日本の再生と国際化を考える

英才教育、日本語の国際語化、数値の3桁読み、度量衡改革、漢字仕様電脳、やる事は多い。

小説「天網」‥中国の通訳腐敗

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    14小説 「天 網」

    二

 多額の軍資金を盗られたのでは、事業再開は難しい。自分でも努力して犯人を追わなければならない。まず、呉敏娜の潜伏先の徐家汇に行ってみよう。
 徐家汇とは、上海の副都心。日本で言えば新宿。高層ビルが林立していた。呉が出ていったときの状況からして、潜伏先は、空港から高速を飛ばして行けば、直接車で来られる所だ。日本人が住んでいる所となると、高級住宅街に違いない。
 森下が「ここだ」と思って入った所は徐家苑というマンションだった。管理人は日本語ができた。なるほど、ここが一番可能性が高い。運良く六棟ある巨大マンションの全部に当ることができた。が、そのような日本繊維会社はなかった。ちなみに、この公寓にも、経費節減のため、かなり多くの脱法会社が入っていた。マンション内で聞くと、近くに五月天公寓があり、そこにも日本人が多いとのこと。早速、五月天に行ってみた。ここにもなかった。
 総合結論。家賃が一万元、二万元もする豪華マンションを、たださえ苦しい日本の繊維会社が、管理人費を払いながら空家にしておくことはあり得ない。そうなのだ。そうすると、その会社は、倉庫兼の事務所のある公寓のはずだ。
 これも偶然だが、五月天で、森下は中国大使・阿南に懇意なある会社の社長・珠村義朗に会った。上海共同商務管理公司、つまり上海の繊維関係投資に関する総元締め会社の社長だ。「そのような状況の窃盗犯なら、私の名前で、日本領事に頼めば、事は簡単に解決しますよ」。なら、早速「お願いします」。二日後にメールがきた。「今は、日本叩(たた)きが激しいから、日本側からの行動は難しい」と。領事の本音だ。本当にこの頃、小泉首相の対中政策が失敗し、この二週間後のメーデーの頃、上海領事館が中国の暴徒に襲撃されるという事件が発生する。

 別のある時、森下は、胡楊典を連れて、竹園社区という巨大マンション地区に足を踏み入れてみた。「あそこなら」という情報を掴んだからだが、これも偶然だ。胡は、社区の事務所までは行ったが、そこから先は、「恐ろしい」の一点張り。なぜ、マンション内を聞き歩きしては行けないのか。理由を聞いて驚いた。
 中国では、一般人の探偵が禁止されているというのだ。探偵ができるのは、弁護士と警察官だけ。そうすると、一般人は、訴えるだけで、後は、お上が草の根を分けてでも事件を解決してくれる訳か。社会主義国の警察は、しつこいと言うから、さすが社会主義万々歳か。それなら有り難い。だが、反対も言える。社会主義を非難し、共産党幹部を追求する事件は、事件とされないのじゃないか。現に、森下の被害調査がその件に近い。
「胡さん、一般人の探偵禁止は、学校で習ったのですか」
「違います。だけど、小学生、中学生の頃から、こんな事は中国人の常識ですよ」
 何もかも、「すべては、中国の利益、共産党幹部の利益」のため。つまり、一週間で事件を解決するというのは、国民に対する愛国教育つまり世論操作、つまり洗脳教育(マインド・コントロール)の結果なのだ。実際にそうなのか、どうなのかは分からない。反日教育は、まさにその延長線上にある。
 作戦変更。相手が隠れているマンションを捜すことは土台無理。そもそも、強く反日感情を植え付けられた管理人に、銀行預金の窃盗犯を聞くこと自体が無理だ。呉は、籠城している。だから、必ず青果物市場に行く。料理が好きで、昆山では喜んで作ってくれた。なら、呉は、必ず行く。「自分は尋ね人をしている」と市場の親父に言えば、呉が近くに潜伏していれば確実に教えてくれる筈だ。お尋ねの理由は、「元、師弟関係」でも、何でもいい。現に、新聞広告を出しなさいと言ったイギリス人がいた。
 この作戦は当たった。いろいろ情報をくれた。しかし今度は、一般市民の多い市場近くには、日本人が居そうな所が少なかった。どうしても古びたアパート、中の真っ暗なアパート、奥まったアパート、そんなのばかり。日本でも古アパートは、どこか薄汚さを感じるが、中国はその煉瓦版、かなりひどい。森下は、徐家汇から中山公園、静安寺の三角地帯の界隈、つまり上海の旧市街は、隈無く歩き切った。結局、一五日ほどで諦めざるを得なかった。

