翠はるかにのブログ

一たびまかれた人生の時間を大切に!!

新宿神楽坂、ドライブ

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イメージ 1  前回の散歩道では、飛鳥山公園頂上から撮り鉄マ
二アも喜ぶ最新型秋田新幹線「スーパーこまち」も見
られ得した気分で帰ってきました。
 
  今回は待機児童保育の仕事もお休みだったので
再びJR駒込駅に向かいました。
 
 
  本郷通りに面した北口へ出て王子方面に向かう
緩やかな下り坂を、「妙義坂」といいます。
  駒込三丁目にある妙義神社が坂名の由来であると
謂われています。霜降橋交差点の脇に「しもふり」
と掲げられたアーチがあり、写真のような、霜降銀座商店街のマスコット「しーちゃん」が微笑んで迎えてくれました。
 
  ここでは毎日のおかずは、もちろん日用品もここだけで一通りそろえること
ができ、浅見家住み込みのお手伝い須美ちゃんも、ここまで買いに来るらしい。
 
イメージ 2
 
  肉屋さんの店頭には、刑事ドラマやグルメ番組にでている「石ちゃん」の
色紙が貼ってありました。
  松坂牛メンチ230円、ハムカツ120円など表示されどれもおいしそうでした。
  私が浅見光彦シリーズのファンだと告げると、「さっきもテレビ局が取材に来ていたよ。」と田中さんは話してくれました。
 
  ここで一休みしますね。
  『紅茶とハーブの店 オレンジペコ』
 定休日 毎週水曜
 営業時間    11時〜18時 
 
イメージ 3
 
  この商店街の先を左へ折れ染井坂を進むと、芥川龍之介、高村智恵子
の墓所へでます。
  また国道17号線まで足を延ばせば、おばあちゃんの原宿で有名な
『巣鴨地蔵通り商店街』にも行かれます。
 
  外はかんかん照りの暑さ。。気温35℃です。
     今日はこのへんで。   バ〜イ。  
   JR王子駅向かいの『飛鳥山公園』を囲むように走る明治通り沿いにある急坂を、飛鳥大阪 
 
 という。この坂の途中に石碑があり、それには≪今はきわめて緩やかな勾配だが、「東京府
 
 村誌」には、飛鳥山坂、滝野川村にあり、飛鳥橋のほうに下る。長さ一町十二間三尺、
 
 広さ三間、坂勢急なりと記され、都内でも有数の難所であり、荷車の後押しで手間賃を稼ぐ
 
 人もいた。≫と記されている。
 
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            スロープカー   あすかパークレール
 
   東京都北区が運営しているあすかパークレール、通称アスカルゴは麓から山頂
 
 まで高低差18メートルを2分で結んでいる。
 
   近くにいた子供たちが、山頂駅付近からよく見える新幹線をみて
 
 「あ、はやぶちゃとスーパーこまちだ!!のりたいな〜。!!」と歓声を上げた。
 
   飛鳥山公園にある売店近くでも新幹線やJR在来線の列車がよく見え
 
 鉄道ファンの子供たちは、ここが大好きだ。
 
   『紙の博物館』、『北区飛鳥山博物館』、『渋沢資料館』なども園内にあって
 
 楽しめる。
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従業員約50名のうち、約7割の方が知的障害を持っています

「日本でいちばん大切にしたい会社」


従業員約50名のうち、およそ七割が知的障音をもった方々で占められている。
神奈川県川崎市のその会社は、多摩川が近くに流れる、静かな環境のなかにあります。この会社こそ日本でいちばん大切にしたい会社の一つです。


昭和12年(1937)に設立された「日本理化学工業」は、主にダストレスチョーク(粉の飛ばないチョーク)を製造しており、50年ほど前から障害者の雇用を行っています。


そもそものはじまりは、近くにある養護学校の先生の訪問でした。
昭和34年(1959)のある日、一人の女性が、当時東京都大田区にあった日本理化学工業を訪ねてきたそうです。


