日本の再生と国際化を考える

英才教育、日本語の国際語化、数値の3桁読み、度量衡改革、漢字仕様電脳、やる事は多い。

小説「天網」‥中国の通訳腐敗

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    4小説 「天 網」

    三

 産後の休養を二ヶ月ほど取った後、桂芳は、親の知合いの紹介で営林局に勤めることになった。
 中国の林業は、全然大したことはない。日本と比べると雨が少ないし、しかも、中国大陸の半分は、昔、海底だったところが隆起してできた土地で、こういう土地は、石灰岩質と鉄分が多く、一般にやせた土地だ。そのため、いくらか雨の降るところでも、鬱蒼と茂った森林というものはない。衡陽では、その事がよく分かる。大地は、どこもここも真っ赤で、鉄分が剥き出し。森林はおろか、人が手を加えた耕地ですら農業に不向きなのだ。
 それなら、営林局は、何をするところかって。地方用にいくらか木材の伐採もあるが、主たる目的は治山治水だ。いくら少ないと言っても、雨期にはかなりの雨がある。治水をしっかりしないと洪水になる。自然任せの土壌浸食を許すようだと、一回の洪水で街が全滅してしまう。あの黄河なんか、歴史上何回も流域の街をつぶしてきたし、流路も変えてきた。その移動も半端ではない。今は北京の近くを流れているが、昔は長江近くまで南下していた。長江だって同じ。長江は、流路こそ変えていないが、大量の土砂を上流から運んで暴れ、そのたびに洪水を起こしてきた。二千年前、上海の大半が海だったことを思えば、そのすごさが分かる。
 上流の治水事業は、分けても重要。衡陽営林局の使命はそこにある。植林、植林、植林。食糧増産の時代が終わり、植林の重要性が認識されてきた。だが、笛ふけど踊らず、それが役人。だが、面白い。毛沢東時代の村中総出の土木作業、あんな物はもうとっくになくなったが、共産党中枢部隊では、その精神は少しも衰えていないのだ。日本人から見ると滑稽だが、局員は大まじめで、「我々は、どんな困難があっても必ず社会主義建設をやり抜くぞ」「我々党員は、一人ひとりが国家のために身を挺して働くぞ」「今与えられた任務を完遂して、国家の一級表彰を受けよう」、などとスローガン(標語、目標)の連呼と決起に忙しい。はっきり言って、治水の仕事なんかより、スローガンの連呼は口だけで済み、楽な仕事だ。
 桂芳は、すでに高校の時から、共産党青年団に属している。青年団というのは、いわば共産党の見習生の集団で、これが生え抜きの党員によって指導されている。団に入るのも簡単ではない。これには、二つの方法がある。一つの学校で数人しか推薦されない厳しい選抜で入る入団方法と共産党幹部の推薦による推薦入団がある。表玄関と裏玄関のようなものか。そうだ。ところで、桂芳はどうなんだ。幹部推薦は受けたが、これは安全装置とされただけで、それがなくても十分合格できた。

 美貌で賢い。桂芳は、営林局に就職後、すぐに共産党幹部の目に留まった。
「お前、幹部候補生にならないか」
「光栄ですね」
 桂芳は、二つ返事で承諾した。内心願っていたことだ。これで、共産党幹部への道が開けてきた。ただ、党員になれば、週に一回会議があり、これに出席して各種の任務をこなさなければならない。これが、ちょっと辛い。日本の政党員は、党員拡大、政党宣伝、票読みなどの下働きばかり。ボヤボヤしていたら後輩党員に追い抜かれて、地方議員の切符も貰えないことがあるが、中国では違う。共産党はエリートの象徴で、住民奉仕は形だけ、幹部に格好いいところを見せ、いかに権力の中枢に近づくか。これが仕事だと言ってもいい。その結果、どろどろした人間模様ができる。会議の辛さよりも、人間関係の方が辛いのかも知れない。
 桂芳は、衡陽共産党幹部の子息という旦那は掴んだし、自らも、自力で上級登用の切符を掴んだ。後は、順風満帆に桂芳丸が全力で帆走するのを待つだけだ。
 春節が過ぎて、青年団の役員選出の時期が来た。誰が団長になるか。日本の労働組合青年部の選挙は、「お前なれよ、お前なれよ」の一見譲合いの推薦待ちの選挙になる。ただ、部長推薦だけは、口には出さなくとも「俺を推薦してくれる者はないか」の見えざる確執がある。中国では違う。青年団は、共産党幹部への登竜門。最初から、幹部の息子や娘が名乗りを上げて推薦を競い合う。桂芳は二親の推薦で団幹部への名乗りを挙げてみたが、いくら美貌でも入社半年では早すぎる。ということで、団長推薦は逃した。もう少し下積み生活をせよ。つまり、もう少し「頑張るぞ、頑張るぞ」のお経を上げなければならない。

