が起き、共に認められる。「表われる→表れる」「現わす←現す」「現われる→現れる」「著わす←著す」「著われる→著れる」「行なう←行う」「脅かす←脅す」「断わる←断る」「賜わる←賜る」「群がる←群る」「和らげる→和げる」。
原則2:動かす(←動く) 照らす(←照る) 及ぼす(←及ぶ) 積もる(←積む)
‥‥原動詞 → 使役型、他動詞への変成
「動詞」は、「使役型」「他動詞型」へ変化した。これは、「通則」に従うと読みにくい。「動−す」は「うごかす」とは読めない。そこで、「動かす」と送ることになる。ただし、原動詞が実質消滅したものは、「慣用」に従うことになる。他に、次のものがある。
聞こえる(←聞く) 浮かぶ(←浮く) 向かう※(←向く) 語らう(←語る) 計らう(←計る) 悔やむ(←悔いる) 定まる(←定める) 起こ す/る※(←起きる) 終わる※(←終える)
注:多使用優先(慣用)が認められ、「向う」「起る」「終る」も可。
原則3:近づく 遠のく 重んじる 赤らめる 怪しむ 悲しむ 苦しがる
‥‥形容詞からの転化した動詞
原則4:確かめる 暖まる 静める 異なる
‥‥な形容詞(形容動詞)からの転化した動詞
「確かめる」は、「確める」とすることは、現在認められていない。だが、「確」は、「確かめる」以外に読みがないので、「典型動作」扱いしても不当ではない。将来の課題だ。
原則5:色づく 傷つける 指さす 黄ばむ 春めく 横たわる 先んじる
‥‥名詞からの転化した動詞
これらの動作は、名詞に「着く/付ける/指す/ばむ/めく/たわる/むする」の動詞化語尾が付いたもので、「典型動作」の仲間だ。このような送りにすることに異論はない。
原則6:移り変わる 思い出す 流れ込む 譲り渡す ‥‥複合動詞
「複合動詞」の送りは、「連続漢字」による「一語性」を認めるかどうかが問題となる。
「複合動詞」は、意味の重要性は「前語」「後語」「平等」の3種に分かれる。原則6では、「平等型」を基本に送りることを定めた。「移り−変わる」「思い−出す」のような調子だ。しかし、前後どちらかが軽く一語になったものは、「一語性」を認めた方がよい。そこで、「一語」になったものは、許容として、中間の送り仮名を省略してもよいとした。勿論、この方が読みやすい。
打ち切る(→打切る) 差し上げる(→差上げる) 取り扱う(→取扱う)
引き受ける(→引受ける) 受け取る(→受取る) 繰り返す(→繰返す)
乗り換える(→乗換える) 割り当てる(→割当てる)
ⅳ 形容詞の送り仮名 ‥‥「動詞」に準じて考える
・ い形は、「い」「しい」は、活用語尾を送る ‥‥形容詞の原則
・ な形は、「た」「ら」「か」「やか」「らか」とする ‥‥な形(=形動)の原則
・ 派生形容詞は、元の形を基準とする
・ 複合型の形容詞は、「複合動詞」型に準ずる
原則7:暑い 白い 高い 若い ‥‥「い」型形容詞
新しい 美しい 苦しい 珍しい ‥‥「しい」型形容詞
読みやすさを考えて、次の例外を認めた。はっきりしないが、一種の「典型状態」だ。
明るい 危うい 大きい 少ない 小さい 冷たい 平たい
原則8:重たい 憎らしい 古めかしい ‥‥これは、主に「aしい」型
「たい/らしい」は、「典型状態」だ。「めかしい」は、少ないがこれも「典型」だ。
原則9:勇ましい 輝かしい 喜ばしい 恐ろしい 頼もしい
‥‥動詞から変化形容詞
「あしい(/おしい)」は、「ある らしい」 の意味で、「典型状態」だ。
原則10:細かい 暖かい 柔らかい 愚かしい
‥‥な形からの変化、主に「かい」
「細」と「短」を比較してみよう。共に「〜かい」なのに、「細」は「細かい」だが、「短」 は「短い」 となる。これは、「細かい/細い」の区別のためだ。これは、共によく使うので共に譲れない。「柔」は「やらか」、「愚」は「おろか」としか読まないから「柔かい」「愚しい」でも特に混乱はない。今後、検討されるかも知れない。
原則11:聞き苦しい 待ち遠しい ‥‥「動詞」との「複合」
切れ切れだ 晴れやかだ(→晴やかだ)冷ややかだ(冷やかだ)‥‥な形容詞型
上段では、「聞苦しい」 「待遠しい」 はよくある言葉だが、一語と判断できるかが難しい。今後の問題となろう。下段では、「切切れだ」の表現はやや違和感があるが、「切々だ」ならない。「せつせつ」という読みがあるから「切々れだ」なら間違いない。「晴やかだ」「冷やかだ」 には、特に違和感はない。「許容」として認められる。
原則12:積極的だ 穏便だ 清らかだ 高らかだ 同じだ ‥‥「aかだ」型
