日本の再生と国際化を考える

英才教育、日本語の国際語化、数値の3桁読み、度量衡改革、漢字仕様電脳、やる事は多い。

東アジアの動力学

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2 中国東海岸、これが、古古日本人が通った道だ



3、福州は、陶器の積出し港、だが、めぼしい物はなかった


 厦門から福州までは、高速バスで3時間半くらいだった。いいバスで、しかも無停車。特に言うことはない。
 福州は、ちょうど台湾の(首)都・台北の向かい側。古代から近代に到るまでのこの地方の中心都市。今は、福建省の省都、人口は多い。かなり発達した街に違いない。だが、裏切られた。歴史的建造物が、全然少ないのだ。福州は、明代以降は、琉球(沖縄)貿易、博多貿易では、かなりの利益を上げた筈だ。大陸の冊封使(植民地支配使)は、この福州から出ていた。また、3千年前とかいう以前は、この地から、次々と商業貿易の勤しむ者が出てきた。後から博物館に行って分かるが、福州の後背地の福建省一帯は、焼き物で有名な街が多く、既に唐の時代から、陶器貿易が始まり、特に明代以降は栄えたとのこと。こんな事を考えると、歴史建造物が少なすぎる。

 古日本人は、この地を通っているはずだ。私は食事をしたところで聞いてみた。この地方方言で1から10までの勘定の仕方を教えてくれないか。彼女たちは、知らないのだ。おばあさんは、知っているかも知れない。だが知らなかった。
 古日本人が福建省、浙江省辺りから流れてきたとすると、我々の使っている「1、2、3‥‥」という勘定の仕方は、中国のこの辺りの発音と似ているはずだ。私は、この考えを確かめたかった。それが、例の質問なのだ。厦門に行った時、観光案内に聞くと、私の期待していた通りの答をくれ、それに満足したのに、福州では、それを知らないというのだ。ちょっとがっかり。

 最初に、その勘定の仕方を紹介しておこう。1から10までを順に、
 「ヤッ、ニ、サン、ス、ン、ロー、チェ、パ、チュ、サ」
と勘定する。この中で、「1、4、7」には、変化があり、「1」は鼻音にして「ンヤッ」、「3」は「サン」を一緒にして「セッ」とし、「7」は「チェ」の変形(c→t)として「ツァ」「ツェ」と発音する。
 日本語と似ているか。「1」は、「ヤ行」「ア行」を類似行で、これを加味して「イッチ」、中国語を「ヤッチ」と発音すれば、なるほど「1」と「ヤッ」は似てくる。「4」は、中国音の「ス」「シ」は元々あまり区別はないから、同じだと見てよい。「5」は鼻音で「nゴ」となり、「ン」が「ンg」に変化したと考えれば、これも似ている。「6」の「ロー」は、日本語でこのようにも勘定し同じだ。「7」は、「シチ」を「シッチ」のように発音し、日本語では、中国音「チェ」の前に摩擦音「sッ」を加えると似てくる。「9」の「キュー」は、「チュー」とすればよく似てくる。「10」の「サ」だけは違うか。確かに違うように見える。だが、日本人は、以前は、「十」のことを「そ」と言った。「みそじ」「よそじ」「いつそじ」「むつそじ」「やそじ」「くそじ」だ。「そ」と「さ」は似ている。そう考えると、全く無関係ではないようだ。実は、この点は、前のブログに詳しく書いていた。

 いや、私は、これを確かめたかった。だが、残念。誰も知らなかった。福州は、都会だから、新参者によってかき消されてしまったのかも知れない。以前、私は、寧波の南の田舎で、「イ、アル、サン‥‥」でなく、「ヤ、ニ、サン‥‥」という勘定の仕方でお釣りをもらったことがある。日本でも、我々は、「ひ、ふ、み、よ、い、む、な、や、ここ、と」という勘定の仕方を忘れたのと同じだ、という気がする。

 どこか古い所はないか。あった。福州にも、「西湖」公園(杭州・西湖が有名)があり、ここでは、市民が「胡弓」を弾いたり、歌を歌っていた。なかなか上手だ。地図を見ると、近くに「鼓楼」地区といういかにも古代風の名前がある。これこそ「歴史地区」だ。さらに、「鼓東」「鼓西」という地名があり、これがその中心だろう。そこへ行こう。
 不満だが、古い町並みがあった。まだ、新しい。せいぜい2、3百年だ。ある所は、商店街になっていた。立派なもの。何人かの若者が昔風衣装をまとい、ある者が笛を吹いていた。私も慌ててシャッターを押した。聞いてみる。いつ出来たのだ。半年前だ、とのこと。道幅を3、4倍に広げ、これからの名所造りに忙しかった。最近、中国では、名所造りが多い。蘇州の「盤門」でも、古い所は10分の1くらいだ。他の都市では、古い建物がゼロというところもある。入場料だけは高い。目をむくぞ。
 不満は、拭えない。あのごちゃごちゃした歴史商業街、庶民商業街がないのだ。私の歩き方が少なかったのかもしれないが、市内に、こんな感じの地名はなかった。

