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終点のバス停から海沿いの小道を歩くと丘の上に出た。其処には場所に似合わない喫茶店のような建物があった。春の日差しが窓に照らされている。
中に入るとマスターらしきオヤジがカウンターの中に居る。店はカウンター席が4つと4人掛けのテーブル席が3つある。奥の窓際のテーブル席に着くとマスターらしきオヤジがコップに入った水を持って来た。注文しないうちにマスターらしきオヤジはカウンターの中に戻り豆を挽いて珈琲を注いで持って来た。
「えっ?」
「おや、違いましたか?違っていたら入れ直します」
「いや、良いんですけどね」
いつも飲んでいる珈琲が出てきたので面食らった。
「お客さん、マンデリンがお好きかと思いまして・・・」
「ええ、いつもマンデリンを・・・、それにしてもよく解りましたね」
「ええ、まあ、マンデリンの香りがしたものですから」
オレの体臭がマンデリン?でも3日ほど飲んでいない。続けてマスターらしきオヤジは言った。
「ここは禁煙じゃないからタバコ、良いですよ。パイプ、ダンヒルのロンドンミックスチェアですね」
こりゃまた驚いた。タバコの銘柄まで当てた。何者なんだ、このマスターらしきオヤジは・・・
「臭いますか?」
「ええ、まあ・・・」
折角なので鞄から旅行用のパイプセットを取り出してパイプに火を点けるとマスターらしきオヤジもパイプを吹かすらしく自分のパイプを咥えた。
「桃山ですね」
「解ります?」
「独特の香りがしますものね」
その後は無言のままマンデリンを一口飲み、ダンヒルのロンドンミックスチェアを吹かしながら窓の外を眺める。春の光が海を照らしている。
「もう一杯如何です?」
マンデリンのお替りを持って来た。
「じゃあ・・・」
「もし宜しかったらコレを、ウチのオリジナルなんですけど、いや、サービスです」
差し出されたのはチーズタルトだった。一口食べると何処か懐かしい味がした。
ダンヒルのロンドンミックスチェアと桃山の香りが交じった中、窓の外は暗くなってきて海の波も見えなくなった。おかわりのマンデリンも飲み干した。
「さてと」帰ろうと立ち上がると
「もうバスはない。小道は暗いと危険だ。今夜は此処に泊まりなさい」
確かにバス停からの道は人ひとり通るのがやっとの幅だった。踏み外しでもしたら崖の下に真っ逆さまに落ちるだろう。
「いや、でも・・・」
「そうしなさい。娘も喜ぶ」
娘という言葉に釣られた訳ではないが
「じゃあ、お世話になります」
泊めていただくことにした。
風が出て来て、いよいよ窓の外は真っ暗になった。波が絶壁に叩きつけられる音だけが聞こえる。
「あ〜、娘が来た」
扉の方を見ると少しばかり開いた。どういう感じの娘さんか興味も手伝って襟を正して見入ると、大きく扉が開き、突風と大水が店内に入ってきた。飲み込まれそうになったが何かに掴まった気がする。
「おーい、しっかりしろー。大丈夫かぁ」
何や聞こえる。目を開けようにも開かない。瞼は動いてはいるようだ。
「おっ、瞼が動いた。生きて居るぞ」
・・・・・・
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しまゆり書房
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