新ただ 平らだ 静かだ 確かだ 穏やかだ健やかだ 明らかだ 朗らかだ
‥‥「た」「ら」「か」「やか」「らか」型
原則12に掲げられているものは、文法では「形容動詞」に分類されるもの。「抽象名詞だ」とする方が合理的で、そう見ると、「た/ら‥‥」は、抽象名詞化の語尾に過ぎない。
今日はことまでにしておく。
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日本語改革、漢字、表記
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日本語の崩壊を防ごう、送り仮名の法則を調べてみた
このところ、テレビを見ていると、1時間ほど見ていると、20語も30語も新カタカナ語に出くわす(単独カタカナ語、複合カタカナ語)。分からないわけではないが、中には全く分からないものがある。だから、私は、テレビを見るにはいつも電子辞書を用意している。もし、1日テレビを見ていたら、50語は新しいカタカナ語が出てくるだろう。
いや、もう、恐ろしい。こんな調子で、カタカナ語が増えてきたらどういう事になるのか。なら、ちょっと計算してみよう。
1日に50語新語が出てくるのなら、1年では、50×365で18千語、10年なら180千語(18万語)だ。新語ができるということは、今の日本語がそれだけ死んでいくこと。10年後、これだけの単語がカタカナ語に置換わったら、その時、日本語は生き残っているだろうか。深層をなす文法までは死なないと思うが、単語は、大半が入れ替わっているかも知れない。
話は、これくらいにして本論に移ろう。
我々は、日本語を、捨ててはならない。もし捨てれば、近い例では、フィリピンのようになる。いいじゃないか、とは言えない。自民族語がなくなってしまうのだ。いや、安心。フィリピンで全て英語で生活している人は、10%程度だ。なに、あれで10%なら、フィリピン国内の状況はどうなっているのか。他国の事ながら心配してやりたくなる。ちなみに、アフリカ諸国は、何百年も外国に支配されたので、自民族語がなくなってしまった。
今、私は、中国学生用の日本語の本を書いている。最近書いたところをここに紹介してみよう。漢字の送り仮名の送り方だ。
1 送り仮名の通則
日本語とは、主部の「漢字」に、語尾の「平仮名」を付けたような言葉で、平仮名部分の表記をどうするかは、「意味把握」と「読みやすさ」に大きな影響を与える。歴史的には、必要最小限度の「送り仮名」を送ってきたが、特にそれに関する規則はなかった。大戦後は、国民のための国語ということで、「漢字は、易しく」「送りもできるだけ多く」という平易化原則を掲げて改革を行った。
当時の政策は、日本語から「漢字」を亡くすという占領政策に基づき、暫定的な措置として行われたものだった。その後、日本の占領政策が中止されると、暫定政策の不都合が噴出し、国語政策は変更された。その後、国家は、「漢字」と「送り」に関する政策を小出しにし、「送り仮名」については、1981年の決定が最終版となっている。
この最終版に従っても、「送り仮名」は、統一が取れていない。ただ、最終版では、この矛盾をいくらかでも緩和するため、公文書等は「最終答申版」に従うが、それ以外は「合理的」な方法に従ってよいとした。将来の「改訂」準備だと思われる。
2 最終版(81年版)の「送り仮名」準則の拘束性
3つの規制原則を決めたが、大きな原則は、「公用文書」に「常用漢字 2500字」を用いる場合に適用するとしたことだ。詳細は、
ⅰ 拘束:「公用文書(法令・公用文書・新聞・雑誌・放送など)」に「常用漢字」を使う場合に適用。
ⅱ 非拘束:学術文書(科学・技術・芸術その他専門分野)、個人文書には適用しない。
ⅲ 特殊使用の不適用:漢字の記号的使用、表記入、固有名詞には適用しない。
この決定で大事なところは、我々一般国民や外国人は、合理的だと思われる送り仮名を採用していい事だ。現行の送り仮名準則は、「形式」に重きを置き、「意味」に対する配慮が少なく、転成語の送りが極めて複雑なことだ。だから、準則に従うには、極論すれば「暗記」するしかない。だが、それは無意味。
私は、後に示すが、決定の「許容」が許す範囲で「送り」を統一した方がいいと考える。決定には、「送り法則」について、「本則」「例外」「許容=慣用」という3つの枠を設けたので、この「慣用」の解釈により「合理性」を追求してみる。
3 準則の大枠事項と私案 ‥‥「慣用」を広く使おう