 上級庁つまり上海公安局浦東分局から連絡があった。「本日、午後、事情調査をする」と。やっと来たか。事件から二週間も過ぎている。
 森下の心配は、銀行のビデオ証拠が撮影日から一ヶ月で消去されること。預金引出しは、別の支店からしているかも知れないから、確実に二人の映像が映っているのは三月二九日のものしかない。これが証拠保全できるのは、後一週間しかない。とにかく、その点を担当者に聞いてもらわないと話にならない。
 急きょ、森下は、胡を呼び出して、浦東分局に向かった。
「これから、正式の事件調書を作ります。午前中に言いましが、その金があなたのだという証拠を持ってきてくれましたね」。
「はい、これです」
 こうして、調書作りが始まった。「あなたの国籍はどこですか」「生年月日はいつですか」「はい、それではパスポートを見せてください」「会社代表者は、誰ですか」「普通は、代表者が会社設立資金を出しますが、あなたが実質的代表者であるという証拠はどこにありますか」「はい、会社設立契約書ですね。それでは、その金があなたのものであるという証拠はありますか」「そう、銀行の換金証明書ですね。いいでしょう」。
 泥棒に遭ったというのに、何でこんな事を聞く必要があるのか。調べるのは、周や呉の犯罪事実ではないのか。なのに、根ほり葉ほり森下への執拗な攻めが続く。特に、契約書の真正さと換金証明書の真正さについては、原本があるかどうかなど微に入り細にわたった。通常、盗難に備えて、自分の持ち物に証明書を付けることはできない。なら、その証明書がない時は、捜査打切りとでも言うのか。森下は、いい加減だと思ったあの資金契約書、円元交換後の領収書の、その重要性が分かり始めた。なるほど、犯人を庇うときは、この手を使うのだ。
 尋問は続く。「では、次は犯人に移ります。あなたとは、どういう関係ですか」「そう、元の学生ね。彼らの住所はどこですか」「そう、同じ会社の中ですね」「一緒に生活していたのですか」。森下の「そうです」。ここまで来たとき、主任が副任に向かって、なにやら小声で呟いた。が、森下にはよく分からなかった。胡がこう通訳した。「ちぇ、奴は、女と寝やがって。そんなら、金もなくなるわな」。とても口には出せない卑わいな罵りだったという。胡は、続けてこう言った。「馬鹿な奴らだ、僕が先生にその事を通訳したとも知らずに、よくも、あんな事を言うもんだ」と。ここまで来ると、はっきりした。
 所要時間は、一時間半だった。途中で、副捜査官が三〇分ほど中座していた。帰ってきて、胡と副任が何か話し合ったが、森下にはよく分からなかった。
「では、最後に、通訳の名前と住所を調書の最後に書いてください」
「私は、調書に自分の名前を書いて欲しくないのですが、どうしても必要ですか」
 胡がなかなか納得しない。森下が催促し、ようやく、ためらいながら署名した。何で、こんな当たり前の事を渋るのか。名前だけなら、尋問に先立って名乗ってあるし、あまり重要ではない。森下は、事態の進行が飲み込めない。
 実は、副任の中座は、胡楊典の戸籍調査だった。森下の尋問に先立って胡は、自分の身分を名乗ったが、上海大学卒が嘘だった。そこで、副任が胡をたしなめていたのだった。胡は、この事について何も言わなかった。少し補足する。学歴詐称は、学歴なしで通訳になった者がよくすることだ。そして、またその後で、通訳は「嘘を付いちゃった」、と舌を出す。本件と何の関係もない口頭の学歴詐称は軽い嘘で、それ自身は全く些細なことだ。ちなみに、日本では、通訳に「あなたの学歴は何ですか」と質問することは、地が裂けてもあり得ない。中国ではそれを言わせるのだから、返事に嘘が多いのも当然だ。だが実は、この時、恐ろしいことが起きていた。
 胡が、一年後に述懐した。
「ねえ、先生。あの時、僕は通訳能力を見せかけるために、学歴を詐称したのですが、あの時、副任が僕を脅してきたのです」と。「なあ、胡よ。通訳というものは、相手の言葉をそのまま伝えるものじゃない。中国の利益を考えるものだよ」「あの日本人、日本人の恥さらしだよ。だから、お前が適当に言えば、俺がその通りに書いてやるよ。これからは、そうしてくれ。分かったな」「もし、お前が日本人の片棒を担ぐのなら、それもいい。なあ、お前、戸籍調査でお前の学歴詐称が直ちに分かっただろう」「分かるだろう。お前の親の人物調査だって何だって一瞬でできるんだ」と。真かと思うが、事実なんだ。
 だから、胡楊典が青くなったのだった。公安局を出た後、「共産党は嫌いだ」「共産党は怖い」と言った理由が一年後に分かった。付言すると、胡の親は「文革」で酷い目にあっていたから、胡は、共産党にいい印象を抱いていない。

    13小説 「天 網」

三章 すべては中国のためにある

    一

 いくら何でもおかしい。森下が上海天平製薬厰の保健食品有限公司との委託生産契約を結んで帰ってきた時だった。一息すると、呉敏娜が居なくなってから、一連の電話の受け答えに矛盾点が多いのに気づいた。とは言え、事が事だけに、自分一人で銀行や警察に行くことはできない。その夜、元の江川日語の卒業生・史莹と通訳として採用予定だった胡楊典に電話した。
 翌日、まず登記代理会社へ行った。「二一日の日に、すべて終わっています。お金も貰っています」。そして、事務経過のコピーをもらった。「あの千元に騙された。何でもっと早く気が付かなかったのだ」。
 次は、銀行。「おかしいと思いましたよ。何で、あんな娘が銀行印届けをするのか変でしたよ」。銀行取引残高表によると、最後に下ろしは前日だった。「もう一日早く気づいていればよかった」。だが、後の祭り。銀行から証拠として、呉と周が差出した会社印を押印した身分証明書のコピーをもらった。
 次は、警察(派出所)。一時間ほどかけて、被害調査票を作ってくれた。署員が、犯人はどこにいるのかと聞くので、森下が、変なことを聞くものだと思いながら犯人の予想潜伏先などを説明しようとすると、それは「不要だ」、と。
 公安というところは、いったい何をするところか。今なら、非常線を張れば、犯人が捕まえられるのは確実だ。周桂芳の衡陽行きは一日に一本しかないから、上海と衡陽駅の間のどこかに居るのは間違いないし、呉敏娜は、徐家汇辺りとあまりはっきりしないが、日本企業を捜せば、直ぐに見つかるはずだ。

