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■Final Magazine vol.1 〜春田 崇博〜 はじめまして!富士通FRONTIERSでマネージャーをやらせてもらっている松元竜太郎といいます。 この度、FRONTIERSの選手一人一人のフットボールやチームに対する知られざる想いを関係者やファンの方たちにしってもらうべく、 白木君のブログを通して「Final Magazine」 と題したブログマガジンを連載させていただくことになりました。 一人でも多くの選手の想いを、紹介できるようにがんばります。 さて、記念すべき第一回の春田遍の前に自己紹介を少しだけさせていただきます。 私は富士通入社3年目で本ブログの配信者である副将の白木と同期です。 大学時代は慶應大学で4年間DB、1年間コーチとして活動しました。 選手としては二流でしたが一流の選手が集うFRONTIERSというチームでマネージャー、 ディフェンススタッフとしてチームの日本一に少しでも貢献できればという想いで活動しております。 【 #83 TE 春田 崇博 (はるた たかひろ) 】 【写真提供:チームカメラマン)池田 理氏】 "ナイスガイ"、私が春田をイメージした時にまず浮かぶ言葉だ。 謙虚で紳士的、もし結婚相手にしたいランキングをつけたら、 FRONTIERSの中でもかなり上位ではないだろうか? さらにカラオケでは、甘い歌声で女の子をとりこにしているとの専らのうわさ・・・。 そんな彼は昨年末JAPAN X BOWLで負傷してから今日まで、 必死のリハビリを続けている。 現在ある意味でフットボールに対して最も貪欲な状態にある春田のアメフトとの出会いから振り返ってみる。 岡山出身の春田は中学、高校時代と野球部に所属してアメフトとは全く無縁の生活を送っていた。 高3の時、彼に一つの転機が訪れる。 野球部のトレーナーから大阪産業大学でアメフトをやらないかと誘われたのだ。 アメフトに関心がなく、大学に進学して野球を続けようと漠然と考えていた春田にとって、当初このオファーは決して魅力的ではなかった。 しかし、NFLのスーパープレー集や、大産大の試合を見るようになって、 徐々に気持ちが動いていく。 大産大のヘッドコーチも岡山まで彼を口説きにやってきて、 最終的に推薦枠での進学を決断した。 大阪産業大学は附属の高校は日本一常連チームだが、 その主力選手の殆どは他大学へと進学するため、 大学は人数も少なく、高校フットボール未経験の選手の割合が多い。 そのような状況で、大産大は他のスポーツで秀でた選手をスカウトしており、 春田はその中の一人である。 180cm、80kgの恵まれた体格と、 40ヤードを4秒8で走る身体能力は正にアメフトにフィットした。 入部して間もなくDB(SF)として試合に出場することになる。 ルールをやっと覚えたばかりで出場したこの試合(VS龍谷大)を、 春田は今でも鮮明に記憶していた。 「キッキングも入っていてとにかくきつかったです。 プレーも分からないし、ボールのあるところめがけてがむしゃらに突っ込んだ。 楽しむとかそういう余裕は全くなかったです。」 フットボールを始めて最初のうちは、 その面白さが分からず、 ”きつい””いたい”という部分が先行してしまうのは誰しもが経験する過程だと思う。ましてや春田の場合、アメフトを始めて2ヶ月で試合に出たのだからなおさらだ。 2年目にTEへとコンバートした春田は、めきめき頭角を現してチームの主力として活躍するようになる。 そして大学時で最も印象的だった事に彼が挙げたのが、3年時の関西リーグ1部昇格だ。 1年間の過酷な練習が勝利、そして一部昇格という確かな成果として結実する最高の瞬間だった。 そして、その年1部昇格に向け主将としてチームを牽引したのが現FRONTIERS#59河西(DL)だった。 後に春田がFRONTIERSに入る際に、河西の影響を大きく受けている。 4年時は副将としてチームを引っ張り関西1部リーグを戦いぬいた春田だが、 話を少し戻して、 彼が進路、すなわち富士通への入社を決断した経緯にふれてみたい。 4年時の4月にFRONTIERSからオファーが来る前、 春田は警察官になりたいという気持ちがあったそうだ。 私はこの事実を耳にして確かに春田のような誠実な人間にはぴったりの職業だと思うし、もしその道に進んでいたとしても、きっと立派な警察官になったことだろうと思った。 結論は富士通への入社を決断するわけだが、 その大きな決め手となったのが同じく大産大から富士通へと入社した2人の先輩、植木さんと河西である。 植木さんはご存知、副将でチームを象徴する存在といえる選手の一人である。 そして河西は身近な先輩としてFRONTIERSについて春田と何度も連絡をとっていた。 春田は言う、 「正直、社会人はドライというか、 今まで自分が大学でやってきた感じと違うのではと思っていましたが、 同じ寮で過ごし、アットホームだということ、とてもノリがいいチームだということを河西さんに聞いて、イメージが変わりました。 最後に決断したのはやっぱり単純にアメフトが好きで、まだ続けたいと思ったからです。」 私の取材に対して率直に過去の話をしてくれた春田だが、 その間隙をついてでてくるのが、 ”早くフットボールがしたい”という思いだ。 冒頭でふれたが、春田は昨年末に負傷してから半年以上アメフトをできないでいる。 練習ができない、フィールドに立てない、 その悔しさを実感して、そして自分がいかにアメフトが好きかを思い知らされているのだ。 私は最後に「春田にとってフットボールとは?」というベタな質問をぶつけたのだが、 その答えに彼の今の想いが集約されていると思う。 「アメフトは恋人みたいなもんなんです。身近にいすぎて、どれだけ好きで自分にとって大切な存在かということを見失ってしまう。今けがしていてプレーできない期間が長くなればなるほど、どれだけ自分がアメフト好きだったかということを思い知らされてます。今はリハビリして、あとは声だしとかしかできないですけど、秋は必ずパワーアップして戻ってきます!」 辛いリハビリを乗り越えた選手は必ずプレーヤーとしてだけではなく、 人間としても大きく成長してフィールドへ戻ってくる。 そんな一皮も二皮もむけた春田を、本番の秋シーズンで見れるのが今から楽しみでしょうがない。 文:松元 竜太郎 次号!!!!
春田選手より、次回 Final Magazine vol.2で登場する選手のご指名をいただきました! ヒント:「今年はきてます!イケメン?(豆)ランナー」 |
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2008/7/3(木) 午後 11:53 [ 鉄人 ]