 余り中国の歴史にケチは付けたくないが、南部都市は、歴史は古くてもその後の発展は少ない。杭州、寧波、紹興などと比べると、全く問題にならない。その理由は、この地の地形は日本の太平洋岸の都市と類似していて、大きな平野が無いために、余り大きく発展できなかったためだろう。例えば、三重県・熊野灘一帯は、海岸まで山が迫っているし、岩手県・三陸海岸も同じだ。多分、この地も、漁港に毛の生えた程度のものだったのだ。それと、南部地方では、夏の季節が長く、それほど苦労しなくても生きるのに切羽詰まるということが無かったからだろう。これは、一般に低緯度地帯の都市の起源は古いが、その後の発展は遅く、北部都市に負けるという傾向に一致するものだ。
 更に、続く。

1 中国東海岸、これが、古古日本人が通った道だ


 私は、この正月休みに、中国東海岸の3つの都市を旅行してみた。澳門、福州、温州。なお、杭州、寧波、紹興は、上海から近いので、何回か行ったことがある。そこで感じたことを2、3話してみたい。
 東アジアにおける人類の移動はどういうものであったのか。余りと言うより、ほとんど知られていない。旧石器人は、南から北に移動したに違いないが、それ以上の事は雲を掴む感じだ。一つは、中国が、中国雲南省辺りが人類発祥の地だと言出してから、それに反するあるいはその証拠付けに役に立たない情報は無視され始めてきたからだ。
 日本人はどこから来たか、これは、私には、どうしてもこの中国東海岸を歩いてきたとしか考えられない。一度、この東海岸を歩いてみよう、これが私を厦門まで行かせる動機となった。



1、中国東海岸地形は、日本列島との続きだ

 日本列島を中国方向に延長すると、中国浙江省・寧波辺りにぶつかる。何か関連性はないか。
 ある、ある。中国を一つの大きな大陸と見るからその骨格が分からないが、海抜を百メートル上げて見てみると、中国中央低地は海に沈み、浙江省は、正に日本列島の続きの列島になる。そう、東シナ海の部分が切れているだけで、ひと続きだ。そして、東海岸には、日本列島の背骨に相当する山脈が浙江省から広東省、広西省まで続いている。しかも、この海岸は、切れ込みの深いリアス式海岸で、日本の太平洋岸と酷似している。そして川は、山脈の東側の川は、海岸に向かって流れ、山脈の西側では西に流れ、これが長江水系の流域をなしている。なるほど、日本列島がもう少し隆起して日本海が半分ほど陸地になれば、この日本海を長江が流れている感じになる。
 東海岸は、地形的にも、本当に繋がっているのか。私は、それが確かめたかった。繋がっていた。山の形は、少しなだらかだが、日本と同じ。山の色は、白っぽくて安山岩を主体とした比重の軽い岩石だ。この二つから、私は、日本列島と中国東海岸の一連性を確信した。ちなみに、中国では、中央低地の真ん中辺りの武漢、長沙辺りでは、鉄分が多く、山は真っ赤であるし、川の水も、飛行機から見れば明らかだが、川筋が真っ赤に浮かび上がっている。この鉄分の多い地形は、四川省、雲南省まで続く。そういう目で見てみると、中国東海岸の地形の特異性が浮かび上がってくる。
 人類(旧石器人)は、海岸山脈を越えることなく、海岸に沿って北上した筈だ。他にも私が考えている証拠はいくつかある。地殻変動論、人類の生業は何か論、言葉の分布論、東アジア人の類似性論。