 とにかく、おかしい。事件当日の晩、森下は、元の学生・劉雪明に電話してみた。劉は、世情に明るく、裏社会のことはよく知っている。三八歳。
 劉は、こう答えた。そこまで犯行がはっきりしていたら、事件は早ければ一週間で片がつく。これから毎日、公安通いをすることだ、と。また、警察官に対する「気付」は、分からないが、千元くらいから交渉したらどうか、だった。やはり、そう、それが必要だったのだ。
 総合的に、森下はこう推理した。呉敏娜の犯行は、直接的で疑問の余地がない。
 周桂芳は、最初は、共産党幹部の娘で、自らも共産党青年団の団長を務めているのだから、悪銭を掴むことはあっても、自分が犯人だと名乗り出、それには証明書まで付けて銀行預金窃盗をやることはないと思えた。しかし、事実は、会社退職後三週間ほどたった三月二九日に銀行に出頭したことにより、周の犯行は白日のものとなった。また、桂芳が以前から妹の大学宿舎に行くので番号の控えがあり、電話したこともあったが、案の定、巧英の番号は不通。変更させていた。不思議なことに、周桂芳と呉敏娜の番号は、連絡の必要性からか生きていた。
 そうするとこうなる。周桂芳は、三月一〇日に退職したが故郷の衡陽には帰らず、妹の四女巧紅の所に居候した。そこから、呉敏娜に色仕掛けを命じつつ、三月一六日と二一日に登記手続を完成し、三月二二日と二九日には銀行手続を行った。そして、三月三〇日からの四日間で、会社設立資金の一五万元全部を抜き去った。犯行最終日は四月二日で、翌日帰省した、だ。

 その翌日すなわち四月四日、森下は、呉と周の写真を持って公安へ行った。呉の写真は、何枚かあったが、周のものは、偶然も偶然、前年昆山で撮ったわずか一枚だけが出てきた。はっきり写っている。それだけの手配写真があれば、相手が逃げ切ることは不可能だ。
 「ご免ください」、森下が窓口で写真を渡そうとすると、三人の窓口担当者は世間話に熱中し、こちらを見ようともしない。再び「ご免ください」。一人が物臭そうに、「今、担当者はいない」。森下が少し強引に前日の被害調査の係官の名前を見せると、「その人なら、二階にいる」と。担当者は、写真を受け取った。
 森下は、その次の日も行った。二人の潜伏予想先を書いた書き物。受付署員は、「それは要らない」と。だが、森下は、金を払って胡楊典に作らせたものだ。簡単には引下がれない。捨てられてもいい、森下は、強引に置いきた。
 その日の夜、森下は、連絡の取れる元の江川日語の学生全員に電話した。一五人ほどいる。彼らの一致した意見は、身元が割れている以上、ホテルに泊まるのは勿論のこと、団体旅行に申込むにも、果ては、電話番号を設定するにしても身分証がいるので、たとえ一次捜査で網の目をかいくぐったとしても、最後まで逃げ切ることは困難。目安としては、どんなに長くても三ヶ月だ、とのこと。だが、何故、公安(警察官)は、あんな態度をとるのか。やはり、気付か。
 史莹や胡楊典も同じ事を言った。特に、胡は、事件が解決したら三美公司の社員になれると思っている。そして、これから毎日、事件解決のために出社したいと言った。だが、胡の真の理由は違う。日本語一級試験にまだ合格してないので、森下と仲良くなるのが得策なのだ。とは言え、かなりの意欲。森下は森下で、一級の資格がない者は安く雇え、同床異夢かも知れないが利益は一致した。当面、公安書類や親たちに訴える文を胡に頼むことにした。
 とりあえず、速達便でそれまでの経過と公安書類を添付して、呉の親・呉迅と周の親・周易明に送ることにした。面白いぞ。日本なら親が仰天するが、中国ならどうなるか。当然、同じになるはずだが、強権支配、反日教育、特殊な捜査方法の下、発現が同じかどうかは分からない。

 公安が被害調査書作ってから一週間が経った。そろそろ、何らかの兆候が見られるはずだ。森下は、公安に行ってみた。
「もう、事件は解決しました」
「ええっ、解決したんだって」
 よくよく聞いてみると、担当者が事件を上級庁に報告したことだった。
「それで、事件は今どうなっていますか」
「それは、上級庁に聞いてください」
 電話番号を書いた紙切れをくれた。森下は、自分では込み入った話ができないので、翌日、胡に連絡を取ってもらった。「こちらは、外国人交通事故係です。窃盗事件とは全く関係がありません」。事件簿を見て、「ああ、来ています、来ています」。何で、そんなところに。元の部署に連絡すると、話し中でつながらない。つながると、担当者がいない。三〇分後、再び電話。「あっそう、間違っていましたか、それなら、正規の所に送っておきます。後で、この番号に電話してください」、と涼しい顔。電話してみる。ここにも、なかなかつながらない。胡がすべての連絡を取り終えるには半日かかった。全部有料だ。
 ところで、事件は誤配か。意図的ではないか。日本で、刑事事件を交通事故係に送ることがあるのか。太陽が西から昇ってもあり得ない。そもそも、事故係は、中身を見ないで、ただ事件を記録するだけなのか。絶対に違う。そうすると、どういうことか。言葉の不自由な外国人の被害なんか、黙殺せよ、じゃないのか。特に日本人は、金持ちだから放っておいても直ぐ諦める、じゃないか。そればかりか、中国の反日教育はすごいと言うから、これ見よがしの一種の日本いじめだ。森下は、怒りが心頭に来た。胡は、森下の怒りに応えて、「僕も、そう思いますよ」。

