日本の再生と国際化を考える

英才教育、日本語の国際語化、数値の3桁読み、度量衡改革、漢字仕様電脳、やる事は多い。

日本再生、諸政策の経済効果

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5 日本再生、諸政策の経済効果―公務員改革  15兆円以上



★ 公務員への競争原理の導入。国家全体では10兆円/年 天下り禁止で6、7兆円
 公務員は、「三無主義」の代名詞のようになっている。「遅刻せず」「仕事せず」「責任をとらず」。それでいて、定年退職時には、民間企業より遙かに高額な「退職金」と「年金」。確かに、これでは、日本が沈没する。
 国家公務員数は120万人、地方公務員は3倍の350万人くらいだ。この公務員制度を合理化すれば、どれだけの経済効果が得られるか。

 まず、公務員の非効率から。国公法1条は、公務員組織の「民主的」で「最大効率」を掲げている。しかし、周知のように、国内の「最悪効率の組織」である。なぜ、そうなるのか。「自分で自分の効率」を判断する制度になっているからだ。外国では、「オンブズマン(行政監視委員)」とかいう制度で、「公務員」を監視しているのとは大違いだ。
 「仕事の出来は、他人が判断する」、この原則を作らねばならない。そうすれば、どれだけ「公務効率」が上がるか。たぶん2割は上がるだろう。

 第2は、極端に老化した「逆ピラミッド型」組織だ。どういうことか。ある関西の自治体の職員構成。部長級以上職員が20%、課長30%、係長20%、平職員(課員)30%。つまり、管理職が半分以上で、平職員が2割しかいない異常。組織体原則からすれば、部長以上5%、課長10%、係長20%、課員は残りの65%くらいだ。1、2、4‥‥と下に行くに従って兵隊が多くなる。こんな逆ピラミッドで、合理的な自治体職務が出来るのか。
 こうなるのは、何も考えずに、「無競争」のぬるま湯で、「年功」だけで「職階」を上げているからに他ならない。「三無主義」と「自己判断」は同根だ。
 もし、「正ピラミッド型」にすれば、それだけでも「役職手当」が無くなり、降格人事の心配から所員が「勤勉」になることを考えれば、やはり「職務効率」は2割向上するだろう。

 第3は、「管理職の民主的採用」について。自治体の職務は、住民のためのもの。「管理者」は、住民に信任されねばならない。どうするか。「公開競争により採用すべきだ」。そうでなくとも、「社会的に実績の認められている者」を採用すべきだ。私は、ある時聞いてみた、大阪府の職員に。曰く、「そんな事をしたら、俺たちは皆んな首になってしまう」と。皆んな、この言葉は、「本音」だと思わないか。府知事・橋元徹は、教育行政で「全国試験結果の公表」で難儀している。これも、「大阪」が「最悪効率」の代表じゃないのか。なら、「課長公募」の運動をしよう。
 これで、どれくらいの行政効率が上がるか。やはり、2割くらいだろう。

 既得権排除としての「行政改革」には色々ある。と言っても、各項目は相互に関連し、全てそれを項目別には分類できない。全体として論ずるほかない。先に挙げた
 「外部団体による成果評価で、2割」
 「正ピラミッド型組織体制で、2割」
 「管理職採用の公開試験制で、2割」

で、重なる部分を除けば、「全体で5割」の効率向上になろう。つまり、公務員の既得権をなくせば、2倍(←半分の人員で同じ効果)の効率の上昇になろう。

 これを前提に、日本全国の経済効果を考えてみよう。
 国家公務委員120万人、地方公務委員350万人、の人件費はどれくらい下がるか。
 公務員の平均賃金は、ボーナス(加給)も含めれば500万円程度。だから、公務員全員では、23兆円(←470万人×500万円)。これが半分になるのだから、11.5兆円(→10兆円以上)の経済効果。
 公務員組織を民間並みに合理化すれば、年間10兆円以上の経済効果。公務員の怠惰に早くメスを入れよう。

 最後に、テレビを見ていると、「天下り」で「年間12兆円」の給料が支払われているとのこと。止めれば、国民の経費は半分か3分の1になる。これだけで「6、7兆円の経済効果」。公務員改革全体で、15兆円/年以上の経済効果。驚きだ。

