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 フランス革命戦争初期に高い評価を得たものの、後にはその評判がどん底まで落ちたのがオーストリアのマックだ。1793年のネールヴィンデンでは勝利の立役者と言われ、1805年のウルムでは敗北の責任を問われ軍法会議にかけられた。彼の不幸は、ナポレオンにかかわったのがそのウルムだったこと。歴史書で取り上げられるのはウルムの話ばかりで、後の時代からひたすら無能なだけの人間だと思われてしまった。
 ただ、この時代の彼の行動は単純に「無能」の一言で終わらせるには面白すぎる。バイエルン生まれの平民で新教徒ながらオーストリア軍内で昇進し、カール大公の教育係もやり、フランス革命戦争初期には参謀将校として高い評価を得た人物。だが、彼はなぜかそのまま順調に出世することなく、その人生航路は途中から変な方向へずれていく。
 その一つが1798年にナポリ王国軍の指揮官になったことだろう。オーストリア(この時点では中立)軍の将軍がナポリ軍を率いてフランス軍と戦うなど、現代では考えにくいことが起きていたのだ。ただし、後にミュラが率いた時と同様にナポリ軍は戦場では当てにならず、マックの部隊はシャンピオネ率いるフランス軍に敗北。フランス軍はナポリ領になだれ込む。
 この時、ナポリ国内で争乱が起き、マックも身が危うくなった。彼は敵であるフランス軍に投降。捕虜となってフランス国内へ送られるが、後に脱出してオーストリアへ帰還することに成功したという。下手な冒険物語並みの展開を彼は経験しているのだ。
 この一連の経緯についてトーマス・グレアムは以下のように述べている。

「マックはまず予防措置として、ドイツに戻るため無事にイタリアを通過できるようシャンピオネ将軍に要請した。この約束に従ってマックは旅をしたが、数日前にナポリ人の裏切り者に盛られた毒のためにゆっくりと旅行しなければならず、総裁政府の命令で彼と同行していたドイツ人将校全てと一緒に途上で逮捕された。
 彼は逮捕に対して抗議し、彼の安全は保証されていたと主張し、彼がナポリ軍指揮官を辞している以上、彼はこの時点で[フランス]共和国と戦争状態にない[神聖ローマ]皇帝の臣下と考えるべきだと述べたが、無駄だった。彼はミラノへ、それからブリアンソン、さらにディジョンへ連行され、そこで何カ月も軟禁状態に置かれた。
 彼の健康状態の悪化と、より大きな理由として1799年暮れに権力の座に着いたボナパルトが公正さを示すのにふさわしいと思い、またオーストリアとの単独講和にマック将軍が利用できるという観点から、第一執政は彼を仮釈放してパリに住むことを認めた。
 彼はそこで執政とその代理人と何度も話したが、1800年にウィーンの政府が第一執政の提案した講和を拒否したため、マック将軍は自身が以前ほどいい扱いを受けなくなったことに気づいた。15カ月も望んできた捕虜交換の機会が失われることを恐れた彼は4月16日にパリを脱出し、幸運にも共和国政府の警戒を避けてフランクフルトに到達することができた。
 彼は以前、陸軍大臣カルノーに対し、もし約束されたパスポートが4月15日までに届かなければ、[逃亡しないという]仮釈放の条件から開放されるものと見なすと伝えていた。もし彼が数日待っていれば、逃亡に伴う疲労や混乱を避けることができただろう。実は同時期、彼とペリニョン将軍及びグロンシ[グルーシーの間違いか]将軍の交換が合意されていた」

 どこまでこの話が事実なのかは分からないが、なかなかドラマチックな展開である。毒を盛られたとか、捕虜交換合意の直前になされた脱出行とか、うまくすればそのままテレビドラマにでもできそうな話だ。ドラマチックすぎていささか信用しづらいほど。

 またグレアムは、1805年戦役でマックがこだわったあげくに包囲されたウルムについて、以下のように述べている。

「ここ[ウルム]は[カール]大公がドナウ河の安全を確保し、そこにある広範囲な防御施設によって世襲領への道路をすべてカバーする強力な支援地点であった」

 グレアムによると神聖ローマ帝国軍は1797年からウルム近くにある高地の要塞化を始め、1799年にはカール大公がラインから進軍してくるフランス軍にこの地を奪われないよう急いで進軍した。1800年戦役ではクライがウルムを拠点にモローの侵攻を支えようとした(途中までは効果的であったが最後はウルムを捨てて逃げることになった)。
 一般的な歴史書ではウルムにこだわったマックについて単純に批判するだけで終わらせている。確かに彼が状況の変化に対応しきれずウルムにとどまったのは失敗だった。だが、彼がウルムに執着したのは全く理由がなかった訳ではない。フランス軍の先手を取ってウルムまで前進することで成功を収めたカール大公という前例があり、クライもウルムを確保することでモローの進軍をかなり長い期間支えることができた。
 将軍たちはいつでも直前の戦争における経験に頼って新しい戦争の準備をするという。マックはその意味では普通の将軍だった。相手が天才ナポレオンでなければ、彼もクライ程度には抵抗することができたかもしれない。自身が言った通り、彼は「不幸」だったのである。

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