|
城址への堀底道 右上は広い郭になっています。
主郭の祠?
主郭西側には二重堀切の跡があります。
前谷川を挟んで主郭の東方には出郭があります。
出郭まで含めるとかなりの規模の山城で、山間部の小領主には分不相応な気がします。
そしてその出郭下には前谷川に沿って抜け穴遺構が残っています。
この滝の裏に出口側坑口があり、外部からは見えないようになっています。
坑口は階段状に二段になっており内部は見通せません。
さらに平時は閉ざされていたようであり、軸穴がうがたれています。
坑内 四つん這いでなんとか通れそうです。
内部から
右岸の藪を川上へ30m程行くと入り口側坑口があります。
内部
花崗岩(多分)の巨石を使用しており、当時としては大変な土木工事であったと思われます。
城の規模といい、この抜け穴といい、領民に過度の負担を強いていたのではないでしょうか。
南越城は天正5年(1577年)百姓一揆により落城し、城主日浅阿波守は自刃したと伝わっています。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用