5 日本再生、諸政策の経済効果―既得権排除 年0.6兆円、10年で6兆円
                            公務員改革で、15兆円以上


 新規産業(経済)の発掘には、「規制緩和(既得権排除)」が必要だ。これには、異論がない。ところが、不思議なことに、「既得権」が「社会ゴミ」になっていて、「既得権排除」が「経済効果」をもたらすことには気がつかれていない。いや、そんな事はない。「国家権力保持者」は、そんな事をすれば、自分たちの権力を減じることになり、意識的に「既得権」は話題にしないだけだ。と思いきや、2009年、「(渡辺)喜美の乱」が起こった。何重にも保護されている「公務員」の特権にメスを入れよと言いだしたのだ。
 「既得権」を排除したら、どれだけ「経済効果」が生ずるか考えてみよう。



★ 既得権の種類と保護の必要性
 既得権とは、ある資格なり身分を獲得すると、一定期間、得られる特別の権利のこと。ある資格・身分を得るには、それなりの努力を要し、また、社会も、有資格者によって一定の利益が得られる。なら、その人の努力をたたえて、一定の権利付与は理に適っている。しかし、資格獲得が難しいといっても、業務内容が「比較的易しいもの」「日進月歩するもの」に、「過大な権利」「一生の権利」を与えるのは行きすぎだ。有資格者には、一定の技術水準が必要。例えば、「医師」「法曹(弁護士)」、「教員」「教授」、「○○士」などの資格。個別に検討してみよう。

 「医療技術」は日進月歩する。だから、「努力しない」医師に、死ぬまで「医師資格」を与えてはならない。いいじゃないか。通常の病気は、「風邪」とか「食中り」や「慢性病」で、無能医師でも、その程度の仕事はできるのだから、一旦始めた職業を剥奪しなくてもいいじゃないか。トンでもない。「医師」の収入が「一般職業」と同じならば、それもいいが、現実は、特別の高額収入。こんな事をするから、「医師」は「貴族」となり、過疎地医療を嫌がり、無医村が広がる。また、「医業」は、直接は「経済発展」を繋がらないのに、「高給」を保障して、「最優秀」国民(学生)を「医業」に誘導するのは筋違いだ。「国益」は、「技術」から生まれる事を知るべし。中国と比較してみよ。中国は、医療技術が後れ、医療需要が大きいのに、医師給料が低く医師は余り多くない。特に、漢方医は、通常職と殆ど同じだ。日本の医師の高給は際だっている。

 次は、「弁護士」。「試験」は日本一難しいが、「業務」はかなり易しい。いや、業務の前提として、「法体系」の理解には「高度の知識」が要るとの反論もあろう。だが、現実の職業の難しさは、「発明」を必要とする「技術開発」の方がどれだけ上か分からない。なのに、彼らが自分の仕事こそ「最高だ」と言わせるのは「おこがましい」。そんなことを許すから、「裁判官」ばかりでなく「弁護士」にまで、「常識外れの判決(言い分)」を言うのだ。「独善」を、許してはならない。だから、そのために、「裁判員」制度が必要となる。「偏向意見」の「権威」付のために、馬鹿げた「特権」を認める必要はない。優秀な学生を「技術」に向わせるべきで、「特権」は「社会発展法則」に反する。

 第3は、「教師」。教師は、「未来の国家・国民」を育てるための職業で、国家にとって、極めて最重な職業だ。フィンランドの「教師重視政策」が分かるだろう。残念、日本の現実は、無能教師でも「一生」教師として保護し、それに反し、有能者でも無資格者なら「教師村」から強力に排除している。これは、筋違いだ。それが証拠に、教師は、同業者の「学習塾」を目の敵とする敵対振りだ。
 早く、「教師村を開城せよ」。そして、真に相応しい実力者を教師とせよ。そのために、有資格者の「再審査制」を実施し、無資格者でも「資格取得」を条件とする「定時・随時採用制」を実施せよ。
 大学教授には、「資格制度」はない。だが、現実は、「院卒」「博士」が条件とされている。そのために、どれだけ「有能者」が「教授」になれないでいるか。大学教授は、「権威」ではなく、「実力・実績」だ。いや、この実力とは、「米国留学」じゃない。彼らは、「語学」は得意だとしても、しばしば「専門」に疎いことがある。教授の「任期制」は、不可欠の条件だ。また、通常人の教授採用に「論文」発表を重視せねばならない。

 その他の資格についても、国民の側から見れば、「権威」ではなく「能力」だ。有能者に専門資格を認めて欲しい。長くなるから、ここまでにしておく。私は、他の所でも何度もこの事を強調しているので、この論議はここまでにしておく。



