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春を思わせるような暖かさの週末を控えた金曜日。
私は車を運転していました。普通の日常でした。
信号で止まり、ボーっとしていると誰かが車を揺らしたような感覚と
同時に、ラジオからは今まで聴いたことの無い『大津波警報』発令との事。
そのうち揺れはどんどん酷くなり、周辺のビルからは溢れる人が大勢見えました。
路肩に車を止めているうちに、あることに気がつきました。
信号が消えている・・・・・。
震源地はどこか?ココの直下型なのか?
三陸沖と知ったのは、電気が止まった自宅でのラジオでした。
しかしながら、今現在まで何回か買い物に行きましたが
直接の被災地の事を考えると、缶詰一つ手に取るのも後ろめたい気持ちでした。
群集心理は怖いものです。
道路に連なる行列を最初に見たのは、地震後の次の日でした。
先頭の先には、ガソリンスタンドがありました。
リッターあたり145円もしていた先日。なるべく控えていた油。
電池なんで1個だけ欲しいのに、何でこんなパック売りしているのだろうと思っていたつい先日。
入院している親類に、手回しで自家発電しラジオと懐中電灯が使えるものと、それよりも1000円
安い単四電池の携帯ラジオで購入を迷った3週間前。
手元にある単四電池の携帯ラジオは、今は私の手元にあります。
今、私の家には電気もガスも水道も通っています。
食料も生死に関わる位、不足はしていません。
私個人的な今一番必要なもの・・・・。
それは情報です。生の情報です。
そしてそれを再発信したいのです。
津波の被害にあった被災箇所とは、いまだ連絡がつきません。
しかしながら報道でなんとなく分かるようになりました。
九州や四国、関西地方の食料や燃料の状況。
長野、静岡の地震のその後。
北関東や首都圏を中心とした原発報道による人々の心理。
今日福井ナンバーの緊急災害対策車両を見かけました。
それだけでも福井県を好きになった単純な私でした。
2011.3.16 KU33
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