12小説 「天 網」

    三

 周桂芳が退職したその晩の一一時、森下が寝室に入るのを待ち構えていて、呉敏娜が森下の寝室に入ってきた。
「先生、私、先生と一緒に寝たい」
「ちょっと待って」
 森下は、そうは言ったものの、呉を拒絶する理由もなかった。呉は、ベッドに潜り込むや、直ぐ裸になった。「先生も、裸になってください。暖かいですよ」。森下は、これから始まることを予想すると、服を脱がされることに抵抗できない。
 二人は抱き合って寝たが、セックスはできない。二人はそのまま寝入った。森下が気がつくと、呉が自分の体をなで回している。
「先生、堅くなってきました。今です。入れてください」
「本当にいいの」
「いいです。みんな先生のためです。先生、入れたいでしょう」
「うん」
 老人は、「はい、セックスをしなさい」と言われても直ぐにはできないが、一晩中女と寝ていると、ある時偶然、男の物が堅くなることがある。森下は、こういうことがあるかも知れないとコンドームを用意していたが、それを取りに行く余裕はなかった。もしそんなことをすれば、それまでだ。森下は、呉に抱きついていった。しかし、セックスは半分しかできなかった。

 次の日も全く同じことが起こった。呉敏娜は、何故こんなに積極的に森下を誘いをかけるのか。
「呉さん、何で裸で寝ると暖かいの」
「実はね、私たちは、朝日日語にいるとき、三人で裸で寝たことがあるの」
「三人って、周桂芳とあなたと呂巧英の三人ですか」
「そうよ。二人は子供まで堕していたので、どんな遊びも平気だったの。だけど、私は処女だったので、遊ばれちゃったの。だから、処女膜なくしちゃった」
「そう。だから、呉敏娜は、処女みたいな、処女でないみたいだったのね」
 この日も、森下はコンドームを取りに行く余裕がなかった。この日は、半分より少しできた。勿論、液は出さなかった。森下は、からかってみたくなった。
「あのね、先生はエイズですよ」
 呉敏娜の顔が真っ青になった。
「嘘ですよ。エイズだったら、健康診断でパスしないよ」
 呉の顔が元に戻った。そして、急に「先生、指を入れて」。そう、あの時の興奮が蘇ったのだ。「処女」でない呉敏娜は、並の興奮ではなかった。そして、「私、高揚した」と。
 三日目は、エスカレートした。
「先生、このまま男の液をだして。私、先生の子が欲しいの」
「ええっ、そんなことをしたら、その子は父なし子になってしまうよ」
「大丈夫、先生。先生が年金をくれれば、ちゃんと育ちます」
「あのね、先生はね、年金はわずかで、その金では生活できないよ」
「そんなら、会社設立資金をください。消臭剤は、売れないですから」
 その次の日、呉敏娜の携帯に電話が掛かった。いつもは部屋で電話を取るのに、トイレに駆け込んだ。周桂芳からの電話だが、森下には分からない。
 電話が終わると、「私も、会社辞めたくなった」とぽろぽろと涙を流した。聞くと、「消臭剤事業は必ず失敗するから、今のうちに辞めましょう」。さらに、「その金で旅行しましょう」と。そして、森下に抱きついていった。
 何かあることは確かだ。森下は、気持ち悪いが、具体的に何かは分からない。

 この頃、森下は、一ヶ月後に予定している消臭剤委託生産の準備をしていた。まず、生産会社の選定、さらに、瓶詰めの容器、商品を入れる箱、箱に書く文字とデザイン、宣伝用チラシなど。面倒なのは、販売員の採用。呉敏娜が辞めるなら、通訳も捜さなければならない。結構細々した雑用が多かった。それと、もう一つ、事業化がうまく行きそうになり、日記のまとめをしていた。森下は、元来凝り性で、一つの事でもやり始めると、中途半端では終われなかった。
 呉敏娜は、辞めたいと言うだけで、なかなか具体的行動を起こさなかった。毎晩、森下のベッドに潜り込むや自らの高揚が止められない。森下にとっても、女の方から抱きついてくるなんて滅多にあることではない。中途半端にしかできないが、安全日には、そのまま男の液を出させてくれ、完全な腑抜け状態。森下は、もう、呉は辞めないと思うようになった。
 ある晩、森下が風呂から上がって夜の部の仕事をしようとすると、呉敏娜が森下の椅子に座っていて、ばつの悪そうな顔をしている。何か盗もうとしているのじゃないか。はっとした。ひょっとすると、「預託金はすべて森下が出した」とする、出資契約書だ。中国は、物の売買は現金主義で、契約なんて当てにならない。だから、契約書なんて紙切れと同じだが、それでも、もめ事が起きたときには、契約書が意味を持つことがある。
 契約書はあった。念のためと、三万元の現生の軍資金も調べてみたが安全だった。いったい何を捜そうというのか。呉敏娜には盗癖がある。江川日語では、隣室の学生が呉敏娜は手癖が悪いと言ったのを記憶している。寮での盗難なんて大した物はなかったろうが、とにかく、安全のため、契約書と現生の置き場は変えた方がいい。あの日以来、正体不明の電話が一日に二回も入るようになったので、会社設立までは用心した方がいい。