★ 既得権排除による経済効果。試験制度1つで50億円の経済効果。
 既得権を排除すれば、「自由競争」。経済の活性化には、「規制緩和」は極めて重要だが、行きすぎた裸の競争は、「弱肉強食」を容認し、却って「社会」を混乱させる。近代社会がその典型だ。だから、社会・国家は、「自由競争」と「弱者保護」を「表裏一体で」、同時進行せねばならない。よく「安全網(セイフティ・ネット)」の構築が必要だと言われる。例えば、「円高」が進めば「一次産業」が弱体化するが、この場合、「自由競争」を阻害する「価格保障制度」という姑息な制度なんか導入しないで、単刀直入に「人頭保護」という全く異なる次元の原理を導入すべきだ。

 さて、どのように計算するか。その業界に1年間にどれくらい「新人」が必要かということから計算を考えてみる。
 資格取得による「既得権」付与を10年に定めたとする。また、「資格保持者」総数は、経済発展と同程度の増加を前提とする。そうすると、「新人」と「再任者」の合格者数は、「廃業者」数の5%増しくらいになる。合格比率を、新人8、旧人7くらいだとすれば、再任対象者が10人いれば、不合格者と死亡者の合計は3人になる。この新制度は、現行制度では5人しか合格しないのだから、合格者は3人増の60%増し。
 こうなると、「門戸が開かれた」と、「若者」がその業界に集まる。なら、その分野の訓練校(予備校)が活況を呈するし、また、その分野の書籍が売れるようになる。

 この時の経済効果は、次のように計算される。
 例えば、現在のある資格者を10万人、競争率は5倍くらい、また、予備校入校者は新人の7割、旧人の1割、参考書は、新人は1人10冊、旧人2冊だと仮定してみる。
 そうすると、
 その年の受験者は、旧人1万人(←10万人÷10年)、新人4万人(←8000人×5倍)となる。全受験者は、5万人。旧制度だと、受験者は新人のみで2.5万人(←5000×5)だから、受験者増は、2.5万人(旧人1万人、新人1.5万人)。
 参考書の売上げ数は、新人は毎年5冊とする。そうすると、その年の参考書の売上げ増は、新人(1.5万人・5冊)、旧人(1万人・2冊)で、10万冊となる。参考書は1冊3千円だとすると、売上げ増は、3億円となる。
 予備校の入学者増は、新人1万人(1.5万人×0.7割合)、旧人0.2万人。授業料を30万円とすると、40億円(←1.3万人×30万円)の収入増。
 さらに、これらの者が使う雑費(交通費、通信費、食費などの諸経費)が5割だとする。

 まとめると、
 受験者増は、2.5万人
 参考書増は、10万冊、3億円
 予備校費用増は、40億円
 雑費増加は、21.5億円
   全体の増加は、64.5億円(→60億円/年)

 以上より、1資格につき60億円の経済効果が出る。
      資格数が100種あれば、0.6兆円/年の経済効果。
      10年間続けば、6兆円(/10年)

 皆んな、これから何を考えるか。
 まず、ここに出てくる経済効果は、「現実に金銭が動く」(現実効果)という点で、「3桁枠呼称」が「計算上の時間節約」というの(非負効果)とは違う。だから、金銭が動く現実効果こそ、有効な経済効果だとも言える。しかし、現実効果は余りにも小さいとは思わないか。そうなんだ。非負効果は、国民全てに影響を与えるからその効果は大きいが、現実効果は、特定の人にしか利益を与えずその効果は思ったよりも小さいのだ。

4 日本再生、諸政策の経済効果 言葉 その3


★ 国家の任務、統一語の作成
 戦時中(第2次大戦中)、「敵国語」を使ってはならないと、野球では、「野球」を「棒球」、「ストライク」を「良し」、「ボール」を「悪し」のように言った。ちょっと行きすぎだが、外国の物を日本に輸入する時は、常に注意すべき観点が存在する。ちなみに、中国では、「野球」の事を「棒球」という。いや、「ゴルフ」じゃないか。「ゴルフ」は、「高尔夫 gaoerfu」と「外来語」を受入れた。成る程、仕方がなかった。

