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■Final Magazine vol2 〜RB#29 平澤 匠美(ヒラサワ タクミ)〜 (写真提供:チームカメラマン)池田 理氏) 富士通FRONTIERSのランニングバックと言えば、 ”光速カットバックランナー”#28進士祐介、 ”走る伝説”#20森本裕之の2人を思い浮かべる人が多いかもしれない。 だが今季の春シーズン、パールボウル決勝まで進士さんとローテーションで随時出場し、 その存在感を大いに示した最もホットなRBが”雑草フットボーラー”#29平澤匠美だ。 【RBがやりたい】 幼少のころから水泳、剣道、野球と様々なスポーツを経験してきた匠美さんがたどり着いたのが、 高校で出会ったアメフトだった。 ポジションはRBを希望したが、チーム事情によりOL(G)とLBをやることになる。 高校卒業時には大学でアメフトをやろうとは考えていなかったそうだが、 草フットボールチームでプレーしていた一年間の浪人生活中に、アメフトへの想いがよみがえった。 玉川大学でアメフト部に入部した匠美さんだが、 与えられたポジションは希望していたRBではなくまたしてもOL(G)だった。 人数の少ないチームにおいてヒットができる経験者は、 まずラインに回されるというのはよくある話だが、 匠美さんの体格は身長166センチ・・・ 高校ならまだしも大学でラインをできるのかと強く疑問に思ったので率直に聞いてみた。 「1〜3部の更に下にあるエリアリーグはレベルが元々低いというのもあるし、 チームがトリプルオプションを軸にしていたので、 クイックヒットで低くしっかりスタートできれば問題なかった。 ただ、やっぱりRBをやりたいという気持ちは強かったね。」 匠美さんが1年時にエースRBだった秀平佳規選手(現名古屋サイクロンズ)への憧れも強く、 1年のシーズン終了時に懇願して、2年の春に念願のRBとなる。 しかし、その年の秋にはチーム事情からまたしてもTE、その後OL(G)へとコンバートされて、 結局RBとしてプレーできたのは、2年の春と3年の秋の僅かな期間だけで、 大学フットボール生活を終えることになる。 しかし、3年時にRBとして出場した3部とエリアリーグの入替え戦が 匠美さんの運命を大きく変えることとなる。 その話は後述するとして、人数の少ない、正直弱小チームで 7年間プレーしてきて大変だったことを聞いてみると予想だにしない答えが返ってきた。 「練習環境が良くない、指導者がいない、そんなことは当たり前。
週末にOBに来てもらって、みんな両面(攻守を両方やること)でがんばってた。
ただ、試合するには15人の登録選手が必要なんだけれども、部員が15人前後だったから足りない時にサイドラインに立っていてもらうだけの ”ゴーストプレーヤー”を集めなければならない。 友達を呼んだり、辞めた部員に頭下げて来てもらったりしてたけど、これがけっこう大変だった。 こんなこと想像もできないでしょ(笑)?」 私は自分の大学時代の環境、すなわち1部リーグで選手、スタッフ合わせて100人以上、 プロのデイリーコーチもいるということが、いかに恵まれた環境であることを匠美さんの話を聞いて痛感した。 【富士通FRONTIERSへの憧れ】 3年時の入れ替え戦の後、富士通のオフェンスコーチからオファーの話があった。 匠美さんのRBとしてのプレーを評価してのものだった。 匠美さんはこう振り返る。 「当時は社会人でアメフトを続けるなんて全く考えていなかった。 正式なオファーではなかったけど、 富士通で自分がプレーできるかもしれないというだけで希望がわいてきて、 なんとしてもFRONTIERSに入りたいと思った。」 匠美さんは、アメフト推薦枠の結果を待たずに富士通グループ一本にしぼって就職活動を始める。 片っ端から受けていき、見事富士通グループの内定を決めた。 後は準備をするだけだと思った匠美さんは、 OLとしてプレーするために80キロあった体重を走りこみで60キロまで絞り込んだ。 「あの時期は多分今までの人生で一番トレーニングしてたと思う。 そして、富士通のビデオを見て自分が富士通のユニフォームを着てプレーする姿を毎日想像したよ。」 しかし、結果は匠美さんの期待したものではなかった。 RBの採用枠は他の人に決まったと告げられ、翌年以降のFRONTIERSのトライアウトを視野に入れて、 卒業前からXリーグ1部のレナウンに練習生として入部するが、 レナウンが入部して1ヶ月で廃部してしまう。 そして春シーズンが始まろうとする中、何チームかのトライアウトを受けて、 最終的にハスキーズに入部した。 【ハスキーズでの経験】 FRONTIERSへの思いを胸に秘めながら、 ハスキーズに入部した匠美さんはアメフトキャリアの中で始めて本格的にRBとしてプレーすることとなる。 「ちゃんとした指導者の元でアメフトするのが初めてだったし、 20人以上で練習したことがなかったから毎回の練習が新鮮で楽しかった。」 そう振り返る匠美さんは、このチームでRBとしてのいろはをたたきこまれて成長していった。 そして、シーズンオフに入り2年連続でFRONTIERSへの入部を試みた匠美さんだったが、 受けた扱いは門前払いに等しいものだった。 特に、RBの補充はありませんと言われた2年目には 進士さん、岸野さん(現立命館大学コーチ)の2名のRBが採用されていた。 「正直、悔しかった。もっといいプレーヤーになって絶対見返してやると思った。」 