2、厦門は、自然の要塞だった


 厦門は、台湾南部・高尾の真向かいで、知れた観光地だ。各種の観光案内によると、厦門はいい所のようだ。駅から降りて、観光業者に言われるままの道順をとれば確かにその通りだ。特に島部に特徴がある。だが、名所から少し外れた所は、裏寂れ格差が大きい。市街地には大して有名な建築物はない。
 3時間コースの船旅をすれば、台湾が見える所まで行けます。金額は、350元。業者の勧めるところは、金を捨てるところだ。私は、観光案内を雇ったところまではいいが、台湾見学コースは断った。それよりも、私は、どんなリアス式海岸なのか、海岸地形を見たい。それには、「鼓浪嶼」がいいとのこと。この島は、厦門前面のちょっとした島。
 行ってみると、確かに多くの人が行きたがる観光地だ。各国の領事館が軒を並べていた。情緒性溢れる土地柄だった。日本も、以前、この島に何か造ったことがあるそうだ。ある所で、人形劇をやっていた。見事な指さばきで感心した。
 何で、こんな小さな島に列強が領事館を造ったのか。不思議に思えた。分かった。自然の要塞に守られた地形を利用したのだった。いわば、幅百メートルの自然の堀を巡らしたのだ。

 これが海岸だ、と案内が言ったところは、陸との間の海だった。外洋が見たい。だが、そこへは行けなかった。ちょっと不満な気持ちで、2時間ほどで島を後にした。次は、歴史のある「商業街」へ行きたい。連れて行ってくれたところは、島から上がったばかりに商店街だった。ここは古くないよ。だが、ここが古いところだと。仕方がない。そこへ行こう。案内と分かれた。費用は、2時間ばかりで100元、少し高くついた。いや、3時間コースを頼んでいたら、全部で500元以上かかるところだった。

 何か晴れぬ気持ちで、街をぶらぶら。海岸に出てみたい。地図を頼りに歩いた。
 出た。ちょうどこの時、白人5人が舟に乗ろうとしていた。料金が心配だが、よし、俺も一緒に乗ってみよう。俺も乗りたい。白人曰く、歓迎する、どうぞ、と。後で分かるが、船頭、オランダ人の母親と作家の息子、モロッコ人夫婦、イギリス人の若い女、それと私の7人、この7人で周遊が始まった。作家と娘は、厦門で生活しているとのこと。
 どこへ行くの。沖合1時間くらいの所に、魚の養殖地があり、そこへ行く。舟にはエンジンは付いているが小舟だ。沖合に出るとかなり揺れ、また、凄い寒さだった。彼らは、毛布を容易していたが、私はない。毛布を共有。目的地に到着。エンジンを止めると、波は静か。いい天気。
 水上生活者との交流。作家は、それがしたかったのだ。それを記事にしたいのだ。彼は、日本語も中国語も少し知っていた。それだけでは、交流は無理。そこで、私の出番となった。私は、現地語が分かるわけではないが、暫く話しているとだんだん分かってきた。船頭の中国語の助けも借りて、現地の水上生活者の話を英語に通訳してやった。一行に大歓迎された。
 水上基地は、1キロ×1キロとか言うばかでかい所で、一年中、陸に上がることなく生活だ。多分、この人達は、私が中学で習った「蛋民」だ。聞くとその人は、7年ここで生活していると言った。家族は、近くの大きい水上住宅にいると言った。食事は、朝昼晩と魚だ。生活物資は、その船頭が運んでいるのだった。文明の利器は、プロパンガスを使ったコンロがあった。
 台風の時は、どうするのですか。台湾が風よけになっているから、ここはそれほどでもない。だが、その時は良く揺れるよ。なるほど、そうだ。大昔、人類の移動があるとすれば、こういう人が、互いのイカダと家を繋ぐ綱が切れて漂流することがあったに違いないが、そういう人が黒潮に乗って日本に流れ着くことがあったはずだ。
 最後におまけがある。この海域は、中国の海上警備艇が警邏しているが、これで海の安全が保たれている。もし、警備が薄ければ、台湾から多くの難民が押寄せるに違いない、と。ちょっと待て、反対じゃないのか。中国大陸から、よりよい生活を求めて台湾に渡るのじゃないか。さすがに、この質問はできなかった。いや、凄い教育には、一同が驚いた。
 陸へ上がってから、我々6人は、喫茶店に入り、小1時間雑談に耽った。名刺交換。驚き。皆んなバラバラ、たまたまこの時、偶然、この近くで知り合った者ばかりだった。舟代からお茶代から、私は、何から何まで全部向こう持ち、いや、もう最高だった。いや、彼らも、私がいために、中国現地人と生の交流ができ大いに喜んだ。
 以下、続く。