 三月一六日、日が暮れてから呉敏娜が「登記手続が半分できた」と言って帰ってきた。登記代理会社が夜仕事をする筈がない。森下は、変だと思ったが、二日前の検査で安全だったので、「費用は後でまとめて請求される」のだろう、くらいに自分なりに納得した。実は、呉敏娜は、周桂芳に会っていた。この日は、手続費として千元いるはずだったが、その金を先生から貰わず、周から貰っていたのだ。
 三月一九日、呉は間もなく辞めるから荷物を半分友達の所に移すと言って、トランクを持って出てきた。呉敏娜に上海の友達がいるのか。江川日語、朝日日語と日本語ばかりで、遊び仲間がいるとも思えない。聞いてみると、朝日でつい先頃まで一緒に勉強していた仲間で、上海・徐家汇の日本の繊維会社の管理人をしている者がいると言った。あまり信用はできないが、詮索する程でもない。
 次は、二一日「登記手続は、後少しになった」と、呉敏娜は、書類袋と費用明細書を森下に渡した。また、夜のことだ。森下は、呉に言われるまま千元渡した。実は、この時登記は完全に終わっていたが、森下は、登記を終了させるには後千元かかると、一六日のトリックに騙されていた。忘れればいいものを、何で相手に都合のいいように解釈してやるのだ。背後に迫った危機に気が付いていない。呉敏娜は、この時も周桂芳と会っていた。だから、帰りが夜になったのだった。

 三月二二日、呉敏娜は、スポーツ用品でも入れる赤い鞄を小脇に抱えて外出しようとした。「呉敏娜、どこへ行くの」。つい先日、五百元もする高級ハンドバックを買ったばかりなのに、全然似つかわしくない。森下が聞いた。「しまった、ばれた」呉の顔が真っ青になった。だが、森下の質問はこれで終わった。「女の子を困らせてはならない」。
 呉が帰ってから聞いた。
「呉敏娜、銀行の手続きはいつ始まるの」
「登記代理会社の人が、手続きは、約一週間遅れていると言っています」
 その声が震えていた。
「だけど、遅いね。二一日には、もう終わると言っていたに、どうなっているの」
「代理会社の人が申し訳ありませんと言っています。明日、聞いてみます」
 森下は、呉はいくらか能力は落ちるが、愚直で自分に好意を持っているし、毎晩恥ずかしくもなく醜態をさらけ出すので、何かあるとしても、まさか、大金を狙っているとは夢にも思わなかった。
 実は、この日は重要な日で、二人は、できあがったばかりの会社登記と会社印を持って、銀行手続に行ったのだった。こっそり出たつもりが、森下に呼び止められ、呉敏娜は気が動転したのだ。
 次の日、森下は、呉を追求した。「遅れています」の言い訳では済みそうもない。苦し紛れが必要だが、なかなか出てこない。だが、「遅れています」としか言いようがない。それでも何とか通る特殊事情がある。中国では、約束は約束に過ぎないからだ。森下は、その翌日も追求した。呉は、先生を騙すのが苦しくなっていた。だが、周から「なりふり構うな、昼間から抱きつけ」の指示が矢継ぎ早にきた。

 三月二九日、この日は待ちに待った日で、銀行手続完了の日。呉敏娜と周桂芳は、自分たちの身分証明書に、二度目の使用となる「上海三美科技有限公司」の会社印に並べて、自分たちの大きくて四角い印を、銀行印とするという銀行印申請書を提出した。
 会社の実質的所有者は日本人。その事は銀行員がよく知っていた。何回も三人で手続きに来たからだ。だが、申請された銀行印は、単なる事務員の印。そんなことがあるのか。だが、ひょっとして、会社代表者が中国人名義になっているので、日本人が銀行印も代表者印と同じにした方がいいと考えているのかも知れない。行員は、その場に合うように解釈した。「相手がそう申請したいのに、それを拒否する理由はない」のだ。だが、何で、もっと疑わないのだ。反日教育か。
 この日、二人には、ちょっとしたミスがあった。と言うより、周桂芳にとっては、絶対にあってはならないミスがあった。通常、銀行印は、会社印に並べて総経理(社長)印の二つの印を捺す。個人印を二つ捺す必要はない。なのに、周桂芳は、三月二二日に銀行手続をするのに二人の印が必要だったので、つい同じだと思って自分の印も捺した。この時、銀行員の「個人印は、二つは要らないですよ」の声掛けに、自分の印に「×」印を付けただけで、新たな申請用紙は作らなかったのだ。三月一〇日に退職したはずの従業員が、何故に三月二二日と二九日の二回、のこのこ銀行に現れるのか。これでは、「自分は、何か不正なことをするために、銀行に来た」との証明書を差し出すに等しいではないか。
 これで、一五万元の会社設立の担保資金は、会社資金になった。預金は、翌日以降いつでも下ろせる。危ない! だが、まだ安全装置がかかっていた。一日に自由に下ろせる上限金額は四万元で、それ以上の場合は、申請用紙の他に身分証明書が要るのだ。だから、一五万元の預金を比較的安全に下ろすには四日かかり、森下がこの期間内に異常に気づけば、二人を、ヤイ御用とできた。
 だが残念。森下は、この期間中、消臭剤の箱のデザインを決める契約に忙しかった。呉敏娜は、二日間は会社に居たが、三日目、荷物をまとめて徐家汇へ出ていき、その日は、今日は会社の面接で帰れない、次の日は、手続きが終わったので明日から金が抜けると電話してきた。事は、すべて二人の予定通りに終わった。