準則は、読みが「変化するか/しないか」という原則を設け、それぞれに例外を設けた。例外の適用範囲が「通則」と同じくらい広く、更に、例外の中にまた「例外の通則」を置かねばならない状況にある。それが、「許容」となっている。
・変化するもの(活用 → 動詞、形容詞、形容動詞)は、変化するところから送る。
但し、転成語は元の送りに従う。(→これが、大問題だ)
・変化しないもの(非活用 → 名詞、その他)は、送り仮名を送らない。
但し、読みにくいもの(副詞、接続詞、抽象名詞)は、最後の読みを送る。
(→転成語の場合、長期間へたものは、転成語かどうか判断に困る)
「送り」の考え方(私案):私は、「例外」と「許容」にまたがる範囲に、3つの原則「典型動作」「連続漢字の一語性」「多使用の優先」を追加したい。
「典型動作」:動詞の態様は、語尾形式によって決まる。例えば、「〜れる」とくれば「受け身」、「〜せる」と来れば「使役」という具合。他にも「動かす」→「かす動作」、「深める」→「める動作」、「隔てる」→「てる動作」など。このような語尾は、一定の役割を持っているので「典型動作」と言える。
私は、この「典型性」を重視すべきだと考える。「通則」に従っても、大体「典型性」を崩さないようになっているが、完全ではない。「許容」でやっと統一が取れ、それでも外れるものがある。だから、特殊な事情がなければ、「かす/める/てる」などの「動作」の特性を優先すべきだと考える。
基本動詞は、「□う」の形をしており、これでは不十分だと「継続性/獲得性」表示の動作として、「いる/える」型の「上/下 一段活用」の動詞ができた。この「一段活用」自身が「典型動作」なのだから、「いる/える」を優先して送るべきだ。
更に厄介なのは、「表(わ)す」のような動作だ。「あす」は、「使役系」の動作だが、長年月がたち「使役性」がなくなった。「洗わす」とは明らかに違う。となると、「表す」とすべきか「表わす」とすべきかが問題だ。国家は、「表す」を原則として、「表わす」も許容した。これでいいが、このような例は広く認めるべきだ。
「連続漢字の一語性」:漢字は、読まなくても見ただけで意味が採れる。これが、「表意言語」の最大の特徴だ。「禁煙」を見てみよ。自明だ。これを「禁じる煙を」では、却って読みにくい。送りを多くして読みにくくなるのは、「複合動詞」の場合だ。「通則」に従えば、「受−取」る動作は、「受け取る」と送る。だが、「受−取 る」は1つの動作だ。通則は、慣用として、「受取る」方式の送りを認めているが、「連続漢字の一語性」広く認めて当然の送りとしよう。
だが、「思−返 す」のように一般化していない動作に「一語性」を認めると、一瞬「しへん す」と読みたくなり混乱する。ここまで、「一語性」を広げる必要はない。
だから、結論として、私は、「読み返す」のように前半の読みが2文字の「□i」の形の「複合動詞」には「一語性」を認め、例えば「読返す」の表記を認め、3文字以上には、「慣用」を重視し他方がいい。大半は、「一語性」を否定した方が読みやすくなる。
「多使用の優先」:漢字「当」からは、「自動詞/他動詞」の必要性から「当たる/当てる」ができた。とは言え、使用率は「当たる」が多く、「当てる」は少ない。問題は、少ない「当てる」があるために、「当−る」の送りは、常に「当たる」とすべきかだ。他にも「終わる/終える」、「隔たる/隔てる」などがある。
慣例では、「当る/当てる」と書いてきた。それで、誤読の恐れがないからだ。送りを入れれば誤読は少なくなるが、瞬時の判断が難しくなる。だから、この慣用性は大事だ。そうすると、「当−る」の送りは、「当る/当たる」「当てる」とするのがよいが、国家はこれを認めている。更に、この慣用性は広く認めるべきだ。とは言え、両使用が多いものまで、「□−る」型を使ってはならない。例えば、「受かる/受ける」「掛かる/掛ける」「伝える/伝わる」など。
全般的に言うと、歴史的送りを広く認めて、出来るだけ送りを少なくし、漢字の表意言語性を重視することが大事だ。
今日は、ここまでにする。
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日本語の創世記と終末期 |
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鼻濁音は、あった方がいいのか |
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「ら抜き言葉」か、いや、「ら入れ言葉」じゃないのか |