東アジアの成因

東アジアは、どのようにして出来たのか。そこには、無限の興味がある。


 私は、浙江省を旅行していくつか興味ある事実を発見した。
1 浙江省の数字の勘定の仕方は、日本そっくりだ
2 浙江省の地形は、そっくりで、日本の延長線上にある



1 数字の勘定の仕方

 私は、浙江省・寧波の近くで、店屋で主人が物を勘定するのに「ロク」を「ロ」と言ったのではっとした。何だ、これは、日本麻雀の「6」じゃないか。日本の「ニ、シ、ロ、ハ、ジュ」と言う時の「6」と同じじゃないかと思った。そこで、直ぐさま、店員に、浙江方言を教えてもらった。同時に、上海の知合いの中国人に電話してみた。返ってきた答を総合すると、次のようになる。

 日本語   イチ ニ サン シ ゴ ロク シチ  ハチ クー  ジュー
 浙江方言  ヤ  ニ サン ス ン ロ  チャイ パ  チュー サ
 上海方言  ヤッ ニ セ  ス ン ロ  チェイ パ  ジュ  サ

 「1 イチ」と「ヤ」「ヤッ」は、違うように見えるが、日本語で「イッ(チ)」のように発音し「チ」を発音しなかった場合は、と酷似する。
 「2 ニ」は、正に同一だ。
 「3 サン」は、「セン」と九州訛りに発音すると、「セ」は、「サン」に似てくる。
 「4 シ」と「ス」は、似ているような似ていないような、そもそも、最初からよく似ている。中国人は、「是」の音は「シ shi」とは発音せず、大抵の人は「ス si」と発音するところを見ると、どうも「シ」は「ス」と同質の音のようだ。
 「5 ゴ」は、「ン」で違うようだが、「ゴ」を鼻音にして「ンゴ」と発音すると、何と「ゴ」と「ン」は似てくる。日本語では、「ン」で始まる音は無いので、「ン」が次第に「ンゴ」となったのなかろうか。
 「6 ロク」は、日本でもよく「ロー」のように発音する。
 「7 シチ」は、「チャイ」または「チェイ」とはかなり違う感じだ。だが、これも「シッ(チ)」と勘定してみると、以外に似ているのに気づく。
 「8 ハチ」は、日本でも発音の具合で「ハ」「パ」と発音し、正に同じだ。なお、古代では、「ハ」「パ」「バ」の区別は余りなかった。現代でも音韻変化が無限にある。
 「9 クー」は、ナマルかママラナイかの差くらいで「クー」「チュー」「ジュー」に発音に差はない。ほぼ同一だと言ってもよい。
 「10 ジュー」と「サ」は、かなり違う。現地人に何回か聞いたが、これだけは、どんなに聞いても同じだとは言えなかった。「ジュウ」を「トオ」「ト」と置き換えても、「サ」とは、同じにならない。と思いきや、日本語には、「十」を「そ」と読む読み方がある。「三十 みそ」「四十 よそ」。つまり、「そ」=「さ」の類似性が出てくる。
 以上より、「10」はやや違うが、「1」から「10」までの数の数え方は、日本と中国東海岸では、方言の差くらいの差しかない。これは、正に驚きだった。ちなみに、そう考えると、大和言葉「ひ、ふ、み、よ、い、む、な、や、ここ、とお(そ)」は、台湾かフィリピン辺りから来ているのじゃないかと思うが、機会があったらまた調べてみたい。
 ウイキペディアを見ると、フィリピンにしてもインドネシアにしても、植民地時代に大きく言葉が変容していて「ひ、ふ、み‥‥」は、別の資料を見ないとどうも分らないらしい。