 「消費税アップ」「消費税をアップする」、これらの言葉は、日本語として定着してきた。だが、「アップ」の元の意味は、「アップ、アップ」として、「水を飲みながら、沈みそうになる時の音」をつまり「溺れそうな状態」を表す。英語の「up」とは丸で違う意味だ。こうなると、「アップ、アップ」は、「上へ、上へ」の意味に変化するかも知れない。
 日本語に、このような変化を許すか。時代の趨勢といえば趨勢だが、このような現象の受入れは、植民地化の始まりだ。古代、中華帝国が周辺国に「漢字」の使用を強要したのも、その一つの流れ。中国は、受入国(地域)を、今日、「中国の一部」だったと主張しているが、こんな事は認められない。だったら、日本は、「漢字」の使用を廃止するか。いや、もう、それは出来ない。日本語の半分以上(6割ほど)が漢字ででしか表現できない。漢字文化の一国として生きていく他はない。なら、今後は、米国に近づくのがいいから、英語文化を受入れるべきか。早計。英語的発想で、受入れられる物だけを受入れるべきだ。日本語を国際語として認めさせる事の方が、日本国民にとって有利だからだ。

 今後、日本語をどのような方向に導くべきか。私は、「漢字(表意)」と「アルファベット(表音)」を比較した場合、圧倒的差でもって「漢字」に軍配が挙げられるのなら、日本語を「表意言語」として尊重するのが良いと考える。この点については、別のブログで詳述した。

 外国の「物」「名前」を日本語に取込む時は、どのように行うのか。意外な伏兵が忍び込んでくる。最近、「差別用語」を廃止するとか「表現が激しすぎる」とかいう理由で「意味不明」の言葉が多くなってきた。例えば、「めく○」は「視覚障害者」、「つん○」は「聴覚障害者」に変わった。これで意味が採れるのか。更に、他の言葉にも広がる。「めく○めっぽう」はどう表現するのか、「つん○さじき」はどう表現するのか。まさか、「視覚障害者の方法」「聴覚障害者様の隔離」などとする訳ではいないだろう。更に、「痴呆者」は「認知症」に変わったが、これで意味が採れるのか。
 この点を中国と比較してみると面白い。激しい言葉が多い。「私せい児」は、元々中国語(「私生儿」)で、その意味は、「私=密かに(←「私/個人的に」の意味ではない)」「生=産んだ」「児=子供」の意味。いや、もう、酷い屈辱的な言葉だ。日本でも同じ意味だが、こんな言葉を実際にも使っている。日本では、「非嫡出子」と変えた。
 次は、「強姦」。この言葉は、日本語の中に生きるには生きている。刑法で使っている。だが、「姦」の意味が良くないというのか、最近は、「レイプ」というようになった。これでは、意味が採れない。「レース(競争)」の変形語かと思う。やはり、日本語で名前を付けるべきだ。「姦」の字に「卑猥」なら、別の「漢字」を創造してもいい。ちなみに、中国では、どうか。勿論「強姦」という言葉が日用語としてある。そればかりか、喧嘩の時は、子供でも、日常的に「お前の母さんの穴(ピー)に、俺の棒(ルー)を突っ込むぞ」などと、エエッ、オオッいう言葉を使うという。
 振返って、「めく○」は、「目先が暗い→目暗→盲」と変化した筈で、どこにも「差別」の意味はない。なのに、何で、これが「差別用語」なのだ。私は、「めく○」は、「差別用語」としない方がいい。尤も、「ぼんくら」という言葉があるが、これは「ぼやっとしていて、暗い」の意味だから、いくらか「差別」の意味がある。とは言え、「ぼんくら」に当たる言葉を探そうと思っても、別の言葉は見あたらない。とは言え、これを決めるのは、日本国民全体で決めるのが筋だ。単に、日本語の語感が良くないという理由で、英語を使って「ブラインド」などとするのがいいとも言えない。全然、意味が採れない。

 余談は、ここまでにする。
 外国の概念を日本に輸入する時は、やはり、国家機関が広く国民の意見を取入れつつ、日本語として相応しい言葉に決定するより他に方法はない。先に示したように、「植民地受忍語」を認めれば認めるほど、「日本語」が崩壊する。それだけでなく、国民が意味取得するのに、年間何兆円という経済損失を与える。断固として、「植民地受忍語」を認めるべきではない。米国流の「経済理論」を認めたばかりに、今日の「日本の空白」と「失業者の大群」をつくった事を教訓とせねばならない。
 具体的には、私は、国家に「名称創造(省庁)」を造り、そこに各分野の専門家を集め、またその周りに「電網」で国民が意見を言えるような制度をつくるのが良いと考える。
 詳細は、別のブログで話したい。