 桂芳は、青年団幹部になってから、職務と生活が一変した。
 まず、配転があった。庶務課だ。入所時は経理課で資金管理の補助をしていたが、忙しくなるということで実務から解放された。これが表向きの理由だ。
 出勤すると、まず団事務所へ。団長も来ていた。ええっ、何、職場じゃないのか。もともと営林局なんか、計画と管理だけで現実の仕事はない。やるとしても、人夫集めが主な仕事。そんな仕事は、計画書が回ってきた時いつやってもいい。ええっ、それなら、そもそも営林局が桂芳を採用する必然性はないのじゃないか。そうだ。だが、最高権力者は、毛沢東時代に華々しく活躍し、今でもお経をしっかり上げている部署からしか出せないのだ。少し補足すると、一九六〇年頃、中国が食糧不足で餓死者が二、三〇〇〇万人も出たあの頃、あの頃に作った映画を見せるのが愛国教育だ。「人は、限界に置かれてのみ、鍛えられる」と。こういう所が頑張っていればこそ、今でも中国の屋台骨がしっかりしている。生産性とか目的意識という判断尺度はない。精神力だけだ。とにかく、歴史的に、筋金入りの幹部を養成することが第一の目標とされてきた。その意味では、中央の幹部養成大学がその第一任務を担っているが、他にも、現場を抱える党の拠点学校が地方にはいろいろある。桂芳は、親の意向で最初から特殊部署に就職したわけだ。
 桂芳は、一通り団長以下の団員に挨拶し、団の回覧を読んでから職場に向かった。一時間ほど遅刻になるが、そんな事は問題ではない。
 庶務課の仕事は、単なる雑務ではない。日本とは全く違う。特に、幹部資格を得た者の仕事は、権限行使、つまり、下から上がってくる要望に対する裁量権行使だ。局内の他の部課、出先機関や日雇い人夫に対する絶対的な権限を有する。桂芳が行く所どこでも、その傘下にある者は、作り笑いをして頭を下げた。
 権限行使は、まさに虎の威を借るで、単なる職務執行ではない。いい気持ち。何故って。権限行使とは、自ら判断すること。幹部にはその素養が求められる。表向きはそうなのだが、営林局にそんな難しい仕事なんてある訳がない。「我々の部署に、会議費つまり宴会費をいくらか回してくれないか」「団員の愛国教育のために研修費を出してくれないか」「官舎の水道が壊れたが直してくれないか」果ては「団員の結婚式の費用を出してくれないか」といった次元の低いものばかり。最終決定権は庶務課長にあるが、その一次判断は桂芳のような者がする。日本でも、平(ひら)の総務課員が威張っているが、中国では、権限行使が個人の好みで行われ、権限の強さは日本の比ではない。となると、決定に賄賂は付き物。これが辞められないのだ。ところで、少し聞きたい。権限行使の職務と「我々は、社会主義建設云々」とはどう整合するのだ。しない。だから、スローガンの連呼はお経なのだ。
 周易明は、これがあるからこそ娘が多少嫌がっても裏金の入るところへ入れたかった。勿論、結婚もその一つだった。桂芳も、李湘南と付き合う前は、親の汚れた姿を汚らわしいと思ったものだが、実際に裏金が入るようになると、正義なんかどうでもよくなった。なるほど、中秋節の党晩餐会は、権力志向の道具なのだ。それが実感として分かった。結婚に成功したその次は、上級庁である湖南省の幹部との渡りを付ける目標が待っている。