ハスキーズでエースRBとして着実に力をつけていった匠美さんに3年目思わぬところから転機が訪れる。 同期入社だった金田さん(元FRONTIERS)の存在だ。 FRONTIESへの思いとハスキーズでの活躍を知っていた金田さんは、 嶋監督(現GM)に匠美さんの話をしたのだ。 それを機に提出を求められた匠美さんのビデオで選考が行われ、FRONTIERSへの入部が決まった。 トライアウトを受けずにビデオで決まったことについて最初は驚いたそうだが、 実は匠美さんは大学時代にもビデオを提出していて、 それと比較して3年間のRBとしての成長が認められた結果だった。 4年越しの想いを胸に富士通FRONTIERSに入部した匠美さん。実は私と同期入部なのだが、 ここまでの紆余曲折を経て入ってきたなんて夢にも思っていなかった。 【RB平澤匠美の存在意義】 さて、話はFRONTIERSのRBとしての平澤匠美の話になるのだが、 私が今回の取材でぜひ聞きたかったことの一つが冒頭にもふれたエースRB進士さんとの比較だった。 ほぼ同じ体型で背番号も#28と#29。否が応でも比較されてしまう。 実際、練習で匠美さんがめちゃくちゃ動きがきれてる時があって、 私は匠美さんに、 「今日、すごいきれてたから匠美さんを進士さんと見間違えましたよ(笑)」 と言ったこともあり、実はとても失礼なことを言ったのではないかと思っていた。 それに対して匠美さんから返ってきた答えはあっさりとしたものだった。 「比較されるのは当然だと思う。進士は間違いなくすごいRBで、 彼と間違えられるということは、自分の動きがきれてるということだから素直にうれしいよ。」 しかし、匠美さんはFRONTIERSのRBとして2番手、3番手で甘んじる気はない。 「進士さんならスピードとカット、森本さんなら経験と総合力、 昨年まで在籍していた千葉さんならパワフルさという強みを持っている。 匠美さんにとってのそれは何ですか?」 とストレートに聞いた。 「まだ自信を持って言い切れないけど、自分が進士や森本さんより勝ってる、勝れる可能性がある 要素は縦の走り(突破)だと思う。あと、よく森本さんに怒られるんだけど、自分は考えすぎて 走るとだめで、直感的に走れた時にけっこういいプレーがでるんだよね。」 私は素直になるほど、と思うと同時に直感的な走りと聞いて、 パールボウル決勝のワンプレーを思い出していた。 それは第3Qのショベルパス(下投げのパス)からの突破だった。 パスを受けて走りだした匠美さんの前に2人のディフェンダーが立ちはだかっており、 被タックルは免れないと思った。 その瞬間、#29は一瞬止まった。 そして正にその刹那、OL2人と流されてきた鹿島DLが走路を切り開き、 左前方へと進路を変えた#29は悠々と走り抜けていった。 匠美さん曰く、 「裕輔(#52高橋OL)がDLを流してきてるのを感じて、直感的ににああいう動きができた。」 あのプレーの時、ディフェンススポッターの会話が一瞬止まって、 コーチ間で驚いていたのを記憶している。ゲインしたヤード以上に印象的なプレーだった。 【富士通FRONTIERSの誇り】 取材を通して、 匠美さんから繰り返しでてきた言葉がFRONTIERSでプレーしているという喜びと誇り、 そして感謝だった。 「森本さんみたいなすごいプレーヤーに教えてもらい、また一緒にプレーでき るなんて昔は考えもしなかった。森本さんの存在はとても大きい。それは進士も同じだと思う。 ディフェンスもすごい選手ばかりだから毎回の練習が挑戦で、いいプレーができた時は本当に うれしい。」 また、苦労してFRONTIERSへと辿り着いた匠美さんだからこそ、 FRONTIERSでプレーしたくてもできない人の気持ちを人一倍分かっている。 「同期で富士通のグループ会社にいるけれども、 トライアウトに落ちて他のチームでやってる奴も何人か知ってるし、 富士通でプレーしたくてもできない選手はたくさんいると思う。 もちろん、マツゲンお前もそうだと思うけど。」 何を隠そう私も2年目に選手を目指してトライアウトを受けた。 選手としての自分の能力に限界を感じていたので、スタッフとして入部したのだが、 身近に接していて、どうしてもこのチームでプレーしてみたいという気持ちが抑えきれなくなった。 そのくらい魅力的なチームだと思う。 匠美さんはそんな人たちや、スタッフの思いも含めて、 本当に日々プライドを持ってアメフトに取り組んでいる選手の一人だろう。 最後に匠美さんは力強く語ってくれた。 「自分は10年以上アメフトやってるけど、 まだまだうまくなれる余地はいくらでもあると思う。 自分の成長もそうだけど今年はチームとして何としてでも日本一になりたい。 そのためだったら何でもする。 たとえ他のポジションをやれといわれても喜んでやるよ・・絶対ないと思うけど(笑)」 冒頭で”雑草フットボーラー”と勝手にキャッチフレーズを付けさせていただいたのだが、 その雑草が今富士通FRONTIERSという土壌で大輪の花を咲かせようとしている。 平澤匠美の成長、そして活躍がFRONTIERS悲願の日本一へと繋がることを祈念してやまない。 次号!!!7月27日(日)掲載予定☆
平澤選手より、、次回 Final Magazine vol.3で登場する選手のご指名をいただきました! ヒント:オフェンスの生きる伝説。元祖おしゃれ泥棒…いつもいい匂いのあのイケメン☆ |
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