翠はるかにのブログ

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民話の旅

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 芦の湯は箱根の中でも標高が高く江戸時代から温泉地として整備され、江

戸の喧騒を忘れさせる温泉地として人気があり、湯本、宮ノ下、木賀などと共

に「箱根七湯」と称され、多くの客でにぎわうようになりました。

   きょうはここでのお話です。

         ≪恩人碑      民話の旅 その17≫

  江戸時代、雨森宗真という江戸の若者が湯治のためここを訪れ

 ていた時、たまたま居合わせた男にだまされ、借金を背負ってしまい

 ました。困り果てているところに、父の知人・堺屋嘉兵衛という人が

 困っている姿を見るに見かねて、家財を傾けてまで借金を肩代わりしてくれ

 ました。

  宗真は恩義に感じ、勉学に励み、、名医と呼ばれるまでになり、医学のみ

ならず儒学や詩の世界でも名を知られるようになりました。

  それから20年の月日がたち、かつて受けた恩を返そうと堺屋喜兵衛
 の居所を捜しましたが喜兵衛はすでに病に倒れ、その妻子を捜す

 こともできませんでした。

  ある年、この地を再び訪れた宗真は感謝の意を碑文にこめ、ここに建てた

恩人碑が伝えられています。



               おしまい


   * 資料は箱根町教育委員会からいただきました。







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     八月半ば。都会のアスファルトにアブラゼミの声がしみる頃、

  高原の夏草に淡紫のマツムシソウが開くころ、三千メートルの稜線は

  もう水晶色の秋風の中。

   それぞれ美しい美を付けたバラ科の仲間の中でも、チングルマは

  一人偏屈ぶりを発揮し、羽毛の風車を連ねてごきげん。


        文  石井由紀 「花の神話と詩」 より引用

 ≪チングルマ
かわいらしい花で、高さ10メートルの小灌木。産地はやや高い山の
高層湿原。
実の形がおもちゃの稚児車に似ていることからチングルマになった説も。

写真は箱根強羅公園展示室で4月撮ったもの。
 イエス・キリストが最後に歩まれた人の世の旅路 −−−ゴルゴタへの道
 のお話。

  肩に負うた十字架の重みに耐えかねて、ほこりの道に倒れ伏したイエスを
 駆け寄ってたすけ起こした婦人がおりました。
  優しい彼女は疲れ果てたイエスを見捨てることができず、棘の冠から
 滴る血潮と汗をぬぐってやろうと、真っ白な麻のハンカチを広げて彼の顔に
 かけたとき、無慈悲な兵士は、再びイエスをもぎ放し、刑場への道へとひき
 たてて行ってしまいました。

  キリストはそのまま天に帰ってしまわれましたが、そのハンカチには気高い
 面影がくっきりと残り、これを見た人の病が治るなど数々の奇跡が起こり
 ました。

  後世の人々は彼女の徳を記念して聖女ヴェロニカ (Veronica 真の姿)
 と呼びました。


  高山に咲くクワガタの仲間は一輪一輪が小さな顔に見えます。
 だから学名にヴェロニカの名をもらい今でもキリストを讃え続けて
 いるのです。                    
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         クロユリ
 「これが名高い黒百合、なんと 妖しく美しいものではありませぬか。
幻の花を手にできたのも妾(わらわ)なればこそ。。。」
 床の間に飾られた花を流し目に、誇らかに笑う淀君。
 茶席に連なっていた北の政所は、思わず唇をかみしめる。
悔しさにくるめく頭の片隅で復讐の手段を思いめぐらす。

 こうしてこの物語は、淀君に花を贈った佐々内蔵助成政は破滅の
第一歩を踏み出すことになる。
 名を成し遂げた勇将も、火花を散らす妻妾の憎しみの渦に巻き込まれては
ひとたまりもなかった。

 これからしばらくした後、罪を得て、切腹の座に就いた成政の耳に
以前不義密通の罪で成敗した腰元早百合恨みの声が響いたか。

  北海道ではアイヌに語り継がれている恋の花の物語として黒百合
はあまりにも有名だが、長野、富山両県では、家を滅ぼす呪いの花として
喜ばれない。

  子供のころ聞いた、映画「君の名は」主題歌≪黒百合の歌≫は
独特の歌い方で、今にも印象に残っている。


   * 参考   石井由紀 著 「花の神話」 より
 
   * 写真  直接この物語とは関係ありませんが友達です。  



  しづやしづ しづのをだまき くり返し

             昔を今に なすよしもがな

               昔を今に なすよしもがな       静  御前


  文治元年、頼朝に背いた義経と吉野で離れ捕えられた静は鎌倉に送られ

頼朝夫妻の前で舞を舞った。

  義経恋しのこの歌に、頼朝はみるみる額に青筋が立ち、直垂の裾を

つかんだ指が震え席をけって立とうとする。

  夫頼朝の袖をつかんで、『私とて、あの夜、流人であった貴方のもとへ

走ったではありませぬか。』と妻政子は窘めた。


   ここでいうをだまきは、紡いだ糸を巻き取る道具の一つ。

 糸をくくるところから、[くりかえし]の枕詞になっている。

  文治2年9月静は京都へ帰ったが消息は不明。


    * 出典  『吾妻鏡』 文治2年


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             写真   深山苧環 (ミヤマオダマキ)キンポウゲ科  























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