3 日本再生、諸政策の経済効果―言葉 その2

★ 言葉散乱を防止する国家の任務
 言葉は「意思疎通」のための重要な「道具」。「道具」がばらばらでは、国民は混乱する。歴史を見てみよう。どこの国でも、皇帝(将軍)は、国家を統一すると、まず、最初に「度量衡」と「表記(国語)」を統一した。それほど重要なのだ、生活に必要な「道具」の整備が。中国では、2000年前、「秦の始皇帝」がこれに着手し、その結果、「統一国家・中華帝国」の基礎が固まった。
 次に、大きな改革を行ったのが中国革命後の「中央政府」。「普通話」を定め、学校教育は、全て「普通話」ですることにした。だから、「普通話」の出来ない者は「先生」なれない。試験がある。「関西弁」で授業するようなことは許されないのだ。皆んな、知っているか。中国では、百キロ離れたら、会話では「意思疎通」できないということを。「関東弁」と「関西弁」の違いどころじゃない。中国語は、1「漢字」、1「単音」、1「意味」を表しているから、「音節」がちょっと違っただけでも「意味」が違うことになる。だから、中国革命後60年経っても、まだまだ中国語の真の「統一」はできていないのだ。
 蛇足。今、問題になっているのが、少数民族への「普通話」教育。「漢民族への同化」を受忍させるかどうか。だが、実際は、少数民族にとっては、自分たちの文化を捨てるかどうかの重大問題。それでも、中央政府は、「普通話」が喋れない者を排除して、強引な「漢民族化」を行っている。その対立の最前線にあるのが、「チベ○○」であり、「○彊」地区だ。

 次は、中国と対照的な欧州を見てみよう。中国と大体同じ面積の欧州、ここには50カ国くらいの国家があり、それと同じ数の言語がある。この原始言語はアーリア人(インド・ヨーロッパ語族)が持込んだもので、欧州言語は、元は一つだった。なら、何で、今日はこんなにも細かく分かれてしまったのだ。とは言え、どの言葉も、方言ほどの違いしかなく、よく似ている。とは言え、接頭語、接尾語、語尾変化が少しずつ違うので、中国のように統一言語はできない。
 いや、そんなことはない。中世には、「ラテン語」という上流階級の「標準語」があった。が、「ラテン語」による欧州の言語統一はできなかった。「ラテン語」とは、机上の言葉で、実際に話されることはないが、表記すれば、各国で大体その意味が分かるという言葉だ。言わば、古代社会で中華帝国の周辺国(朝鮮、日本、ベトナム)が使っていた「漢字文(漢語)」みたいな存在だ。
 なら、何故、「ラテン語」が広まらなかったのか。言語が「表意」でなく、「表音」だったからだ。話し言葉は、「時」と「空」の変遷により、元のものから変化する。歴史的事実だ。戦後、米国の影響を受けて、日本語に大変化が生じた事からも容易に分かるだろう。「表音言語」の場合は、「音」に合わせて「綴り」が変化するのは当たり前で、「表音言語」であった「アーリア人」の言葉は、中央アジアから欧州に入る過程で大変化を遂げたのだ。こうして、「英語」「ドイツ語」「フランス語」の元ができ、また、英語なら英語でも、細かい表現は、時代と共に変化した。「古英語」「古ドイツ語」「古フランス語」は、日本の「古語」「古日本語(大和言葉)」と同じなのだ。元々の日本語は、文字はなくても「表音言語」系で、2千年間にどれだけ大きな変化を遂げたか、皆も知っているだろう。

 「表音言語」は、一旦変化したらもう元へは戻らない。「綴り」が「音」に合わせて変化するからだ。その点で、「表意言語」である「漢字」は、「音」の変化に対する「表記」の変化は必然ではない。「読み」だけが変化していく。中国の方言は、このようにして欧州各国の言語数と同じくらい多岐に変化したが、「表記」の方は、2千年間、一貫して同じであり得た。今日、我々が中国の古文書を見る時、最初の印象は、昔も同じを使っていたのじゃないかだが、それほど変化していない。日本の平仮名文字の変化とは違う。そればかりか、漢字は、一旦変化しても、修復できた。「科挙」制度が「文字(漢字)」と「言葉」の乱れ防止に大きく役立っている。なら、一般民衆は、どうなんだ。民衆は、「耳音」だけで、「書音」はない(字は書けない)。だから、無視してもいい。さらに最近では、「繁体字」を「簡体字」に改め、「普通話」で「読みの統一」を図り、この広い中国(地域)に「言語統一」が行われつつある。今日、欧州は、残念ながら、「言語統一」は絶望的と言うほど困難な状態にある。一つは、「表音言語」の宿命と、もう一つは、言語を統一(ラテン語が普及)できるほどの「大皇帝」がいなかったことが運の尽きだったのだ。