「私は養護学校の教諭をやっている者です。
むずかしいことはわかっておりますが、今度卒業予定の子どもを、ぜひあなたの会社で採用していただけないでしょうか。

大きな会社で障害者雇用の枠を設けているところもあると聞いていますが、ぜひこちらにお願いしたいのです」



障害をもつ二人の少女を、採用してほしいとの依頼でした。
社長である大山泰弘さん(当時は専務)は悩みに悩んだといいます

その子たちを雇うのであれば、その一生を幸せにしてあげないといけない。
しかし果たして今のこの会社に、それだけのことができるかどうか・・・。
そう考えると自信がなかったのです。


結局、「お気持ちはわかりますが、うちでは無理です。
申し訳ございませんが・・・」


しかしその先生はあきらめず、またやって来ます。
また断ります。
またやって来ます。
それでも断ります。


三回目の訪問のとき、大山さんを悩ませ、苦しませていることに、
その先生も耐えられなくなったのでしょう、ついにあきらめたそうです。

しかしそのとき、「せめてお願いを一つだけ」ということで、こんな申し出
をしたそうです。


「大山さん、もう採用してくれとはお願いしません。
でも、就職が無理なら、せめてあの子たちに働く体験だけでもさせてくれませんか?そうでないとこの子たちは、働く喜び、働く幸せを知らないまま施設で死ぬまで暮らすことになってしまいます。私たち健常者よりは、平均的にはるかに寿命が短いんです」


頭を地面にこすりつけるようにお願いしている先生の姿に、大山さんは心を打たれました。


「一週間だけ」ということで、障害をもつ二人の少女に就業体験をさせてあげることになったのです。

「私たちが面倒をみますから」

就業体験の話が決まると、喜んだのは子どもたちだけではありません。
先生方はもちろん、ご父兄たちまでたいそう喜んだそうです。


会社は午前8時から午後5時まで。
しかし、その子たちは雨の降る日も風の強い日も、毎日朝の7時に玄関に来ていたそうです。


お父さん、お母さん、さらには心配して先生までいっしょに送ってきたといいます。

親御さんたちは夕方の3時くらいになると「倒れていないか」「何か迷惑をかけていないか」と、遠くから見守っていたそうです。

そうして一週間が過ぎ、就業体験が終わろうとしている前日のことです。

「お話があります」と、十数人の社員全員が大山さんを取り囲みました。

「あの子たち、明日で就業体験が終わってしまいます。
どうか、大山さん、来年の 4月1日から、あの子たちを正規の社員として採用してあげてください。あの二人の少女を、これっきりにするのではなくて、正社員として採用してください。もし、あの子たちにできないことがあるなら、私たちがみんなでカバーします。だから、どうか採用してあげてください」

これが私たちみんなのお願い、つまり、総意だと言います。

社員みんなの心を動かすほど、その子たちは朝から終業時間まで、何しろ一生懸命働いていたのです。

仕事は簡単なラベル貼りでしたが、10時の休み時間、お昼休み、3時の休み時間にも、仕事に没頭して、手を休めようとしません。

毎日背中を叩いて、「もう、お昼休みだよ」

「もう今日は終わりだよ」と言われるまで一心不乱だったそうです
ほんとうに幸せそうな顔をして、一生懸命仕事をしていたそうです

 
社員みんなの心に応えて、大山さんは少女たちを正社員として採用することにしました。

一人だけ採用というのはかわいそうだし、何よりも職場で一人ぼっちになってしまいやすいのではないか、二人ならお互い助け合えるだろうということで、とりあえず二人に働いてもらうことになりました。