11小説 「天 網」

 森下と呉敏娜は二人きりになった。呉の目が、怪しげに注がれる。昆山では、自ら森下の腕を取りにいっているのだ。呉の話題は、両親、兄夫婦、死んだ次兄、そして先生を家族に紹介したという話ばかり。挙げ句の果ては、兄夫婦たちは、毎日抱き合いながら寝ている、と。明らかな挑発だが、森下は立場上それに乗ることができない。
 森下は、街を歩いていてピンクビデオ(黄色DVD)を買った。買ったというより買わされた。黄色の兄ちゃんはしつこい。五〇メートルも後を追ってきた。とても安い。ついに根負けしたのだった。「呉敏娜、先生はピンクビデオを買ってきたよ」。隠しておくのは、却って陰湿だし、挑発に対する返事もある。
 それに対して、処女である呉は、なかなか「私も見たい」とは言い出せない。森下が「一緒に見ようよ、こっちへ来てごらん」と腕を引っ張ると、素直に付いてきた。五分ほどしたところで、呉が興奮。「先生、こっちへ来て」と自分のベッドへ誘い込んだ。「先生、裸になって寝ると暖かいよ。先生も、こっちへ来て」と言うが早いか、自ら先にベッドに潜り込み、直ぐに真っ裸になった。驚いたのは、森下。そう言われて、一緒に寝ないわけに行かない。覚悟を決めた呉敏娜の行動。恥をかかせられない。
「先生、私は処女です。先生に上げます」
「ええっ、本当にこんな事をしてもいいの」
「私は、先生がずうっと好きでした。見たとおり、私はあまり奇麗じゃないので、男の人が付いてきません。私、二三歳にもなるのに処女だなんて恥ずかしくて」
「そう、昆山で、私の所に来た人は、みんな処女じゃなかったね。いいよ、いいよ」
「ねえ、先生、周桂芳と呂巧英は、子供を堕しているのよ。私、大丈夫」
 呉が告白した。森下は、裸になって呉と抱き合ったが、六〇歳ではなかなかうまく行かない。あてがうのが精一杯だった。
「先生、これで私は処女ではなくなりました」
「冗談言っては、行けないよ。呉敏娜は、まだ処女だよ」
 呉の告白で、何かありそうで何も起きないという二人の垣根はなくなった。森下は、外国で、若い娘に言い寄られるなんてルンルン気分。馬鹿な子ほど可愛い、が本当になってきた。
 この頃、森下は、朝は八時前から夜は一一時近くまで働いていた。呉は、それを助けるように朝な夕なと特別サービス。遅いときは、九時過ぎまで手伝った。周が帰ってくるまで、この状態が当分続くかも知れない。森下は、竜宮城気分。それから、森下と呉が抱き合うことはなかったのか。春節前にもう一回抱き合ったが、やはり、まま事だった。呉は、上海から一三〇キロの無錫へ帰省した。
 春節が過ぎ、二月末、二人そろって出勤した。賢いが仕事嫌いの周桂芳。愚鈍だがこまめに働く呉敏娜。対照的だった。だが、腑(ふ)に落ちない。森下が何かにつけ呉に優しく、周に厳しく当たるのは事の道理。しかし、周と呉の間には、何か怪しげな関係がある。周が親分で、呉は周の命令に服しているように見えるのだ。二人の間に職務上の上下関係はない。なのに、どうしてこうなるのか。昆山で二人がシングルベッドに一緒に寝たことに、卑わいな連想をしたことはあるが、あれとこれは同根だろうか。


 森下は、二月中にほぼ、飲む消臭剤の基本研究が終わった。原料の具体的配合までは分からないが、どんな植物にどの程度の消臭効果があるか分かったので、当面、日本から持込んだ原料の希釈と瓶詰めという現実の課題をこなし、後は、ゆっくり消臭植物の組合せを考えればいいことになった。
 飲む消臭剤が効くように見せかけるためには、権威を借りるのが一番。森下は、訪問したことのある華東理工大学との共同研究をした事にしたかった。教授に電話すると、快い返事。大学側の事情もある。日本の会社と共同研究すれば、それだけ箔がつくのだ。双方の利益が一致したところで、形だけの共同研究。いや、研究はもう終わっていて、共同名義で論文を発表するだけだ。
 森下は、約一週間で文章化を終えた。A四の用紙で二五枚。これを中国語に翻訳するのは、周桂芳しかできない。「周さん、できるだけ早く翻訳してください」。だが、翻訳しているのか遊んでいるのか分からない。しばしば長電話。「ねえ、周さん、仕事の電話でなければ、断りなさい」。次は、メールに変わった。ピッピ、ピッピ、のべつ幕なし。森下は、またもや頭に来た。
「周、いちいち、メールに返事を出さないで。そんなもの、後でまとめて返事を出しなさい。今は仕事中だ」。「だけと、向こうから来るんだもん」。全然効果なし。
 翻訳に一週間もかかった。読んでみると、至る所、原文と違う。異議あり、五百カ所。森下は、自分では中国語が書けないが、書いたものなら読むことはできる。
「周さん、この文は、元の文と違うよ」
「いや、先生、これでも間違いじゃないよ」
 そう言ったかと思うと、呉に向かって「呉敏娜、これでもいいだろう」、と相槌を求めた。呉は、日本文と中国文を見比べてみるが、返事ができない。結局、うやむや。そのうち、周がこう言った。
「先生、消臭剤の研究なんか、本当は失敗ですよ。日本の製品と比べると見劣りがしますよ」
 と。確かに未完成だ。だが、総て、事が、最初から計画道理に行くわけがない。
「周さん、化学のことは分からないのに、そんなことを言っては行けません。論文用の実験は、あれでほぼ成功ですよ」
「いや、失敗ですよ。あんな色の付いた物を作って」
 周が絡んできた。電話やメールに注意されたことに対する、はっきりした不満の色が現れている。次の日だった。「私、もう辞めます」。
 森下は、ほっとした。とは言え、周がやっていた仕事を呉敏娜がやれるかと思うと、非常に心許ない。春節から、まだ二週間しか経っていない。
「給料を精算してください」。森下は、出勤表を見て、七百元渡した。周は、「たったこれだけか、まあいいか」と言いながら、何とも言えない嫌な笑みを浮かべた。
「あのね、周さん、その名刺は置いていってくださいよ」
「いいえ、この名刺は、私が使います」
「だめです、その名刺は会社の物です。それを使われたら困るのです」
「いいえ、私、持っていきます」
 周は、強引に名刺をハンドバックにしまい込んだ。まだ、会社設立の事務手続は終わっていない。良からぬことに使われたら困る。だが、森下は、周からハンドバックを奪い取るほどの気力はなかった。