    3小説 「天 網」

    二

 李の親は、華南大学の学部長・李湘元。長男はすでに結婚して家を出ている。家庭は、両親と湘南の三人暮らし。桂芳の両親の承諾があれば、湘南が桂芳と何をしようと親の関知するところではない。二人は最初はホテルに行ったが、次からは、桂芳が李の家を訪問するようなった。
 桂芳は、一六二センチ、瓜実顔の美人。李は、一七三センチ、がっしりしたスポーツマンタイプの優男。桂芳は一九歳で、李との年の開きは八歳あるが、この二人が結婚しても、誰もおかしいとは思わない。
 桂芳は、初めての時は夢中で成行き任せだったが、二回目からは避妊するかどうか考えねばならない。結婚してしまえば、専門学校を出ていても出ていなくても、そんなに変わるものではない。男が避孕筒(コンドーム)なしがいいと言えば、男がそれだけ本気なのだからその方がいい。
 男は、避孕筒なしに無上の喜びを感じる。その上、桂芳は美女、李は直ぐに虜。そもそも、農業以外に取るべきものがない土地柄では、男も女も、食うに困らなければ、後はセックスしか関心がない。最悪でも、男は、堕胎すれば男女関係が元に戻せると考えているから、避孕筒なしなら桃源郷に入る。
 桂芳は、最初は土日、李が「それでは我慢できない」と言うと、一日おきに通うようになった。美人は薄情だという。それは、持てない男の言う台詞で、桂芳には当てはまらない。早く一緒になりたいと思っているのは、むしろ桂芳の方だ。精一杯、尽くした。

 二ヶ月後、桂芳の生理が止まった。予想された事とはいえ、学校を辞めるか、堕胎するか決めなければならない。というのは、中国でも、二〇歳以下でも子供ができれば、結婚が無効とはならないが、学生結婚は許されていない。桂芳は、李になかなかその事が言い出せなかった。特に理由はないが、九月に第二学年が始まり、九月一五日には中秋節晩餐会(交礼会)があり、一一月に妊娠ではあまりにも早すぎて、どことなく気恥ずかしい。それともう一つ、学校はいつでも辞められるとして、堕胎してしまえば、結婚の重要な条件である懐胎を自ら潰してしまうことになる。そのため、どうしていいか迷っていたのだ。
 それから、一ヶ月が経った。まだ思案中。元旦節が過ぎ、春節が近づいてきた。白黒を付けるにはちょうどいい時期。親は、勿論学校を辞めることに賛成するだろうが、自分としては、学業にもちょっと未練を感じた。
「私、妊娠三ヶ月になったの」
「そう、だけど、俺にもどうしていいか分からないよ。親父に聞いてみるよ」
 情けない。だが、結婚するには住む家が必要。すべては、自分の親が仕切っているので、李はこう言わざるを得なかったのだ。「お前、四〇歳になって見ろ、自分は大学出でいいが、お前の妻が高卒では、社交上都合が悪くないか」「まあ、それでもいいが、お前は、母さんの親を嗣ぐことになりそうだが、それでは、彼方さんに顔向けができないだろう」。
 李は、桂芳の本気に押されて「必ず卒業まで待つから、今回は堕してね」となだめた。桂芳の実績作り成功。素直に病院へ行った。日本では、「できてしまった、堕すのにお金貸して」となることが多い。衡陽では、「堕胎百元(千五百円)」の看板が出ているくらいで、堕胎なんか手術の仲間に入っていない。もっとも、三ヶ月経ったものまで、百元で堕せるのかどうかは分からない。
 桂芳は、二週間で元の体に戻った。それにしても、この衡陽では、堕胎がそんなに大ぴらに行われているのか気になる。中国では、避孕筒はどこにでも売っているというが、この衡陽にはないのか。ある。「成人用品」の看板が街のあちこちに筍のように立っている。では、何故。たぶん、避孕筒の費用をケチっているのだ。毎日使えば、三ヶ月では百元、半年なら二百元もかかる。仮に自然の避妊に失敗しても、百元少々で堕胎できるのなら、その方が安い。日本では、堕胎は母体の健康に悪いと口やかましく言われているが、ここでは、現実の生活の方が大事で、国家も人口抑制が大事で、こんな事になっているのだろう。そのせいか、売春婦以外は、避孕筒なしでも平気なのだ。いや、中国中が堕胎花盛り。こういう土壌もあってか、桂芳は、堕胎することに大した抵抗も感じなかった。

