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イエナのリュッヘル

 1806年のイエナの戦いにおいて、リュッヘル"https://de.wikipedia.org/wiki/Ernst_von_R%C3%BCchel"は脇役に過ぎない。せいぜいイエナの戦いで戦場への到着が遅かったかそうではなかったかが議論の対象となるくらいだ。彼が会戦当日の朝まで王妃の脱出の手配に追われていた話はこちら"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/54837687.html"で紹介済みだが、その後については特に調べてはいなかったので少し史料を見てみた。

 英語文献ではあまりリュッヘルの行動について詳細に書いたものは見当たらない。例えばPetreのNapoleon's Conquest of Prussia"https://archive.org/details/napoleonsconque00petrgoog"では、ホーエンローエが送った救援要請がヴァイマールにいたリュッヘルに到着したのは午前9時(p138)であり、リュッヘルが出発したのは午前10時だったという(p139)。Petreは「6マイルに及ばないヴァイマールからカペレンドルフまでの距離を移動するのに4時間を要した」ことについてリュッヘルを批判している。
 リュッヘルがウンプファーシュテットに到着した時、ホーエンローエから2度目の要請が届き、さらにカペレンドルフ近くで今度はアウエルシュテットで戦っている主力軍からの要請も来たが、今更そちらへ向かうのは無理だったためリュッヘルは引き続きホーエンローエの増援に向かった。そこにマッセンバッハが到着。どこへ向かうべきかとリュッヘルに問われたマッセンバッハは「カペレンドルフを通って行くしかない」と返答し、そしてリュッヘルの部隊は致命的な戦場へと向かった(p141)。以上がPetreの説明だ。
 次にMaudeのThe Jena Campaign"https://archive.org/details/jenacampaign180600maud"だが、こちらの説明もPetreとほぼ変わらない。午前9時に増援要請を受けた彼は散開していた兵を集めて10時に出発(p159)。ウンプファーシュテットで2度目の要請が届いたこと、ヴァイマールから「問題となっている村」までの距離が6マイルだったこと、カペレンドルフへの到着が午後2時になり、マッセンバッハの助言に従ってカペレンドルフを経て前進を続けたことなど、基本的に同じ話が紹介されている。

 ただし、以上の記述にはいくつか疑問がある。まずヴァイマールからカペレンドルフまでの距離だが、google mapによれば約11キロ(6.8マイル)となっており、Petreの指摘はいささか短すぎる。またMaudeの書いている「問題となっている村」がカペレンドルフではなくフィアツェーンハイリゲンだとすればその距離は17キロ(10.6マイル)と全然違う距離になってしまう。
 カペレンドルフまでの11キロの移動は、以前にも書いた一般的な行軍速度"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/55142591.html"を参照するなら、4時間近くかかってもおかしくはない距離だ。午前10時過ぎにスタートした軍勢が午後2時頃に到着するのは不思議ではない。もっと急ぐべきだったとしたら、例えば砲兵を後方に置き去りにして歩兵だけで移動する手段はあったと思うが、それでも3時間近くはかかったであろう距離になる。
 Petreは2時間で行けると主張しているが、騎兵が単独で強行軍するような場合でない限り、いくら何でも無理がある。リュッヘルの部隊には歩騎砲の三兵が全てそろっていたことはこちら"https://books.google.co.jp/books?id=Ln4AAAAAcAAJ"のp423nにある戦闘序列を見てもはっきりしており、その大半を率いて行軍したのであれば別に遅すぎるわけではない。
 もちろん、リュッヘルの下に届いた救援要請が急ぎの支援を求めるようなものであったなら、例えば騎兵だけを先行させるといった対応も可能だっただろう。だが最初の午前9時に届いた要請は全軍ではなく「割くことのできる兵」(Maude, p158-159)しか求めていないし、2度目の要請内容についてはPetreもMaudeも言及していない。一体、リュッヘルの下には具体的にどんな要望が届いていたのか。