10小説 「天 網」

    二

 森下の廃水処理事業はうまくいかず、四人が去った後の八月半ば、そこを退職し、上海の化粧品会社に移った。次は、飲む消臭剤を開発し、化粧品会社と共同で販売しようとしていたのだ。
 事業はうまく行きそうで、行かない。化粧品会社の社長が利益を独占しようと企んでいたからだ。森下は、通訳を通じてそれは無茶だと何度も訴えた。しかし、社長は、のらりくらりで森下が諦めるのを待った。そのため、事業のための準備はすべて終わったのに、契約待ちの状態になった。
 そのうち、通訳が会社を辞めると言い出した。森下は、口と耳がなくなる。早々に、次の通訳を捜さねばならない。思いついたのが周桂芳。四人の中では、日本語が最も上手で、最も賢い。判断を要する難しい仕事もできる。元は、共産党青年団長だ。気心が知れている。もってこいなのだ。とは言え、日本語試験が終わったら衡陽に帰ることになっているが、その点が気がかりだ。うまく行くのなら、周をそばに寄せたかった。
 森下は、だめ元と周に電話してみた。意外、周は後に電話してきて、日本語試験終了後上海に残ってもいいと言うのだ。期間は一年。周は二八歳、ボーイフレンドこと離婚した夫は三六歳、何故これで承諾できるのか理解に苦しむ。
「周さん、本当にいいのですか。ボーイフレンドは待ちくたびれますよ」
「いいんです。ちょっと訳があって、先方がいいと言ってくれたんです」
 相手が承諾する以上、それ以上の詮索は不要。少し腑に落ちないことがあった。日本語一級試験が終わったら一旦故郷の衡陽に帰り、春節の後から仕事をしたいと言ったことだ。こちらは急いでいる。これでは、一一月から二月末までの四ヶ月は口と耳がないじゃないか。一二月の試験後、周桂芳は、何故、直ちに通訳を引受けてくれないのだ。やる気があるのか。あれほど熱心だった勉強中の周には考えられない変わり身だ。森下が周に対して最初に感じた疑念だった。

 森下と化粧品会社の契約はついに決裂した。ちょうど日本語試験とほぼ同時だった。森下は、もともと化学技術者。本気で取組んだら、飲む消臭剤の製造なんて朝飯前。しかも、当面予定していることは、日本から原液を輸入して希釈するだけ。誰にでもできる。だから、相手の化粧品会社がやる気になったのだった。これから、自分一人でやるかどうか、決めなければならない。
 原料は、松とか樅の葉、それに熊笹、イラ草など、もんだら青臭い臭いのするものの百種類の混合物だという。これは特許上の見せかけで、必要な植物は精々数種類に過ぎないはずだ。それを突き止めれば、自分でも原料の段階から製造できるはずだ。元々ただみたいに安い原料で、これを中国で現地調達するとすれば、本当にただと考えてもいい。そして、製品はとなると、日本の売値はべらぼうに高い。販売対象は当面上海の日本人なのだから、中国でも、日本と同じ売値にすれば、製造費は売値の十%程度だ。問題は販売だが、販売がうまくいかないから、森下は上海の化粧品会社と手を組もうとしていた。そして、行く行くは、飲む消臭剤から漢方薬の整腸剤まで手掛けたいと考えている。
 当面の仕事は瓶詰だけで、委託生産会社はもう何社か当たってある。森下に販売経験はないが、製造原価が十%、将来大量生産により七%程度にまで圧縮できるのならば、いくら博打嫌いの自分でも手を出さない法はない。
 いや実は、資金調達が困難だから、なかなか「勝手にせよ」と尻がまくれないでいた。振返ってみると、当初、森下が化粧品会社と合同で計画していた商品は、容器とか箱を豪華に作り、化粧品並に高価なものだった。それには、五〇万元(八〇〇万円)の投資が必要だった。そもそも、口臭を消すのに豪華さは不要。日本人対象なら、日本並製品で十分。その結果出てきたのが、新規の初期投資を二五万元に下げられる、ということだった。二五万元なら何とか調達できる。