 分かっただろう、皆んな。国民の皆んなが使う「統一言語」は、表現の基本だから大事にせねばならない。特に「表音言語」は、常に「引締め装置(国家)」がなければ「分散・発散」してしまうから、国家による引締めは絶対だ。
 そこで、日本語の現状はどうか。国家自らが、日本語を「破壊」している状態にある。国家の役人が、自己の優秀性を示そうというのか、先に挙げたカタカナ語を率先して使い、また、テレビがその言葉を宣伝している。これで、何故、日本語が崩壊しないのだ。日本語は、半分崩壊したと言ってもいい。私は、カタカナ語に対する標準日本語を考えてみるのだが、もう、適当な語のないものが多い。
 蛇足だが、日本のテレビ論客には、何と「下手くそ」「そんな事は当たり前だ」という者が多いが、「学歴」が字幕に出てくると、なるほどと思う。「米国」で学位を取っているのだ。日本には、「米国コンプレックス(に対する劣等感)」が非常に強い。これでは、日本は、間もなく米国の本当の植民地になる。



★ 特殊人名、カタカナ語による経済損失。1名につき10万円、1語につき4億円だ。
 なら、「特殊人名」と「カタカナ語」を認めた場合、どれほどの経済損失が起きるのか。
 「人名」の特殊読みの場合は、その人の行く先々で、相手方に余分の労力を強制し、その損害は歴然。最近は、女子の名前に変化が大きい。何と読むのか分からないばかりか、男か女かも分からないものが多い。例えば、「希空」とは、何と読むか、男か女か。女の子で「ノア」と読む。
 私は、中国で、学生名簿を作るため、中国語の「ピンイン」で名前を書込んでいく。名前用漢字は読みの分からないものが多い。辞書を引き引き書込む。僅か、30人の名前を登録するのに1時間もかかる。いらいらが極限に達した頃、やっと作業が終わる。日本語なら、10分かそこいら。
 「希空」のような名前は、正にこのような名前で、周りの皆んなが困る。隠れた所にも迷惑を与える。官公庁、学校その他。そうなると、名前の特殊読み、特殊漢字は、集計すれば、周りの人に、1日に30分くらいの余分の時間を強制するだろう。そして、最近のように特殊名に人気が出てくれば、たぶん国民の1%が「特殊名」に変わるだろう。また、この人は、一生他人に無駄な時間を強制することになる。そうすると、ここから経済損失が計算できる。蛇足だが、日本の戸籍では「漢字」その他の日本語「文字」を届け出るだけで、「読み」の届出は不要だ。だから、戸籍に「美人」と届け出て、住民登録で「ビューティ」を読ませることも法律上は可能だ。さすがに、今のところ、ここまでする者は居ないが、これに似た事をする者が無茶苦茶に増えてきた。「希空」もその一つだ。その端的な例は、相撲取りの「しこ名」だ。

 さあ、経済損失を計算してみよう。
 1人の特殊読みによる経済損失:
   30/60(時間)・365(日)・600(円)=11万(→10万)円/年
 国民の1%、百万人が特殊名にした時の1年間の経済損失:
   11万(円)・100万人=0.1兆 円/年

 その人の意思で、個人的に「特殊名」を使うのは勝手だが、他人にもその特殊性を強制すると、塵も積もれば山になるで、そんな人が国民の1%にも達するなら、0.1兆円(1千億円)という膨大な経済損失だ。漢字の読みに一定の制限が必要な事が分かるだろう。

 次は、カタカナ語を1個創った場合はどうなるか。最近、創られる名詞、動詞の半分以上が、カタカナ語だというほど「カタカナ語」になってきた。たぶん、1万語は下らない。これだけ、日本語に語源をもたない言葉が増えれば、国民が、その言葉の真の意味を知ろうと思えば、1日に10分、無駄な時間を強制されるだろう。この経済損失は、国民全部に及ぶ。いや、尤も、国民は、真の意味を知らないまま過ごしているから、実害はそれほど大きくないが、じわじわと国家を崩壊している事に気付くべきだ。国民が、「カタカナ語」に慣れれば、実損は、計算の半分になるが、そんな事は、カタカナ語を増やして良い理由にならない。

 カタカナ語が、国民1人に与える経済損失:
   10/60(時間)・365(日)・600(円)=3.6万 円/年
 1億国民に与える経済損失:
   3.6万(円)・1.2億(人)=4.3兆 円/年
 1語に換算してみると:
   4.3兆(円)/1万(語)=4.3億(→4億)円/語
   実損は、1語につき2億円。
 カタカナ語の蔓延の経済損失は、意外に大きいことが分かった。

