翠はるかにのブログ

一たびまかれた人生の時間を大切に!!

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  小学校も夏休み。
 
 さああなたは、どこへいきますか?
 
  東京ソラマチ、富士登山、海外 etc。。。
 
  私としましては、誕生日も来るので,記念に鰻を食べに行きたいですね。
 
  それでは最近撮った花を。。
 
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                  カタクリの花
 
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                  菖蒲   県立相模原公園にて
 
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                   あじさい    麻溝公園にて
 
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                     羽田空港にて
 
              祖国は雲の彼方に
 
 
  飛行機に乗る目的は千差万別ですが、祖国への思いを胸に決死の覚悟で搭乗された
 おばあちゃんがいました。
 
  アメリカに移住していたフイリピンの方。。。
 死ぬ時は祖国でと強く思うものらしい。
  アメリカ →日本経由 →フイリピン という17時間の長旅。。。
 
  すっごくしんどいと思うけど、彼らは絶対に「大丈夫!」と嘘をつくのです。
 
  そんな中、アメリカから日本へ向かう便。。。
 通路をトイレにむかうフイリピン人のおばあちゃん、何か歩き方がおかしい。
 
  『大丈夫?』と私が手を持ってあげたら何か私の手が湿った。。。
       生暖かい。。。。
 
     うわ〜〜 血 !!!
 
         血ですけど ーー!!
 
   おばあちゃんは「私は大丈夫だから」と笑顔でいっている。
 
     大丈夫ちぁうやんっ !!
 
   あわてて他のキャビンアテンダント(CA)とお医者様をよびだしました。
  おばあちゃんの胸元を見たら、白のブラウスが真っ赤な血で染まっていました。
 
   車椅子で入れるトイレで処置は始まりました。
  お医者様が、そのブラウスを脱がし、ブラジャーをとると ・・・
 
   ブラの中には、血のかたまり(?)か、皮膚のかたまり(?)みたいなものが、、、
 
  うしろから、すすり泣く声はおばあちゃんの娘さん。
 訳を聞くと、医療費が高いアメリカでは、ちゃんとした処置が出来なかったという。
 
  お医者様は、「乳ガンです!」と説明し
 「彼女には旅を続けるのは無理です。」と判断しました。
 
   機長とパーサーも呼ばれたが、「私は大丈夫。祖国へ戻るまでは絶対に
  死なない。」と言うおばあちゃんの大胆な嘘に心を奪われ、
 
      「よし わかった !!」
 
   と、ビジネスクラスの席が与えられ、点滴が始まりました。
 
   「もう笑わなくてもいいよ。フイリピンまで帰れるよ。」というと
  おばあちゃんはそれでも笑いながら涙を流しました。
   その笑顔が切なくて、私はおばあちゃんの手をとって泣きました。
 
   日本に到着し、機長はフイリピンへ行く機長とパーサーに状況を説明し
 
   「頼むからフイリピンまで連れて帰ってあげてくれ!!」
 
  と言う機長の眼にも涙が。。。。
 
   それからおばあちゃんは無事帰れたそうです。
 
 
     よかったね、おばあちゃん !!
 
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                雨の羽田空港
 
 
       *  現役CAのフライト手帳より
   
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従業員約50名のうち、約7割の方が知的障害を持っています

「日本でいちばん大切にしたい会社」


従業員約50名のうち、およそ七割が知的障音をもった方々で占められている。
神奈川県川崎市のその会社は、多摩川が近くに流れる、静かな環境のなかにあります。この会社こそ日本でいちばん大切にしたい会社の一つです。


昭和12年(1937)に設立された「日本理化学工業」は、主にダストレスチョーク(粉の飛ばないチョーク)を製造しており、50年ほど前から障害者の雇用を行っています。


そもそものはじまりは、近くにある養護学校の先生の訪問でした。
昭和34年(1959)のある日、一人の女性が、当時東京都大田区にあった日本理化学工業を訪ねてきたそうです。