 私は、以前から、日本人の比較的近い祖先(弥生人)は、中国・寧波あたりから来たと思っているが、それを支える現代に残る証拠が一つ増えた。



2 浙江省と日本地形の類似性

 浙江省の山道を走っていて気付いた。中国大陸の内陸部は、真茶色で鉄層からなる堆積岩であることは明らか。だが、浙江省は、日本と同じような褐色ないし灰色を中心とする岩石で出来ている。しかも、堆積岩でなく火成岩(火山性岩石)なのだ。至る所で、日本の谷間のようなところを走った。
 何かある。私は、中国大陸は、安定大陸で火山列島なんかじゃないと思っていたが、火成岩があることは、昔、この地下では地熱が溜まって火成化した事は明らかだ。それならば、以前は、太平洋の海洋底が中国南部にぶつかり、この地方は日本が出来たのと同じように地殻変動により出来たのじゃないか。少なくとも、地質的には、これで合う。
 だが、否定的事実ばかり出てくる。日本列島の延長は、琉球列島であって、中国大陸なんかじゃない。中国には、温泉は少ないのに、日本には火山列島と言っていいほど火山ばかりじゃないか。とは言え、どうしても、谷筋がよく似すぎている。これは、他人のそら似じゃない。広東省、福建省、浙江省、‥‥日本と何か続く物があるに違いない。やはりあった。ホテルに帰って中国地図を見てみると、浙江省の先を延長すると、確かに九州から東京へと一直線に繋がる。
 これが正しいとすると、これを証明する科学的な何か証拠があるはずだ。地殻変動論(プレート・テクトニクス)で説明できるはずだ。私は、考えた。地殻変動論では、日本は、太平洋地殻と大陸地塊の間に挟まれて、押し合いへし合いされながら、このような火山列島が出来上がったとする考え方だ。
 これが、中国にも適用できるのか。中国の浙江、福建には、海岸近くから高い山になっていくから、この点はこれでよい。日本の西には、日本海があるが、中国にはない。だが、中部は低地になっているから、ここが昔海だと考えると、これも矛盾しない。
 さて、難所は、何で火山がないか。海岸がリアス式海岸になっているかだ。リアス式海岸とは、沈降海岸で、深い入江のあるのが特徴の海岸だ。その代表は、三陸海岸、志摩半島海岸、北九州海岸だ。太平洋海底が東アジア大陸を押すから日本の部分で隆起する。これなら分かるが、なぜ、沈降海岸が出来るのだ。これを考えれば、中国南部がリアス式海岸になっている理由が分かるかも知れない。
 分かった。火山活動が盛んな時は、熱膨張で土地の隆起が激しい。どれくらい膨張するか。分からない。だが、雲仙普賢岳は、あの噴火だけで2、30m盛上がった。現在は、温度が冷えて、元と余り変わらない状態になったとか。それなら、火山活動最盛期には、千mくらい隆起しても可笑しくない。なるほど分かった。いくら火山活動があるからといって、のべつ幕なしに大きくなっていくわけではない。その時期が過ぎれば、収縮・沈降が始まるのだ。なるほど、隆起は一時的なのだ。
 そうすると、中国大陸の東海岸はこうして出来た。大陸には、もう火山はないほど温度が冷めた。だから、杭州から南は、全海岸線で沈降が起きたのだ。そして、沈降と同時に深い入江と多くの島が出来たのだ。特に沈降の激しい杭州の沖合の舟山群島、日本の長崎には、あのようにも多くの島になったのだ。
 更にこれを支える証拠として、日本の火山活動では、北海道が最も激しい、つまり、活動は、時の流れと共に、南から北へ中心が移動したのだ。そう考えると、今、三陸沖と千島沖で大地震が起きている理由も明らかになる。万歳。百万年前、一千万年前は、同一線上で、火山活動を続けていたのだ。そして、エネルギーは、南部から徐々に失われていったのだ。
 更に面白いことが分かる。中国大陸では、何列か南北に山脈が走っている。これは、皆、古い地殻変動の跡なんだ。浙江省附近で言うと、山西省に二つめの褶曲山脈がある。私は、革命で有名な井崗山に行ったことがあるが、山が険しいのに驚いた。古い褶曲山地だとすれば特に驚くことはない。
 この山地の西には、もう地殻変動による山脈はない。なるほど、ここから西は、昔のままの地表で、鉄分を多く含むウン億年も前の地層で、堆積岩なのだ。
 何か、急に目の前が広がったような気がした。これから、これが正しいか証拠探しをせねばならない。

6 人類の移動―その原動力は何か 1章6

★ 温暖化現象。これもアルベド効果の為せる業。
 最近、地球温暖化は、急速に進んでいる。これは、炭素化合物の燃焼により、空気中の炭酸ガスの濃度が濃くなっているからと違うか。炭酸ガス原因説だ。

 炭酸ガスには、温室効果がある。だから、この説には理由がある。だが、最大の温室効果ガスは、実は、水蒸気だ。曇るとその晩は暖かい。朝の気温が数度も高い。昼間は曇ると、その日は十度も低い。昼間の太陽熱を奪い取る。それほど、水蒸気の蓄熱効果は大きい。水蒸気は、太陽により無尽蔵に造られ、300PPMほどの炭酸ガスで地球温暖化するというのも変だ、との意見が出てきても無理もない。
 と思いきや、最近は、温暖化速度と炭酸ガス排出量をグラフにして比較し、温暖化速度が一定なのに、炭酸ガス濃度が急速に高まっているが、これは、排出とは無関係であることの証左で、犯人は、炭酸ガスではないとの主張が出てきた。強力な意見だ。この説によると、温度上昇は、どんなに足掻いても、上がる時は上がる。もう少し待てば、必ず下がる時が来る、となる。その証拠として、縄文期の海進を見よと言う。これも、強力な意見だ。