 以上から、通常の日本語を使えば何の問題も起きないのに、個人の好みを他人に強制したり、ある人の教養趣味を満たすために一般国民が受忍せねばならない経済損失は意外に大きい。年4兆円以上にもなることを明記されたい。

3 日本再生、諸政策の経済効果―言葉

 第3は、漢字の読みと書きを統一化し簡略化した場合の経済効果を考えてみよう。最近、漢字熱(ブーム)が起きてきたのか、テレビで、漢字の「特殊読み」が人気をよんでいる。しかし、これは、経済の負(マイナス)効果だ。テレビ局には悪いが、私は、あの特殊読みをなくせば、日本語が「国際語」に成れる資格が出てくるし、国民に対しては、例外読みの拘束から逃れられるという膨大な「経済効果」をもたらす、と指摘したい。総理大臣が「漢字の読み」を間違えるという話もなくなる。

★ 中国簡体字との比較、その差は歴然。経済効果は、大体年3兆円だ。
 どんな効果が出るのか。日本に居ては、なかなか分からない。まず、中国を見てみよう。
 中国では、「遷移」と表記するには「迁移」とする。勿論、「遷移」と書いても通用するが、「迁移」が分かり易いのは自明の理だ。表記が簡単で、しかも、文字の構成要素に読み(音符=千)が含まれているからだ。「繊維」も「纤維」を書いてよい。


 漢字は中国が発祥の地だが、今では、中国は「繁体字」を止め、「簡体字」にした。日本と比べて、漢字の「字形が統一」されて学習の手間が省け、また、「発音も統一(朗読に便利)」されてが非常に読み易しい。そのため、中国人は、漢字を、平仮名のように器用に読んでいく。
 それと、中国語では、漢字に「例外読み」が少なく、「誤読」が非常に少ない。例えば、「世」の字は、日本語では、「語頭」では「世界(せかい)」のように「せ」読むが、「語尾」では「近世(きんせい)」のように「せい」と読む。中国語では、いずれの場合も「シィ(shi4)」と読む。極めて明快だ。
 日本人は、中国人に対して、「さすが漢字の国だ。漢字をよく知っている」などとお世辞を言うが、中国語の「表記」と「読み」は、実は、中国政府の「簡略」「統一」の努力の結果。元は、「時」と「場所」で「読み」が異なっていたが、時の王朝が「読みの統一」を行い、さらに、中国革命(1949)以降は、中央政府が「普通話(標準語、標準発音)」を制定し、強力に「読みの統一」「字形の統一(簡体字化)」を行ったから、このようにも「中国国語」が論理明快になったのだ。

 で、日本は、何でこんなに「表記」と「読み」に統一性が取れていない(乱れている)のだ。いや、中国から輸入した時は統一が取れていたのに、誰がやったか知らないが、「不規則」がいいとして、現在のこのようにも複雑な「字形」と「多重読み、例外読み」を増やしてしまったのだ。
 日本も、一時、期国語改革に乗出したことがあった。戦後の「字体」の簡略化だ。だが、最近は、ワープロがあるからかと言うのか、不規則字形を含む復古調文字が「正字」としてどんどん復活してきた。特に、名前用で著しい。
 例えば、「沢」→「澤」、「斉」→「齋」、「鉄」→「鐵」、「島」→「嶋」。特定の個人が「復古調がいい」と思うのは勝手だが、何で、その他の1億人にも、復古趣味を強制するのだ。時代逆行は、負(マイナス)の経済効果であることが分からないのか。国語審議委員の良識を疑う。特に、字体の不統一には呆れる。「1点/2点 進にゅう」「点付/無 者」。「食/餉」。
 中国の例を言おう。中国では、「劉」は「刘」に、「鄭」は「郑」に、「齋」は「齐(斉)」となった。多くの中国人が昔を懐かしんでか、名刺に「劉」「鄭」「齊」の文字を刷込んでいる。だから、これらの字に、市民権が与えられていることは確かだが、政府は、身分証明書などの公的文書には「刘」「郑」「齐」の字体を使う。日本も、このような使い方でなぜ行けないのだ。目出度し、目出度し(ハッピィ、ハッピィ)じゃないのか。

