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Final Magazine vol5 〜甲斐 信二〜 「Don 't think, Feel!」 "考えるな、感じるんだ!" ブルース・リーのファンなら誰もが知っている、映画「燃えよドラゴン」の中での有名な台詞だ。 そしてフットボール選手においても、時として考えること以上に重要なのが相手のプレーを ”感じる”ことだ。 FRONTIERSの中でも最もその能力に長けた選手の一人といえるのが "いぶし銀"#2甲斐信二だ。 今年で7年目を向かえ、若手の多いFRONTIERSの中ではベテランになりつつある甲斐さん。 普段はおどけてみせてチームのムードメーカー的存在だが、 その裏に隠された思い、そして、思わずいぶし銀と呼びたくなるプレーの秘密を聞いた。 大学の体育会や社会人で本格的にスポーツをする人たちについて、 ほぼ間違いなく共通していえることは、 運動好きで小さい頃から何らかの競技の部活動に熱中していることだ。 その例外ともいえる存在が甲斐さんだ。 外で遊んではいたが、運動は嫌いで中学時代に在籍した野球部では、いわゆる幽霊部員だった。 特に何かに興味を持っていたわけでもなく、甲斐さん曰く、 「友達と一緒にいて、のんびりしてる時間が好きだった。」とのことだ。 遊ぶ時間を削って、ストイックにトレーニングをして、怪我もつきまとうアメフト。 中学時代までの話を聞いて、甲斐さんとアメフトが結びつく理由が全く検討つかなかったのだが、 そのきっかけは運命のいたずらだった。 浦和学院へ進学した甲斐さんは、アメフト部に勧誘されて、強制的に見学に連れていかれ、 次の日には強制的に入部させられていた。 もちろんアメフトに興味などなかったので、 放課後になると毎日グラウンドを避けるようにして帰っていたという。 だが、クラスで仲の良かった友達が数人アメフト部に入部したため、 ためしに練習に行ってみた。 そして、防具をつけた瞬間今まで味わったことのない感覚に襲われる。 「重くて動けなくて、なんかこのまま何もできないで終わるのは嫌だった。タックルしたいと思った。」 私は初めて防具をつけた時のことを今でも鮮明に覚えているが、未知なる体験への好奇心と、 ヒットへの恐怖でとてつもなく興奮した。 程度の差こそあれ、初めてスタイルした時は、誰しもこのような経験をしているのではないだろうか。 きっかけは偶然だったが、高校3年間アメフトを続けた甲斐さん。 「一人暮らしがしたい」という理由で関西にある名門 近畿大学へ進学する。 高校1年時にOLをやった以外は一貫してLBだった甲斐さん。 近大に入って待ち受けていたのは過酷な練習と才能溢れる同期のラインバッカーだった。 「高校時代も同期にいいLBがいたんだけど、近大に入ったら同期に東(現松下電工LB)や 伊賀並(現イワタニLB)がいて、あいつら見てたらこれじゃあ4年間試合にでられない かもと思った」と甲斐さんは言う。 そんな甲斐さんが劇的に変わったのが2年時の冬だった。 同期だった松永太郎選手(現鹿島WR)が西宮ボウル※1に出場して甲斐さんに刺激を与えた。 (※1東西対抗オールスター戦。2002年に西宮スタジアムの営業終了と共に同ボウルも第48回の歴史に幕を降ろした) 「太郎(松永選手)は西ボウで刺激を受けて帰ってきて明らかに変わった。 このままじゃ俺は、試合に出られないと思い、正月返上で猛トレーニングしたよ。」 鍛え上げられた体は、持ち前のスピードを殺さずに6キロもビルドアップされていた。 一回り体の大きくなった甲斐さんは、それがプレーにも反映されて3年時にスターターを獲得。 その年西宮ボウルにも出場して、その進化はさらに加速する。 甲斐さん個人の成長とは逆に、チームはその年秋のリーグ戦わずか1勝で入れ替え戦へと回る。 入れ替え戦では関西大学に逆転勝ちして、なんとか一部に残留した。 そして、甲斐さんが4年として迎えた最後のシーズン、近畿大学は快進撃をみせる。 前年を大きく上回る4勝をあげて、敗れた3強(立命館、関西学院、京都)にも肉薄した。 なぜ、チームがここまで変われたのか? 甲斐さんは言う。 「その年は”REBORN”というチームスローガンでコーチ陣もユニフォームも変わった。 でも何より一番変わったのはチームのまとまり。元々自分の代は仲が良かったので、 4年中心に絶対やってやろうぜって気持ちでチームがまとまったら自然と結果がついてきた。」 よくスポーツでは”無心”という言葉が使われるが、 アメフトは意識的であれ、無意識であれ常に考えることが要求められるスポーツだといえる。 ディフェンスはシチュエーション(状況)やテンデンシー(傾向)に 応じて次のプレーを予想することが必要だ。 