「私は養護学校の教諭をやっている者です。
むずかしいことはわかっておりますが、今度卒業予定の子どもを、ぜひあなたの会社で採用していただけないでしょうか。

大きな会社で障害者雇用の枠を設けているところもあると聞いていますが、ぜひこちらにお願いしたいのです」



障害をもつ二人の少女を、採用してほしいとの依頼でした。
社長である大山泰弘さん(当時は専務)は悩みに悩んだといいます

その子たちを雇うのであれば、その一生を幸せにしてあげないといけない。
しかし果たして今のこの会社に、それだけのことができるかどうか・・・。
そう考えると自信がなかったのです。


結局、「お気持ちはわかりますが、うちでは無理です。
申し訳ございませんが・・・」


しかしその先生はあきらめず、またやって来ます。
また断ります。
またやって来ます。
それでも断ります。


三回目の訪問のとき、大山さんを悩ませ、苦しませていることに、
その先生も耐えられなくなったのでしょう、ついにあきらめたそうです。

しかしそのとき、「せめてお願いを一つだけ」ということで、こんな申し出
をしたそうです。


「大山さん、もう採用してくれとはお願いしません。
でも、就職が無理なら、せめてあの子たちに働く体験だけでもさせてくれませんか?そうでないとこの子たちは、働く喜び、働く幸せを知らないまま施設で死ぬまで暮らすことになってしまいます。私たち健常者よりは、平均的にはるかに寿命が短いんです」


頭を地面にこすりつけるようにお願いしている先生の姿に、大山さんは心を打たれました。


「一週間だけ」ということで、障害をもつ二人の少女に就業体験をさせてあげることになったのです。

「私たちが面倒をみますから」

就業体験の話が決まると、喜んだのは子どもたちだけではありません。
先生方はもちろん、ご父兄たちまでたいそう喜んだそうです。


会社は午前8時から午後5時まで。
しかし、その子たちは雨の降る日も風の強い日も、毎日朝の7時に玄関に来ていたそうです。


お父さん、お母さん、さらには心配して先生までいっしょに送ってきたといいます。

親御さんたちは夕方の3時くらいになると「倒れていないか」「何か迷惑をかけていないか」と、遠くから見守っていたそうです。

そうして一週間が過ぎ、就業体験が終わろうとしている前日のことです。

「お話があります」と、十数人の社員全員が大山さんを取り囲みました。

「あの子たち、明日で就業体験が終わってしまいます。
どうか、大山さん、来年の 4月1日から、あの子たちを正規の社員として採用してあげてください。あの二人の少女を、これっきりにするのではなくて、正社員として採用してください。もし、あの子たちにできないことがあるなら、私たちがみんなでカバーします。だから、どうか採用してあげてください」

これが私たちみんなのお願い、つまり、総意だと言います。

社員みんなの心を動かすほど、その子たちは朝から終業時間まで、何しろ一生懸命働いていたのです。

仕事は簡単なラベル貼りでしたが、10時の休み時間、お昼休み、3時の休み時間にも、仕事に没頭して、手を休めようとしません。

毎日背中を叩いて、「もう、お昼休みだよ」

「もう今日は終わりだよ」と言われるまで一心不乱だったそうです
ほんとうに幸せそうな顔をして、一生懸命仕事をしていたそうです

 
社員みんなの心に応えて、大山さんは少女たちを正社員として採用することにしました。

一人だけ採用というのはかわいそうだし、何よりも職場で一人ぼっちになってしまいやすいのではないか、二人ならお互い助け合えるだろうということで、とりあえず二人に働いてもらうことになりました。