 桂芳が妊娠三ヶ月まで頑張り、はっきり子供ができたことを李に見せたので、李も納得した。実は、李は李の方で、桂芳が逃げないかと心配していた。実は、李湘南はかなりの放蕩息子。武漢大学への進学でも、中国移動通信への就職でも、みんな親の七光なのだ。
 ちょっと付け加えるとこうなんだ。ええっと驚くが、中国の大学では、入学に普通コースと、寄付金コースがある。日本では、闇で校長枠がどうの、議員枠がどうのと言われるが、中国では、それが公然と「寄付金」の形で行われている。嘘だろう。いや、本当。私立大学は勿論のこと、公立大学にもあり、名簿まで違う。ここまでくれば、誰の目にも共産党の関与がはっきり分かる。
 就職、ここに圧力が働くのは当たり前。日本でも民間会社はコネ(縁故)が優先するが、中国では共産党幹部が権力を私物化し、自分たちの息子や娘を有力企業にねじ込むのは日常茶飯事。そんなことが許されるのかと思われるが、相手先は、幹部の言うことを聞かないと自分の首が危ない。この傾向は地方に行くほどひどく、「湖南マフィア」の衡陽、なら想像に難くない。
 中国移動通信に入社してからの湘南は、目に見えて堕落していった。会社の女に手を出すやら、公金をくすねて小遣いにするやら、始末(しまつ)に負えなかった。それでも、誰も文句が言えない。噂も、外部にはなかなか漏れない。
「自分の噂が桂芳にまで知れているだろうか」
李は、その事が最も心配だった。桂芳があのように自分にすがりついてきたところを見ると、表面上、その心配は取越し苦労のようだ。
 だが、桂芳の親・周易明は薄々というか、感覚で分かった。聞かぬが華なのだ。自分だって、相手親の李湘元だって、叩けば埃の出る同じ穴の狢。易明としては、ただ、李湘南が麻薬に手を染めるとか、隠し妻や隠し子を持つなど、一般にはどうしても許されない事さえしていなければそれでよかった。独裁者に、清廉潔白さを求めること自体が無理で、その線で妥協せざるを得ないのだ。いや、桂芳の将来を考えると、少々汚い金でもつかめる男の方が頼もしい。年を取ってくれば、結婚なんて、きれい事でするのでないことは当たり前なのだ。桂芳だって、いずれその事が分かるはずだ。
 桂芳は聡い。日頃の親の態度で、その上流階級の雰囲気が分かったからこそ、一旦決意したからには、自らの身体を武器として使う気になったのだった。

 男には女、女には物。衡陽のような田舎では、男と女が結び合う究極の形態はこれしかない。桂芳が永続的に李を自分に引き付けるには、美貌を保ち、李の子を宿すことが分けても重要。とは言え、ここが複雑で微妙。李が、当面学校を卒業したら結婚すると言っても、愛の証のために避孕筒は止めてやる方がいい。とは言え、最低限、自分の身体もいたわる必要がある。そんなことができるのか。
 桂芳は、半年後の八月、二回目の妊娠をした。まあ、事の成り行きだ。卒業にはまだ一年以上あるから、このまま妊娠は続けられない。堕胎する必要がある。三回目は、五ヶ月後の一月だった。その子が生まれるのは、九月の終わり頃になる。年限三年の専門学校を卒業するのは翌年の六月末だから、その子を産むことに障害はない。もし、三回も堕すことになれば、一生不妊の恐れがある。それは、確定的な離婚の烙印だ。もう腹は決まっている。
 桂芳は、級友にも誰にも妊娠のことを知られることなく卒業し、その直後、七月一〇日には李湘南と結婚し、九月二五日には無事女児を産んだ。名を桂英と付けた。まだ、二一歳になったばかりだ。人生は、まだこれから。赤ん坊の世話は、自分の親に任せる。住むところは、親のマンション(公寓)の近くにする。これらは、すべて予定のうち。なお、一年後、親の向かいの部屋に移った。