 そうと決まれば、資金調達。森下は、日本に帰り資金を準備し、再び直ぐ中国に戻ってきた。独立してやるからには、会社設立から始めなければならない。会社創立には、社屋の選定、会社登記、製品の許可関係などの、多くの法律事務が待っている。周に電話してみると、それなら予定を一月二日に繰り上げられると言った。
 一月二日、周から電話があった。元旦は人が多くて汽車の切符が取れなかったので、上海入りは、六日にしたい、と。ついで、六日でも無理、やっと七日の切符が取れた、と。衡陽から上海までは二四時間かかるから、それなら、八日着になる。その時、周が妙な事を言った。実は半年ぶりで、呉敏娜も先生に会いたがっているので、八日には、呉敏娜と二人で行きたいと、と。
 八日、呉敏娜は来たが、周桂芳は来なかった。森下は、早く事務手続を進めたいと待っているのに、周が待てど暮らせど来ない。結局、周が来たのは、二日後の一月一〇日だった。周は、当てにならない。森下の第二の疑念だ。
 呉は、相変わらず日本語が下手だが、少しは上手になっていた。それに、呉の目は、「自分も雇ってほしい」と言っていた。「呉さんも来てもいいよ」。呉は、ブスだが下働きを少しも厭わない。やはり、農村の娘だ。難しいことは無理だとしても、当てにならない周の簡単な代役なら務まりそうだ。安全装置になる。呉は、別の会社就職して三日目だったが、即転職。こうして森下の所に来ることになった。
 社屋は、広い事務所と三つ個室のあるアパート(公寓)に決まった。公寓に会社は創れないが、一旦、合法地域に設立したことにして、住所移転という方法で脱法できる。それに、個室には鍵が着いていて、職住一体の会社ができやすい。好都合だ。この公寓には、同じような会社が何社かあった。部屋代は四五〇〇元、電気・ガス・水道は締めて一五〇〇元くらいで行けそうだ。
 周は、出社してこう言った。「向こうと話合いが付いて、後二年、上海に居てもいいことになった」と。どうなっているのだ。その時は、周は三一歳、旦那は三九歳になる。「男」から逃げてきて、その「男」を許してからでも三年半。時々セックスはするとしても、男の三九歳、これでは盛りを過ぎてしまうぞ。そもそも、何故、当初の予定が一年から二年に伸びるのだ。ただの「訳あり」ではない。強い違和感に変わった。

 中国で、会社設立登記をするには、並の苦労では済まない。名称審査に三日、名称に即しているかどうかの実体審査に数日。駄目なら、名称審査から。そして、顧問税理士決定に三日、最後に設立登記に一週間かかる。他にも各種証明書の交付に数日。これとは全く別に、銀行への資金担保が一日、その担保資金を会社に付替えるのに一週間。標準最短日数は二三日だが、通常一ヶ月以上かかる。
 森下が最も心配したのは、資金担保。最低設立資金五〇万元の三割に当たる一五万元、これを登記手続に先立って、会社代表者名義で、最初にやらなければならない。森下は外国人であるから代表者にはなれず、一時的にしろ周桂芳と呉敏娜の名義を借りなければならない。法律的には、周と呉に一五万元を贈与することになる。二人の人物が信用できるとしても、その状態で、一ヶ月も金を寝かすことができるのか。ATM(現金自動預払機)だって危ないのだ。日本人の金五千元が消えたという被害を聞いている。ならば、手続中に、消える可能性だって否定できない。
 森下は、一月一五日に手続きを開始したが、一ヶ月ちょっとで春節が来る。そうなると、最低二週間は止まる。その前に終わればいいが、たぶん無理だろう。
 周桂芳は、最初の手続きが終わると、自分は妹の所に行くから週末は休むと言った。妹とは、四女巧紅のことで、上海大学の体育講師をしている。三日出社して、四日休む。あまりの不熱心さに辟易(へきえき)する。思い出すと、出社初日には、三女の桜芳(オウホウ)を連れてきて、「奇麗でしょう」と抜かした。三女は、蘇州に住んでいて、上海にボーイフレンドが居ると言った。なぜ、三女を衡陽から連れてこなければならないのだ。こちらにも、訳ありを感じる。
 一月二四日、周は実質一〇日ほど仕事したところで、実は、妹四女の結婚式があるので一ヶ月休ませて欲しいと言った。これで、春節前の会社設立はなくなった。それにしても、何で一ヶ月も休むのか。理由はこうだった。
 まず、妻方の衡陽で一週間、妻方の親戚と関係者を集めてどんちゃん騒ぎをする。そして、夫方の杭州で一週間、夫方の親戚と関係者を集めてどんちゃん騒ぎをする。衡陽と杭州の間は一一〇〇キロもあるから移動に要する日数は三日以上。また、この間に春節があるから、短かめに勘定しても一週間はかかると言うのだ。
 聞くと、さらに異常なことが分かった。結婚後は、妹夫婦は上海と杭州に別れて住み、同居しないというのだ。子供もできていないのに別居だって。そうなのだ。ところで、衡陽、杭州、上海。どのような関係があるのだ。はっきり言って何もない。周易明が娘の売込みのため、党の機関紙に広告を出し、夫側が巧紅の写真、経歴を見て納得し、結婚が決まったに過ぎない。愛情があるかどうか分からない結婚は、子作りが最も大事だが、人間関係という「かすがい」も次いで重要だ。そのため、親戚だけでなく党関係者も呼んで、固めの杯をする。結婚後別居では、その必要性はさらに大きいのだ。共産党員は、国家のために働く。そのためには、別居も厭わない。そうすれば、「黒いぼた餅」が落ちてくる。旦那は実業家だというが、対政府取引に女は付き物。一人にしておいて良いのか。桂芳の二の舞にならないことを祈る。

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