 それを記しているのはドイツ語文献になる。具体的にはやはりHöpfnerのDer Krieg von 1806 und 1807"https://books.google.co.jp/books?id=ZAcKAAAAIAAJ"だ。彼の本で紹介された話がその後も繰り返されているケースが多いし、リュッヘルの動向についてもここで触れられた話が重要になっている。それによるとホーエンローエがリュッヘルの支援を求めるべくフェルスター中尉を派遣したのは午前8時で、文面は「私はちょうど激しく攻撃されたばかりで、左翼のプロイセン師団がここを去るため行軍したところです。閣下に割くことのできるプロイセン兵を送るようお願いします」(p380)となっている。
 フェルスターからこの連絡を受けたリュッヘルは「私はすぐ、軍の大半を率いて閣下の下へここ(ヴァイマール)からカペレンドルフまで向かいます。苦戦しているとこであればどこであれ向かうのでその旨指示を送ってください。友人として喜んで助けます」(p395)と返事をした。この時点でリュッヘルはホーエンローエの希望に最大限に答えていることになり、その行動が特に問題だとは思われない。
 問題はこのリュッヘルの返答を受けたホーエンローエが出した2番目の手紙だ。そこには「現時点まではうまく行っている。私は敵をあらゆる場所で叩き、騎兵は大砲を奪った。閣下がフィアツェーンハイリゲンに来てくれるのならば私としてはとてもうれしい。あなたはよき人であり、誠実な友だ」と書かれていた(p395)。見て分かる通り、切迫度合いは最初の手紙よりさらに低下している。
 リュッヘルがこれを受け取ったのはウンプファーシュテットだ(p406)。ヴァイマールからの距離は7キロ弱で、彼がここに到着したのは12時半頃だろう。こちら"https://books.google.co.jp/books?id=IUMKAAAAIAAJ"ではホーエンローエがリュッヘルの最初の返答を受けた時間を11時か11時半頃としており(p371)、それから2度目の要請を出したと考えると時間的にも辻褄が合う。要するに昼前の時点でなおホーエンローエはそれほど自らが追い詰められていると考えていなかった可能性が高い。
 ウンプファーシュテットからカペレンドルフまでは4キロ強。1時間では到着できない。彼らがカペレンドルフに接近した時には既に2時に近い時間になっていたと思われる。この時点でリュッヘルはブラウンシュヴァイク公率いる主力からも増援要請を受けるが、既にホーエンローエのすぐそばまで来ているこの段階で方向を変えるのは拙いと「正しく」(p407)判断したリュッヘルはカペレンドルフへの行軍を続けた。そしてそこでマッセンバッハと出会った。
 以上、Höpfnerの本と現代の地図を見る限り、リュッヘルの行動が「遅すぎた」とは思えない。もちろんもっと急ごうと思えばできただろうが、そのためにはより切迫した要望が届いている必要がある。それがなかった以上、兵力の逐次投入にならないようまとめて移動したリュッヘルの判断が拙かったとは思えない。Petreらの批判は正直言って厳しすぎるのではないか。

 ちなみにリュッヘルについてはこちらの伝記"https://books.google.co.jp/books?id=L5cyAQAAMAAJ"が面白い。同書の2巻にはイエナの戦いについての記述もあるのだが、ホーエンローエとやり取りした時間や手紙の内容がHöpfnerが書いているのと微妙に違うのだ。出版時期としては伝記の方が早いんだが、おそらくこちらの伝記は一次史料が確認できないまま当事者の証言などで構成したのではないだろうか。後で一次史料を確認したHöpfnerがその部分を正しい表記に改めたと考えれば辻褄が合う。
 だが1ヶ所だけ、両者の記述が完全に一致している部分がある。どこに向かうべきかというリュッヘルの問にマッセンバッハが「カペレンドルフを通って行くしかない」Jetzt durch Kapellendorf! と答える部分だ。伝記ではp121、Höpfnerの本ではp407に載っているこの台詞は全く同じ。この会話は口頭で交わされたものであり、当然文字として残ってはいない。だからHöpfnerも他に確認する手段がなく、伝記の記述をそのまま採用したのだと思われる。逆に言えばそれだけこの台詞は信頼度が低いものであると考えてた方が安全だろう。

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