    2小説 「天 網」
一章 訳あり女の来臨

  一
 
 中国では、国慶節の国家表彰に向けて、その前に、党内では、中秋の名月に交礼晩餐会が行われる。一見何気ない会食に見えるが、単なるなる交礼ではなく、この機会を利用し多くの縁故づくり工作が行われる。日本でも、政治は赤坂の料亭で行われるというが、もっと大きな意味がある。権力者同士が、家族ぐるみで交際しながらする権力集団形成の場にもなっているのだ。聞いてみるがいい。共産党幹部は、たいてい言う。あの人も知っている、この人も知っていると。その数は、並の数ではない。幹部には、何重にも閨閥が広がる。
 政治でも経済でも、人を動かすのはまず会食。その後に、男と女が織りなす欲望の人間模様、さらに、権力模様ができあがる。そして、また新たな会食によって、また別の模様ができる。常に変化し、常に新しくなる。時空を超えた真理だ。この模様に溶け込むには、会食への出席が条件となる。下位の者で会食を許された者は、年一回のこの交礼会が見逃せない。
 周易明には、四人の娘がいる。ちょっと待て、中国は一人っ子政策じゃないのか。地方都市では、家柄存続のために生まれた子が女ならば、第二子、第三子といくらでも子ができる。姉弟の関係はよくあるが、兄妹の関係はできない。それでも、兄妹がいるが、よくよく聞いてみると、たいていはいとこ同士だ。中には六人まで娘をつくり、そこで諦めたという強者もいるとかいう。易明は、四人で諦めた。それ以上では、大学などへの高等教育が無理だからだ。それともう一つ、結婚したのが三〇過ぎで、高齢になってからの子育ては無理だということも関係している。上から、二一歳の暁梅を頭に、桂芳、桜芳、巧紅と続いていた。
 もうそろそろ、娘の売り先を見つけなければならない。一九九五年の交礼会には、上二人の娘を連れていくことにした。まず、一人じゃないか。いや、桂芳は一九歳でちょっと若すぎる感じもあるが、特に目鼻立ちがよく自慢の娘。二人連れていけば、幹部の目が自分たちに集まり、むしろ、長女の相手が見つけやすくなるという思惑がある。

 「お姉ちゃんたち頑張ってね」。歓呼の声に見送られた上二人の娘たち、彼女たちは、易明に連れられてホテルへ向かった。場所は、この町の最高級ホテルの、衡陽賓館の吹抜けの大食堂。このホテルは、市の催し物に使われたり、官官接待や個人接待にも使われるが、何もない時でも、最高幹部がちょくちょく高級料理を食べにくる。たぶん、ただ食いだ。周易明は、ただ食いができるほどの権力はないが、ここでよく接待を受ける。だが、この日だけは、少し緊張した。娘をシンデレラにしなければならないのだ。
 宴会が始まると、山と盛られた高級料理が運び込まれる。また同時に、歌と踊りが始まる。照明がえも言われぬ雰囲気を醸し出し、もう竜宮城だ。宴がたけなわになると、あちこちで話が始まる。「お宅の娘さんは、お幾つになられましたか」「そう、二一歳ですか」「もうそろそろ、お相手を決めた方がいいのじゃありませんか」。対する相手は、「ところで、お宅には、ご子息様がいるのでしたね」。政治の話もあるが、婿捜し、あるいは、親分探しの者も結構多い。
 交礼会は、見合いの席と違ってざっくばらん。桂芳にはすぐ相手が話しかけてきた。優(やさ)しそうで、いくらか背が高く、もし、その男が幹部の息子なら言うことなし。聞いてびっくり。華南大学の経済学部長の次男だった。名は李湘南、年は二七歳。自分は介添え役のつもりだったが、相手は、姉ではなく自分の方に向いてくる。易明も、最初の志とは違ったが、娘一人でもこんな幹部に売込めれば文句を言う筋合いはない。心配は、相手が二股三ツ股をかけていること。これだけは、事態が進んでみないと分からない。よくあるのが、いい幹部の息子だということで付き合わせてみたところが、とんだ食わせ者だったということ。そういう場合でも、相手が上位幹部ならば、親は「この落とし前をどう付けてくれるのだ」と怒鳴り込めない。逆に、「息子をたぶらかして」、ということになりかねないのだ。付き合わせるとなると、運を天に任せる他ない。
 李家には、妻方の相続があり、湘南は、二万元の罰金まで払ってつくった子だとのこと。桂芳は、次女だから自分の家督を継ぐ必要はないが、そうなると、李の妻方の跡取りの嫁となる可能性が高い。だが、当面、学部長の次男の嫁になることに不満がある訳がない。交礼会の帰り道、桂芳は、専門学校二年の身分でありながら、もうそんなことを考えていた。少し心配な事がある。湘南は、もう二七歳。何故、相手が決まらないのか。しかも、共産党の超幹部じゃないのか。ひょっとして、考えたくないが、隠し妻がいるのじゃないか。正式な結婚でなければ、その時、自分が、体を張ってぶつかって行けるだろうか。