 どう考えたらいいのか。私が如き素人に分かるはずはないか。だが、少しだけ考えてみよう。私は、こんな事を考えるのが好きだ。
 今、地球上では、北緯4、50度の所で、猛烈に火力による熱エネルギー排出している。この熱は、どこへ行くか。大きくはハドレー循環、高緯度はロスビー循環によって移動し、最終的には北極地方へ向かう。温暖は、高緯度ほどひどく、10度も上昇しているというから、この熱かも知れない。空から温めているのだ。そうなれば、原子力なら、温暖化を起こさないというのは理由にならない。
 エネルギーの本質は、物体の振動だから、振動を媒介する物質が必要だ。それは、炭酸ガスか。たぶん違う。水蒸気だ。水蒸気には、大量の熱が包蔵できるから、中緯度の工場煙突から排出された比較的乾いた上昇気流は、ロスビー循環によって北極へ運ばれる。その蒸気は、極付近で下降流になる。そうするとフェーン現象を起こし、異常高温を起こす。この可能性は十分考えられる。
 他に何か考えられるか。2000年以降、夏の北極は、海氷が極端に少なくなってきた。水の吸熱割合は、0.8くらいだから、海水は、最大の太陽熱吸収器だ。なら、夏の間に、北極海が猛烈に温暖化する可能性がある。北極海は浅くて狭い。あっという間に水温が上昇してもおかしくない。異常上昇気流との相乗作用は、強力な根拠になり得る。

 なら、炭酸ガスは、どう関係しているのだ。炭酸ガスは、重い気体。空気の約1.5倍だから、地上に漂いやすい。となると、地上面だけを温め、選択的に氷だけを解かしてしまう可能性がある。こう考えるには、少し無理がある。もし、これが正しければ、さらにもっと温暖化が加速してもいいからだ。
 結局、私は、温暖化の原因は、炭酸ガス自身ではなく、エネルギー放出が温暖化に関連していると思う。もし、この考えが正しければ、エネルギーの無駄使いを止めねばならない。

 これに対して、非エネルギー説によれば、地球軌道がそういう巡り合わせにあり、エネルギー排出を止めても温暖化は止まらず、地軸の回転を気長に待つしか温暖化は止まらない。


 以上をもって、氷河期の話は終わる。

5 人類の移動―その原動力は何か 1章5

★ アルベド効果計算の基礎、各緯度受ける太陽熱
 地球は丸く、赤道付近は、周囲も長く、太陽仰角も高く、受熱量は多い。極付近は、その反対。では、赤道から極に向かうに従って、太陽熱はどれほどの割合で減少するものか。

 太陽熱の受熱:球を30度ごとの輪切りにして受熱を割合で考える。
 赤道周 =2πR        →(割合)1
 ある緯度=2πR・cosθ(仰角)→ cosθ

赤道の受熱  =赤道周×cos0°×日照時間          
ある緯度の受熱=緯度周・cosθ ×日照時間
       →赤道周・(cosθ)(2乗)×日照時間
 日照時間:太陽高度は南中高度にしたので、日照時間も実日照時間にせねばならないが、計算が難しい。大雑把に1割ずつ伸びるとしよう。

太陽高度による受領エネルギー(上の日照時間を除いた量):
北緯15度= 0.999 → 100%
北緯45度= 0.504 →  50%
北緯75度= 0.067 →  7%
  感覚的には、(中緯度)半分、(高緯度)は 1割以下。

そうすると、夏至には、仰角が23.5度高くなり、日照時間が伸びるから
北緯15度(→南緯7.5°)= → 1.000    → 100%
北緯45度(→北緯21.5°)= → 0.877×1.1 →  97%
北緯75度(→北緯51.5°)= → 0.384×1.2 →  45%
   北緯45度付近までは、赤道(熱帯)付近と余り変わらない。だから、極風がなければ、熱帯と同じくらい熱くなる。

冬至には、仰角が23.5度低くなり、日照時間も短くなる。
北緯15度(→北緯38.5°)= → 1.000    → 100%
北緯45度(→北緯68.5°)= → 0.130×0.9 →  12%
北緯75度(→北緯―)=   → 0.007×0.8 →   0.5%
   感覚的減少は、10分の1、10分の1と減少し、北緯45度では、春秋の極地方と類似する。