もちろんコーディネーターが出したサインに従ってプレーする訳で、 サインの意図を読み取ると言い替えることができるかもしれない。 そして、いざプレーが始まると、基本的にはキーとなるプレーヤーの動きにいかに素早く、 適切な反応ができるかどうかが重要となる。 持論だが、いわゆるリアクションが早いプレーヤーには2種類いると思う。 一つは状況や相手の傾向を把握した上で、予想されるプレーを意識に入れておくタイプ。 つまりプレー前に考えるタイプだ。 もう一つはキーリードはもちろん相手の動き方のクセなどから瞬時にプレーを判断するタイプ。 つまりプレー中に感じるタイプだ。 DLを例にするとRBへのスクリーンに対して、プレー前に”スクリーンやりそうだな”と 予想してプレーするのが前者。 プレー中のオフェンダーの動きに違和感を感じて反応するのが後者である。 前置きが長くなって申し訳ないが、もちろん甲斐さんは後者のプレー中に感じるタイプだ。 そして、スクリーンを例にだしたのには訳がある。 今春の鹿島とのパールボウル決勝で甲斐さんが素晴らしいリアクションで、 RBへのスクリーンをタックルしたプレーがあった。 (写真提供:チームカメラマン 池田 理氏) そのプレーについて聞いたところ、プレー前にはスクリーンは全く頭になかったというのだ。 「プレーが始まった瞬間、いつもならギャップを埋めにくるRBが少しOLにかぶって 出てきたんだよね。だからスクリーンだと思った。」甲斐さんは言う。 プレー中に動きの違和感に気付くことができる。これはある種の才能だと思う。 そして、甲斐さんには完全に否定されたのだが、プレー中に相手の違和感に気付くということは、 日常で場の空気を読めるというところにまで通じるのではないかと私は思っている。 また、いつもどういうところを見ているのか聞くと、こんな答えが返ってきた。 「QBの目を見てる。動きでだませても、目線だけはだませないからね。 あと、怪我をしてる時の方が感覚が研ぎ澄まされてる気がする。 多分痛くて余計な動きをしたくないから(笑)。」 さらに、甲斐さんはにやりと笑ってこう言った。 「白木がいるから言えないけど、いつも練習してるうちのOLのクセはけっこう押さえてるよ。 そういうのは言葉ではうまく言えない感覚的なものが多いんだけどね。」 FRONTIERSで7年目のシーズンを迎える甲斐さんだが、入社して3年間はDBに転向していた。 「LBがやりたかったが、話を聞いてもらえず腐っていたよ。 いつも練習の台をしに練習に行ってる感じで、正直チームが嫌いになっていた。」 しかし、甲斐さん4年目の藤田さんがヘッドコーチに就任した時に環境が変わりLBへコンバートした。 それ以来念願のLBでプレーしている甲斐さんに、腐っていた昔と今の心境の変化について聞いた。 「昔は自分が自分がって思っていて、とにかく自分がLBとして試合に出たかった。 けど、今は控えになったとしてもコーチの判断として納得できるし、 自分が与えられた役割の中でできることを精一杯やりたいと素直に思える。」 最後に甲斐さんからメッセージを預かった。 「このメンバーで日本一になろう! そして東京ドームで藤田さんにガロンシャワーして胴上げしよう! ・・・あと若いもんにはまだまだ負けねーぞ!」 マネージャーとしては、 ガロンシャワーしたら確実にスポッターが壊れるな〜& そもそもドームは水まくの禁止じゃないかと思いつつ、 日本一になれればそんなことどうでもよくなるだろうと、2009年1月3日の東京ドームを想像した。 【編集後記〜副将 青木 悠二からのコメント〜】 甲斐さんは私にとって初めての憧れの選手でもあり、とても尊敬できる方である! 人間性も素晴らしく、友達思いで後輩思いの方である。 私が大学一年生のとき彼はリーグを代表する選手で、チームからも絶大な信頼があった。 そんな中、私も甲斐さんをとても信頼していた! 何故かというと、忘れもしない彼からの一言がそうさせた! 試合にでてた1年生の私に 「お前は思っいっきりやれ!後はおれらに任せろ!」 後にも先にもそんな一言を行ってくれた人は甲斐さんだけだ! それは今も同じで、甲斐さんは良きライバルであり尊敬できる人だ! そんな甲斐さんと社会人でも一緒にプレーできるのは嬉しいし、 公私共に良くしてもらってありがとう! 秋は新婚パワーでタックル量産、QBsack王間違いなし!信ニのスピードを見逃すな!!! 夜も酔っ払うスピードは一番です。 グルメでおもろい先輩秋も頑張りましょうね。 ええ事言い過ぎた… 次回!!!ファイマガ6人目のご指名を甲斐さんからいただきました!!
「クールなイケメンの、DFのスピードスター!」 乞うご期待を!!! |
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