 取り越し苦労だった。いや、本当の事は知らない方がいい。李湘南は、桂芳に一目惚れ。次の週末には会いに来てくれた。彼の仕事は、中国移動通信の経理課員。自分が学生であることを忘れたいくらいだった。
「桂芳、そんなんだったら、体当たりで行きなさいよ。当たり前でしょ」
「まだ、私、一九歳よ」
「年は関係ないよ。相手が二七歳だということを考えなさい。この年頃の男にはね、寝たが勝ちなのよ」
 姉妹の入れ知恵だった。男は美貌(びぼう)に負ける。仮に、同棲中の女がいたとしても、四人姉妹の中で最も奇麗な桂芳が、その女に負けるはずはない。家柄も、自分たちだって一応幹部家系。もっとも、これは男には通用しないかも知れない。いずれにしても、桂芳なら生身で勝負させても簡単に負ける女じゃない。相手が一年間待ってくれるのなら、桂芳は本気になってもいい。
 最初のデイト。桂芳は、李の腕を取り、べったりくっ付いていった。二人は、街のぶらぶらはそこそこに、静かに二人だけになりたかった。
「岳屏公園に行こうか」
「うん、行きたい」
 衡陽市の中心地は仙姫巷、その近くにあるのが岳屏公園。中国では、バス停で学生が抱き合うは勿論のこと、おおっぴらにキスもしている。恥ずかしくないか。だが、金のない学生は、そんなことは言っておれないのだ。公園に行くとどうなるか。その露わさ。さすがに裸はいないが、膝枕で上下に重なり合っている者、すごいのは、女が男と向い合って男の太股に跨りながら抱き合っている。そんな格好で、二人がいつまで我慢できるのか。日本なら、目を背けたくなる。その後の成行きでは、男の強引さに堪えかねて、女が逃げ出す場面もあるが、桂芳は、むしろ、行き着くところまで行きたいと思っている。
 李湘南は、経理員だから給料もそこそこ貰っているが、経理員に裏金が多いことは言わずもがな。桂芳が素直に抱きついたので、李は、いい気持ち。五分経過。二人とも、我慢できなくなってきた。
「ねえ、ホテルへ行こう」
 桂芳は、いきなりホテル行きは予想していなかったが、むしろ連れていってもらいたい。とは言え、尻軽女だと思われても困る。「ううん」と、断りとも許しとも分からない返事をして、李の腰から下に手を回してみた。李も手を下げ、尻をなでている。もういいだろう。そう思って、桂芳は李の股間に顔をあてがうと、李が我慢できなくなっているのが分かった。それを知られた李は、承諾はもう問題ではない。桂芳を抱き起こすと、ホテルへ向かっていた。