 更に、最近では、当用漢字数を増やしてきたが、難しいからか、現実は、漢字の使用は極端に少なくなり、それに替わって英語崩れの「カタカナ文字」が急増してきた。ちょっと、身の回りとかテレビを見ていると次のような言葉が出てきた。「ノミネート」「スピーチ」「アクセス」「モチベーション」「パネル」「パネラー」「パネリスト」「コンセンサス」「ガバナンス」「ホームレス」「レイプ」「レイシズム」「セクハラ」「パワハラ」「AED」「べース」「エンドレス」「ケア」「ケアマネ」「ヘルシー」。これが日本語か。感覚的には分かるが、正確な意味が採れない。そればかりではない。私は、中国の大学で、外国人と英語で話す機会は多いが、どの一つも日常会話に出てきたことはない。こういう言葉は、分かる者には分かるが、分からない者には分からない。「特殊村」でしか通用しない言葉だ。何で、「特殊村の言葉」に、一億国民が振回されねばならないのだ。仲間内に留めるべきだ。その方が、遙かに経済効果が大きい。ちなみに、中国人は、外来語にはほぼ全て中国語に翻訳して使っている。最初は、ええっ、何という意味だと思うが、「漢字」だから直ぐ慣れる。
 日本は日本語をもう少し大事にして、政府が率先して、先に挙げた言葉の日本語訳を創って、言葉の経済効果を高めるべし。

 では、日本が中国簡体字と同等の文字を使用した場合の経済効果を考えてみよう。
 漢字を簡略化し、読みの例外を可及的に減らせば、小学校、中学校、高等学校、さらに、社会に出てから「漢字」引いては「国語」の学習時間が半分になる、ことは確実だ。次の事実を見てみよう。まず、中国の例から。1学年に習う漢字は350字程度で、日本の2倍。小学校で2千字、そして、中学校で2千字弱程度の学習。さらに必要に応じて、その後、1〜2千字を覚える。例外が少ないから、これだけ負担がかかっていても、苦労はそれほどでもない。そもそも、「平仮名相当文字」がないから、漢字を覚えなければ生活できないから、何のかんのといいながら4、5千字が頭に入ってしまう。

 対する日本。中学校までに常用漢字2千字、さらにその後、名前用漢字を最大1千字覚える。この場合、「常用」である筈の漢字だが、基本的に「音読」と「訓読」があり、その「音・訓」にも複数の読みがあり、更にその他に「例外読み」が続くという具合に読みが極めて複雑だ。読みは、少ないもので「2つ」、多いものでは「5つ」もある。そして、名前用漢字は、読みは「無限」と言っていいほど多い。だから、漢字1字覚えるのに、日本では、中国の2、3倍の労力を要する。だから、日本語から「異読」「例外」をなくせば、日本人が「漢字」と「日本語」を覚える労力が半分になることは確実なのだ。

 漢字の「字形」と「読み」の統一は、国語学習全体として評価しないと、その「経済効果」は計算できないが、その大略次のようになる。

 小学校の省エネ時間は、1日1時間(←1日の国語学習時間は2時間)にもなるだろう。「国語」は、全ての基本だと言うことで、小学校では、国語学習に最も力が入れられているからだ。中学校では、30分くらいだ。高校では、20分くらいだろう。それ以降の10年は10分くらいになろう。そして、一般人は、5分だとしよう。
 経済効果計算の労賃をどう定めるか。高度の知識労働だが、最低賃金の時給600円位に設定しよう。

 小学生の省時間:
   1(時間)・365(日)・120(万人)・6(学年)=26億 時間/年
 その(省エネ)経済効果:
   26億(時間)・600(円)=1.6兆 円/年

 中学生の省時間:
   0.5(時間)・365(日)・120(万人)・3(学年)=6.5億 時間/年
 その経済効果:
   6.5億(時間)・600(円)=0.4兆 円/年

 高校以上の10年間:
  20/60(時間)・365(日)・120(万人)・10(年)=12億 時間/年
 その経済効果:
  12億(時間)・600(円)=0.7兆 円/年

 一般社会人(9000万人)の省時間:
  5/60(時間)・365(日)・9000万(人)=27億 時間/年
 その経済効果:
  27億(時間)・600(円)=1.6兆 円/年

国家全体での経済効果:
 小学生(1.6)+中学生(0.4)+高校以上(0.7)+一般(1.6)
   =3.3兆 円/年

 皆んな、驚いただろう。日頃、我々は学習に費やす労力の価値には気付かないが、金銭に評価したらこんなにも多額になるのだ。漢字を整理するだけで、日本には、年間3兆円以上の経済効果が生まれる。改めて認識して欲しい。
 尤も、この経済効果が出るのは、漢字が整理された後の話で、たぶん5十年はかかる。それまでは、むしろ労力(エネルギー)の消耗が続く。だけど、その後はバラ色だ。中国を手本に、3兆円の経済効果を目指して頑張ろう。

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