それ以来、障害者を少しずつ採用するようになっていきましたが、大山さんには、一つだけわからないことがありました。

どう考えても、会社で毎日働くよりも施設でゆっくりのんびり暮らしたほうが幸せなのではないかと思えたのです。

なかなか言うことを聞いてくれず、ミスをしたときなどに「施設に帰すよ」と言うと、泣きながらいやがる障害者の気持ちが、はじめはわからなかったのです。

そんなとき、ある法事の席で一緒になった禅寺のお坊さんにその疑問を尋ねてみたそうです。


するとお坊さんは

「そんなことは当たり前でしょう。


幸福とは、

①人に愛されること、②人にほめられること、③人の役に立つこと、④人に必要とされることです。

そのうちの②人にほめられること、③人の役に立つこと、そして④人に必要とされることは、施設では得られないでしょう。

この三つの幸福は、働くことによって得られるのです」

と教えてくれたそうです。


「その4つの幸せのなかの3つは、働くことを通じて実現できる幸せなんです。

だから、どんな障害者の方でも、働きたいという気持ちがあるんですよ。

施設のなかでのんびり楽しく、自宅でのんびり楽しく、テレビだけ見るのが幸せではないんです。

真の幸せは働くことなんです」


普通に働いてきた大山さんにとって、それは目からウロコが落ちるような考え方でした。

これは、働いている多くの人たちも忘れていることかもしれません

それを障害者の方によって教えられたのです。

 

このの言葉によって、大山さんは「人間にとって“生きる”とは、必要とされて働き、それによって自分で稼いで自立することなんだ」ということに気づいたそうです。

「それなら、そういう場を提供することこそ、会社にできることなのではないか。企業の存在価値であり社会的使命なのではないか」

それをきっかけに、以来50年間、日本理化学工業は積極的に障害者を雇用し続けることになったのです。


出典元:(日本でいちばん大切にしたい会社 坂本光司)




転載元転載元: 幸福メンタルクリニック

PCがパンクしました。

 
 
  みなさんこんにちは。
 
 いつも来て頂いて有難う御座います。
 
 たくさんの友達も出来て、喜んでいたのもつかの間、PCがパンクしてしまいました。
 
  前使っていたPCの不具合で、修理に出すと時間もかかり約二年前新しいPCを購入しました。
 
 故障もトラブルもなく順調にきたら、『スタートアップ修復不能』の文字が。
 
 何度か解決の道を探ったのですが、回復せず、販売店に持ち込んだら、
 
 『ハードディスク基盤交換が必要』という返事。
 
  修理に出すと新しくPCを買うくらいの費用がかかります。
 
  気持ちは落胆状態でPCの生活や楽しみもしばらくおあずけ、とあきらめていました。
 
  その時、押入れに、不具合でしまったままのPCXpがあるのを思い出しました。
 
  そのXP を取り出し、接続して電源を入れたところ、元気に動いてくれたのです。
 
  元通りブログも立ち上げられて幸せでいっぱいです。
 
 
  記事の更新も気の向くままですが、これからも仲良くしてね。
 
 以上近況報告でした。       感謝!!
 
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            夜中に咲いた 朝鮮朝顔 です。
 
 
 
  浅見家のほど近くにある「西ヶ原みんなの公園」は2010年に東京外語大跡にオープン

 した公園で、この公園の南入口から老人ホームへと向かう上り坂を下瀬坂という。

  坂を上ったところにある標識には、≪この坂名は明治32年ここに設けられた海軍

 下瀬製造所に由来します。

  製造所は京都府舞鶴へ移転し跡地には東京外国語大学のキャンパスになりました。≫

 と記されている。

  その外語大も府中市朝日町へキャンパスが移転し、大学跡地の面影はない。

  写真は海軍製造所があった当時の名残である憲兵小屋が住宅街の木立に埋まるように

 ひっそり建っていた。

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  外語祭のポスターがあったので、もう少し語ろう。

  外語祭では1年生が料理を担当し、2年生はお話とお遊戯会を担当するという。

 なんだかテレビの「おかあさんといっしょ」を思い出すが、専攻するフランス語や

 ドイツ語、中国語で会話するわけだから、大変そう。


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   《 浅見光彦のプロフィール 》

  東京都北区在住。33歳。

 今も警察庁刑事局長である兄・陽一郎一家から独立できず居候状態。

  坊ちゃん、坊ちゃんとしたハンサムな好青年なのに,女性の前では態度が

 煮え切らない。

  しかしルポライターとして事件に遭遇すると、持ち前の好奇心から、数々の

 難事件を解決している。

  

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