 封建時代、日本でも、息子の嫁、娘の婿は、親が決めた。そんなとき、娘にとって、顔も見ていない相手とのセックスはぎこちない。だが、それが所与(しょよ)のものだとすれば、恥ずかしいとか、何とか言うことではない。そういうものである。ちなみに、昔、殿様が上納された娘を側室にするときなど、女中に押さえ付けさせて、種付けした。これなどは、はっきり言って強姦だ。ではない。娘に恥ずかしい思いをさせないための儀式にすぎない。
 衡陽は湖南省。上海から長江を七百キロ遡って武漢、そこから南西方角に三百キロの所にある。汽車で行くなら上海から千三百キロの距離だ。そこからさらに南西方角に百五〇キロ行けば、広西省の石灰岩の風景で有名なあの桂林。衡陽とは、そんな奥地だ。湖南省の第二の都市だが、百キロも行かない所が少数民族の吹き溜まり。周りは見渡す限りの農村。中国は社会主義で、みんな特殊な考え方を持ち、特殊な生産様式をしている、と思いきや、全く違っている。共産党に管理された農民の集団なのだ。何か産業は、と言っても何もない。強いて言えば、観光だけ。いや、湖南省の北に行けば長沙があり、ここは省都で、いくらか工業もあるが、それでも限られている。ただ、その駅前には、対外貿易促進という事務所があり、早く自分たちも開放経済の恩恵に与りたいとの気持ちだけが先駆けっている。
 衡陽には、ちょっとどころか恐ろしい噂がある。周りの少数民族は、昔から麻薬に手を染めてきた。湖南の西は貴州、その西は雲南、そこから南へ行けばタイ(国)。国境沿いには幾筋もの川が走っていて、川下には「黄金の三角地帯」と呼ばれる麻薬の産地がある。衡陽は、どうも上海へ向かう麻薬の通り道になっているようだ。勿論、闇のルートだから、それが実在しているのかどうかはっきりしない。よく、「湖南マフィア」と言われるが、麻薬ルートが実在のものならば、このマフィアが麻薬を運んでいる事は間違いない。
 どうしたら、麻薬を安全に運べるか。なるほど、マフィアは共産党と組んでいるのか。かも知れない。そんな事は、誰にも分からない。闇の中だ。衡陽には、麻薬更正病院があるが、麻薬患者を即刻死刑にしないで、なんで病院に収容するのか不思議だ。ひょっとして幹部が汚染されているのと違うか。そして、幹部が麻薬の胴元になっているのと違うか。
 中国農村には、奇妙な習慣がある。娘の親の側からでも、相手の男が気に入れば、無理やり男に抱かせてしまい、と言っても一緒に住まわせ、そして子供ができるのを待って結婚させるのだ。経済力がなければ、娘としても親の要求が拒否できない。考えてみれば、男だってそんなに経済力があるわけではないが、分相応であれば、男の見てくれなんか問題ではない。そればかりか、早く孫ができれば、自分たちの生き甲斐になるばかりか、老後の安心にもなる。そんな事もあり、娘が二十歳を過ぎると無理やり結婚させるという。
 周桂芳の場合は、桂芳が李湘南と結婚することに反対する者は一人もいない。周易明としても、桂芳が一日も早く子供を宿して欲しいくらいだ。

1小説 「天 網」


 この小説は、私が2006年頃書いたものだ。中国の暗部はここまで黒い、そんなことが言いたくて書いた。ある事件をヒントに書いたものだが、全て事実とは言えない。点を線で結んで創作した。そんなつもりで読んでいただきたい。


一章 訳あり女の来臨
二章 日本人の金は盗ってもいい
三章 すべては中国のためにある
四章 天網が掻い潜れるか
  

要約:
 森下は、ふとした切っ掛けから、上海で「飲む消臭剤事業」を始めようとする。その時、通訳として、日本語学校の自分の元学生、周桂芳と呉敏娜を雇い入れる。中国の国内会社を設立するには、法律で会社代表者は中国人しかなれない。会社代表とは、単なる代表権ではなく、文字通り会社の所有者のことである。つまり、森下は、形の上で、大金の投資資金のすべてを、中国人に贈与したことにしなければならない。
 ここに目を付けたのが、訳あり人生の周桂芳。共産党幹部の娘で、以前、黒い金を掴んでも幹部は絶対に捕まることがないことを知っていた。周は、呉に命じて色仕掛けを使って森下を油断させ、一方、銀行に対しては、自分たちが会社所有者だと偽って、森下の銀行預金のすべてを盗みだす。
 証拠は、銀行印手続により明々白々。森下は、中国公安に届け出るが、公安は全く相手にしない。そこで、上海の日本領事館に訴えるが、お役所仕事。自分でも、周桂芳の湖南省・衡陽まで乗り込むが、目を殴られて這々の体。呉敏娜娜の江蘇省・無錫にも乗り込むが、一旦は賠償もありそうだったが、日が経つに従いうやむや。
 最後、中国公安は、何回もくる日本側の事件解決要請に対して、「この事件は些細な事件で、もう今後は捜査しない」と言い出す。
 万策尽きた。森下は、丑の刻参りにより、偶然の奇跡を待つしかない。

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