 上の計算で、日本(北緯36度)の夏の熱量は、熱帯の98%くらいだから、熱帯並に熱いのが分かる。で、冬は、21%くらいだから、氷がなければ、夏の北極圏(40%)より遙かに遙かに寒いことになる(光量が少ない)。氷の効果が分かっただろう。少し驚きか。
 隠れたことを言おう。夏がこの調子で熱を貯めていけば、100度を超えることは間違いない。そうならないのは、海流と気流の流れで、エネルギー極地方に運んでくれるからだ。そして、極地方が意外に寒くならないのは、南からの熱を受けることと、寒風を赤道地方に排出しているからだ。いや、地球は、海流と気流があるため、地上はどこでも熱からず、寒からず。いい星だねえ。
 いや、熱の移動は、そんなに簡単じゃない。南極は、大陸で、どこからも熱が届きにくい。だから、あんなにも雪と氷に覆われているのだ。なら、北極は。北極は、北大西洋海流により夏には凄い勢いで温められる。だから、海面は凍っていても海底まで全部凍ってしまうことはない。だから、南極よりもいくらか暖かいのだ。なら、氷河期はどうなのか。その時は、夏でも海氷がとけない。そうなると、丸で暖かさが違ってくる。
 これで、通常時の地球の気候は分かった。



★ その時、南極はどうだったのか。アルベド効果の為せる業。
 北半球が「氷河期」の時、その時、南極はどうなっていたのか。通説は、同時に寒くなった、としている。本当に、暖かくなるのじゃないか。いや、ちょっと勘違いもある。地球温暖化現象。

 北半球が極寒期にある時、南半球は穏和期の筈。地球が受けるエネルギーの総和は、太陽からの距離だけで決まり、それは不変。なら、一方が寒くなれば他方は暑くなるのが道理だ。いや、待て。地球太陽間距離も4万年ごとに変化し、同時に寒くなる事はある。だが、定常的に同時に寒くなることはない。なら、どうして南極も寒くなるか。

 それには、アルベド効果が大きく影響している。アルベド効果とは、一旦、地上が熱くなり始めたら、止めどなく熱くなり、反対に、寒くなり始めたら、止めどなく寒くなる気候変動をいう。追々話すが、こんな変動があるので、氷期が来たり間氷期が来たりする。

 アルベドとは、太陽光の反射率のこと。全反射(鏡)ならアルベドは1、そして、完全黒体(炭)なら0。これが基準。なら、氷はいくつか、砂漠はいくつか、森林はいくつか、海水面はいくつか。それを決めるのは意外と難しい。文献を調べてみると、石材(岩石)なら、その表面状態により、最小0.2、最大0.5くらいまでとばらつく。中間をとって、3.5としたいが、中間が正しいとは言えない。

 結局、反射率の定義に戻ると、反射率とは、その物体をまぶしく感じるかどうかの割合で決まる。そうすると、感覚的に、雪0.9、砂漠0.5、森林0.3、海水0.2くらいに考えるのがよいだろう。海水については少し説明がいる。水は、透明だから、本来反射率は0だ(全吸収)。だが、夕日はまぶしい。なら、あの分は反射する。また、高緯度地方の光は、全て斜めから差す。だから、初めからかなり反射する。ということで、反射率は、0.2くらいが適当だ。全体として言うと、反射の反対の吸熱量は、雪0.1、砂漠0.5、森林0.7、海水0.8なる。水の吸熱が大きいのは意外だが、海中では、光の届く深さは50mほど。次第に暗くなるが、その深さまでの海水を温めながら、エネルギーを消耗していくと事になる。納得。

 アルベド効果に移ろう。晩秋(10月末)、雪が降り始めると、高緯度地方は急に寒くなる。緯度を北緯45度としよう。周りは一面に雪だ。これが根雪になる。冬になって太陽は斜めから差し、しかも、吸熱量は赤道の12%から2%に減少する。そうなると、赤道付近の森林の吸収熱量は赤道が受ける熱量の70%くらいだから、北緯45度地点の吸収熱は、降雪前では6分の1(←70÷12)から、降雪後は、一挙に30分の1(←70÷2)になってしまう。いや、それだけではない。極地方から冷たい風がどんどん吹いてきて、熱を奪っていく。半分なくなるとしよう。そうすると、50分の1以下になる。だから、この緯度帯には、秋がないとも言われる。これで、寒くなる理由が分かる。

