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 前にDDTのことについて書いた記憶がある。殺虫剤として圧倒的な効果を持ち、特にマラリアを媒介するハマダラ蚊を駆除することで人類の福祉と健康に大いに寄与した物質だが、1962年に出た本によってその地位が急落したという話だ。その本とはもちろんレイチェル・カーソンの「沈黙の春」だ。DDTが危険だと主張したこの本の影響はやがて世界各国でDDTの使用を禁止する流れを作った。
 最近はこの本に対する批判が特に海外で強まっている。こちらのサイト"http://biotech.nikkeibp.co.jp/fsn/kiji.jsp?kiji=640"に文章を載せているジャーナリストもそうした動きがあることを指摘しているし、米アマゾンの書評を見ると"A misguided mass killer"とか"She probably killed more people than Hitler"とか"Carson is Responsible for the Death of Millions"とか"30 million dead -- thanks, Rachel"とかいったものが(数は少ないが)ある。DDTを禁止に追いやることで、彼女は数百万の途上国の人間をマラリアで殺した、という訳だ。
 そして、その際にしばしば使われるのが「スリランカの例を見ろ」という指摘。上の書評にもあるし、有名なこちらのサイト"http://psychology.jugem.cc/?eid=59"でもスリランカの事例を紹介している。日本版wikipediaにあるDDTの項目"http://ja.wikipedia.org/wiki/DDT"を見ても、規制後の問題点としてスリランカのマラリア患者が「DDT禁止後には僅か5年足らずで年間250万に逆戻りしている」と記している。こちら"http://www.jcpa.or.jp/qa/detail/03_09.htm"のデータを見る限り、DDT散布中止後に患者数が急激に元に戻ったのは事実だ。

 だが、このスリランカの事例がレイチェル・カーソンに触発されたDDTの使用規制によるものだと断言するのは、実はおかしい。もう一度、上のページにあるデータをよく見てみよう。スリランカはDDTの散布を1964年に中止している。これは「沈黙の春」が最初に出版された2年後である。そう、たった2年後なのだ。
 「沈黙の春」で紹介されたDDTに対する懸念が、そんなに早く世の中に受け入れられた筈がない。当時のDDTはまだ魔法の薬扱いされていた時期である。米国版wikipedia"http://en.wikipedia.org/wiki/DDT"によると、他の環境運動家たちがDDTに反対する組織EDFを立ち上げたのは「沈黙の春」出版から5年後の1967年。政府が実際に動くにはさらに時間がかかり、ノルウェーとスウェーデンが最初にDDTの使用禁止に踏み切ったのは1970年のことだ。スリランカでDDT散布が中止されてから、実に6年もの時間が経過している。日本がDDTの農薬使用を禁止したのは71年、米国での禁止は72年である。
 実際、1970年代になっても途上国でDDTが派手に使われていたことは間違いない。こちら"http://cpi.kagoshima-u.ac.jp/occasional/vol-36/55-66.pdf"によると、ソロモン諸島ではWHOがマラリア根絶計画を始めた1957年頃からDDTの残留噴霧が行われていたが、それが国内全域に広まったのは1974年になってから。日米などの先進国では既に使用禁止が広まりつつあったが、ソロモン諸島ではその後になってやっと本格的なDDT使用に踏み切ったというのが実情である。
 ではスリランカはなぜ1964年にDDTの散布を中止したのだろうか。理由は分からないが、スリランカに関してはレイチェル・カーソンのせいではないと考えてほぼ問題ないだろう。こちら"http://www.geocities.jp/katotetu2003/thesis/05nagamine.htm"の論文ではWHOのマラリア根絶計画が挫折した理由として(1)蚊の殺虫剤抵抗性が広がった(2)住民の協力が得られなかった(3)能動的患者発見法が機能しなかった(4)受動的患者発見法も機能しなかった(5)放浪生活者の存在(6)経済的負担の大きさ――を上げている。DDTの散布が行われなくなった背景に、先進国で広まったDDT規制の動き以外にも様々な要因が重なっていたことが窺える。

 WHOは昨年、マラリア予防でDDTの積極使用を勧める声明を出した"http://health.nikkei.co.jp/news/byoki/index.cfm?i=2006091601567j8"。この声明自体は恐らく正しい。そもそもDDTの問題点と呼ばれるものの根拠が怪しく、一方でDDTがマラリア予防に一定程度の効果を持つと期待できるのは確かだろう。利益とリスクを考えた場合、マラリアに苦しむ地域がDDTの使用を求めたとしても不思議はない。それに反対する先進国の環境保護論者はエゴイストと呼ばれても仕方ないし、レイチェル・カーソンの本がそういう人間たちを生み出したのであればその点は批判されるべきだ。
 しかし、カーソンを批判するのにスリランカの事例を持ち出すのは良くない。1964年のDDT散布中止はどう見てもカーソンのせいではなく、スリランカ当局かWHOあたりが下した判断に基づくものと考えるべきだろう。スリランカでのマラリア患者が元の水準に戻ってしまったのは、その決断を下した当事者たちに責任がある。

閉じる コメント(3)

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温暖化問題とDDTについてコメントしてみました。
トラックバックします。
http://blogs.yahoo.co.jp/matibitott2004/22019174.html

2008/3/18(火) 午前 8:03 待ち人 返信する

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スリランカではありませんが、タンザニアで1980年代に都市部でマラリアが増えたのは、単に、お金がなくて、殺虫剤が買えなかったからという理由のようです。以上、情報提供します。 削除

2008/9/21(日) 午後 7:13 [ 太古の新聞記事など ] 返信する

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情報ありがとうございます。マラリアは「貧困がもたらす病」という側面があるのは事実でしょう。根本的な対策としては経済力を高めることが必要だと思われます。

2008/9/21(日) 午後 9:39 [ desaixjp ] 返信する

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