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2 教育、どうして「負け組」に負担をかけないで国際競争力に勝つか
★ 負け組をなくしつつ、国際競争に勝てるのか
なら、「勝ち組」をつくらないで、「国際競争」に勝てるのか。命題の趣旨は、これと同じだ。無理だ。「技術なし」で世界に勝てる訳がない。だが、やっている国がある。米国だ。常に軍事力で相手に恐怖を与え、相手に譲歩を迫るのだ。このやり方は、侵略戦争に繋がる。だから、この方法だけは、やっては行けない。
なら、どうしても「技術」により世界競争に勝たねばならない。となれば、「勝ち組」の存在は、不可欠。カンボジアでは、ポルポト政権は、知識人、商人、その他国を動かしている上流階級を全部粛正した。百万人とも二百万人とも言われる虐殺。そうして、完全共産の素朴で平等な社会を造った。よくなったか。トンでもない。原始生活に逆戻りだ。嘘かと思うような、40年ほど前の話だ。
「勝ち組」はどうしても必要。問題は、その次だ。「勝ち組」に「名誉」以外のどんな「利益」を与えるか。米国流ならば、「搾取」に匹敵する利益を与えると事となる。それほどの利益が得られるならば、皆がそれを目指して頑張るだろうとの考えによる。だが、ここが間違っている。搾取された多くの民衆が怒り狂い、政府は、民衆を抑えるために、軍隊を強化せねばならない。こうして、あの米国の悲劇が起きる。
ならどうするか。「勝ち組」には、名誉とそれに付随する僅かな利益を与えるだけでよい。大事なことは、少なくても、必ず「利益」が必要だ。そうでなければ、苦しい努力に誰が手を出すか。いい男、いい女。これは、もっと大事。絶対だ。何故、人は頑張るか。勿論、いい異性が欲しいからだ。はっきり言って、これがなければ空しい。それが満たされるためには、通常収入の2倍は文句なく必要だ。だが、それだけの収入を与えても、彼の社会に対する貢献の方が大きいだろう。
更なる利益はどうか。与えてもいい。その替わり、「自分で稼いだ利益以上の収入」を得る者には、「他人に迷惑を与えた分」だけ社会奉仕をしてもらおう。つまり、「累進課税」。どこまで、必要か。超高額所得者は、その大部分は、「搾取」による収入だ。だったら、最高税率「90%」はあってもよい。日本は、戦後40年がそうだった。
こうして、「勝ち組」には、高度累進課税が適用される。その割合は、上位5%には90%、上位10%には80%とかいう具合に定めればよい。そして、国民の半分以下は、無税にするとか言うようにすればいい。割合で決めれば、大きな問題は起きない。
そうすると、どうなるか。「勝ち組」の人は「尊敬」されこそ「妬まれる」ことはない。ちなみに、現実は、「勝ち組」の収入は、「搾取」から得られるものがばかりで、社会に軋轢を生じさせる。「社会的非難」者が多い。例えば、「サラ金のドン」「不動産所得王」。テレビ俳優は、あれは自分の力によるものか。違う。テレビに助けられての収入だ。しかも、一人の者が放映を独占すると、国家の意見が偏り、民主主義の観点からもよくない。だから、彼らには「高度累進課税」をかけるべきだ。
★ 「英才教育」は、「勝ち組」の犠牲において行え
「高度累進課税」を設ければ、「勝ち組」は強制的に「社会奉仕」をさせられる。この制度さえあれば、「英才教育」によりどれだけ日本の「国威発揚」をしても何の問題も起きない。むしろ、「英才」に日本の国を救ってもらおう。むしろ、我々からお願いしよう。
なら、一般学生の教育はどうなるのだ。こちらに「競争原理」は程々にせねばならない。さらに下位生には、一般教養と職業訓練を中心とした教育をしよう。それでは、詰まらないか。彼らは、将来エリート(秀才)に助けてもらうのだから、文句は言えない。いや、「勝ち組」に入りたいなら、いつでも努力して普通教育組に入れ、嫌になればいつでも「職業中心組」に戻れるようにしておけば、何の問題もない。
私は、学習塾をしていたからよく分かる。戻りたくても戻れない学生。こんな制度にするから学生が切れてしまう。私は、下位4分の1くらいは、学問でなく強制職業訓練にする制度にした方がいいと考える。ちなみに、中学3年生でも小学校3年生の算数ができない学生。この学生に2次方程式だの、さらには高校の関数だの、対数などを学ばせるのにどんな意味があるのか。英語は、We are students. などの文をやっていたが、4年目にして、まだ中1の初めの一歩すら踏出せないなら、もう英語なんかやめた方がいい。だが、文部科学省が定めた高校基準によれば、形だけでもやらざるを得ない。早く、常識を取り戻せ。
纏めて話そう。これは理念型で、小学校から高校を概念的に纏めたものだ。
1 上位10%には、国際競争戦士を育てるための英才教育をしよう。この層には、飛び級を認めよう。大学入試に落ちた者は、飛び級をした分の留年を認めてやろう。また、懸賞金、奨学金をふんだんに出そう。成績が悪くてこの枠に入れなかった者は、強制的に一般学生に戻そう。切り捨てじゃない。マラソンでも、強制走行禁止があるだろう。あれと同じだ。
2 次の40%には、一般学生としての競争をさせよう。つまり、上位半分の学生には、競争原理を取入れた教育をしよう。概ね今の制度と同じだ。
3 中位から25%には、ゆとり教育を施そう。原則として、競争はしない。
4 さらに下15%には、職業訓練を中心とした教育をしよう。
仮に何か学問的なことを教えても、理解できないし、役立たせることも出来ない。国語だけは、少し多めに学習させよう。
5 最下位10%には、生活と軽作業を中心とした教育をしよう。
何だ、これは。学生を完全な輪切りにする差別教育じゃないか。そう、だが、学校卒業後の事を考えると、この方がいい。今の虚無的若者(ニート)を見てみよ。仕事が出来ないから、自活すら出来ないじゃないか。高校で分数計算が出来ない学生、英語のABCをやらなければならない学生には、国家は鬼にでもなっても、その学生の将来の生活指導を中心とした教育をすることが、本人のため、国家のための利益にある。差別することが平等に反すると主張してみても、何の利益も出てこない。頭を冷やせ。ちなみに、中国の教育制度は、通常学生には、職業訓練に重点が置かれている。日本も、教条主義をやめ、現実をよく見よう。
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