それ以来、障害者を少しずつ採用するようになっていきましたが、大山さんには、一つだけわからないことがありました。

どう考えても、会社で毎日働くよりも施設でゆっくりのんびり暮らしたほうが幸せなのではないかと思えたのです。

なかなか言うことを聞いてくれず、ミスをしたときなどに「施設に帰すよ」と言うと、泣きながらいやがる障害者の気持ちが、はじめはわからなかったのです。

そんなとき、ある法事の席で一緒になった禅寺のお坊さんにその疑問を尋ねてみたそうです。


するとお坊さんは

「そんなことは当たり前でしょう。


幸福とは、

①人に愛されること、②人にほめられること、③人の役に立つこと、④人に必要とされることです。

そのうちの②人にほめられること、③人の役に立つこと、そして④人に必要とされることは、施設では得られないでしょう。

この三つの幸福は、働くことによって得られるのです」

と教えてくれたそうです。


「その4つの幸せのなかの3つは、働くことを通じて実現できる幸せなんです。

だから、どんな障害者の方でも、働きたいという気持ちがあるんですよ。

施設のなかでのんびり楽しく、自宅でのんびり楽しく、テレビだけ見るのが幸せではないんです。

真の幸せは働くことなんです」


普通に働いてきた大山さんにとって、それは目からウロコが落ちるような考え方でした。

これは、働いている多くの人たちも忘れていることかもしれません

それを障害者の方によって教えられたのです。

 

このの言葉によって、大山さんは「人間にとって“生きる”とは、必要とされて働き、それによって自分で稼いで自立することなんだ」ということに気づいたそうです。

「それなら、そういう場を提供することこそ、会社にできることなのではないか。企業の存在価値であり社会的使命なのではないか」

それをきっかけに、以来50年間、日本理化学工業は積極的に障害者を雇用し続けることになったのです。


出典元:(日本でいちばん大切にしたい会社 坂本光司)




転載元転載元: 幸福メンタルクリニック

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   仕事で出かけているとき、家に電話がありました。
   二男とそっくりの声で
  「電車の中にかばんを置き忘れた。会社の大事な書類や、免許証も入っている。
 
  駅や警察には届けたが、連絡先にしといたから、もし発見されたりなど電話があったら聞いておいて。」 という内容だった。 これが最初の電話。
  二男は会社に勤務している。
 営業の仕事も担当しているが、いつも車を使っていて、電車に乗ることはない。
 
  電話を聞いていたかみさんは、この時には、まだおかしいときがつかない。
  なぜなら二男の声にそっくりだったから。
  二回、三回と 「まだ見つかったという連絡はない?」
 
 と、焦った声で電話してくる。
 四回目の電話。
 
  「かばんには会社の小切手や携帯電話も入ってる。」
 
  という内容。
  かみさんは、振り込め詐欺ではないか、と気づき始めた。
 
  同じ県内に住んでいる二男の家に電話してみた。
  「朝出かけるときは車で出かけた。」とお嫁さんからの返事。
 
  これはおかしいと思っていると
  ついに金銭の要求が
 
  「小切手の方は部長に止めてもらったが、取引先へ持参する現金都合できないか?」
 
  「うちにそんなお金あるわけないでしょ。!!」
 
 と言ったら、もうその電話はかかってこなくなった。
 
  その後、地元の警察署から、同じ市内で数件の被害が発生している連絡を受けた。
 
 
  オレオレの手口は巧妙化されてきています。
  五百万円くらいすぐ用意できる方もそうでない方も、すぐ信用しないで、おかしいとおもったら
 「110番」 ですね。
 

PCがパンクしました。

 
 
  みなさんこんにちは。
 
 いつも来て頂いて有難う御座います。
 
 たくさんの友達も出来て、喜んでいたのもつかの間、PCがパンクしてしまいました。
 
  前使っていたPCの不具合で、修理に出すと時間もかかり約二年前新しいPCを購入しました。
 
 故障もトラブルもなく順調にきたら、『スタートアップ修復不能』の文字が。
 
 何度か解決の道を探ったのですが、回復せず、販売店に持ち込んだら、
 
 『ハードディスク基盤交換が必要』という返事。
 
  修理に出すと新しくPCを買うくらいの費用がかかります。
 
  気持ちは落胆状態でPCの生活や楽しみもしばらくおあずけ、とあきらめていました。
 
  その時、押入れに、不具合でしまったままのPCXpがあるのを思い出しました。
 
  そのXP を取り出し、接続して電源を入れたところ、元気に動いてくれたのです。
 
  元通りブログも立ち上げられて幸せでいっぱいです。
 
 
  記事の更新も気の向くままですが、これからも仲良くしてね。
 
 以上近況報告でした。       感謝!!
 
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            夜中に咲いた 朝鮮朝顔 です。
 
 
 

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