 この根雪は、いつまで続くか。3月末から4月上旬まで。ちょっと待った。4月上旬まで、雪だって。6月20日は夏至で、昼が一番長い日じゃないか。そんな時まで雪があるのか。現実にある。北海道を見てみよ。だが、4月上旬には、日差しはもう夏の日差しに近づいているのじゃないか。そう。それでも、何故か雪が解けない。
 一つは、極地方から冷たい風が吹いてくるからだが、それだけでは説明がつかない。実は、雪が積もれば積もるほど溶かすのに時間が掛かるからだ。だから、本来3月に入れば、暖かい日が続き、雪が解けねばならないのに、それがなかなか解けないのだ。つまり、雪があるというだけで、春の到来が1ヶ月も遅くなる。解けると、一挙に夏の日差しが照りつける。雪国の春の到来が遅いというのはこういう事だったのだ。だから、また春もない。まとめると、夏と冬しかない。

 話をもう少し進めよう。降雪がもっと多ければどうなるか。雪解けは、5月末になる。そう、太陽熱到達度は同じでも、気温は大違いなのだ。とにかく、雪が解けねば、気温は上がらない。例えば、中国東北と北海道では、緯度は余り変わらない。中国東北は、寒いが雪は余り降らない。対する北海道は、寒さはそれほどでもないが雪は多い。だから、春の到来は、雪の多い北海道の方が遙かに遅い。寒さと春の到来は、直接は関係ない事が分かる。

 なら、雪が、夏中解け切らなかったらどうなるか。そうすると、その年は、冬の訪れが早くなり、雪が積もりやすくなる。そうすると、また、春の訪れが遅くなる。つまり、年々、解けきらない雪の量が増え、太陽直射の温度は高くなるのに、その地方はどんどん寒くなっていく。永久凍土化だ。この永久凍土化が始まると、暫くというか、何十年というか、何百年というか、とにかく長期に亘って降雪面積が増えていく。こうなると、海の水が少なくなり、陸地が広がり、また、熱の吸収が悪くなる。僅かの温度差であるが、これが、氷河期の始まりで、このような循環になることをアルベド効果と言う。

 アルベド効果には、反対の場合もある。雪が解け黒い土が見え始めると、熱の吸収が良くなり、その地方は急に暖かくなる。こうして、次々とその北極側の氷が溶けていく。雪が解けると、海の水が増え、熱の吸収率が大きくなる。僅かの温度の高まりでも、こうなると、もう温暖化の勢いが止められない。間氷期の始まりだ。

 では、北半球が氷河期に入った時、南極はどうなるのか。本論だ。軌道の原理から言えば、南極は、暖期に入る筈だ。氷は解けるか。それは、分からない。南極は、暖期と言っても、太陽直射の温度は、せいぜい2、3度しか高くない。これくらいの温度上昇では、南極の最北端の氷が溶かせない。解けたとしても、降った雪と余り変わらない。いや、何十年、年百年も解け続けば、南極の氷は、少しずつ少なくなるのじゃないか。あり得るが、たぶん無理だ。現に、南極の極点近くでは、百万年前の氷が残っている。

 それは、水と大気の循環があるからだ。北半球に氷河期が来れば、南半球の暖かい海水は北を温めようとどんどん北へ熱を流す。大気も同じだ。そうすると、本来、南極を温めるはずの水と大気の熱が奪われてしまうのだ。そのため、南極は、気温が上がったほどの融雪効果はないのだ。大氷河期の時は、南極の気温も余り上がらない。氷が減るよりも増えた可能性は十分考えられる。

 2十億年前には、地球全体が氷で覆われていた証拠があるという(ヒューロニアン氷期仮説)。雪球地球(スノー・ボール・アース)という。そんなことが起きるのか。

 理屈としては起きる。海水が何百メートル、あるいは千メートルほども低下する氷河期が訪れたとしよう。そうすると、海面は、3、4割は減る。この場合、地球の大部分の熱吸収は海で行われているのに、その大事な海面が狭まり、しかも氷で覆われていくと、太陽熱反射面積は地球面積の半分にも達し、吸熱効果が急速に悪くなる。これが、1億年も続くようなら、雪球地球ということはあってもいい。そのためには、何度温度の低温化が必要か、また、そんな天文学的宇宙関係が、どうしたら起きるかも分からない。証拠と称する物が、本当に雪球の証拠かどうかは、まだ、想像の域でしかない。

 温暖化現象は次に。

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